代償
火狩は少しの間考えるそぶりを見せていた。
しかししばらく待っていると、彼は一言「やめとく」と口にする。
「なんだ。戦ってくれればよかったのに」
「そりゃいつかは取りに行くよ。でも今じゃない」
火狩は一つ頷くと、玲に向かってニッと笑った。
これからゲームが終わるまで2週間。そのうち、彼と戦う日が来るだろう。どちらかが誰かに負けたり、死んだりしなければの話だが、それでも。
「じゃあ……、待ってる」
そう言って、玲は火狩に右手を差し出した。火狩もまっすぐな目をしてその手を強く握った。
「いつか敵対するのに、男の友情ってよくわかんない」
草壁はそう言って呆れた顔をした。それでもどこか微笑ましそうな目を向けられて、玲は思わず苦く笑う。
「友情なんかじゃない」
「うん、玲にとってはそうじゃないよね」
草壁はキョトンとした顔で首を傾げた。
火狩も火狩で苦笑いを零している。
「約束だからな」
握り合った手が離れると、玲の右手には1枚のノーマルタグ。ゲームクリアには関係のないスペードの7である。
「共闘料、タグ1枚。確かに受け取った」
「あんた、取る物は取るのね」
そう言った草壁の笑みは完全に引きつっていた。
「というか大体あんた、これで特定タグ2枚でしょ?! ゲーム始まってまだ一時間も経ってないじゃない!」
「だから?」
「周りの人にノーマルは譲ろうとか、そういう考えはないわけ?!」
「そーだそーだ!」
騒ぎ出した草壁に同調して火狩も拳を振り上げる。
まあ火狩の方はふざけているだけの様で、まるで子供のような顔で笑っていた。
「独占は良くない!」
「そーだそーだ!」
「うるさい。それにノーマルは食料と宿にいる」
おそらくゲームが長引くほどに、ノーマルタグの存在も重要になっていくはずだ。今のうちに収集しておいて損はない。
そう思いながら、玲は手に入れた2枚のタグを腰につけていたチェーンに通した。
これでノーマルタグは5枚。
特定タグは2枚になった。
ダイヤのクイーンにスペードのジャック。
ゲームクリアにはジャック以上の数字の4カードが必要だ。全てのマークを1枚ずつ持っていれば、少なくとも、ゲームが自分以外にクリアされる心配はなくなる。
とは言え、このまま終盤まで複数の数字の特定タグを所持し続ければ、ゲームが終わりに近づくごとに、プレイヤーの矛先は自然と自分に集まってくることになるだろう。
ただ、せっかく別種類の特定タグが集まったのだ。
とりあえず今後の方針は、全部の数字を1つずつ集めるということにしようかと考える。各数字を確保し続けていれば、いづれ賞金の交渉に使うことも出来るかもしれない。
「ねぇ、ちょっと聞いてる?!」
「聞いてない」
まだ騒いでいた草壁の言葉を切り捨てた玲は、周囲の景色を見まわした。
向かうなら一度、街の外壁の方に行ってみようかと考える。大まかにで良い。フィールドの状況を把握するに越したことはないだろう。
「俺はもう行く」
「えっ、ちょっと待ちなさい! まだ話は終わってない!」
草壁は叫んだが、小言を聞く趣味は玲にはなかった。
2人に軽く手を振り、屋上の縁に足をかける。意外と時間が経っていたようで、どんよりとしていた雲の隙間からオレンジ色の光が覗いていた。
「じゃあな」
次の瞬間にはその場で踏み切り、玲は隣のビルに飛び移る。一歩待ち構えれば自殺未遂のその行動に、草壁はポツリと呟いた。
「ほんと、あいつ人間じゃないんじゃない?」
その声が聞こえ、玲は思わず苦笑する。
ーー 人間じゃない。
そんな風に言われるような身体能力。
これが努力や才能で得たものなら、もっと折り合いはついただろうに。
玲は隣のビルにわたり、逃げるように続けてフィールドを駆け抜ける。
この身体に、明確に周りと異なる能力を持つ身体になって、数年経った。
それだけ時間が経っていても、玲はまだ、自分が得たものを素直に受け入れ切れていなかった。
本来何も持たない自分には必要なものだと理解している。しかしそれでも、気持ちの面では憎たらしく、ただ、この時代に生きるには使わずにはいられないのも事実だった。
空を跳びながら眺めた廃墟の街は、雲が晴れ、鮮やかな夕焼けに染まり始めている。
いっそ嫌になるほど綺麗だと思った。
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プレイヤーリザルト 1日目
※は殺人経験ありのものを指す
1位 黒井オウヤ ※
特定タグ 2枚
K:スペード、ハート
ノーマル 9枚
2位 レイ
特定タグ 2枚
Q:ダイヤ
J:スペード
ノーマル 5枚
3位 ジン
特定タグ 1枚
J:クラブ
ノーマル 8枚
3位タイ 五十嵐コトウ ※
特定タグ 1枚
K:ダイヤ
ノーマル 8枚
5位 光山イツキ
特定タグ 1枚
A:ダイヤ
ノーマル 5枚




