26話 テオの心情①
僕の妹は一言で表すと天使だ。彼女が生まれた時、僕はまだ3歳。記憶は曖昧だけど、ふわふわとした白い髪の毛で、泣くことも無くすやすやと眠る妹はお伽噺の天使の様だった。
その天使が眠りに就いたまま、中々目を覚まさない。血色のいいピンク色の唇から僕の名前が呼ばれる事もない。
気が付いたら僕は8歳になっていて、ティアは5歳になっていた。
「ティア、どうして目を覚まさないの?僕の事が嫌い?それとも病気なの?」
空気の良い離れに移されてから数年、ティアは相変わらず眠ったままだ。稽古の合間を見つけては、ティアの様子を見に来ている。
母屋から離れに家族ごと越してきたから、お母様とお父様、僕とティアの4人だけ。ストレスになったり、情報が洩れては困るからと言って、使用人も離れに移ると同時にお別れした。
「テオ、またティアの所に居たの?」
ティアに癒しの魔法をかける為、母が部屋を訪れる。ティアが生まれて直ぐは、お母様も憔悴した様子で部屋から出ない日々が続いた。
教会の人がティアを診に来てくれた時、これは精霊の仕業かもと言われて憑き物が取れたように落ち着いたのを覚えている。
お父様も精霊に気に入られているから、妹も同じ体質なのかもしれないと納得したからだろう。
「お母様、ティアはいつ頃目を覚ますでしょうか。」
「……そうね。きっと精霊さんも、ティアが可愛くて中々返したくないのかもしれないわ。」
そう言ってティアの額にそっと触れ、魔法をかける。ティアは弱っていく様子もなく、見た目は健康そのものだ。
健康だと見た目でわかる事も、お母様が本気になって妹を起こそうとしない要因になっているのかもしれない。
「あんまり長居しちゃダメよ、レオもリビングで待ってるわ。」
お母様は僕が部屋に入り浸るようになったから心配している様だった。でも僕は止めるつもりは無い。街の同年代の友達には兄弟が多い、というか必ずと言っていいほど1人は兄弟が居るものなんだ。僕はやっとできた妹を嬉しく思ったのに、まだ一緒にお話も出来ていない。
「分かりました。もう少ししたら出ます。」
お母様が部屋から出て行ったのを見届けて、僕はティアが眠る大きなベットに近づく。髪も顔も、睡眠によって乱れる事は無い。
ティアの可愛い顔を、そっと覗き込む。ほっぺたを突こうと人差し指を近づけた。
次の瞬間、僕の天使がパチリと瞳を開けたんだ。
「お、お、お、お母様!ティアが目を開けたよ!来て!」
思わず習っていたマナーの口調が消え去り、砕けた言葉で呼んでしまった。お母様は僕の呼び声に驚いた様子で駆けつけてくれた。
「ティア、目が覚めたの?!?」
5年の沈黙を破った天使は、いとも簡単に話し始めた。
まるで5年の空白など無かったように。
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「テオ様の妹……可愛らしいですね。」
同じ馬車に乗る同級生に話しかけられた。王都校に向かうまで約2週間、僕はこの3人と旅路を同じくする。
御者は王都校が手配した人材で、腕が立つ者だと聞いているから山賊や魔物もそこまで心配する必要もないだろう。
「ありがとう、様付けはやめてよ。これから同級生になるんだから。」
話しかけてくれた女の子に目を合わせると、焦ったように逸らされてしまう。何もしていないつもりだが、既に嫌われてしまったのだろうか。
「それでは、テオさんを呼ばせて頂いても良いですか?」
「構わないけど、さん付けもしなくて良いのに……。君の名前は?」
とりあえず様が外れた事だけでも良しとしよう。
「失礼しました。私はリサと申します。リサ・フランシス・ロイドです。」
ロイド……と言えば鉱物を中心とした商品を扱っている商家だ。その歴史は深く、家の始まりはこの辺一帯の鉱山を所有していた地主の家系。レイ家と並んで、この街で歴史深い家の一つだ。
「リサさんか、これからよろしくね。」
「はい、こちらこそ!」
彼女は嬉しそうにほほ笑み、僕が差し出した手を握ってくれた。
「私も自己紹介させて頂いてよろしいでしょうか?」
僕たちが自己紹介していると、もう一人の同乗者も声を掛けてきた。直接話した事は無いが、彼女の事は知っている。
「君の名前は知っているよ。リリベット・フランソワ・レイさん。」
街の女の子には毎年春華祭で顔を合わせているはずだが、印象に残るような子は居ない。けれどリリベット(愛称リリー)は、ティアが知らない男に攫われた日に一緒に遊んでいた女の子だ。
「ティアさんから聞いておりましたか?あの折は失礼致しました。」
ティアはきっと、彼女の名前がリリーではなくリリベットである事を知らないはずだ。何か思う所があって、愛称で自己紹介をしたのだろう。
「いや、ティアも友達ができて嬉しそうだったし、怪我も内容だったから大丈夫だよ。こちらこそ妹に話しかけてくれてありがとう。」
彼女は僕から見ても大人びて見えた。彼女はレイ家の跡取り、長女で1人っ子と聞く。立ち振る舞いはもう完璧と言っても過言では無いのだろう。
僕もヘイデン家の長男として躾をされてきたが、それと大差ないように見える。
「そう言って頂けて幸いです。」
「妹に顔を見せたら喜んだろうに。」
ティアは確か、あの時彼女をお茶へ誘っていたはずだ。王都へ旅立ってしまえば、次に会えるのは冬になってしまう。
「……寂しくさせてはいけないので。ティアさんも何かとお忙しそうですし、私がお誘いにならなくてもきっと他にお相手がいらっしゃいますわ。」
彼女はティアと似ている気がする。自信を持つべき家柄、容姿、性格なのにもかかわらず、自分に自信が無くてネガティブなんだ。
「妹はリリベットさんに会いたいと思って誘ったんだ。冬に帰ったときは誘ってあげて。」
「光栄に思いますわ。もし私が王都校に合格できましたら、冬にお邪魔させて頂きます。」
彼女は遠慮がちに言ったが、この馬車に乗っている時点で合格する気しかないのだろう。本試験を受ける前に、前年度やそれより前の試験問題を解いて無理なら早々に諦める。
まずこの学校に手が届く家庭が一握りしかないのだ。脱落者もそんなに出るはずはない。
馬車は順調に足を進め、いつの間にか夜も更ける。視界が無くなり先に進めなくなれば野営の時間だ。
次の街に着くまで3日ほど、女性陣は色々思う所があるだろうが、野営のノウハウはそれぞれが教わっているはずだ。
「それぞれ男子と女子に分かれてテントで眠ります。女子は広い方のテントで、テオ君と我々は小さいテントで眠ります。」
御者は2人、見張り役として1人では限界があるからだろう。身なりを見るにどちらも貴族、もしかしたらただの御者ではなく王都校の非常任講師なのかもしれない。
「僕は見張りに参加しなくてもよいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。我々2人で事足ります。逆に試験に影響が出てはダメですので、ゆっくり休んでください。」
御者の1人とテントに入ると、見た目によらず広い。床は流石に凸凹しているが、厚い生地を敷いているからか不快感もそれほどだ。
「テオ君、知らない人と眠りに就くのは慣れないかも知れないが、ゆっくり眠ってくださいね。」
父と何度か野営に出かけた事がある。魔物狩りについて行ったり、仕事を同伴させてもらった。15人程の班になって野営をしたときには、狭いテントに4、5人雑魚寝なんて当たり前だった。余裕のあるテントで男2人で寝ることは、どちらかというと環境がいい。
「僕は大丈夫です。見張りをお願いします。」
こんな毎日が王都に着くまでの後2週間、続いていく。
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「目と鼻の先に山賊が出たらしい。」
シルフィセレフを出て1週間ほどで、馬車の中の居場所が固定化してきた。女子二人は真ん中の広い席で2人でお話ししていることが殆どだし、御者の1人は身動きがとりやすい1番後ろか、別の馬に乗って先の道を偵察している。
僕は御者の話がすぐ入るように、先頭の小窓が近い席を選んでいる。毎日やる事は読書くらいで他にする事もない。
「ぶつかりそうか?他に馬車は?」
どうやらきな臭い話の様だ。辺境の地は比較的治安が良いが、王都に近づくにつれてそれ相応の荒くれ者も増えてくる。
「俺たちの500メートルほど先を、馬車が王都側から向かっている。小ぶりな馬車だからスピードはあちらの方が早いだろう。ぶつかるならそっちの馬車だ。」
「助太刀に入るにはリスクが多い。小ぶりな馬車に護衛が乗っている可能性は低いが……賭けるしかあるまい。」
どうやら御者は僕たちの安全を取ったようだ。向こうの馬車に誰が乗っているかは知らないが、襲われると知っていて助けないのは居心地が悪い。
僕は静かに馬車の後ろに移動した。
「リリベット、リサ、どうやら僕たちの少し先に居る馬車が山賊に襲われるらしい。御者の2人なら問題なく退ける事が出来そうだ。少しだけ、馬車のスピードを上げてもいいかい?」
この馬車はそれなりに人や荷物を乗せる事が出来るので大きいが、それを牽いている馬は王都の一級品だ。マックススピードが今の速度なんて事は無いだろう。
急げば襲われる馬車に間に合うかもしれない。
「問題ありませんわ。犠牲になると分かっていて見過ごすことは出来ません。」
「私も……誰かが傷つくのは嫌です。」
リリベットとリサがそれぞれに頼もしい言葉をくれる。これで舞台は整った。
真ん中の席から先頭の小窓までを2歩で進む。バレても構わないので音は気にしない。
「馬車を助けましょう!スピードを上げて!」
小窓から御者に話しかける。
「テオ君!?話を聞いていたのかい?」
「リリベットとリサからは許可を取っています!見捨てることは出来ません、急ぎましょう!」
「……全く困った子だな。先に行って様子を見て来てくれ、すぐ追いかける。」
「了解!」
御者がもう一方に指示を出し、外で繋げて歩いていた馬を使い先頭を駆け抜ける。
程なくして僕たちが乗っている馬車もスピードを上げた。
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到着して目に入って来たのは、縄でぐるぐる巻きにされた不衛生な男5人。そしてその傍で衛兵を待つ女性の姿だ。
助けに来たはずなのに、既に戦闘は終わっていて捕縛まで完了している。
「お怪我は有りませんか?」
「問題ありません。大した手練れではありませんでした。王都に向かっているのですか?」
「はい、我々の行き先は王都です。貴女は?」
彼女は5人の男を相手にしたとは思えない余裕のあるしぐさで、自ら馬に飛び乗った。
「シルフィセレフに向かっているのですが、少々時間が押しているんです。もしお時間に余裕があるようでしたら、賊をお願いしても良いですか?」
「それは構いませんが……捕縛金はどうしましょうか?」
「私は結構ですので、子供たちのおやつ代にしてください!失礼いたします!」
彼女は馬に乗る為にズボンを履いていたのか。御者に頼らず自分で運転して荷物を牽いているとは驚きだ。
「相当な手練れだな……。1人で男5人も捕縛してしまうとは。名前だけでも聞いておくべきたっだか。」
そう言って御者はパチンコに煙球を付けて空へ打ち出した。衛兵を呼ぶための物だ。
「みんな、衛兵が来るまで少し休憩だ。危険かもしれないから馬車から出ないように。」
やはり大人は強い。僕の周りには僕の何十倍も強い人で溢れているが、王都についても僕より強い人しか居ないのかも知れない。
強さを身に着けるために学校に通う、それは理解しているが成長した後父のようになっている自身が僕には無い。
あれほどの強さを、父と母はどうやって手に入れたのだろうか。
とりあえず残りの1週間が過ぎれば王都だ。試験を終えて無事学校に通い始めれば、強さの秘密も解るかもしれない。
「テオさん、お茶にしませんか?」
リサから差し出されカップを受けとって、衛兵が来るまでの時間を過ごした。
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「着いたぞ、王都だ。」
あれから1週間、僕たちは無事に王都に着くことが出来た。
「長い旅路ご苦労様でした。あと少しで受験生用の宿舎に着くので、それまでに荷物を片付けておいて下さい。」
僕たちは生活のために荷物から取り出した物をまとめて、真ん中の席に集まった。
「王都は久しぶりです。変わらず綺麗な街並みですわ。」
「私も久しぶりに来ました。貴族領しか普段は入りませんから、ここは新鮮です。」
今僕たちが居るのは平民領、普段リサたちは貴族領直通の関門から王都に入るのだろう。
「王都校の敷地に入るのは僕も初めてだよ。」
王都は平民領、貴族領、教皇領、王宮という区分に分かれている。その貴族領の中心、ほぼ教皇領に近い場所に王都校は独立した土地を持っていた。学生領とも呼ばれるその土地はとても広大で、膨大な生徒が宿泊するための寮も完備されている。
「受験生用の宿舎は3階建ての20室、それが20棟ある。それに納まりきらない受験生は貴族領か平民領の宿屋に泊まって貰う事になってるんだ。」
君たちは3人とも受験生寮だけどねと言って、指をさした。
「ここからが学生領、学校の一番外側の寮は中等科が使うことになっている。その内側が高等科、更に内側が専門家寮だ。初等科寮は中等科寮と高等科寮の間にある。理由は年齢だ、大抵中等科の生徒に見守られながら登校してる。」
1学年250名、臨時生徒を含めれば300名ほどになる。それが初等科4年、中等科3年、高等科3年とあるという事は全生徒数は2500~3000名だ。教師も含めればもっと多くなる。
「君たちが泊まるのは他の生徒とは少し離れた場所になる。試験会場に近いから、寮に着いたら1週間、勉強するなり下見するなり観光するなり、敷地内なら好きにしてもらって構わないよ。」
試験より1週間以上早めに到着するスケジュールは毎年の事だ。環境に慣れる為、ライバルの顔を見ることで競争心を煽る為、様々な説が流れているが関係ない。
合格する、強くなる、ただそれだけでいい。
その後も馬車は滞りなく進み、受験者用の寮に到着した僕たちは男女という事もあって棟は別々だった。
次の再会は試験になるだろう。
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