22話 才能
「初めまして、今日からティア様の家庭教師をさせて頂きます。アリシア・ホルクロフトです。宜しくお願いします。」
「初めましてアリシア様、至らぬところが多いとは思いますが、よろしくお願い致します。」
母からの衝撃発言があった約3時間後、予定時間より遅く私の新しい家庭教師は屋敷に到着した。
そして、驚いたのはその風貌だ。初めてズボンを履いた女性に会ったのだ。
「アリシア、わざわざ来てくれてありがとう。少し遅れていたようだけど、何かあったの?」
「王都とシルフィセレフの道中に盗賊が出たんです。その討伐に参加していたら遅くなってしまって……申し訳ありません。」
彼女は白いブラウス(袖が膨らんでいて女性らしい)に、ビスチェのような形の防具を身に着け、下は水色のぴったりと肌に付く長ズボンだ。ひざ下まで伸びる防具と似たような素材でできたブーツが、彼女の鍛えられた肢体を露にさせている。
「賊がでたの……!?どこも怪我はしていない?それと、その賊はどちら側の道にいたのかしら?」
「賊が出たのは王都側です。商人が目的だったのでしょう、大した腕ではありませんでしたので怪我もしていません。」
母は今朝家を出たテオを心配したのだろう。もし賊がでていたら、子供と御者だけの馬車なんて格好の獲物だ。……乗っているのが訓練を受けた戦闘経験のある子どもであることを除けば。
「それならよかった。長男がお昼に街を出て王都に向かったばかりなのよ、捕まえてくれたなら安心だわ。」
そもそも賊なんて呼ばれる人たちがこの国に居るというのが驚きだ。私から見た街は平和そのもので、争いや奪い合いなんて起きてるように見えない。
「立ちっぱなしもあれだし、荷物を部屋に運んでお茶にしましょうか。」
この世界のお茶率高い、というか我が家が異常に多いだけかもしれないけれど。
アリシアさんの部屋は使用人が使う屋敷1階の部屋だ。広さも普通だし、インテリアも普通、過ごしやすいぐらいだと思う。
冒険者だからか、男勝りな面があるからか、荷物は女性と思えない程少なかった。
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「アリシア様は王都に住んでおられたのですか?」
「様付けは止めてください、私は平民の出なのですから。貴族の方に様を付けられるような身分ではありませんので。」
「ですがアリシア様は私の先生ですし……それでは、お互いさん付けで呼ぶというのはどうでしょうか。」
アリシアさんは私の事をティアお嬢様、母の事をソフィア様と呼ぶ。母の呼び名は通常だろう。雇い主に敬意を払うのは当然だ。
ただ私に関してはこれから教えを乞う身だし、いつまでも様付けだと居心地も悪い。
「そうですね……とりあえずティアお嬢様が私を様付けで呼ばないのであれば、それでも構いません。」
「アリシア、気を使わなくて良いのよ?今回も私の方から無理を言って先生役をお願いしたわけだし……。」
「無理だなんてそんな。私は元々レイム家の方々を護る盾です。直系の血を継ぐティアお嬢様の教鞭を執らせていただくなど、身に余る光栄です。」
彼女の母は、母の護衛だった。話の流れを聞く限り、代々レイム家に仕えてきた家系なのだろう。
「貴女は自由を許された身なのに……ごめんなさいね。早速だけど、ティアに教えて欲しい事を細かく整理したの。見てくれる?」
母はそう言って手書きのメモを見せてきた。事細かく書かれたメモに、アリシアさんが感嘆の声を上げる。
「ここまで細かく考えて下さったのですか?」
「自分の娘の事だもの。魔法以外に関しては任せきりになってしまうけど、魔法はここまでを3年でマスターさせてほしいわ。」
内容は、魔法の基礎力をつける方法が書かれている様だ。教育者向けの台詞なのか、魔力操作に関しても事細かく書かれている。
「魔力を練る事は、現在のお嬢様でも出来ているでしょう。魔力の流れを診れば大体わかります。問題はその先、そしてその中身ですね?」
「そうなのよ、この子はまだちゃんとした魔法を使ったことが無い。漠然とした大きな魔力を、言葉に乗せて発現しているだけ。魔力の奥深さに関しては何も知らないの。」
そう言って母は指先に魔力を集中させた。光魔法を無意識下で使っているのか、淡く光っている。その魔力は小さな粒状を保ったまま、こちら側に圧を感じる程大きくなっていった。
「お、お母様?」
あまりに激しく膨れ上がる魔力の発光とプレッシャーに、一抹の不安を覚えて母の名前を呼ぶ。魔力の粒が決壊しそうな程圧縮されたとき、圧だけを残して光輝く魔法の粒が消えた。
「っ……。」
目の前の大きな光が突然消えたせいで、視界がチカチカする。母の指先からは依然としてプレッシャーが放たれており、それは消える気配が無かった。
「これは今、魔力の可視化を解いた状態よ。魔力は自分の内側を流れるもの、人に見せるも見せないも自分次第。」
そういって微笑むと、母の指先から圧が消えた。そして、人差し指を立てた状態のまま机に置かれたマドレーヌに近づける。
母の指先が近づくにつれて、マドレーヌは2つに裁断されていった。
「そして、その魔力がどこに、どんな状態で留まっているかを知らせるのも自分次第なの。」
そのマドレーヌの断面は、所々黒く変色していた。
「これは光魔法だけを使った攻撃魔法よ。沢山の魔力を使うから普通の人では難しいかもしれないけれど、ティアならきっとできるわ。」
「……この魔法をティアお嬢様に覚えさせるのですか?」
「魔法の正しい使い方、使い時、それも含めて教えて貰いたいの。身にかかる火の粉は、自分で払えるようにしておかないと。」
この魔法は最終段階だけどね、お茶目に言った母はお世辞にも可愛いとは言えなかった。
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「とりあえず、ティアさんの魔力の総量を確認しましょう。」
そう言って彼女が取り出したのは、手のひらに収まる水晶だった。
「魔石ですか……?」
私が街中でシルフィさんと作り上げた魔石によく似ている。色こそ透明だが姿かたちはそっくりだ。
「魔石になる前段階の水晶です。この水晶の光の色で、その人の魔力総量を図ることが出来ます。」
アリシアさんが手をかざして魔力を込めると、水晶は赤色に光出した。
「魔力の段階は6段階、上から紫、赤、桃色、橙、黄、水色、青の順番です。橙色から上の光を持つ人は、魔法師として生活していけると言われています。」
アリシアさんの魔力は上から2番目って事か……凄くない?多分こういうのって上位層に属している人は英雄レベルなのでは?
「アリシアさんは赤なんですね……私はどうなるでしょうか。」
「魔力総量は潜在能力です。訓練ではどうしようもないので、こればっかりは神に祈るしかありません。ただ、魔力が少ないからといって戦い方が無いわけではありまんから、気負う必要はありませんよ。」
ではどうぞと言った風に、水晶を差し出してくる。この水晶に込める魔力の量はきっと関係ないのだろう。なんらかの作用で、体の中の魔力値を量る事が出来るのだ。(詳しい事はさっぱりだが)
「いきます。」
そっと水晶に触れ、魔力を込めると徐々に水晶が光出す。
「随分とゆっくり光出していますが、これは正常ですか?」
「魔力操作に慣れていないとこんなものです。これは魔道具のような物なので、魔力の込め方にもコツや癖があります。」
2人でじっと水晶を見つめるが、光は強くなっても色が変わる気配がない。
「これは……黄色という事でしょうか?」
「いえ、黄色はもっと色彩が濃いはずです。これでは白すぎますね。元々そんなに強い魔道具ではありませんし、壊れてしまったのかもしれません。」
水晶をコツコツと爪ではじくアリシアさん、赤く変色させてしまう程の魔力に何度も触れては壊れてしまうのだろうか。
「あら、懐かしい魔道具ね。」
「お母様、休んでいなくて平気ですか?」
庭で訓練をしていた私たちに、飲み物と軽食の差入れだろう。手には小さなバスケットが掛かっている。
「これくらい平気よ、私も久しぶりにやってみようかな~。」
軽い足取りで近づいてきた母は、アリシアさんの手から水晶を取ると、徐に魔力を込め始めた。
「ソフィア様、その水晶は既にティアさんの魔力が込められていて、どうやら壊れているようです。もしかしたら魔力の重複で割れてしまうかもしれません。」
「大丈夫よ、ティアの魔力は相殺して流すから。」
母の手のひらに水晶が移動すると、私の色の無い魔力が消えていく。その瞬間に紫色の魔力が水晶に入って行くのが視えた。
予想はしていたが、母の魔力は紫らしい。当然と言われれば当然だ。世界最高峰の魔法使い、聖女の二つ名は伊達じゃ無いだろう。
「……?おかしいわね、魔力の色が変わりそう。」
水晶の中でゆらゆらと動きながら光る母の魔力は徐々に色が薄くなり、白っぽい紫色へと変色した。
「この色は見た事がありません。色が薄いですね。」
「若い頃……というか子供の頃は問答無用で紫だったのに。前線から退いて衰えちゃったのかしら。」
「お腹に赤ちゃんが居るから、魔力の質が変わってしまったというのは考えられませんか?」
母に起こった一番の異変は妊娠だろう。母体の中に新しい命が宿れば、その子供の魔力と混ざり合って本来の魔力ではなくなっているのかもしれない。
「それは有り得ません。この魔道具は魔力の量をみるものであって、質云々は判断できないでしょう。もし、お腹の子供が関係あるとすれば総量が増えたという事だけです。
ソフィア様の魔力プラス、子供の魔力の合計が白っぽい紫だと考えるのが妥当でしょう。」
「……ということは、魔力が強ければ強いほど白くなるって事?」
「そういう事になりますね。」
「ティア、貴女のさっきの魔力の色は何色だった?」
「…………ほどんど色が無いほど真っ白でした。」
魔法が上手いかどうかはわかりませんが、魔力量に関しては人並み外れた物がありそうです。
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「まさかティアさんにあれだけの魔力総量があるとは驚きです。」
魔力が底なしだと判明し、これからの練習の流れや目的を説明され、時間はあっという間に過ぎ夕飯時だ。
「あまり大きな声では言えないけれど、ティアは魔石を作れちゃうぐらいだから想像しようと思えばできたわよね。」
「え!?魔石を作ったんですか?」
「上位精霊シルフィに会ったらしいのよ。その時に唆されてしまったみたい。精霊に好かれるなんて、どこかの誰かさんそっくりだわ。」
きっと今、父が王都でくしゃみしただろう。
「魔石って人間の手でも作る事が出来るんですね……。」
「鑑定結果を視たら魔力がティアの物ってだけで、付与された能力とかはあまり関係なさそうだけど。」
「ティアさん、相変わらず妖精はルス君だけですか?」
アリシアさんはテーブルに座るルスに目線を向けて問いかける。
「相変わらず私の傍に居るのはルスだけです。1つの属性しか使えないのは、一般的に見てもおかしいのでしょうか?」
「そうですね……どんなに魔力が乏しい人でも3属性位の適性は有るものです。まぁもしかしたらそれも才能かもしれないですし、焦る必要は無いと思います。」
魔力が人より多い事がバレてしまって、それにも関わらず属性を光だけに絞るのは難しそうだ。そして何より、先生ができたなら属性を一つに絞らず教えて貰いたい。
「ティアはまだ目覚めて日が浅いし、もう少し落ち着いたら妖精も来るかもしれないわ。」
「本来なら3歳くらいまでに妖精は定着するものです。目覚めて3年以内なら、いつ妖精が現れても不思議じゃないかもしれません。」
魔法に関するトークを中心に、女子会と化した夕食は盛り上がる。
私の魔法の才能は、未知数であり、伸びしろも不明。
ただ、短い時間でアリシアさんが本当に優秀な人だと実感できた。彼女の考え方は、なんとなくや雰囲気ではなく根拠があり、私の堅い頭でも理解しやすい。
頑張りがいがありそうだ。
「お話が楽しくて夜更かししちゃいそうだわ。体に響くと悪いし、もうお開きにしましょう。アリシアさん、ティアの後でもよければお風呂に入ってみて?広くて心地が良いはずだから。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」
「それでは私も少し急いで済ませますね!」
「ティア、のぼせる程入ってはダメよ?」
「はーい!」
母の話を片耳で聞きながら自室へ戻る。着替えとタオルぐらい、今の身分ならば使用人がやってくれるはずだが、何となく心地が悪いので自分でできる身の回りの事は自分でやるようにしている。
「さっさと入ってアリシアさんにゆっくりしてもらおーっと。」
誰も居ない気の緩んだ瞬間はお嬢様言葉も抜ける。数年後には気の抜けた言葉遣いもなく、所作もいつでも完璧に美しい淑女になっている予定だ。
だけど現在の私はまだ5歳なので、見られて無い所では気を抜きますとも。
「ティアお嬢様、ご入浴ですか!?」
部屋の中に入ろうとしたとき、誰も居ないはずの自室から焦った様子で使用人が駆け出してくる。
「はい……私の部屋に何か御用ですか?」
疑われないように、何も知らないふりをしているが、使用人の手から覗くほどの大きな宝石が付いた髪飾りが体の後ろで右往左往している。
「いえ!お部屋にあるぬいぐるみが汚れていないか、使用人たちで日替わりで確認していたのです!ご不快な思いをさせないよう、お部屋に居ない時間を見計らってしておりました。」
「そうだったんですね、ありがとうございます。なにかありましたら、汚れの有無にかかわらず自分でお願いできるので、お部屋に入るのはやめて貰えますか?」
「はい、申し訳ありませんでした。業務に戻ってよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。かえって引き留めてしまって申し訳ありません。」
私はすぐ部屋に入り、他に盗まれた物が無いか確認する。
特に違和感は感じない、というか装飾品は自分の管轄ではないしレラに聞いた方が早いだろう。
大事な物は特にないし、盗まれて困るようなものもない。ただ、自分の生活圏に知らない人が入って、物を盗っていくというのは心地の良いものでは無かった。
「……レラを呼んだ方が良いですよね。」
この家の使用人の長はすっかりレラになってしまった。母を呼んで気をもませたくはないし、かといってあの髪飾りをあげる訳にはいかない。
賃金自体、他の家より遥かに良い額を払っているはずだ。盗みが許させる理由になりそうなものは無い。
「お嬢様、少々お時間よろしいでしょうか?」
扉の外から待ち人の声がした。丁度良くレラが来てくれたのである。
「入ってください。」
「ご就寝前に申し訳ありません。ご提案したいことがありまして……。」
「提案したい事ですか?何でしょう?」
「アリシア様が新しい家庭教師として、お嬢様の教鞭を執られるという事で、スケジュールの確認をしたくてお時間を頂戴しました。」
詳しい話を聞くと、魔法と剣技、ポーション作りにマナー講習など、やる事山積みな私に習い事の比率を決めて欲しいとの事だった。
「そうですね。そのお話をする前に、私から一つ至急でお話があるのですが……。」
私は話の腰を折って悪いと前置きを置いて、先ほどの出来事の顛末を話し始めた。
「その使用人の顔は覚えておられますか?」
「はい、はっきりと覚えています。」
「余り事を大きくしたくないという、お嬢様の気持ちは十分にわかります。ですが、使用人の品位は家の品位に関わります。ここで穏便に処理してしまえば、許されるかもしれないという甘えが生まれかねません。
そうならないように、今回は厳罰に処したいと思います。」
レラの瞳からは、怒りと失望が感じられた。使用人を一番近くで親身になって接してきたのは、紛れもないレラ自身だ。
相手が悪いとはいえ、断罪するのは心が痛むだろう。そんな思いで厳罰すると言ったレラに、なんとなく可哀想だからと私が助け舟を出す必要は無い。
「わかりました。レラの好きなようにお願いします。」
これから使用人を集める旨と、母に事の顛末を説明しますと言ってレラは部屋を出て行った。
誤字、脱字などありましたらご指摘をお願い致します。




