表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

『プロローグ』

「おい、新入り。お前、今から俺が言うヤツ殺してこい」


 まだ引越しの荷物も片付ききっていない、この地に来て二週間というその日、仕事を持ってきたという自称二十歳の青年(実際には十五、六に見えるが)の第一声がそれであった。

 そしてトーマの返しが、


「で、仕事料は?いくらだ?」


 これである。フェアリーとゲイルなどは即座に「帰れ!」と言いたくなったのに。


「はあ?ふざけんな!俺が命令しているんだから黙って言うこと聞きゃいいんだよ!」


「つまり金を払う気はないんだな。分かった。帰れ」


「はあ?はあ?お前、何でも屋だろーが。殺しでも何でもやるって聞いたぞ」


「こっちは商売でやっているんだよ。あ、頭が悪過ぎて分からないのか。商売っていうのは商品、俺の場合は労働力を売り物にして対価をもらって成り立つもんだ。しかも俺の場合は自由業だしな。俺がやる気にならなきゃやらないでいいんだよ」


「てめっ!」


 トーマの言葉に激怒したらしい依頼人(?)がテーブルを蹴って立ち上がり、懐から拳銃を取り出すとフェアリーに銃口を向けた。


「俺の言う事を聞かないと女がどうなるか……」


 などと言っている間にゲイルが銃を青年の頭に突き付け、トーマがナイフで銃を持つ青年の手を切った。


「ぎゃあああぁぁぁ!!」


「うるせえな。スパッと切ってやったから、そこに落ちている汚ねえ指持ってとっとと病院に行け。処置が早ければ綺麗に付くかもしれんぞ」


「お前ら……俺にこんな事をして、ただで済むと……」


「そんな無駄口たたいていていいのか?指が付かなくなるぞ」


「く…………そが!」


 青年は慌てて指を拾ってドアを開ける音も荒々しく出ていった。


「なあ、あれ、ちゃんと付くのか?切り落とした指。病院に着くまでに腐っちまいそうだが」


「知ったことか。いっそ付かない方が世のため人のためになるだろ。『依頼人』も喜ぶ」



 先ほどの少年は、この街に巣食っているストリートギャングまがいの若年犯罪組織の構成員である。二年前に今の市長になってから取り締まりが強化され、活動がしにくくなっている事を逆恨みし、半年前に市長の妹を誘拐。最初は髪を、次に左手の小指から順に一本ずつ切り落としては市長に『今すぐ辞任しろ。でなければ女はお前を呪いながら死んでいく事になる。もちろん今より悲惨な姿になって、だ』と、脅迫状と共に切り落とした部位を送り付けたのだが、市長はこれらの事実を明るみにし、脅迫には屈しないことと組織壊滅を宣言。後日、市長の妹は酷い状態の死体となって兄の元に届けられた。

 市長は取り乱さなかった。ただ妹を抱きしめ「すまなかった」と謝り、表情には抑えきれない怒りを滲ませた。

 検死の結果、直接の死因は拳銃を口に咥えて撃った事によるものと分かった。これまでの脅迫のやり口、陵辱のあともあった事からみて、即死できる殺し方はしないだろうと思われる事から、恐らくは自殺であろうと。


 それらの話は、当の市長から聞いた。遠く離れたフォレスト・パークにまで、仕事の依頼の為に連絡してきたのだ。

 ここ『アップル・ゲート・シティ』と前にトーマが住んでいたフォレスト・パークとは、ビームス・ハイウェイ(自動運転の専用乗り物のみ通行可能の超高速道路)を使って5時間程の距離はあるが、市長は治安改善の為に他の市の治安状況や条例等を熱心に調べていて、その中で危険な仕事を請け負っている『トーマ・イガラシ』という男の事も知ったのだった。


 依頼したい事がある。金は言い値で結構。もし足りなければ一生かけても払うと言い切られたもので、興味を引かれたトーマは引越し前に一度話を聞きにアップル・ゲートを訪れた。


「わざわざ足を運んでいただいて申し訳ない。私がアップル・ゲート・シティの市長、ウォルター・エインズワースです」


「トーマ・イガラシだ」


 お互い立って挨拶し、握手を交わす。

 内心トーマは少々意外だった。まだ三十八歳と若い為か、やけに腰が低い。今まで様々な場所で色んな市長を見てきたが、その大抵は偉そうな態度の、命令口調で接してくる者ばかりであったから。

 対する市長も内心では驚いていた。トーマの持つスペシャル・ライセンスは取得条件が厳し過ぎて、常識的に考えればこのように若い(トーマの外見年齢は二十代半ば)者が持てるものではないのだ。なので若くても自分と同年代か、大体四十代半ばくらいだと思っていた。しかし年齢など関係がない。大事なのはトーマがスペシャル・ライセンスを持っているという事実と、彼が今までに手がけた仕事の結果なのだから。

 トーマに座るよう勧め秘書にコーヒーを頼むと、市長はトーマの向かいに座って「早速ですが」と切り出した。


「単刀直入に申し上げますと、貴方に私の身辺警護をお願いしたいのです」


「身辺警護?」


 そうして市長は妹が殺されるまでの経緯を話した。聞きながらトーマの顔が不快さに歪む。昔トーマがまだ人間だった頃にも似たような事件があり、当時はまだ子供でニュースを見ていても分からなかった、その内容を大人になって改めて知って、あまりの酷さに吐き気がしたものだ。そんな事が二十二世紀の現在も起こる。全く人間とは進歩しないものである。


「……で、そのガキ共から守ればいいのか?しかし対症療法的な事をしても、ああいった類の連中は次から次へと湧いてきやがるぞ」


「分かっています。ですから彼らから守っていただきたいのではなく、別の者です」


「奴ら以外からも命を狙われているのか?」


「まだ分かりませんが、恐らく。妹の婚約者ですが」


「婚約者?が、何故あんたを?」


「妹を見殺しにしたからです」


「バカバカしい。そいつらが市長の妹を人質に取るなどといった派手な事をやらかすのは、それだけ取り締まりが効いてるって事だろう。つまりその婚約者とやらは、その成果を捨てて、市の正常化より妹を選ぶべきだったと政治家に言ってるわけだ」


「身内に対する情より他人である市民の今後の生活とやらの方が、それほど大事だったのかと言われました」


「情ね。ガキか、そいつは」


 呆れたように言い、ため息をついてトーマはコーヒーを一口飲んだ。


「軽く調べさせてもらったが、あんたの両親も例のチビっこギャング団に、高校生の頃殺されたらしいな。それを婚約者は?」


「知っています」


「知っていてその反応か。市長になって組織を壊滅させる事が、一番真っ当な復讐の手段だとは考えないって事だな」


「そう捉えてはいたようです。が、そんな事をして追い詰めた為に妹が殺されてしまっては意味がないだろうと」


「ふん!つまり両親を殺された憐れな兄妹として、世間から同情と好奇の目で見られながら健気に生きてりゃ良かったって事か。結果論で語りたがるヤツってのは理解しがたいな」


「……あなたならどうしますか?」


「何が?」


「あなたにとって大事な方が無残な殺され方をしたなら……」


 トーマにとって、それは例え話ではない。自らが、仲間が体験した事は、市長のみならずその婚約者とやらも、若年犯罪組織のメンバーですら想像を絶するものだろう。仲間の死に様は無残などという一言で語れないものだった。

 だから……


「俺に出来る事と他の奴に出来る事は違う。そんな仮定は無意味だと思うが、そうだな……俺ならあんたみたいに正攻法での復讐はしない。少なくとも、死んだ方がマシだと思う程度の目には遭わせてやる。反省も謝罪も必要ない。そいつらが『なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないんだ』と嘆き絶望する様をたっぷり拝んだ後で、一瞬たりとも楽に死ねるなどと思わせないよう殺してやる。相手が集団であっても俺にはそれが可能だ。だからそうする」


 淡々と冷たく言い放つトーマを見て、彼が例え話をしているのではない事を、漠然とだが市長は察した。自分より更に若そうな彼にどれ程の出来事があったのか。無謀な仕事ぶりもそれに由来するものなのか。そう考えさせられる雰囲気だった。が、そんな冷たい雰囲気を持つ彼は続けてこう言った。


「が、それはあくまでも今の俺だから言える事だ。昔の俺であればその婚約者のように思っていたかもしれない。だからあんたは大した奴だと素直に思う。誰に批判されるいわれもない。あんたは間違っていない」


「……ありがとうございます」


 葛藤がなかったはずもない。たった一人の大事な妹だった。どんな理由であれ自分はその妹を見殺しにした。その事実は変えられない。妹の婚約者に恨まれるのも当然だと、殺されても文句はないと思ってはいるが、今そうされるわけにはいかない。この街を誰もが安心して住める街にするまでは死ぬわけにはいかないのだ。

 そう思ってきたが、トーマの「間違っていない」という言葉に市長は自分でも驚くほど救われた気がした。


「それで、その婚約者から狙われていると当たりを付けた以上、そう思わせる何かがあったという事だよな?何があった?」


「……妹の婚約者は遺伝子工学の研究をしていて、名をイツキ・キリシマ、Dr.キリシマと呼ばれている人物です」


「Dr.キリシマ……聞いた事があるな。若くしてその分野では権威と呼ばれているとか。確か父親も同じ分野の研究をしていたはずだ」


「よくご存知で」


「前に科学者の依頼人に当たった事があったものでね。その人物の依頼に絡んで色々調べた時に引っかかってきた。で?」


「実は検死に出した後、結果だけは知らされましたが、遺体は私の元に戻ってきていないのです。警察に問い合わせても『返した』と言うばかりで取り付く島もありません。やがてイツキ君から連絡があって、妹をいくらで売り渡したのかと。絶対に許さない。殺してやると言われました」


「Dr.キリシマの研究所で検死は扱っているのか?」


「いえ。彼の所属するチームは遺伝子関連なので検死は扱っていないはずです」


「……なるほどな」


 遺体が市長の元に戻っていないと婚約者が断定出来るのは、恐らく研究所に遺体が運び込まれたからだろう。つまりその遺体を使って何らかの実験をしようとしているという事だ。本当に研究者というものはロクでもない。そしてその婚約者も。愛する者が非業の死を遂げて怒りのあまり目が曇るのは分かる。が、何故それを兄である市長に向けるのか。全ての責任が市長にあるように思考を持っていくのか。まったく理解が出来ない。


(まあ物事の責任の所在を名指しで声高に叫ぶ奴は、得てして自分に後ろめたい事があったりするからな。よっぽどやべえ事をやらかそうとしているってこった)


 まだ確信が持てない以上、そんな不穏な話を市長にしたくはない。たった一人の大事な妹を失くし、自らは命を狙われ、この上その妹の遺体を使って研究者どもがロクでもない実験をやらかそうとしているのではないか、などと言うのは残酷すぎるだろう。


「分かった。とにかく身辺警護の依頼は受けよう」

 体調不良の為、現在投稿中の『Crimson Snow』はお休みさせていただき、代わりにまだまだ書き進められていない『SWORD3』を投稿させていただきました。

 これの続きはいつ投稿できるやら……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ