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23話 品位と資格

「まず、何故ここに集められたか心当たりがあるものは挙手を。」


「----」


「誰も分からないという事ですね。それでは、始めましょうか。」


 この場には、私と母、アリシアさんとレラ、そして集められた使用人15名が居る。春華祭から戻った後、余りの使用人の少なさに悲鳴を上げたレラが、自ら面接をして母に許しを請い雇用した面々ばかりだ。


「まずは手を挙げて膝をつきなさい。」


「……なぜでしょうか。」


 声を上げたのは庭師のアーロンだ。唯一の男性使用人である。そして、この件に全く関係ない人だ。疑問を訴えるのも当たり前だろう。


「ヘイデン家を裏切った者が、この中に混ざっているからです。これは許される事ではありません。」


 したがって身辺検査を行いますと、レラは言った。宝石を盗んだ使用人は、集めた時点でレラに伝えてある。ほかの使用人は調べる必要も無いのだが、他の不正が無いとも限らないという事と、見せしめが必要との事で調べるらしい。


「失礼ですが体を触らせて頂きます。」


 何のためらいもなくアーロンの体を触っていく。ズボンのポケット付近を触ると、何か違和感を感じたのか中身を出すように指示した。


「大したものではありませんし、怪しい物でもありません!」


「それを確かめる為に検査をしています。出してください。」


 感情の籠っていないレラの声が広いリビングに響く。普段と全く違う雰囲気に息が詰まりそうだった。


「これです……今朝収穫した夜明草の球根です。夜に植えなければ発芽しない為、ポケットに入れっぱなしにしていました。薬草の一種でソフィア様からの依頼で育てているものです。」


 なんとも庭師らしい持ち物だ。普段腰から下げている小さいバッグには、スコップや鋏、持ち運び用の肥料など、な使用人的な持ち物しか出てこなかった。


「ポケットの中身は全て出してください。その上で身体検査をしていきます。」


 その指示を聞いた使用人たちは、ゴソゴソとポケットやポーチの中身を出し始めた。中身は似たようなもので、メモ帳やペン、手鏡やハンカチ、いざという時のための金品など全く同じだった。

 きっと持ち物のマニュアルがあるのだろう。お揃いが多い辺り、勤める際に屋敷から支給されるのかもしれない。


「……なにこれ。」


 一人の使用人が震える声で、ポケットから何かを取り出した。見た事のない赤い輝きを放つ、大きなルビーと上品な金細工が添えられた髪飾りを。


「何これとは?正真正銘、貴女の服の中から出てきたものですが。」


「ち、違います!私の物ではありません!こんな高価な物、私なんかが持てるはずないではありませんか!」


 悲痛な叫びをあげたのは、私の部屋から出てきた人とは違う使用人だった。手のひらの中にあるそれは、私の部屋から持ち出された髪飾りで間違いはない。


「貴女が持てるか持てないかは関係のない話です。この髪飾りに見覚えのあるものは居ますか?」


「……ティアお嬢様の物です。」


 恐る恐る進言してきたのは、盗人張本人だった。


「どうしてそれを知っているのですか?貴女は洗濯担当のメイドでしょう。」


「お嬢様のぬいぐるみやクッション、カーペットなどの汚れが無いか確認するため、何度かお部屋に入ったことがあるからです。」


「勝手に部屋に入ったという事ですか?」


「本日驚かせてしまった際に謝罪し、次からは断ってから入室することを指示されております。」


「……貴女にも盗むスキは有ったという事よね?」


 私に謝罪をしており、完結していると言われてしまえばレラも責めるに責めきれないのだろう。レラの形勢が傾いたと分かると、盗人が饒舌になる。


「私が盗むことはございません。私は使用人の中で数少ない貴族です。ヘイデン家に従える事を光栄に思っております。実家もお金に困る事は無く、盗む理由もありません。」


 これは……悪い方向に進んでいるのではないだろうか。私がこの人が盗んだのを見たと言ってしまえば早い話だが、現に髪飾りは何故か違う使用人の服から出てきてしまっている。

 どうやって彼女が他人の持ち物に髪飾りを紛れ込ませたかは分からないが、中々ずる賢い思考の持ち主なのでは無いだろうか。


「家は関係ない様に思いますが……他にティアお嬢様の部屋に入った事の有る使用人は居ますか?」


 手を挙げたのは2人だ。そしてこの2人は私にも深く関わりがある。


「エリンとヘレンですか……確かにあなた達は入ったことがあるでしょうね。」


 この2人は私が転生してきた直後から、レラとあまり変わらない時期にアーロンと共に採用された2人だ。

 その名残で、レラと一緒に私の身の回りのことをしてくれている。レラと違う点があるとすれば孤児院出身で身寄りが無い為、マナーなどを教えることが出来ないくらいだ。


「肝心の貴女は、一度も入った事は無いの?」


「……私は台所周りを任されていますので、お嬢様の部屋に入る機会はございません。ですが……絶対に盗もうだなんて思いません!私が罪を犯せば、街にいる貧しい実家の生活が危うくなります!それは、面接の際にレラ様にもお伝えしたはずです!」


 彼女はそのまま顔を覆い、声を殺して泣き出してしまった。その姿はとても見ていられるものではない。


「実は「ですが、入ったことが無いという事が嘘なのでは?」


「どういう事ですか?」


「実家が貧しいんですよね?それならば、その髪飾りは彼女に必要な物のはずです。1ヵ月働くより手っ取り早く大金が手に入るのですから。」


 白々しく言い放ったのは、盗んだ張本人だ。


「この中で一番怪しいのは貴女です。それを分かっているのですが?」


「……?私は怪しくありませんよ。一番怪しいのは、髪飾りを持っていた張本人、その次に部屋に入った事のある仲良し2人組、その次に失礼ですがレラ様、そして私です。

 理由はその髪飾りが必要か必要でないか、私は髪飾りをそれほど高価な物ではありませんが持っています。お嬢様の物を盗む必要はございません。」


「貴女、何を言ってるか分かっているの?」


「お言葉ですが、失礼なのはそちらでは?貧しい平民と孤児院生まれ、没落貴族と私が同等な訳がないでしょう。それに、私は庶民では気が回らない所まで気を使って、屋敷を清潔に保とうとしたまで。おかしな事をずっと言っているのはレラ様ですよ?」


 こいつ黙って聞いていれば頭がおかしいんじゃないか。そして、レラも人を見る目が無さすぎる。どうしてこんな人使用人に選んだんだ。


「っ……!」


「ティアお嬢様!?」


「今すぐ、貴女が侮辱した人に謝りなさい。これはお願いではありません、命令です。」


 人生で初めて、人をぶん殴った。エリンもヘレンも、真面目に仕事をしている。家族が居ない彼女たちは、私やお互いを家族のように思い合い仕事をしていた。

 ……お金を使う家族がいないからと内緒で街のお菓子をくれる心の優しい人たちであることも知っている。

 そして何より、レラを侮辱した挙句平気な顔をして人を見下す、その神経が許せなかった。


「……ティアお嬢様、私の顔を殴ったのですか?嫁入り前の私の顔を!」


「貴女が部屋から出て行ったとき、後ろに咄嗟に隠した手に髪飾りを握っていたのが見えました。私はまだ背が低いので、下に有るものが見やすいんですよね。」


 そう言うと、彼女の顔から見る見るうちに色が消えていく。


「集められたとき、最初に白状する機会を与えるように指示したのは私です。気の迷いでこんなことをしてしまったのなら1度は許そうと思ったから……ですが許す必要は無さそうですね。」


 怒気を込めて盗人を見ると、彼女の視線は焦りから怒りに変わった。その瞳の変化に気づきながら、私は動くことが出来なかったのだ。


「動くな!!」


 手を引っ張られ、首筋に小さな刃物を突き付けられる。ひんやりと金属の感触が襲ってきたとき、自分のピンチに気が付いた。


「ティア!」


 母が飛び出そうとするが、それをアリシアさんが止める。


「動いたら娘を殺す!無事に帰して欲しければ、私をここから逃がし家族にも手を出さないと誓ってください。これは血の契約です!」


 血の契約、という言葉が彼女から伝えられた瞬間、細い手首にかかっていたブレスレットが光り始めた。

 魔方陣のようなものがコロコロと色を変えて私の周りに現れる。


「さぁ、誰が契約するの?」


 彼女の言葉からは余裕さえ感じることが出来る。血の契約とは何なのか、この魔法陣と関係ある事は確かだがさっぱり見当がつかない。


「私が契約します。私はティアお嬢様の家庭教師アリシアです。レイム家に忠誠を誓った私なら、その契約にふさわしいでしょう。」


「もし私や家族に貴女たちの関係者の手が伸びれば、約束を破った対価として貴女に厄災が降りかかる。ヘイデン家を代表して貴女が、誓いなさい。」


 アリシアさんが一歩前へでる、その歩みを止める者は居ない。


「ダメですアリシアさん、詳しい事は解りませんがめちゃくちゃな契約ではありませんか!」


「安心してください、ティアお嬢様が無事ならどんな厄災であろうと喜んで受け止めましょう。」


「……見上げた忠誠心ね。吐き気がするわ。」


 アリシアさんが嘲笑した笑みを浮かべた瞬間、輪郭がぼやけて姿が消えた。


「……その汚い手でお嬢様に触れるな。」


 次に視界が動いたのは、首に押し付けられていた冷たい感触が消え、それと同時に溢れた鮮血で足元が濡れた時だった。


「……っあ」


 恐怖で足がすくみ倒れそうになるのを駆け付けたアーロンが支えてくれる。


「次に切断するのは左腕、この広大な庭に腕無し案山子として飾ってやろうか。死してもなお、未来永劫辱めてやる。このお方は、貴様らのような人間が気軽に触れて良い方では無い。」


「……己の価値と神の価値をはき違えるなよ。」


 足元に崩れ落ちている彼女は、既に意識はない。ピクピクと生きているように痙攣する姿は、前世で流行ったゾンビゲームのゾンビみたいだ。

 血は勢いよく溢れ出し、流れが止まる事は無い。魔力の供給が止まったのか、切り離された腕につくブレスレットは光を失っていた。


「……死んだの?」


「アリシア、やりすぎよ。ティア、少し休みなさい。」


 魔法の言霊が響いたと思えば、私は意識を失った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お久しぶりですね、ティアさん。いえ、雫さんと言った方が良いかしら。」


「ティターニアさん……私もしかして死んでしまいましたか?」


 真っ白い空間に、私がまだ前世の人間だった頃に会った、美しい女神が悲しい顔をして立っていた。


「死んでなんていませんよ。貴女は生きています、母親の魔法で眠っただけです。この空間は貴女が作ったもので、私は貴女に引き寄せられたようだけど……何かあったの?」


「私が、ここにティターニアさんを呼んだんですか?どうしてでしょう、会えるだなんて思っていなかったし、伝えられることも特に無いんです。」


 淡々と自分の中から言葉が出てきて、まるでうわ言のようだ。自分が自分でない様な感覚、不快ではないが不安ではある。そんな不思議な感覚だ。


「何か悲しい事、辛い事、怖い事があったのですね。それを忘れたくて、私に頼ったのですか?」


「辛い事……辛い事なんてありませんよ。周りの人も優しくて良い人ばかりですし、文明が前世程進化していないのにも関わらず、不便な思いは殆どしていません。」


「じゃあどうして、貴女は泣いているのよ。」


「え……?」


 焦って頬に触れると、確かに濡れていた。


 泣きたくなんて無いのに。


 辛い事なんて無いのに。


 どうして涙を止める事が出来ないんだろう。


「厳しい事を言うけれど……私は貴女を助けることは出来ません。私はもうそちらの世界に関与することは出来ないから。」


「貴女が決死の思いで助けを求めた先がここでも、何もしてあげることが出来ないのよ。」


 人が死んだ。


 あの人はもう助からないだろう。


 家族が居た。確かに家族が居て、庇っていたんだ。


 それをいとも簡単に殺した。


 刃物で。


 あの冷たい金属で。


「私は何かして欲しくて、ティターニアさんを呼んだわけでは無いと思います。」


 残酷だと思った。


 どうして殺してしまったのか。


 どうして話すこともせずに諦めたのか。


 どうして、私はあの時飛び出して行ってしまったのか。


「精霊王である貴女に、聞きたいことができました。」


「……何かしら。」


「命とは、軽い物ですか?優劣は有りますか?尊い命とそうでないものがありますか?」


「ない……とは言い切れません。精霊や妖精には命の優劣はありません。ただ人間は、難しい生き物です。上があれば下がある、そういう生き物だと思っています。」


 私の命はあの人より上だったのだろうか。


 アリシアさんは私を神だと言った。


 5歳の魔法も使えなければ自力で生きていく事も出来ない少女を。


 じゃああの人は?1人で生活が出来て、私より知識があって、支えている家族が居て、それでも私の命はあの人より尊いのだろうか。


 家柄が凄いだけなのに……?


「下らない。下らなすぎるよ、人間は。」


「……勘違いして欲しく無い事があります。確かに人間は、何事にも優劣をつけたがります。それがたった一つしかない命でも、同じことです。」


「ですがそれは、全てが悪い事ではありません。取捨選択は繁栄していく上で必要不可欠な要素、我々精霊には出来ない事なのですから。」


 ティターニアさんの言葉が遠く聞こえる。こんなに近くで話をしているのに、まるで中身が入ってこないのだ。


「……貴女が強くなればいい。」


「え?」


「貴女が納得できない事、許容できない事、それらを解決できるだけの力が有ればいいのです。幸いあなたには、他の誰にもない稀有な力が眠っています。それを駆使して、自分の目指す所に向かえばいいのですよ。」


 その言葉を聞いた瞬間、白い空間が崩れ落ち、私の意識は現実に引き戻されていった。



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