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英雄譚に至る道

作者: 神宮真夜

初めましての方は初めまして。


このお話が、皆さんのお時間に少しでも愉しみを与えられたのなら幸いです。


『エアロ!』


風魔法を唱えた僕の手の平に小さな旋風が現れる。

……が数秒も経たずパシュン!と音がして霧散してしまった。


「うっ! ま、また駄目だ……どうして……」


消えた魔法を見て僕は途方に暮れた。



僕の名前はリト。

ここラインハイムの街にあるノーストリス学院の生徒で16歳の男の子だ。

クラスでは目立たない大人しい方なんだけど、ある理由から更にボッチ化が進んでいる。


そんな僕だけどどうしても魔法がうまく使えず、放課後の時間にこうして学院の校庭、その片隅でヒッソリと練習していた。


どうしてヒッソリとしているかというと……、



「お~い、リトー」


名前を呼ばれて顔を上げると、同じクラスのアインとその取り巻きだった。

アイン達はニヤニヤしながらわざわざ僕の方に寄ってくると、


「まぁ~た練習なんて無駄な事してんのかよ?」

「うん」

「お前はやるだけ無駄って言ったろ? 才能がないんだよ、才能が」


アインの言葉に周りからも「そうだそうだ」と野次が飛ぶ。


「魔力の量はクラスで一番なのに不憫だよなぁ? 最初それを聞いた時にはビビったが……残念だよなぁ? 使いどころがなくて」


背の低い小柄な僕をわざわざ下から顔を覗き込む。

その顔は言葉に出ているように僕を馬鹿にしたものだった。



でも僕は言い返せなかった。

アインの言っていることは本当の事だし、言われても仕方ないと思っていた。


この世界では魔法は珍しいものじゃない。

誰にだって魔力はあるし誰だって魔法が使える。

実際こうやって学院の授業にも取り組まれていた。


僕も発動までは出来る……出来るけどそこまでで、どうしても安定せず消えてしまう。

だからある意味落ちこぼれだった。



アイン達はいつものように散々僕を嘲笑うと気がすんだのか学院の中へと戻っていった。

こうして僕を見つけては馬鹿にするのが日課らしい。


「はぁ……」


慣れてはいるけどやっぱりちょっと悔しいな

……うん、そのためにも練習しなきゃ!



僕が再び魔法を唱えようとした時、


「リト!」


またもや名前を呼ばれる。

だけどこちらは可愛らしい少女の声だ。


「リリン」


僕がリリンと呼んだ少女は陽の光に輝く金髪を煌めかせて走って来た。

ツインテールにした髪がぴょこぴょこ上下に揺れる。

僕の元まで駆け寄ってくると、


「リ、リト、大丈夫……だった?」

「いいよ、呼吸を整えてからで」


走ってきて息を切らす少女を見て苦笑しながら落ち着かせる。


リリンは僕の幼馴染みで同い年、この学院にも一緒に入学した。

一緒に遊んでいたこともあり仲が良く、同じクラスになったことをお互い喜んだものだった。

心優しい彼女は僕がアイン達に何か言われる度に庇ってくれたり心配してくれる。

そんな彼女に僕は申し訳なくもありこうして練習だけは日頃から続けていたのだった。


……まぁ、結果は伴ってないけど


「ふぅ、ごめんね。 それよりアイン君達がリトの事を言ってたのを聞いたから……大丈夫? なにかされなかった?」

「大丈夫だよ。 それにこの学院は生徒同士の揉め事に厳しいからね」


この学院では日常生活に必要な知識だけでなく、魔法や剣術についても教えている。


町中は平和だが、町の外には魔物や魔獣といったモンスターがいて人を襲う。

そんな魔物から身を護る最低限の術も教えるというわけだ。


だからこそ人と人とは協力し合わなければならない。

それを校訓としているノーストリス学院は生徒同士の争いを厳しく律しているのだ。



「何もなかったら良いのだけれど……もしかしてここで魔法の練習を?」

「うん、外じゃないと何かあったときが困るしね」


それは言い訳だ

本当はからかわれるのが嫌だから


でもリリンは何も言わず優しく微笑んでくれる。


「ふふっ、相変わらずリトは優しいよね」


優しいのはリリンの方だよ……そう思いつつもその笑顔に思わずドキッとしてつい目をそらしてしまう。

リリンは昔から可愛かったけど、最近は更に可愛く綺麗になったと思う。

更にその優しい性格からか治癒魔法を得意としている彼女はクラスでも人気者だった。


見慣れた僕もついつい見惚れてしまうほどの美少女のリリン。

だからこそリリンと仲のいい僕はアイン達に輪をかけて目の敵にされてるんだけど……



「アイン君達になにかされたら言ってね」


そう告げるとリリンは先生に頼まれた仕事があるからと戻っていった。







「はぁ……なかなかうまく行かないな」


ため息をつくと幸せが逃げると言うけれど……流石にこうまでうまく行かないとつきたくもなっちゃうよ


学院に入って六年間、毎日練習しているけど全く進展していない。

気が付けば十六歳、今年はもう学院を卒業する年だった。


家に帰る途中、川に掛かる橋の欄干に肘を付き何度目かのため息をついた。


ぼーっと橋の下を流れる川を何気なく眺める。

一昨日の雨のせいか川はいつもより流れが早く水量が多かった。



……と


ん? なんだろ? 


なんだかキャンキャンと騒がしい鳴き声が近付いてくる。

耳を澄ますと……下?


川を覗き込み息を呑んだ!


い、犬が流されてる!!


濁流に翻弄されるように流される犬。

必死に藻掻いているけど流れも早く上手く泳げないようで、どんどん流されていく。



「た、助けなきゃ!」


慌てて川沿いの道に出て駆け出した。

駆けながら咄嗟に魔法を唱える。


『エアロ』


手の中に旋風が現れる……これをあの犬に放って浮かせれば!


パシュン!


旋風はあっさりと霧散していく。


「そ、そんな! お願い! 今だけでも!!」


再度魔法を唱えるが……パシュンとまたもや消え失せた。


流される犬の頭が見え隠れする。



力が尽きかけてるのかもしれない!

うぅ、魔法さえ使えれば!!


何度やってもうまく行かず……遂には鳴き声さえ聞こえなくなる。


このままじゃあの犬が死んじゃう!



僕は魔法を諦めて川に飛び込んだ!

魔法よりはまだ泳ぐ方が得意だ。


だけど水流は思ったよりも数倍強く、泳ぐというより錐揉みにされながら……それでも何とか犬に近付いて行く。


そして何度も沈みかけつつも必死にその小さな命を捕まえた!

そして何とか岸に向かおうと手足を動かしたときだった。


ゴン!!


流れてきた何かが僕の頭にぶつかり……僕の目の前にチカチカと星が飛び散って意識が遠のいていく。

ただ、気を失う直前、腕の中の命だけはしっかりと握りしめたのだった……。






「……い」


……う


「おい!」


誰かに体を揺さぶられる。


「おい! しっかりしろ!」

「う……」


ゆっくりと目を開いていく。

まず最初に目に入ったのは夕焼けで暗くなりつつある空、そして。


「良かった……気がついたか」


僕を覗き込む美しい女性の人の顔だった。

真っ蒼な瞳が僕を見つめている。


「こ、こ……は?」

「大丈夫か? 君は川で溺れてたんだぞ?」


そう言われて瞬時に思い出す。


「あ、あの子は!? いっ!!」


飛び起きた瞬間頭にズキリと痛みが走る。


「む!? 大丈夫か? どこか怪我したのか?」

「だい、じょうぶです」


痛む頭をさすると大きなたんこぶが出来ていた。


「それより犬は? 犬は無事でしたか?」

「犬というと……君が抱いていたあの犬か? 引き上げるなり早々走ってどこかに行ってしまったが……」

「よ、良かった。 無事だったんですね」

「あの犬は君の飼っている犬ではないのか?」

「はい、たまたま溺れているのを見かけて……あ、そうだ!」


犬に気がいって忘れていた!!

僕は正座に座り直すと頭を下げる。


「助けてくれてありがとうございます!」

「いや、助けられてよかったよ。 私もたまたま通り掛かった所でな」


お互い『たまたまだった』という状況にお互い少しだけ笑ってしまう。


「というかすみません、助けていただき……」

「いや、私の方こそ……風魔法で掬い上げたのは良いが、地面に下ろす際強すぎてしまったのか。 すまない、強化魔法は得意なんだが……」


そう言って彼女は頬を描きつつ目をそらす。

頭をぶつけたのを自分の所為だと思っているようだ。

改めて見ると端正な顔立ちに凛とした佇まいをしており、服装は普通に市民の様だが一見するとどこぞのお嬢様に見える。



ちなみに彼女の言う得意不得意についてだが……魔法と一口に言ってもその相性は人それぞれだ。

僕のように魔法を出して放つものや、リリンの様に傷を癒やすもの、彼女の言う強化魔法は自己の身体能力をあげるものだ。


そして強化魔法を使う人はたいてい……


「騎士なんですね」


僕の目は彼女の腰にある剣に注がれていた。

お嬢様っぽく見えたがその剣は使い込まれているようで柄の装飾なども剥げている。

彼女は顔を少ししかめて、


「騎士なんて柄じゃないよ。 まぁこの街の衛兵とでも思ってくれ」

「はい。 ええと……あ、僕はリトって言います」

「カレンだ」


カレンさんが手を差し出し僕はその手を握り返す。

女性だが剣を握るためかその手は固くゴツゴツしている。


「固くてゴツゴツしてるだろう?」

「でもこの手で街の守って下さってるんですよね? カッコいいと思います!」


カレンは僕の言葉に少し驚いたようにしていたが、ニッと笑うと、


「リトは珍しいな。 たいていの奴は私の手を握ると『顔の割には』と言う表情をするんだがな」


その笑い顔は先程のお嬢様の様な美人顔から一転してお転婆そうなワイルドさが伺えた。

と、カレンは急に不思議そうな顔をしたかと思うと、


「リト、君のその制服……ノーストリス学院のものだろう? だとすると既に魔法をある程度使えるんじゃないのか? どうしてわざわざ川に?」


僕が川に飛び込んで犬を助けたのが疑問らしい。


まぁ()()()魔法で助けるだろうからね

()()()……うぅ、言ってて心が痛い


「すみません、僕魔法が何故かうまく発動出来なくて……」

「うん? そうなのか?」


カレンはそう言うとしばらく手を組んで考えていたが、


「試しに見せてくれないか?」

「魔法をですか?」

「ああ」


カレンに言われた僕は彼女から少し離れると、


『エアロ』


……パシュン!


やっぱり消えた。


「他の魔法はどうなんだい?」

「出来るんですけどどれも……」

「一通り見せてもらっても? こう見えて先輩だし何か分かるかもしれない」

「あ、はい」


言われるまま魔法を出していく。


『ファイア』『アイス』『ウォータ』『サンダー』『ストーン』……


しかし全てが同じ様に消え失せた。


「……どう、でしょうか?」


恐る恐るカレンに尋ねる。

なにか分かればと僕自身も期待していたが……カレンの答えは違うものだった。


「リトは剣の方はどうなんだ?」

「え……っと? 剣ですか?」

「ああ」


正直言って得意じゃないです

小柄な体型のせいなのかいつも剣に振り回される感じになちゃうので


それを伝えると、


「試しにこれを振ってみてくれないか?」

「ええ!? カレンさんの剣を?」

「うむ」


真剣な眼差しに僕は素直に剣を受け取った。


僕のためにしてくれてるんだしね

僕が魔法を使えるキッカケになるなら……是非お願いしたい!



受け取った剣の重さは学院で使っているものよりかなり重い。

何とか持ち上げて振り下ろすが……、


「えい! っとっと!!」


前につんのめりそうになった。


「ふん! わわっ!?」


今度は振り上げた勢いで後ろにニ、三歩よろめいてしまう。



「カレンさん……やっぱり……」

「もう少し振ってみてくれ」

「うぅ、分かりました」


全然出来てないと思うんだけどな

と、とにかく言われたからには……


そして少し剣を振った所でカレンさんが止めてくれた。


「うむ! いいぞ! リトは剣が苦手だろう?」

「えぇ!? だ、だからそう最初に言ったじゃないですか!」

「ああ、多分君はこっちの方が向いている」


そう言ってカレンさんは腰のベルトに挟んでいた短剣を取り出し僕に渡してきた。


「これは?」

「これは普通の短剣より更に一回り短い短剣だ」

「そうなんですか?」

「隠し武器とされる物で、非番の日は万が一に備えて剣と別に持っているものだ」

「あ、今日カレンさんお休みなんですね?」

「ああ。 勤務中はちゃんと鎧を着込んでいるよ。 今日は普通にシャツとズボンだが」


コホンと咳払いをすると、


「それはともかく! 今度は試しにそれを振って見てくれないか?」

「分かりました」


手渡しされた短剣は非常に軽く……鞘から抜くと、刀身は20cmほどしかない。


「軽い……です」

「軽いだけじゃないぞ? こう見えてかなり丈夫だ」


僕はそれを何度か振ってみる。

さらに授業で習った型や動きを取ってみた……今までの動きが嘘のように軽やかに動ける。


「うん、良さそうだな」

「カレンさん、これ凄い軽いです! まるで持っていないみたいです!」

「ふふっ、わざと重い剣を振らせてみたが……君は上手く体重移動をして普通なら転びそうな所を素早く回り込んでそれを抑えていた。 まぁ無意識だろうけど」

「そうなんですか? 単に剣が下手だからじゃ……」

「いや、君は剣術が下手なんじゃない。 うまく動けない理由としては……小柄な体型に加えて次への動き、一挙手一投足の動き出しがかなり早い」

「早い……ですか?」

「ああ。 だから普通の剣では恐らく身体が先行してバランスが崩れてしまっているのかもしない。 だから転ばない様に無意識にぎこちない動きになっているのでは?と思ったのだ」


言われてもいまいちピンと来なかったが動けるのは本当の事。

納得すると僕は短剣を鞘に収めカレンに差し出した。


がカレンは首を振ると、


「いや、その短剣は君にあげよう」

「え! い、いや、そんな受け取れないですよ!」

「いや、いいんだ。 どちらにしろそれは私には少々軽すぎるし、それに命を賭けて溺れている犬を救おうとした君の勇気を称え何かしてあげたいからね」


だけど次から無茶はしない様に!


そう言ってカレンが豪快に笑う。

もはやお嬢様には見えないが、リトはこちらのカレンの方が素敵に見えた。




「では、そろそろ帰るとしようか、かなり陽も落ちてきたし」


言いかけたカレンの言葉を遮るように大きな爆発音が遠くから聞こえてきた。


「な、なに!?」

「む? あれか!」


慌てる僕と即座に辺りを見回すカレン、そして彼女の目がある方向に向けられる。

彼女の見ている方向からは煙が上がり暗い夜空を照らすようにオレンジ色の光が見えた。



「君は家に戻るんだ!」


弾かれたようにカレンがそちらに向かって駆け出す。

その足は速くあっという間に姿が見えなくなった。


大丈夫かな、カレンさん


心配だがカレンに言われた通り家に帰ろうとして、ハッと思い当たった様に再度煙の上がっている方向を見る。


あれって……ノーストリス学院の辺りじゃ……


気が付くと僕もカレンさんの後を追う様に走り出していた。





ノーストリス学院は酷い惨状だった。

校舎は全て破壊され、その瓦礫の何か所から火の手が上がっている。


そして瓦礫の上や校庭を二足歩行の大きな影がうろついている。

狼が立ち上がったような姿……赤く光る眼に鋭い牙や爪が火に照らされギラリと光った。


狼男ワーウルフ……魔物がどうしてこんな街中に!?



それよりもみんなは大丈夫なの?



辺りを見回すと学院を遠巻きにしている野次馬の中に見知った顔が数名見える。

先生達も避難したようで、野次馬達と一緒に崩壊した学院を見ていた。


「下がって!」

「危ないから!!」


衛兵達が野次馬を学院から遠ざける。

魔物を討つため応援を呼んでいるようでその声が聞こえた。


「市民を遠ざけろ! それと同時に学院を包囲。 魔物を街中に逃がすなよ!」


この声って……カレンさん!?


見ると衛兵達に指揮を出しているのは何と先程のカレンだった。

場慣れした様にテキパキ指示を出し、衛兵達もその指揮の元素早く動く。



カレンさんってもしかしてかなり偉い人なんじゃ……



そんな事を思った僕の耳に微かに聞こえた声。

野次馬のざわめきや炎の燃え上がる音に紛れてはいたが……確かにそれはリリンの声だった。


「リリン!」


ザッと周りを見回すが彼女の姿はない。

代わりに野次馬の中に担任の先生が見えた。

僕は先生に駆け寄ると、


「先生! リリンは?」

「お、おお。 リト、無事だったか! 良かった、今点呼を取っていて……」

「そんな事よりリリンは? リリンはいるんですか?」

「いや、彼女はまだ連絡がついていない」

「先生、リリンに何か頼みましたか?」


確かに彼女がそう言っていた。

『先生に頼まれた用事があると』


「ああ、魔法教室の……」


それを聞くなり僕は学院に向かって反射的に走り出した!

崩壊した時に魔法教室いたかは分からないけど……声は崩壊した学院の方から聞こえた気がした。

だとしたらまだその辺りにいたのかもしれない。


「お、おい! リト!!」


後ろで僕を呼ぶ声が聞こえたが、その時には僕は衛兵の手を掻い潜り学院の敷地内に飛び込んでいた!




魔法教室は……確か校舎の真ん中辺り……


リリン! どうか無事で!!


建物の崩壊に巻き込まれた可能性もあるが、彼女は治癒以外の魔法も得意としている。

きっと魔法で無事でいるはずだ。


うろつくワーウルフに見つからない様に隠れながらも足早に急ぐ、そして崩壊した学院の真ん中辺りまで来た時だった。



「……めて!」


その声が僕の耳に届く。


「リリン!!」


声のした方を向いた僕の目に……ワーウルフによって崩れた壁に追い詰められているリリンの姿が見えた。


しゃがみ込んだ彼女は魔法を唱えようとしているが……恐怖で体は縮こまり固まっている。

必死に口を動かすが声に出ていない。


彼女に向かってワーウフルがその鋭い爪を振り上げ……リリンがギュッと目を瞑った!!



コン!



ワーウルフの頭に小石が当たり……その赤い目がギョロリと石を投げた僕を捉える!



ま、間に合った!

よし! このままこっちにこい!!


「リリン!」

「……っ?? え? リ……ト?」


恐る恐る目を開いたリリンは僕の姿を見つけて……その目から涙が溢れ出す。


「リト……駄目、逃げて!」

「リリンこそ! コイツは今僕の方を見ている。 今のうちに逃げて!!」

「でも……」

「お願い! いつも守られてるんだ……せめてこんな時ぐらい僕は君を守りたい」

「リト……」


それと同時にワーウフルが飛び掛かってきた!

クロスする様に繰り出される鉤爪……思ったより間合いが長い!!


咄嗟に前に踏み出してすれ違う様にしてワーウルフの鉤爪を躱すと背後に回り込む!

それと同時に短剣を抜いて身構えた!


「リリン!」

「う、うん……」


僕が促すとリリンは立ち上がり戸惑いながらもその場から立ち去っていく。




ワーウルフはリリンを追う事はせず、僕を敵とみなすと戦闘態勢を取り始めた。

背を丸めて体を縮こませ……体を広げるその勢いを利用して飛び跳ねる様に瞬時に間合いを詰める!


「っ!」


その素早い突撃を横に躱す!

が、そのまま広げた腕が僕を狙って繰り出された!


「わっ!」


咄嗟に頭を下げる。

鉤爪が頭上スレスレを通り抜け……髪の毛が数本舞った!


だけど……チャンス!


ワーウルフの攻撃でその無防備な脇腹が僕の目の前に晒された。

そこに向かって短剣を突き立てる!!


「っ! と、通らない!?」


短剣の刃はワーウルフの硬い毛によって遮られ通らない!


素早く身を翻したワーウルフが僕の方に噛みつく!……のを後ろにのけ反って躱しバックステップで距離を取った!



刃が通らないなんて……どうしよう?

口や眼なら刺さりそうだけど……ああいった所はなかなか狙えないって聞いたし……


そういえば学校の授業で習ったけど、確かワーウルフって炎が苦手だったよね?

発動だけなら出来るし……炎を見せれば隙が出来ないかな?



僕は左手に短剣を持ち替え右手を出すと『ファイア』の魔法を唱える。

掌に炎の玉が現れ……それを見たワーウルフがたじろぐ!


よし! 今だ!!


……パシュン!


手の中の炎が消える。


しかしたじろかせた一瞬を狙いワーウルフの目を狙う!

が、炎が消えたことで怖くなくなったのか、ワーウルフはしっかりとそれを爪で受け止めた!

同時に近寄った事で噛みつきの間合いになる。


ガチン!と顔のすぐ横で歯が閉じられる!


「ひゃぁ!」


と思わず声が漏れ後ろに下がる。


あ、危なく食べられちゃうところだった……


咄嗟に離れたつもりだったが……火傷の様な熱さを感じ頬に手を当てると、その手がべったりと血で濡れた。


その瞬間僕の身体は石の様に硬直する。


今まで夢中で気が付かなかった感情が……今頃鎌首を持ち上げて来た。

それは恐怖。

傷を負った事で実感したそれは身体を震わせ頭の中を真っ白に染め上げる。


リリンの為に夢中になっていたが、ワーウルフの殺気だった目、生臭い息、あっさりと引き裂かれそうな爪……そして頬で感じ始めた痛み。

急に力が抜け僕は思わず尻もちを付いた。


こ、怖い……


初めて見た、そしてこんな至近距離にいる恐怖。

ワーウルフに向けて差し出された短剣が震える。


僕の様子が変わったのが分かったのか……ワーウルフはその大きな口をさらに広げた。


笑っている……


口から涎を垂れ流し……戦意の失った僕ににじり寄る。


「く、来るな! 来ないで!」


怯える僕をいたぶるかの様にゆっくり近寄ってくる。

それはさらに僕の体を恐怖で凍り付かせた。

近寄るワーウルフを遠ざけるため僕の頭はその答えだけを繰り返す。



ワ、ワーウルフは炎が苦手、炎が苦手、炎が苦手……


そして僕は少しでもワーウルフを遠ざけようと『ファイア』を唱えた!

手に短剣を持ったまま。



そして……短剣が炎に包まれる!!


ああ、しまった!!


焦った僕だが……奇妙な感覚に捕らわれた。


あれ? 炎が……刀身の形に?


燃え上がった炎は剣の刀身の様な形となり……いつまでも消えずにその形を保っている。


「これって……どういう事?」


呟く僕だったが短剣……というか剣の様になった炎をみて後ずさるワーウルフが目に入った。



何だか分かんないけど……これはチャンスかも!


そう思った瞬間、固まっていた身体が動くようになる。

すぐさま立ち上がりワーウルフに斬りかかった!!


先程同様僕の剣を受け止めようとしたワーウルフだったが、その片腕が焼き切られる!!


凄い切れ味……あの硬い毛をあっさりと!

それに……


燃え盛る刀身に目をやる。

いつもの様に魔法は消えたりしない……いつまでも燃え続けていた。


魔法が消えない!

僕も……魔法を使えた?

つまり僕の魔法はこうやって物に依存する……のかも?



胸がいっぱいになり感動に打ち震える僕だが、すぐに目の前のワーウルフへと意識を戻す。


片腕を切り落とされたワーウルフは赤い目を更にギラつかせてこちらを睨みつける。

切り落とされた部分からは血が噴き出しビチャビチャと地面で音を立てていた。



と、片腕になったにもかかわらず僕に飛び掛かってくるワーウルフ!

大きく空を切りながら繰り出される腕を避け……バシン!と顔に衝撃が走る!


「くっ!」


顔を打ったそれが尻尾だと気付いた時には……、


ドッ!


腹部を鈍器で貫かれる様な衝撃と共に瓦礫の中へと吹っ飛ばされる!


「ガッ! はっ!」


体中を襲う激痛……特に腹部は中がぐちゃぐちゃになったのではないかと思うほどの痛みだ。

瓦礫から転がるように出ると、そのまま起き上がろうとしたが体中痛みが走り力が入らない。



身体が……痛くて動かない

体中が……バラバラになったみたいだ


「ゴホッ!」


咳と共に口から血が吐き出される。



霞む目でワーウルフを見ると、振り上げた足を降ろすところだった。


あの足で蹴られた……のか?


ワーウルフの攻撃が鉤爪と噛みつきだけだと錯覚していた。

尻尾で顔をはたき……出来た隙に蹴りを放つ。


思いもよらない攻撃。

しかし強靭な脚から放たれた蹴りは僕を一撃で動けなくした。


血によって視界が赤く染まる中、ワーウルフがこちらに歩いてくるのが映った。

何とか体を動かそうとするも……腕が少し前に伸ばされただけで力なくパタンと地面に落ちる。


……このままじゃ……僕は……


折角魔法が使える様になったのに!

これでやっと……そう思ったのに!

こんなところで……死にたくなんか…………


ジャリッと音がして……いつの間にかワーウルフがすぐ近くまで来ていた。

倒れたまま何とか顔を上げ……そして()()に気が付く。

瓦礫の一部と化していたそれに……。



もしかしたらこれで……でも上手く行くか分からない

魔法だって……さっき初めてうまくいったばかり

それでも……お願い!!



『アイス』


魔法を唱える。

そして先ほど伸ばされたその手が触れているそれが冷気を発した!



「!?」


ワーウルフが驚き咄嗟に下がろうとしたが……既にその足は氷漬けとなっている。

そしてその足元にはこの学院の校舎に取り付けられていた大時計が無残な姿で横倒しとなっていた。


僕の手はその時計の縁にギリギリ届き……その時計に氷結魔法を発動させていた!



良かった……武器以外にも発動出来た

これでなんとか……近寄るのを止められる!



ワーウルフの足は完全に凍り付きいくらもがいても外せない。

鉤爪で何とか引き剥がそうとするも足首まで凍り付き時計に張り付いている為、全く剥がれなかった。

それどころか冷気の流れる時計に触れればその鉤爪さえ凍りつくだろう。

ワーウルフはそれを悟ったのか足を抜くのを諦めると僕を殺そうとその鉤爪を振るう!


……しかしあと少しのところで僕には届かずその鉤爪は宙を掻いた。

もう少し魔法が遅ければ僕の首まで届いて掻き切られていただろう。



だけど……ここまでかな

身体は相変わらず動かないし……意識も飛んじゃいそうだ

気絶したら魔法は消えてしまうだろうし……

せめてリリンが無事に逃げられたなら……守れたならそれで……いい、か……な



気が付けば身体の痛みは感じなくなっており……強烈な睡魔に襲われる様に意識が飛びかけていた、

そうして僕は意識を手放そうと___


『ヒール』


えっ?


僕の身体が光に包まれ……体に痛みが戻りながらも消えて行く。

更に『ヒール』を唱える声が聞こえて……


動けるようになった体で慌てて上半身を起こしその魔法の主を探す。

そして見慣れた金髪の少女がそこに居た。


「リ、リリン!? どうしてここに?」

「…………ないよ」

「え?」

「置いてなんて行けないよ! 私だってリトを守りたい!」


涙目で叫ぶように告げるリリン。


そこで僕もハッとした。


僕がリリンを守りたいように、リリンも僕を守りたいんだ!

だからいつも僕を……

小さい時から一緒に遊んでいた僕達は、お互いに同じ気持ちだったんだ!


……だったら!



「分かった! リリンはそこに居て。 僕が守って見せるから!」

「私だって! リトを守るから!」


僕が立ち上がると時計から手が離れ……凍り付いていた時計とワーウルフの足が解ける。

自由になったワーウルフは素早く間合いを詰めると、再度鉤爪で斬り裂いてきた!


それを躱し……叩いてくる尻尾を左手でガードする!


さっきと同じ手!?


ほぼ同時に飛んできた蹴りを先読みして躱すと、


『エアロ』


短剣に風の刀身を付けて軸足を斬りつけた!

しかしワーウルフもすぐさま跳躍してそれを躱してくる!


だが風の刃は躱したはずの足をズタズタに切り裂いた!

それは風の刃周辺に発生するカマイタチ……その真空の刃によるものだ。



怒り狂った声を上げるワーウルフ。

そして次の瞬間残った片脚だけで大きく跳躍すると、僕の頭上から落下してくる!

咄嗟に真上に剣を振るうが、その時には内側に入られていた。

それと同時に肩口に鋭い痛みが走る!


噛み付かれた!?


反射的に剣の柄を反転させ逆手に握るとワーウルフの首目掛けて振り下ろす!

しかしそれを読んでいたのか僕の右腕を残った片腕で封じてきた!


ギリギリと力を込められ……耐えきれずに短剣を取り落とす。

それと同時に魔法の力も消え失せた。


「ぐっ! うぅ……」


そのまま噛み付いた歯に力が込められる。


顎の力が……ま、まさか食い千切ぎろうとしている?


皮膚や肉が裂け血が噴き出たが、更にワーウルフはジリジリと肉を裂いていく。


い、痛い! こいつわざとゆっくり……痛い痛い!!



「リトを離して!!」


不意にリリンの声がしてワーウルフの脇腹に棒のようなものを突き刺した!


唸るワーウルフだが僕の肩口から口は離さない。


「離してってば! きゃ!」


軽く身動ぎしただけでリリンは後ろに押されて尻餅をついた。

すぐに立ち上がるリリンに、


「ありがとう、リリン……これで、何とかなりそう……」


僕は左手でワーウルフの肩に刺さったそれを握ると、


『ファイア』


ワーウルフの身体を炎が走った!!



慌てて離れたワーウルフだが、それが突き刺さっていたことで体の内部にまで炎が回ったらしい。

皮膚と内部を焼かれ激しくのたうち回るワーウルフ。

その噛み付きから逃れることには成功したが激しい痛みと傷に思わず膝をつきうずくまる。


僕の手に握られた炎の剣……それは学院の大時計、その針だったものだ。



痛みをこらえ必死に顔を上げた先ではワーウルフが未だ苦しみ藻掻いている。


今が……チャンスだ!


肩の激痛を耐えながら何とか立ち上がると、残りの力を振り絞りワーウルフに走り寄る!

そして魔法で炎の剣と化していた針を再度ワーウルフの腹に突き立てた!!


更にワーウルフが激しく燃え上がる!!

その瞬間背筋も凍るようなおぞましい叫び声を上げ地面に倒れた。

そして燃えたままバタバタ足掻いていたワーウルフだったが、最後に大きく吼えるとそのまま動かなくなった。





「リト!」


リリンが駆け寄るなり僕に飛びつく。


「痛ぁ!!!」

「あ、ご、ごめんなさい」


慌てて体を離し『ヒール』をくれる。


さっきもだったけど、リリンの回復魔法ってすごい……すぐに痛みが引いて傷も治ったし

さすが得意としてるだけはあるかも……


「ええと、どぉ? 大丈夫? もう痛くない?」

「あ、うん。 ありがとうリリン。 助かったよ」

「ううん。 助けられたのは私。 私……もう駄目かと思ってた」

「僕も……リリンを助けるつもりで逆に助けられちゃった。 カッコ悪い所見せちゃって……」

「ううん! そんな事ない!」


リリンは僕の両手を握り顔をのぞき込む様にして見つめると、


「学院が崩れて……周りにはもう誰もいなくて……魔物に追い詰められてもう駄目だと思った時、リトの姿が見えて……凄い嬉しくて頼もしかった……」

「う、うん」

「きっとリトも怖いのに……私に『逃げろ』って言ってくれて……やっぱりリトは私の……」

「ええと、ま、まぁ夢中だったから」


リリンに見つめられたままそんな事を言われすっごく照れる! 恥ずかしい!!

ついつい見てられなくて顔を逸らしたその時だった。



ザッザザッ


気が付けば……先ほどとは違うワーウルフが三体瓦礫を超えて姿を現した!

気付いたのはほぼ同時……僕達の姿を認めた瞬間ワーウルフ達が走ってくる!


「リリン!」


僕はリリンを庇う様に背に回すが……


一体だってやっとで倒せたのに……三体なんて!!

こうなったらリリンの逃げる時間を……



「リト!!」


鋭い女性の声がしたかと思うと、一陣の風がワーウルフの間をすり抜ける!!

と……それだけでワーウルフ三体がバタリと倒れた!


「えぇ!?」


ビュン!と剣についた血糊を振り払いながら歩いて来るそれはカレンさんだった。


「カレンさん!」

「『カレンさん!』じゃない!! 君はこんなところで何をしているんだ!!!」


雷かと思うほどの叱咤。

その声に思わず身をすくめる。


「家に帰れと言ったはずだ! なのにこんな危険な場所で何を……」

「リ、リトを怒らないで下さい!」


僕の後ろからリリンが間に入る様に出ると、


「リトは私を守るために来てくれたんです。 私が逃げ切れなかったから……だから怒られるのは私なんです!」


リリンはそう言うけどやっぱり違うよ

帰れと言ったのを聞かなかったのも、危険な場所に飛び込んだのも自分なんだから


「違います! リリンは悪くないです。 僕が……」

「……いや、もういい。 事情は大体分かった」


声のトーンを落とすと、


「守りたいものの為に勇気を出したそれは認めよう。 だが、勇気と無謀は別物だ。 彼女を守りたいなら守れるだけの強さを身に付けるんだ」


カレンさんはそう言ってほっとした様に僕の頭を撫でると、


「何にしろ……無事でよかった。 良く頑張ったな」

「カレンさん……」


そこに来て再び体が震えだす。

今日だけで何回死にかけた事か……


そんな僕の手をリリンがそっと握ってくれた。

その手は暖かく……とにかく今は彼女を守れたことを嬉しく思えたのだった。



そしてその後は衛兵さん達によって家まで帰された。

ちなみに学院は暫くお休みとなるとの事だ。


でも学校楽しみだなぁ……魔法使える様になったんだもんね

僕の魔法はどうやら何かに依存する性質があるみたいだし……でもそんな事あるのかなぁ?

聞いたことないけど……


そんなことを考えながら……クタクタだった僕はすぐに眠りに落ちたのだった。






学院跡地


「隊長どうしたんですか?」


瓦礫をどけながら色々調査している衛兵の一人が考え込むカレンに声を掛ける。


「いや、お前はこれを見てどう思うか?」


カレンが指したのはリトが倒したワーウルフの死体だった。

完全に炭化して黒い棒の様になっている。


「ああ、隊長が知り合った子がやったんでしたか? 子供のくせにやりますよね」

「……そうだな。 ちなみにお前なら一人で倒せるか?」

「私ですか? 可能と言えば可能でしょうが……」


ワーウルフといえばそれなりの強さがある。

強靭な四肢に見た目からは予想もつかないほどの体力、彼ら衛兵達でも基本は複数人数で叩くのが常套だ。


「それにこの魔法の威力……ここまでとは」


それに……今回の学院襲撃

一体どこから……


カレンは疑問を抱いたまま瓦礫の山に目を向ける。

そのあちらこちらでは衛兵達が忙しなく行き交っていた。




リトの転機はこうして訪れた。

彼が魔法剣士として世に馳せる物語はここから始まる。


しかしそれはまた別な物語……


英雄譚に繋がる話……それが今回の話である。


お読み頂きありがとうございました。


拙い文章で分かりにくいところもあったかも知れませんがお許し下さい。

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