24話 不安と覚悟
目が覚めて、あれが現実に起こったことだと知る。
やっぱり思うんだ。どんなにあの髪飾りが高価でも、どんなに私の家柄が稀有なものでも、私の命が他の人より尊い物だと言われていたとしても、他人の命を奪ってはいけない。
違う方法で解決すべきだったのだ。
「ウォーター」
私の目の前に、一口大の水が浮かぶ。母の魔法の模倣だ、何度も見てきた魔法である。
「ティア!目が覚めた?想像より起きるのが遅かったけど、体調は平気?」
水を口に含み、飲み込んだ瞬間に焦ったようにして母が部屋に入って来た。魔法を使う様子は見られていない。
「はい、平気です。お母様、アリシアさんは居ますか?」
「アリシア……?ちょっと待っててね、今呼んでくるわ。」
母が部屋を出て少しすると、慌ただしい足音がする。私からの呼び出しで急いできてくれたのだろう。申し訳ない。
「失礼します!ティアお嬢様、体調は大丈夫ですか?お怪我は無いようですが……。」
「アリシアさんが護ってくれたお陰で怪我はなく、体調も悪くありません。アリシアさん、私は今からアリシアさんに酷い事をします。先に謝ります、ごめんなさい。」
乾いた音が部屋に響く。私がアリシアさんの頬を平手打ちしたからだ。
「……ティアお嬢様?」
「あの盗人は、悪い事をしました。人の物を勝手に盗み、他人のせいにして、挙句の果てには暴言に暴行、許されるはずはありません。」
アリシアさんの顔を見ると、何が起こったか分からないといった感じで、呆然と私の目を見つめる。
「鍛えているアリシアさんにとって私の平手打ちは、猫に引っ掻かれるより痛く無いかもしれません。ですが、腕を斬られた彼女の痛みは想像を絶するものでしょう。」
思考が追い付いていないアリシアさんを置いてけぼりにして、私は話し続けた。
「結局、私はどこも傷つけられていません。それどころかかすり傷1つ無いんです。それなのに彼女は命を奪われました。永遠の未来を失ってしまったんです。」
「……ですが「私を護ろうとして、最善の策を選んだ末だということは重々理解しています。ですが、私の命を守るために他人の命を簡単に奪う事、無条件に排除していい理由にはならないと思います。」
私は話しかけた言葉をわざと遮って、話を続けた。
「私の家庭教師で居たいならば、護衛の立場としていたいなら、誰の命を奪う事もなく私を護ると誓ってください。そうでなければ、王都に戻っていただいて結構です。」
これは、自分に対する誓いだ。
無力なことが言い訳となって、悲しい未来を選択せざるを得ない現状を変える。ただの守られる子供ではなく、従うべき主であると見せつけるという誓い。
本当の意味で、私は春川雫ではなくティア・アーサー・ヘイデンとなるのだ。
「……私は、自分の選択が間違っていたとは思えません。術式が発動しかかっていたあの時、敵の排除は最優先事項でした。相手の命を奪う以外は、ティアお嬢様が怪我をするリスクが伴いました。」
「……害なす存在を殺す、それは一番簡単で一番安全な方法です。ですが、私の護衛で居たいなら敵を殺さずに無力化する術を学んでください。不安ならば殺すのと同じくらい、安全に行えるようにしてください。それが、私からのお願いです。」
無茶苦茶な事を言っているのは分かっている。敵の命を奪うのと奪わないのでは、難易度が段違いだろう。だが、私の心の健康を守るためにもこれは必須事項だ。このような事が今後もあれば、私は護衛など付けないで死んだ方がましだと喚き始めるだろう。
「……わかりました。これから更に精進をしていきます。」
「はい、我儘を言って申し訳ありません。期待しています。」
アリシアさんは到底納得などしていない様だった。
「今日はもう休みましょう。アリシア、今日はもう部屋に戻って良いわよ。」
「かしこまりました。お先に失礼いたします。」
アリシアさんの背中からは哀愁の様なものが漂っているように見える。
パタリと静かに扉が閉まるのを見届けて、母が話しかけてきた。
「ティア、少しアリシアに厳しすぎるのではなくて?」
「……ショックだったんです。私の為に他人が他人の命を奪ってしまうという現実が。」
「人が目の前で亡くなるのを見ると、最初は誰でもショックを受けるわ。でもティアの為を思って、アリシアも行動したのよ?」
「それはとても感謝しています。ですが今の私には、命を賭して他人を護るという感情が理解できません。ですがもっと理解できないのは、理由があれば簡単に人を殺めてしまうという考えです。」
「あの時アリシアが動いていなければ、私が同じことをしていたと言ってもティアは同じことをするの?」
「……お母様が同じ行動を取ったら、私は叩くではなく泣き喚きます。私が泣いてもアリシアさんは痛くも痒くもないでしょうが、お母様は心が痛いと思ってくれそうなので。」
私が叩いたところで、誇張なしにアリシアさんは痛くも痒くもないはずだ。何なら手のひらが頬に届く前に掴んで止める事も簡単だっただろう。
「人の命を奪う権利は、神様でない限り持っていないと思います。神でさえ、寿命という形や不慮の事故という形でしか命を奪わないんです。人間がそれをしていいとは到底思えません。」
「命は確かに尊い物だけれど、自身を護る為に他人を犠牲にする事は仕方がない時があるのよ。」
それも理解している。理解したうえで無茶な事を言ったのだ。
「私には、あの場が仕方がない時だとは思えませんでした。ですが、きつく言ってしまったとも思っています。なので明日顔を合わせた時に謝りたいです。」
「そうね、その方が良いわ。今日は難しい事は考えないでゆっくり休みなさい。」
お休みなさいと言って、母は私の頭を優しくなでる。心地よさに思わず目を細めて、母の背中を見送った。
「はぁ~。」
ため息をたっぷりついてベットの上にそのまま倒れる。
正直不安だった。アリシアさんに帰っても良いと言った時、本当に帰ってしまったらどうしようかと内心あたふたしていた。
あの人は強い、素人目だから強く見えるとか、多分そういった類では無いほど強い。学びたいことが山ほどある今、優秀な先生を逃したくは無いのだ。
「やっぱりあの人は死んでしまったのかな。」
溢れ出した鮮血からした鉄の匂いと、生ぬるい温度を思い出すだけで吐き気がする。死というものがこんなに身近な物だと思っていなかったし、思いたくもなかった。
……あの人の家族はどうなるのだろう。貴族だと言っていたが、娘が勤務中に殺されたと聞いたらどう思うのだろうか。
娘の死でさえ、ヘイデン家が下した判断なら正しいだろうと飲み込んでしまうのだろうか。
((悩んでるの?))
((困ってるの?))
普段は話しかけてこない妖精たちが、私の様子を見て心配してくれる。
「あなた達は死ぬことがあるの?」
((無いよ?))
((いなくなる時は、自然に還る時だよ?))
「その死はきっと、痛くもないし怖くも無いんだろうね。」
((怖くないよ?))
((おっきい流れに乗って、元の場所に還るの!))
人間はきっと、その流れからは排除されてしまっているのだろう。自然の異物は、いつだって人間だけなのだから。
「とりあえず、全属性の魔法を完璧に使えるようになってソロモン王?の力さえ自分の物にしてしまえば、結構我儘通りそうなんだけどなぁ。」
((魔法使えるよ?))
((完璧出来るよ??))
「できる事は知ってるけど、いきなり魔法が完璧になったり、失われた魔法が蘇ったりしたら驚かせちゃうでしょ?急ぎたいけど、不自然にならないようにゆっくり学んでいかなきゃ。」
魔法だって、使える潜在能力はあっても、使い方が分からなければ宝の持ち腐れだ。今の私は完全に宝の持ち腐れ状態だし、アーティフィカル妖精を仕入れなければまともな魔法の練習さえ厳しい。
((人間難しい))
((人間分からない。半分精霊王様で、半分人間なの、もっと難しい))
「……私は正真正銘の人間よ、精霊王じゃないわ。ねぇお願いがあるんだけど、アーティフィカル妖精を、全属性……光以外の属性の子が欲しいの。誰か作れる子知らないかしら?」
((偽物、多く作らない))
((偽物、わざと作らない))
妖精はアーティフィカル妖精の事が嫌いだ。自分たちに似たマネキンの様なものを人間が連れて歩いているのだ。当人たちからしたら気持ち悪く映るのも当然かもしれない。
((お困りですか……?))
「ウエンディさん!」
ウエンディさんは水の上位精霊で、私に唯一それっぽい助言をくれた精霊である。
((何かお困りの気配を感じて、そわそわしてしまいました。私で良ければお話を聞きましょうか?))
「本当ですか?実は非常に困ってることがあって……精霊であるウエンディさんにお願いするのも心が痛いのですが、アーティフィカル妖精を見繕って欲しいんです。」
((アーティフィカル妖精をですか?ルスさんでは事足りないと言うことでしょうか?))
ウエンディさんは私のベットの上に座るルスと目を合わせると、二人同時にコテンと首を傾げた。
「私の魔法はルスを介して使うものでは無いので、それに関しては困っていません。ですが他属性の魔法を使う際に、妖精がいないと奇異の目で見られてしまうんです。」
人間とは困ったものですよねというと、同意してくれたのか何度か頷いてくれた。
((そうですね……沢山の属性の魔法を怪しまれずに使いたいのでしたら、私の方からプレゼントを用意しましょう。))
「プレゼント……ですか?」
((はい。妖精や精霊が自らの力を込めて作る魔石の他に、手間はかかりますが魔宝と呼ばれる結晶があるんです。))
「魔宝?」
((それは人間世界には殆ど出回っていないもので、人間が使う鑑定魔法ではまず正確な情報は引き出せないでしょう。そこで、私の方で全霊の加護という特性をでっちあげておけば、全属性を妖精なしに使えても不自然ではないはずです!))
ほうほう……要するに精霊たちが、私がいろんな魔法を使ってもおかしくない様にお膳立てしてくれるという事か。
「是非ともお願いしたいです!その魔宝……?を作るのにはどれくらいかかるんですか?」
((普通の妖精に頼めば数年かかりますが、私が他の上位精霊に掛け合って一晩で済ませてみせます。明日の朝、ティアさんが起きるころには枕の横に置いておきますね。))
おぉ、流石上位精霊だ。仕事が早いし、なんとなく信憑性も高い。
「ありがとうございます。それでは、明日の朝を楽しみにして今日は眠りますね!」
((はい、期待していて下さい。それとゆっくり休んでくださいね。))
「わかりました。おやすみなさい、ウエンディさん。」
私はウエンディさんの返事を待たずに、ベットに体を委ねて目を瞑った。
何かを考えれば、鮮明に残酷な描写が浮かび上がってくる。あれはまるで何かの悪夢だ。
思い出さないように、思考に釘を刺す。
振り返る事に意味はない。犠牲はあの人1人だけ、もう私の未来には犠牲者は一人も居ないのだ。
アリシアさんを叩くと決めた瞬間に、私も強くなろうと覚悟を決めた。
私はもう、甘えてばかりの5歳児ではない。
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「……ティアお嬢様、ティアお嬢様!起きてください!」
「なんですかレラ、珍しくぬぇ過ごしてしまったようですが……偶には良いではないねすか……。」
余りの寝起きに私の滑舌もまだお休み中だ。昨日は色々な事があって疲れているし、もう少し寝ていたってバチは当たらないだろう。
「お嬢様!時間はいつも通りなのですが、この宝石に見覚えは?」
……宝石?
「宝石!」
勢いよく起き上がってみると、枕の横に光る小ぶりな宝石が目に入った。なぜかそれは首飾りのようになっていて、金のチェーンに涙の形の細工がしてあった。
ウエンディさんのおまけだろうか。華奢な金細工のチェーンは、中心についた濃紺の宝石を邪魔することなく控えめに引き立てている。
「お嬢様の装飾品の中には、このようなデザインの物は無かったはずです。」
「……夢を見ました。妖精に宝石を貰う夢です。」
宝石を貰う事ばかり考えて、すっかりどうやって手に入れたかという言い訳を考える事が頭からすっぽり抜けていた。
でもこの世界はファンタジーな要素でいっぱいだ。多少お花畑なことを言っても怪しまれはしないだろう。
「夢で貰った宝石は、この宝石なんですか?」
「あまりはっきりは覚えていないのですが、青い妖精さんから貰ったんです。この宝石は、その子によく似ている気がします。」
チェーンを持ち上げ宝石を覗き込むと、宝石の中の色がゆらゆらと揺れていることに気が付いた。多色な宝石なのだ。一見すると紺色のような深い色だが、よくよく見ると赤や青、白や黄などが複雑に絡み合っている。
「……何が起こったのかはさっぱりですが、とりあえずソフィア様にお見せしましょう。」
レラが宝石に手を伸ばす。
「……やっ!」
宝石に手が触れそうになると、突然パチリと光を放った。驚いたレラから可愛らしい悲鳴が漏れる。
「大丈夫ですか!?」
「すみません、全く痛く無いので大丈夫です。突然で驚いてしまって……もしかしたら、お嬢様以外は触れもしないのかもしれませんね。」
恐る恐る手を伸ばして宝石を拾うが、先ほどのような光が出る事は無かった。とんでもない代物だから、精霊たちの間で何か制約を付けたのかもしれない。
「私は触れるので、とりあえずお母様の所に見せに行きますか。」
その前に身支度を済ませましょうと提案されて、レラが洗顔用の桶にたまった水と軽い素材のワンピースを持って戻ってきた。
「ありがとうございます。」
まだ化粧のけの字もない私は、水で顔を洗うだけで手入れが終わる。だが他の女性の手入れはどうなっているのだろう。
母の顔にはおしろいの様なものが塗られているのを見ているが、前世のような液体状のファンデーションはキラキラとしたアイシャドウは見たことが無い。
化粧っけが無くても綺麗な人たちばかりだから、あまり浸透していないのだろうか。
「ソフィア様は既にリビングに居るそうです。」
「……アリシアさんは一緒ですかね?」
昨日の事を謝りたい。そう思っていることに変わりわないのだが、いざそれが目の前に迫ると気まずくなって心臓がバクバクと鳴りだす。
「朝食を終えた後、少し鍛錬がしたいとの事で出かけたそうです。午後には戻るとの事でした。」
居ないと聞いてほっとした自分をぶん殴ってやりたい。
「そうでしたか。戻ってきたらすぐに教えて貰えますか?」
「かしこまりました。」
レラがお辞儀をして体を避けてくれたので、その横を通り過ぎてリビングに向かった。
総合ポイント50行きました!ありがとうございます。
ブックマークも少ないですが着実に伸びているので、マイペースに頑張っていきたいと思います!
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