28話 冬休み
兄が王都に行って5ヶ月程、すっかり肌寒い季節になってきました。屋敷は何かの便利な魔道具で温かく保たれていますが、寒さに弱い私は既に外に出たくありません。
「アリシアさん、今日はこの辺にしましょう。寒いので温かい物が飲みたいです……。」
皮下脂肪や筋肉の少ない私の体は、少々寒い外気で簡単に冷え切ってしまう。日課になった午前中の走り込みを早々に切り上げ、いつもより早めに屋敷に戻る。
「ティアさん、そんな簡単に寒がってどうするのですか。まだ雪も降らない季節ですよ?」
確かに雪が降るのはもう少し後だが、体感的にはいつ降ってもおかしくない。今は12月中旬、前世なら寒い地域は既に雪が降っていたかもしれないが、この世界では1月を過ぎてからが雪の本番らしい。
「グラマラスにお肉と筋肉がついているアリシアさんと違って、私には体温を上げるための脂肪が少ないんです。不可抗力だと思いませんか?」
こんな冗談を言えるくらいには、アリシアさんとの距離を詰めることが出来た。お互いに和解した後はギスギスすることも無く、リスペクトし合う関係を保てている。
私は基礎的な訓練を、アリシアさんは時々父と滅茶苦茶ハードな訓練をしている。父曰く、確実に強くなっているそうだ。私の先生は心強い。
「まぁティアさん、私が太っていると言いたいんですか?確かに同世代の女性と比べたら大きいかもしれませんが、これも戦闘に必要な物で……。「分かっていますし、太っているなんて思っていません。魅力的だと思いますよ?」
言葉を遮って被害妄想を否定する。私の遺伝子を見ると、アリシアさんのようにグラマラスになるには相当な努力が必要そうだ。
母は全体的に線が細く華奢で、その美しさは神秘的と言っても過言では無いだろう。一方でアリシアさんは、上半身や下半身のお肉が付いたら嬉しい所に丁度良く付いている。全く違う美しさを比べるのは難しい。
家に入ると、レラが温かい飲み物を用意してくれていた。さすが仕事ができる家庭教師、私の行動を読むことも容易いのかもしれない。
「レラさん聞いて下さい!ティアさんってば私の事をいじめてくるんです!」
「アリシア、そんなことある訳ないでしょう?私が完璧に淑女としての立ち振る舞いをお教えしているんです。そんなことしませんよね?ティア嬢様?」
「私は何も言ってませんよ?アリシアさんの解釈が歪んでいるだけです……。」
ソファーに腰掛け、レラが温かい飲み物を注いでくれる。用意してくれたのはミルクたっぷりのロイヤルミルクティー、付け合わせにはナッツが香ばしいクッキーが選ばれたようだ。
「私を仲間外れにして何を楽しそうにしているの?」
一階の部屋に出産のために引っ越した母が、体にアンバランスの大きなお腹を抱えて歩いてきた。
「お母様!歩いて大丈夫ですか?」
思わず行儀なんてものは放り出して母の元へ駆けつける。華奢な体からは想像もつかない程膨らんだお腹は、もうすぐ新しい生命が誕生するのを示唆している。
「大丈夫よ、お医者様にも大変だと思うけど少し運動してと言われているから。」
私の手を握りながら、やっとの思いでソファーに座る。レラがすかさずホットミルクを用意して、母のカップに注いだ。
「それにしてもソフィア様、本当に大きなお腹ですね……。テオ君やティアさんの時もこんなに大きかったんですか?」
「全然、これの半分くらいだった気がするけど、なんせ5年も前の事だからあまり覚えていないのよ。でも、こんなに苦しい感じはしなかったと思うわ。」
どれだけ立派な子が生まれるのか楽しみよ、と母が付け加える。
「予定日はいつでしたっけ……?」
「2週間後。丁度、雪の精霊を祭る日。その日に産まれたら何だかロマンティックよね。」
優しくお腹をさする母は、心の底から新しい命を楽しみにしているように見える。一方で私は一抹の不安を抱えていた。
この子たちはどうなるんだろうと。大きさを見るに、お腹の子供は1人では無い。きっと双子だと予想している。帝王切開という技術があるのかは知らないが、私の半端な知識ではどうにもならない。それは今生の医者と魔法に頼るしかないだろう。
私の不安は、双子イコール不吉という昔話やドラマでよくあるパターンの迷信である。まさか我が家で生まれたばかりの赤子が双子だからと、一方を殺すだとか捨てるだとか里親に出して隠蔽するだとかは考えずらい。
「赤ちゃんが2人というのは考えられないですか……?お腹がとっても大きいので。」
「……双子ですか。やはり万が一に備えて、お医者様には早めに来て頂く事にしましょう。」
「そうねぇ……双子だとしたら中々大変だわ。」
この世界にはエコー検査というハイテクな物は無いので、産まれるまで子供が何人か分からない。
話を聞いていると、予定日2日前から宿泊してくれるお医者様を、急遽明日から呼び寄せることになった。帝王切開という概念はやはり無いようで、産道から自力で産まなければならない。
「さてと、午後にはテオが帰ってくる事ですし、早めに昼食の準備をしておきましょう!とっておきのお茶菓子も用意しなくちゃね。」
その若さで2人を出産している母は心強い。不安をあまり口にしないし、医者を信頼しているのだろう。
さすがに身重の母が台所に長時間経つのは厳しいので、最近はもっぱら使用人にメニューをリクエストして調理はお任せしている。時々料理を味見してアドバイスをしているので、美味しさは母とそんなに変わらない。
「お兄様、元気にしているでしょうか。」
「手紙では元気そうだったし、こちらに向かっているという知らせも届いているから大丈夫。もう少し待てば、元気なテオに会えるわ。」
兄が王都に行ってから5ヶ月程、前世のように郵便が発達していない今生では、手紙が届くにも結構な時間を要する。合格の知らせが来るのに2ヵ月、授業や学校生活に慣れましたという報告が3ヶ月かかって、兄からの手紙は2通しか届いていない。
「そうですよね……。王都の学校で1番を取ってしまうような優秀な兄ですし……。」
兄から1通目の手紙が届いてすぐ、レラに家族の前で音読してもらった。その時、内容に驚いていたのは私とアリシアさんだけで、母と父、レラは嬉しそうな表情を隠そうとしなかった。
……無事試験に合格することが出来ました。筆記試験は600点中586点で、受験生1位、歴代2位の記録だそうです。実技は点数ではありませんが同じく1位を頂いて、先生からお褒めの言葉を頂きました。
手紙の内容は一部抜粋に過ぎないが、全てを読むととんでもない内容なのが分かる。兄は長い歴史のある王都校で歴代2位の記録を打ち出し、問答無用で受験生1位になったのだ。鼻が高いしハードルも高い。
「ティアだって勉強すれば難しい事じゃないわ。」
確かに兄は部屋に籠りきりでがり勉していた訳では無い。剣技の練習もしていたし、私や母とのお茶会にも付き合ってくれた。やはり千里の道も一歩からと言った所か。
「……私にはそんな自信ありませんが、レラやアリシアさんも居るので最善は尽くしたいです。」
不合格だけは避けたい、というか絶対嫌だ。優秀な兄と出来の悪い妹という構図は絶対に嫌!
「お嬢様は魔法の進行具合で行くと、同世代に比べて随分優秀だと思いますよ?」
この数ヶ月、私は走り込みや筋力トレーニングなどの体力づくり、魔法の訓練、マナー講習から普通の勉強まで、毎日メニューを変えながら並行して行っていた。
ちなみに苦手な体力づくりのメニューはこんな感じだ。
走り込みは毎日最低1キロのランニング、その後小休憩を挟んで筋トレが始まる。最近頑張っている筋トレは腹筋と太ももで、体幹と下半身を重点的に鍛えている。(体の資本は体幹と下半身らしい)
最初の頃は腹筋なんて起き上がる事すら出来ず、最近になってようやく20回を2セットこなせるようになってきた。太ももは自重のトレーニングも精一杯で、数回もこなせない。
「お嬢様の魔法の完成度は日に日に上がっています。私の魔法が越されるのも時間の問題でしょう。」
魔法の練習は本当に様々なので説明が難しいが、レラからお墨付きを貰えるくらいには成長している。首飾りのお陰で属性全ての魔法を満遍なく練習できるから、やる事が尽きなくて楽しい。
「ティアさんは特に魔力操作がお上手です。出力の調整や細かなコントロールは、王都校の高等科の生徒にも引けを取らないと思います。」
やはり得意な魔法は光だが、比較的に水や氷などもそつなくこなすことが出来ると思う。苦手なのは闇や音魔法で、なんとなく想像しずらい系統に偏っている。火や風も普通に使えるが、生活に使う事が少なく魔法自体も攻撃に特化した物が多いので練習した回数がそもそも少ない。
「最近は私じゃなくてティアで事足りることも多いものねぇ……。」
「お母様に無理をさせることは出来ません。私が魔力を消費することで事足りるなら、それが一番です。」
どういう仕組みなのかは分からないが、この世界では妊婦で魔力を消費することは余り良くないらしい。医者が話していたのを聞いた限りでは、母体から胎児へ魔力の供給がされており、それは胎児の魔核を作るための重要な工程との事だ。
胎児に必要な魔力が発現させた魔法に向くことで、魔核が不十分な物になれば奇形や障害を持って生まれてしまう可能性がある。それを防ぐために妊娠中の魔法はNGだそうだ。
妊婦は常に魔法を使っているぐらい魔力消費が激しく、普通の人なら母の様には動けないらしい。
「そうですね……私は水の魔法が使えませんし、アリシアは火の魔法が使えません。全属性を使えるお嬢様は全てをカバーできてしまいます。」
「それに関してはびっくりよ、まさかこの世の中に全属性の魔法に適性のある子が居るなんて。」
首飾りのお陰で全属性が使える(という風に周りは理解している)訳だが、この首飾りが他人も使用できるという事まだ誰も知らない為、私が超人という扱いになっている。
この首飾りはしっかりと、アーティフィカル妖精の代わりを務めてくれていた。
「すべての属性が使えても、練度が低ければ役に立ちません。宝の持ち腐れと言われないように、私はもっとアリシアさんにビシバシ指導してもらいます!」
正直体力づくりや筋トレのモチベは低いが、魔法ならばどんなに面倒な知識でも詰め込む自信がある。
「私も教師として役不足にならないように頑張らなければなりませんね……。ところで、レオナルド様はいつお戻りになるのですか?」
「予定ではテオと同じくらいに家に着きたいと言っていたわね……まぁレオが乗る馬車は普通の物では無いだろうし、本当にそろそろ着くと思うわ。」
私たちが居るリビングには、使用人たちが腕によりをかけて作った昼食の香りが漂ってくる。
「レラ様、レオナルド様がご到着いたしました。」
「あら、タイミングばっちりね?」
父が到着したとの知らせを受けて、つかの間のお茶会はお開きになった。
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「おかえりなさいませ、お父様。」
すっかり板についた挨拶をして父に近づくと、問答無用で抱っこされる。
「あ~お父様、私はもう抱っこ卒業です!何度も言っているではありませんか。」
「ティア、そんな寂しい事を言ってはダメだ。家の中だって歩いたら疲れるだろう?毎日訓練している偉い子は抱っこで良いんだ。」
父は私を軽々と抱き上げると、追加でこう言った。
「ん?ティア、少し重くなったか?そういえば何だか健康的になったな……訓練の成果か!」
この世界には体重計というものが無いので、私の正確な体重は分からない。しかし久しぶりに会った父が重くなったと言うのなら、それは正しいだろう。病的に細かった腕や足も少し筋肉がついて、健康的に重くなることに成功した様だ。
「私だって大きくなりますよ!何と言っても父上の娘ですから。」
父は身長も大きいし筋肉もある為ガタイも良い。私が父のように成長すれば余りにも豪傑な女性になってしまうが、父が望むのなら筋トレ頑張ろう。
「いや、ティアはソフィアみたいに成長するんだぞ。女の子が俺みたいになったら可愛くないだろう?」
……筋トレやーめた。
「レオナルド様、ソフィア様がリビングでお待ちしております。」
「あぁ、わかった。黄色の紙袋は使用人たちへのお土産だ。勤務後でも良いから皆に配ってやってくれ。白い袋は家族に。」
「かしこまりました。」
リビングに父の抱っこのまま向かう。最近は父の忙しさも少しはましになった様で、3週間に1度の帰宅が1週間に1度になった。
もうすぐ予定日という事もあって、仕事を急ピッチで片付けて来たのだろう。
「レオ、おかえりなさい。」
「ただいま、不安にさせてすまない。体調は平気か?」
「お医者様から運動するように勧められるくらい健康よ、レオも仕事は大丈夫なの?」
いつも再会したらハグすることを知っていたので、空気を読んで腕の中でジタバタと少し抵抗する。父が私を床に降ろすと、母が迷いなく父にハグしに行った。
全く仲のいい夫婦だこと。
「仕事の心配はいらない。テオの冬休みと同じくらいの休みを貰って来た。少ししか居れないが許してくれ。」
そんなに休んで大丈夫なの?というお決まりのやり取りをした後、父は部屋に荷物を整理しに行った。母はお腹が重たいので、最近の定位置になりつつあるソファーに座っている。
私は手持ち無沙汰なので、マナーの一環である刺繍に勤しむことにした。刺繍は得意ではないが、大人になってからお友達が出来た時に、刺繍したハンカチだったりなんだりを送り合う事があるらしい。一定のスキルが無ければ恥をかくとの事だ。
「ティア、何を縫っているの?」
「これはバラです。余り花には詳しくないんですが……。」
「黄色のバラの花言葉は友情、このハンカチは誰に贈るのかしら?」
友情という言葉を聞いて、連絡が取れなくなったリリーさんを思い出した。苗字も聞きそびれたし、顔は覚えているけれどそれだけで探してもらうのも気が引ける。
「友人が出来たら、その子に贈りたいと思います。」
ピンク色のレースがあしらわれた明らかに私用では無いハンカチ、練習用に何枚か見繕って貰ったものだ。ピンクには同系色の赤だとも思ったが、なぜか黄色にしようと思い立って勘に従った。
「テオ様の馬車が到着しました。お迎えいたしますか?」
「私が行きます。お母様はここでお休みしていてください。」
レラに先導されて、本日2度目のお迎えに向かった。
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