25話 素直な心
「これがティアの枕元に?」
「私がティアお嬢様を起こしにお部屋に入ったときには、既に置いてありました。」
「不思議ねぇ……。」
私が持ち上げている魔宝を訝し気に見つめる大人たち。それほど高く上げていないから腕は大丈夫そうだが、見つめられすぎて首飾りに穴が開きそうだ。
「妖精さんから頂いたもので、どんな効果があるか調べたいんですが……。」
「夢の中で妖精さんが何か言っていたの?」
「いえ、夢の内容はほとんど覚えていないのですが、この宝石は魔石とよく似ているので……。」
そもそも鑑定してくれないと全霊特性を確認してもらえない。何とかしてこの魔宝を鑑定させなければ……。
「奥様、とりあえず詳細を視てみるのが一番ではないでしょうか。」
「私の鑑定魔法で調査しきれるかしら。」
物は試しと言わんばかりに、鑑定魔法を発動させる。
魔法により首飾りが浮いたため、僅かな重みも無くなる。淡い光が首飾りを包み、詳細を母の瞳に映し出す。
「……精霊の涙?」
母がポツリと呟いた言葉に、レラが首を傾げる。
「この首飾りの名前ですか?」
「そうみたい。鑑定結果を紙にしておいた方が良さそうね。レラ、紙を持ってきてくれる?」
母の言葉を聞いてパタパタと走っていくレラ、母は魔法によって視える様になった結果を視てどんどん表情が曇っていく。
「奥様、紙をお持ちしました。」
差し出された紙を受け取り、視界にある情報を写し取っていく。魔石の調査で鑑定魔法を使っていた人と似たようなことをしているが、情報量はぐっと少なそうだ。
「できたわ、これがこの魔宝の能力よ。」
「魔法……ですか?」
鑑定結果を知っている母と、何も知らないレラで解釈に違いが生まれている。どうやら結果には魔宝という単語が表示されている様だ。
紙を覗き見ると、魔石の時と同じ項目に魔宝の効果が書かれていた。
魔力濃度:???
魔力探知:上位精霊ウエンディ、???、???、???、上位精霊シルフィ
魔宝効果:全霊特性、絶対服従、条件保護
魔宝名:精霊の涙
「魔宝……?」
字を見て己の解釈が違っていることに気が付いたレラだが、混乱は一層深まってしまったようだ。
「揃っていない部分は、私の鑑定魔法では分からない部分よ。それこそ鑑定師レベルの魔法でないと詳細は見れないのかも。魔力濃度も見れないし、上位精霊シルフィもこれに関わっていそうだから、ただ物では無いわね。」
「見た事のない効果が付いていますし、魔宝という名称も初めて聞きました。」
「……魔宝なんて物が、こんな場所にあること自体異常な事よ。」
「お母様は魔宝が何かご存じなのですか?」
魔宝なんて物という事は、母は何処かで魔宝に触れた事があるのだろうか。
「実家で代々受け継がれている魔宝があるの。今は私の父が所有者で、それにも不思議な効果がついていたわ。」
母の家に代々受け継がれる魔宝か……問答無用で強そうだな。でもその魔宝はきっと、母の先祖の働きを見ていた妖精や精霊たちが長い年月をかけて作った物だ。精霊におねだりして創って貰ったこの魔宝とはまた違った物だろう。
「絶対服従というのは、持ち主を限定する効果でしょうか?」
「私もそうだと思うわ。物が主を限定するだなんて聞いたこと無いけど、所有者以外には効果が発揮されないという事の裏付けでもあるはずよ。そして問題は他の2つ、全霊特性と条件保護、後者は予想がつくけど前者は見当もつかないわ。」
母とレラが2人がかりで推理を進めていく。私は特に入って行く余地もないが、この話をそんなに長引かせるつもりもない。
早く魔宝の所有を認めて貰って、アリシアさんに謝罪した後に訓練がしたいのだ。
「とりあえず、私が付けて生活してみるのはどうでしょうか?」
これで危険性が無いと証明できれば、効果や出所など、面倒臭い所に触れなくても良くなるだろう。突っ込まれすぎると伝えられない部分も出てくるし、不思議なこともあったわね位の出来事で収まって欲しいというのが正直なところだ。
「調べる前に身に着ける事はダメです。危険すぎます!」
レラがすかさずツッコんでくるが、ここで頼るべきなのは母であります。
「ですがお母様、この首飾りは妖精さんが私宛に作ってくれた物です。着けないのは失礼ではありませんか?」
母は私とレラの板挟み状態、順に視線を動かし小さく溜息を吐いて話し始めた。
「それが魔宝であるなら、調べなくても安全なことは分かってるわ。ただ、それを使って能力が暴走することがあれば、私はすぐに止めに入れないのよ。」
少し膨らんでいるように見えるお腹を撫でながら、悩ましい表情で続ける。
「レオが居れば別だけど、私とレラしか今は居ないじゃない?どうしようかしら……。」
「私が責任を持って止めましょう。」
話に割って入って来たのは、外で体を動かしていたアリシアだった。
「アリシア……戻っていたなら声くらいかけてよ。」
「すみません、余りに夢中になって話していたので中々入っていけなくて。」
「アリシアさん……。」
ごめんなさいという言葉が、出掛かっては消えていく。喉が詰まったような感覚に襲われて、体が冷えていくのを感じる。
アリシアさんは静かに近寄ってきて、座っている私に視線を合わせるために片膝をついた状態で話しかけてきた。
「ティアお嬢様、昨日の無礼をお許しください。私は驕っておりました。この家に来て、ソフィア様の愛娘に教鞭を執る立場である事を、誇りと思うと同時にあたかも自分が偉くなったかのように錯覚していたのです。」
「いえ、私はそんな……「それと同時に、己の弱さも痛感しました。私はまだ、人を殺める事でしか安全を確保できません。そのような強さは、本物ではないと思うのです。これからまだまだ精進いたしますので、お嬢様のお傍に居させて頂けないでしょうか。」
私には勿体ない位の真っすぐな言葉だ。もし同じような状況になったとして、私はこんな風に言えるだろうか。
「こちらこそすみません。昨日は私も正気ではありませんでした。初めて人が命絶える姿を見て、もう二度とこんな思いしたくないと思ったんです。それでキツイ言い方をしてしまいました。」
100パーセント私が悪いのに、あちらから謝らせてしまうなんて本当に論外だ。
「正直、考え方は昨日と変わっていません。人が人を殺めるのを許容するのは到底無理です。だから私も、ただ護られるだけの存在で居る事は辞めようと思います。」
こんなに素直になれるのは、この世界に来て初めてかもしれない。
「なのでアリシアさん、私を強くしていただけますか?」
「はい、お嬢様。私のすべてを懸けてお嬢様を強くさせて頂きます。」
「それじゃあ、アリシアが責任を取ってくれることだし、この首飾りを着けましょうか!」
母の声色は明るい。自身の大切な人の娘と、自分の子供がギクシャクしているところを見るのはやはり思う所があったのだろう。
これからは心配をかけないようにしたいものだ。心配させるのがどうのこうのと思っておきながら、心配ばかりかけてしまっている。
「それでは着けますね。」
首飾りを持って気が付く。
「……この首飾り、留め具がありませんね?」
首飾りには普通、チェーンを外すための留め具がついているはずだ。紐で出来ているなら話は別だが、この首飾りはしっかり鉄製、長さもそんなにない為頭からすっぽり被る事も出来ない。
「首飾りに魔力を流して着けるのよ。」
「あ、そうなんですね。」
意識して魔力を練り、首飾りへと流す。そうすると宝石と反対側のチェーンが離れ、首に回せるようになった。
首に回すと勝手に繋がり、丁度鎖骨の下あたりの長さに調節される。
「ぴったりですね……それに不思議な輝きの宝石だ。」
アリシアさんが首から下がる魔宝をまじまじと見つめる。華奢なチェーンは幼い私の首にも下品に浮く事は無く、普段からつけていても何の問題も無いだろう。
「妖精さんからの首飾りを着けた事ですし、レラから相談されていた今後のスケジュールについてお話しても良いですか?」
なんやかんやで素通りしてしまっていたスケジュール、私の中での優先順位はもう決まっている。
「それじゃあ朝食も摂り逃しちゃったし、軽食でも食べながらお話したらどうかしら。」
母からの提案で、使用人に簡単に作らせた軽食をつまみながら話し合いをすることになった。妊娠中の体を気遣って休むように提案してみたが、悪阻は辛く無いらしい。
「ポーションで悪阻をですか?」
「そうよ、妊婦が飲む専用のポーションがあるの。薬草を多めに入れなければいけないのと、温度管理が面倒だから中々高価なんだけど、テオの受験があったから纏めて買っていたのよ。作ろうとも思ったんだけど時間が惜しいからね。」
母は出されたポテト(小さな芋を丸々揚げたもの)を上品にナイフとフォークで切り分け、緑色のソースにディップする。
パクリと食べて満足そうに微笑むと話を続けた。
「食の好みが変わるとお医者様に言われることがあったけど、テオやティアの時はそんな事無かったのよね……でもこの子を身籠ってから揚げ物が食べたくてしょうがないのよ。」
太ったら困っちゃうわと言いながら、フォークが良く口に運ばれる。
「多少ふくよかになられましても、ソフィア様ならお変わりないのでは?」
母は平均女性より細い、というか筋肉があまりないから線が細いのだ。
「ダメよ、レオはこの細さで慣れているんだから。あんまり丸くなったら嫌われちゃうわ。」
見上げる程アツアツな夫婦な訳だが、女性側は努力を怠らないというのはどこの世界線でも同じらしい。父だって日々の鍛錬で美しい筋肉を保っていると言われれば、努力していないとは言えないのかもしれないが。
「お母様、本題に移っても良いですか?」
身内の惚気を聞くというのは辛い物があるが、それよりも早く本題のスケジュールに移りたい。女子が集まれば話題が尽きないのも分かるが、皆そんなに雑談していられる程暇な人材では無いのだ。
「あらごめんなさい、話題がどんどん逸れてしまったわ。」
母がどうぞと話の主導権を渡してくれたので、私から話始める。
「スケジュールですが、魔法と体力づくりをメインに訓練をしていきたいと思っています。」
「体力づくりですか……?体術の基本には勿論大切な要素ですが、それだけだと飽きてしまいますよ?簡単な基礎の動きだけでも、並行して教えようと思っていたのですが。」
アリシアさんが不思議そうに意見する。
「その通りだと思います。ただひたすらに走らされるのでは、私もきっと辛いし飽きてしまうと思います。ですが、今の私にはその基礎鍛錬に耐えられる程の体力もありません。」
これは自身の勘だ。実際には基礎の内容も聞いていないし、やろうと思えばできるのかもしれない。ただ、動きの悪い体に基礎を染み込ませても覚えが悪いし、形も悪くなるだろう。それなら、体力のある動く体に基礎を染み込ませた方が効率も良いはずだ。
「まだお若いので大丈夫だとは思いますが……考えていることがありそうなのでその方向でメニューを組みますね。」
「ありがとうございます。1日どれ程の時間アリシアさんと訓練するかはお任せしますが、魔法と体力づくりの割合が6対4程になるのが理想です。」
これは単純な私の希望、普通なら半々で時間を取るはずだが、単純な体力づくりを半分の時間やったら私は飽きてしまうだろうし、何より疲れて体の負担になりそうだ。
「わかりました。最初のうちは2時間~3時間ほどを、2回に分けて一日5時間の訓練を理想としています。その中で上手くスケジューリングしますね。」
え、一日5時間?勉強を5時間ですか?私難関大学とかに受験されられる?そんなに勉強するのが普通なのだろうか。
だかしかし今生の私には特にやる事が無いので、これに対して異議を唱えるつもりは無い。
「もう一つ、私からの希望があります。それは、3日に1度お休みを貰う事です。」
「……お休みですか?勿論それは構いませんが、3日に1度で良いのですか?私はてっきり1週間に1度、訓練をしようと思っていたのですが。」
あれ、それはそれでバランス悪くない?週に1回だけの訓練では身に付くものも身に付かない。
「それでは甘すぎます。3日に1度のお休みで十分です。そのお休みの日に、体に負担にならない範囲で、レラにはマナーや教養を、お母様にポーション作りを教えて頂きたいです。」
「ティア、それでは本当に詰め込みすぎではない?」
「問題ありません。レラから教わる事は趣味嗜好の内容が殆どですし、ポーション作りは私の自己満でしかありませんので。
早い段階で魔法や体力を身に着けたいので、そちらは進みが多少遅くなってしまうと思うのですが大丈夫でしょうか?」
学校に通い始めるまであと3年、その間に最低限魔法を不自由なく使えるようになりたいし、剣技だって不格好で無いものにしたい。
基礎が少しだけ身についているマナーや、自己満のポーションは後回しだ。
「ティアが大丈夫ならそれで良いわ。ただ、体を壊すようなスケジュールだったら私が止めに入るからね?」
「私からも同感です。いくらこれから学ぶ事が趣味嗜好に偏っていたとしても、初めてやる事は覚えなければなりません。疲れたり、異変を感じたらすぐお休みしたいと申し上げてくださいね?」
私は周りの人にたっぷりと心配されながら、軽食を終えた。
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「とりあえず、明日からは忙しくなりそうです……。」
軽食を終えて自室に戻った私は、明日から始まる忙殺の日々に備えて休養を摂ろうとしていた。といっても睡眠は十分だし、ご飯も食べた。やる事と言えば読書くらいしかない。
「その前にお礼を言わないとですね。」
この首飾りを作ってくれたウエンディさんにお礼がしたい。他の精霊の手も借りているっぽいので代わりにお礼を伝えて貰おう。
私がその気になればすべての精霊や妖精を呼び出せるようだが、この力を乱用するのも良くない。
「ウエンディさん、いらっしゃいますか?」
空に声を出すと、程なくして反応があった。
ちゃぽんという水音を立てて、ウエンディさんが現れたのである。
「昨日ぶりですね、ティアさん。」
「昨日ぶりです!首飾り、ありがとうございました。」
「いえいえ、お約束通り用意しただけですから。装飾も気に入っていただけましたか?」
「はい、可愛らしいデザインでとても気に入りました。それと伺いたいことがあるのですが……。」
「なんでしょう?」
「効果についてです。」
この魔石の効果は、全霊特性、絶対服従、条件保護の3つだ。1つ目は私が希望した全属性の魔法を使えるようにする物、他2つの詳しい説明が欲しい。
「あぁ、そうですね!説明が欲しいですよね!私としたことがうっかりしていました。えーっとそれでは1つ目の全霊特性についてです。」
この効果は私の想像通りの物だった。全属性の魔法を使えるようになる効果。私には必要のない物だが、アーティフィカル妖精なしで魔法を使う為には必須の効果だ。
「2つ目は絶対服従の効果です。」
これも母やレラの予想が当たっている。この効果は所有者以外に魔宝の使用を許さないというもので、所有者は私だ。例外があり、私が許可を与えた人間にはこの効果が適用されないらしい。
「許可は2段階になっています。まず、魔宝に所有者自身が触れる事、その次に使用を許可する人の人名をフルネームで呼びます。そうすると魔宝の絶対服従が一時的に解除され、サブ所有者として登録される仕組みです。」
その人が首飾りを外した時点で絶対服従は改めて効果を発揮し、サブ所有者の登録は削除されます。と補足で言った。
「最後は条件保護ですね。」
この能力は所謂盾の役割を果たす。私が意識不明になるか、体の一部が欠損する、もしくは対応できかねる程の大きな災害に見舞われた際に、一度だけ所有者を保護するものだ。
条件が厳しい分、護る力もピカイチで並大抵の力ではその盾の能力を上回る攻撃は出来ないという。
「保護内容としては、体から直系30センチほどの球体で包み込むというシンプルな物です。魔力を固めたシールドの様なもので対象を保護します。」
魔力を固めたシールドか……。これなら強度は度外視するとしても魔法で真似できそうだよな。
「凄い効果が沢山あるんですね……。改めてありがとうございます。大切に着けさせてもらいますね。」
「満足いただけたなら幸いです。もっと強い効果を付けるには時間が足りませんでしたが、本来の目的を果たすためなら十分な効果だと思います。」
なにか他にもご入用でしたら、遠慮せずに声を掛けてくださいとウエンディさんは言ってくれた。だが、精霊を私利私欲に使うのも良くないと思うので頂き物をするのはこれきりにしようと思う。
「これだけでも十分です。他にも協力してくれた精霊さんたちが居たようですので、私の代わりにお礼を言っておいて下さい。」
「はい、かしこまりました。精霊たちに喜んでいたと伝えておきますね。」
そういって水音を残して消えて行った。
明日からは本格的な訓練が始まる。お礼も済んだことだし、今日はつかの間の休息を楽しもう。
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