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21話 門出と蕾

 時は過ぎて8月、夏の日差しが肌を焼く。魔法の力で涼しく調整された屋敷内では、引っ越しの準備が行われていた。


「それではお母様、ティア、行ってきます。」


「気を付けていくのよ、2週間の旅路は想像より長いからね。ご飯と睡眠だけはしっかりして、何か有ればすぐ連絡する事。」


「お兄様、お気をつけてください。無事のお帰りをお待ちしております。」


 今日は兄が王都校へ出発する日だ。早朝からまとめた荷物が玄関へ移動され、昼過ぎには王都からの馬車も到着した。

 馬車にはシルフィセレフからテオと同じように入学する子供3人が乗っていた。


「わかりました。父と長距離移動の練習もしましたので、それを思い出しながら慎重に行ってきます。ティア、次に戻れるのは冬になるからそれまで元気で過ごしてね。」


 馬車を待たせているので簡単な挨拶でテオが乗り込んでしまう。母の目には涙が溜まっていたが、テオに悲しんでいる様子はない。


「テオも大きくなったのね……もう8歳だもの。私が寂しがってはいけないわ。」


 馬車が見えなくなってからハンカチを取り出し、流れそうな涙を拭いた。私も寂しいはずなのだが、余り感情が湧かない。恐らく実感が無いだけだと思う。


「お母様、寂しいですか?」


「少しね、でも大丈夫よ。テオはしっかりしているもの、学校でもちゃんと過ごしてくれるわ。」


 剣の練習もしていたから、この辺の魔物なら苦戦することも無いしねとお茶目にウィンクした。


「それにしても、レオも居ない、テオも居ないとなると静かになるわね。」


 我が家はそもそも女所帯である。男の人は父とテオ、それと庭師のアーロンしかいない。父は王都で基本仕事だから屋敷に居ないし、テオは学校だ。そうなると我が家にはアーロンしか居なくなってしまう。


「ティアの魔法の先生も女性だし……女の園になってしまうわ。」


 今日は兄の門出の日でもあるが、新しい家庭教師との初対面の日でもある。母とゆかりがある人で、物腰はとても柔らかいが実力はお墨付きと話を聞いている。


「奥様、お茶の準備が出来ております。」


「分かったわ、使用人の皆にも休憩に入るよう伝えてくれる?」


「かしこまりました。」


 丘に戻ればレラがいる、そう思って春華祭から楽しみに帰ってきたら、レラはすっかりこの屋敷のメイド長になっていた。

 家庭教師も厳密に言うと使用人になるらしいが、私の先生が小間使いをしているとそわそわしてしまう。


「ティア、お茶にしましょうか。」


「はい、お母様。」


 所作の練習の為、レラに対する態度を改めたのは自分だ。しかしこうもはっきり距離があると寂しいものだ。


「そういえば、新しい先生のお名前を伺っても良いですか?」


 丘に戻ってからすぐに、兄の入学の準備が本格化した。荷物をまとめたり持ち物を用意したりという雑用は使用人たちがしてくれたから問題はない。本格化したのは勉強、特に実技だ。

 魔法も剣技も人並み以上、兄の評価は誰から見ても高い。だが当の本人が納得していなければ、周りから何を言われようとも関係が無かったのだ。


 ほぼ毎日、広い庭を駆け回り父と訓練してから、母と座学をメインに魔法の訓練をする日々だった。本人は勿論教師役の両親も中々にハードで、他の事にあまり時間を取れていない。


「あらごめんさい!私ったらそんな基本的なことも教えてなかった?」


「お母様が忙しいのは知っていましたから。今教えて頂ければ大丈夫です。」


「名前はアリシア・ホルクロフト、歳は22よ。私より2つ下ね。」


 ホルクロフト……?何処かで聞いた名前だ。


「お若いんですね、お母様の知り合いですか?」


「私が姉のように慕っている人の娘さんなの。実力もあって思慮深い、ティアの先生にぴったりだと思って春華祭の前から考えていたのよ。平民の出だからマナーなんかは教えられないけれど、それ以外は天下一品よ。」


 姉のように慕っていた人……あ、あの泉の位牌の人だ。母が凛々しい女性だったと懐かしんでいたサラという女性、あの人の苗字がホルクロフトだった。


「お母様が認めた方ならば安心できます。ですが私は魔法も剣も、素人同然です。呆れられないでしょうか。」


 ヘイデン家の長女精霊の愛し児!というキャッチフレーズばかり出回っているが、実際は異世界転生して5歳児になってしまった日本人だ。才能も無ければ、資質も無いかもしれない。


「5歳の女の子に何を望むって言うの。練習のれの字から教えて貰えるはずよ。」


 アリシアさんは私が只の5歳児だと思ってくれているのだろうか。母は私の事を5歳の娘だと思えるのは当然だが、家族以外はそう思ってくれないだろう。


 どうやって伝えたら私が一般人だと分かってもらえるか、アリシアさんが来る前に考えておかないと。


「そうだと嬉しいです。アリシアさんが来るまで少し時間があります、お母様が良ければポーション作りのお話をさせて貰いたいんですが……。」


「ごめんなさいティア、このあと病院の先生が来ることになってるのよ。診察が終わって時間があれば、少しお話ししましょうか。」


「……どこか具合でも悪いのですか?」


 母に限ってそんなことは有り得ない。治癒魔法を操る母にとって自身の体調管理は息をするほど当たり前のことだ。少しでも異変を感じたらポーションなどで調整している姿を見ているし、運動不足や食事面も気を使っている。


「少し確かめたいことがあるのよ……。体調も少し悪いけど、気にするほどじゃないわ。レラが昨日マフィンを作ってたから、もう少ししたらお部屋に運ばせておくわね。」


 そう言うとテキパキと使用人に指示をして、自分の部屋に戻ってしまった。


「確かめたいって何を……?まぁ良いや、部屋で読書でもしようかな。」


 兄の入学準備で屋敷全体が手いっぱいだった時、私の遊び相手は本だった。暇を見つけては部屋に籠り本を読む。飽きたらレラを呼んでマナーを教わる、そんな毎日だ。


 何の本を読もうかな……ポーション作りをやっていきたいし、薬草関連の本があればいいけど。


 自室の窓と反対側の壁に、埋め込み式で作られた本棚は私の背より相当高い。必死に見上げて本を探すと、(薬草と効能 初級編)と書かれた私にぴったりの物を見つけた。

 しかしその本はあまり読まれていないのか、本棚の一番上に鎮座している。私では到底届かない。


「レラを呼ばないと届きそうにないですね。……ルス、レラを呼んできてくれますか?」


 私の肩の上に座っているルスにお願いする。こくりと頷き部屋を出たルスを見送って、ソファーに身を預けた。

 3か月間みっちりとやってきたマナーの積み重ねで、背もたれに寄りかかる事も足を開いて座る事もない。


「……?お父様?」


 ここにあるはずの無い魔力が、猛スピードでこちらに向かっているのを感じる。3ヶ月の間、魔法の自主練はしていない。ただ魔法に触れなさ過ぎて何もできなくなるのが怖くて、魔力を練る事だけは毎日していた。

 その成果なのか、魔力を感じ取る能力も上がったのかもしれない。


「お兄様のお見送りにも来られなかったのに、何の様かしら。」


 ここ最近、王都での仕事とテオの先生役で父の忙しさはピークに達していた。仕事をセーブしていた反動で、テオが王都に向かう数日前からみっちり仕事だとぼやいていたのだが……。


(コンコン)


「ティアお嬢様、レラです。」


「あ、入ってください。」


「失礼いたします。」


「お呼び立てしてすみません、突然ですが父が屋敷に戻ってきそうなんですけれど何か聞いていますか?」


 本を取ってもらう用事はそっちのけで質問する。


「レオナルド様がですか……?特に何も聞いておりませんが、お医者様がソフィア様を診て下さっているのでその結果かもしれません。」


 医者がもう屋敷に到着してるのか、それならばレラの予想は当たっているだろう。母が王都に居る父をわざわざ呼び立てる程の何かが起こっているのだろうか。


「お母様は自室ですか?」


 魔力の近さ的に父もすぐ到着する。父と一緒に部屋には入れれば、どさくさに紛れて結果を聞けるかもしれない。


「はい、お部屋でお医者様の診察を受けています。同行するか聞いた所、自分の仕事をしてていいと指示されていました。」


「呼び立てておいて申し訳ないのですが、母の部屋に向かいますね。レラは仕事に戻ってください。」


 少々お行儀が悪いが、急いでいるのでレラより早く部屋を出る。私の部屋はこの広い屋敷の端っこ、母の部屋は父の書斎の隣、所謂屋敷の中心だ。

 私の足では、急がなければ父より時間がかかってしまう。


「お父様!」


 早歩きで部屋に向かっていると、同じく階段を駆け上がってきた父と鉢合わせした。窓から入ってこないあたり、急いでいるが緊急ではなさそうだ。


「お母様に何かあったのですか?」


「分からん、突然来てくれと連絡が入ったんだ。事情を聞けば医者が来ているというし、何が何だか……。」


 父も特別事情を聞いていた訳では無いらしい。


「レオ~?居るの?入ってきても大丈夫よ!」


 お喋りの声が中まで聞こえていたようだ。作戦通り父に便乗して私も部屋に入る。


「あら、ティアも来たの?でも丁度良いわね。」


 母はベットに居る訳でも無く、ソファーに医者と向かい合って座っているだけだった。テーブルには少量の医療器具らしきものが載っているが、特に具合の悪い様子もない。


「何かあったのか……?」


「実は伝えなきゃいけない事があって……本当はテオが出発するために言いたかったんだけど、確信に変わるまでに時間がかかってしまって。」


「やっぱりどこか悪いのですか?」


「実は…………赤ちゃんが出来たの。ティアはお姉ちゃんになるのよ!」


 ……赤ちゃん?ベイビー?兄弟?姉妹?え、ほんとに?お母さん妊婦って事ですか?


「ご懐妊おめでとうございます。」


 医者がタイミングばっちりに祝詞を紡ぐ。私と父は訳が分からずフリーズしてしまった。


「いつの間に……。」


 いつの間にって貴方の子だもの良く知ってるでしょうよ。それにしても妊娠に全然気が付かなかった。お腹のふくらみは女性特有のドレスでわかりずらいし、悪阻のようなものも見ていない。


「春華祭が終わった後、少し体調に変化があるなぁと思ったのよ。でも、違っていたらがっかりさせてしまうし、安定してから伝えたかったの。驚かせてしまってごめんなさい。」


「……ありがとうソフィア、毎回本当にありがとう。」


 この世界に転生した時を思い出す。父は母が私を生んだ時も、こうして感謝していた。震えそうな声で、ありがとうと言っていたんだ。


「お母様、おめでとうございます。」


 目の前で育まれた命が、産まれる光景を見ることが出来る。そしてその命が自分の肉親だという事は実に感慨深いし、神秘的だ。


「ありがとう、もう少ししたらお腹も大きくなって分かり易いと思うんだけど……。」


 ドレスの上からお腹の形が分かるように手で撫でると、普段は細くてぺったんこのお腹が不自然に膨らんでいるのが分かる。


「もう少し頻度を上げて家に帰って来なきゃいけないな。」


「私は大丈夫だから、仕事に支障が出ない範囲で帰ってきてね。」


 今は推定4ヶ月、テオが帰ってくる冬頃に産まれる予定だそうだ。性別はまだ分からないらしい。妊婦の診断は魔法の治療とは関係が無い為、胎児の健康状態や経過は専門知識のある医者に診てもらわなければいけないらしい。


「レオも帰ってきたことだし、もうすぐアリシアも来る時間よね。会っていったらどう?」


「いや、想像以上に仕事が溜まってるから帰るよ。1週間ぐらい馬車馬みたいに働いて、その後少し長く滞在できるように調整して来る。」


 きっと母からの呼び出しに無理を言って出て来たのだろう。仕事をしていた父を問答無用で呼び出す辺り、母が妊娠したことを父に一番に伝えたかったことが分かる。


「わかったわ、家の事は気にせずに仕事に集中してね。でも、働きすぎて体調を崩してはダメよ?」


 あ、ポーションを少し持っていかせましょう。と使用人に指示を出して用意をさせていた。


「お父様、お母様の事は責任をもって護りますので安心してください。」


 笑顔で伝えると頭の上に手のひらを置かれて、クシャクシャと撫でられた。


「ティアもお姉ちゃんになるんだもんな。ソフィアの事、任せたぞ。」


 父は程なくして魔法で王都に帰った。


 私たちはアリシアさんがくるまでの時間を各自で過ごすことにして、自室に戻りレラに取って貰った本を読み始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こんな草生えてたかなぁ……?」


 目星をつけていた初級編の本は、ほとんど図鑑のようなものだった。その植物の名前、生えている場所、主に使われている薬など基本的なことがまとめてあった。普通の図鑑と違うのは、著者目線でその植物の特徴や注意点が書かれている点だ。


「全ての薬品の浄化に使われているライトラム、その特徴は発光する青い実……分布を見れば温かい地であれば大抵あるはず……。だけど見たこと無いよ?光る青い実なんて。」


 薬の余分な効果や効能を浄化する機能があるライトラムという植物、どのポーションにも必ず使うものだから、極端に暑い寒いが無ければ生えているはずだけど……。


「それこそお母様に聞けば一発なんだろうけど、この状況だとゆっくりしてもらいたいしな。」


 兄の先生役をこなしていたから大変だろうという理由と共に、妊婦という最重要事項が追加された。私の希望だけを使えて何でもかんでも頼る訳にはいかない。


「妹か、それとも弟なのか、楽しみだなぁ。」


 あの夫婦の子供なんだ、絶世の美男美女が生まれるに決まっている。兄はどちらかというと優しい顔で母の遺伝子強めだし、私に関しては父の色彩を混ぜた母だ。父に似た子供だったら、堀の深いくっきりとした顔の美男美女になりそうだ。


「ティアお嬢様、アリシア様が到着いたしました。」


「はーい!今行きます!」


 今はポーションの事より、魔法や剣技に集中しろという神からのお告げかも知れない。

誤字、脱字などありましたらご指摘をお願い致します。

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