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20話 春華祭 人気者

 予定を大幅に超えて泉に滞在していた私たちは、14時にようやく屋台がある中央広場に到着した。


「流石にお腹が空きました……。」


 ぐぅ……とお腹が悲鳴を上げそうなのを必死にこらえながら、父に抗議する。泉では不思議と喉の渇きや空腹感を感じる事は無かったのに、体は正直だ。


「いつも食べている店があるんだが、偶には屋台で済ませるのも良いかもしれないな。」


 馬車を止めて広場を見渡すと、初日と変わらず沢山の屋台が所狭しと並んでいる。初日は殆どを迷路で過ごしていたし、屋台を楽しむどころでは無かったので柄にもなくワクワクしてしまう。


「何が美味しいんでしょう……沢山ありますね。」


 きょろきょろとあたりを見回していると、私たちの顔を見てはっとした様に驚いた人たちがいた。


「あら、可愛いお嬢さんと思ったらソフィアさんのお子さんなのね!体調は大丈夫なの?」


 少しふくよかなおば様と言った風貌で、平民だからか敬語もなく話しかけてくる。


「お久しぶりです、ヘラさんこそ体調にお変わりないですか?」


「それが貴女に貰ったお薬を飲んだら痛みも引いて、この通りヒールを履いて歩けるようになったのよ!びっくりでしょう?」


 加齢の所為だから無理だって言われてたのに~と感心したようにヘラと呼ばれたおば様は話していた。

 どうやら以前に母の薬を買ったことがある人らしい。


「おぉ!英雄様じゃないか!久しいですな、今回はいつまでいらっしゃるんですか。」


 今度は父が話しかけられて、いつの間にか私たちは囲まれてしまっていた。祭りで人が多いからか、程なくして人酔いの感覚に襲われる。

 車酔いとか人酔いって、考えれば考える程体調が悪くなってくるよね……。


「ティア、大丈夫?」


 私が怖気づいたことに気が付いて、兄が手を握ってくれる。相変わらず頼りがいがあるお兄ちゃんだ。


「ありがとうございます、何とか平気です。それにしても何かのイベントみたいに人が集まってますが大丈夫でしょうか。」


「おやおや、英雄様の後ろにいるのは獅子の子と精霊の愛し児じゃないか。ダンスも立派だったぞ。」


 私たちの存在が知れると、大人たちの注目が一気にこちらへ向く。


「テオ君の魔法は、至高の魔法使いと言われた前当主の奥様にそっくりだ。あの空間を支配したような魔法は、見ていて気持ちがいい。」


「お嬢さんの見目麗しい事、ガラス玉のような澄んだ瞳は大きくて落ちてしまいそうでしょう。この子を射止める殿方は一体どんな方なのか。」


「テオ君の剣技も相当な腕前だとか。精霊に愛されているお嬢さんの魔力は未知数だし、シルフィセレフも暫く安寧ね。」


 圧に負けてよろめき、後ろに倒れそうになったところを父に抱き上げられた。


「2人とも僕の優秀な子供ですよ。ティアは暫く病床に伏していましたが、この通り元気です。テオも街の子供と手合わせをして貰っているお陰で、中々強くなれました。皆さんには感謝しています。」


「私たちが居る事で、迷惑もお掛けしてしまいした。ですがこれからも末永くヘイデン家を宜しくお願い致します。」


 母が(たお)やかに礼をすると、息をのむ音が聞こえる。


 毎日母と顔を合わせている私は慣れてしまっているが、一挙手一投足、母は動くだけで周りを魅了してしまう。


「水臭いわね、私たちだってソフィアさんの魔法で護って貰ってるもの、そんなこと言う必要は無いわ。」


「英雄様だって辺境の街をここまで豊かにした立役者なんだから、もっと胸張ってくれよ。」


 父と母は、私が思っている以上に人気者の様だ。周りの人も絶える事はなく、三者三様に声を掛けている。

 二人は真摯に言葉に対応し、その光景はまるで前世の握手会の様だった。その間ずっと私を左腕一本で抱き上げていた父は、やはりただ物では無いと思う……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お父様もお母様も人気者ですね……。」


 街の人との交流会が終わったのは約2時間後、未だに私たちは何も食べられていない。


「こんな風に歓迎してくれる街の人には感謝だが、今回は熱烈だったな……。」


 屋台を見ながら回る父や母には今も手が振られていて、2人ともそれに対応しながら歩いていた。


「家族4人で揃っていることが珍しいんでしょう。それより皆お腹空いてない?」


 さらっと言い放ったのは母だ。人から手を振られる事にも慣れているようで、にこやかに対応している。


「ティアは何が食べたい?名物と言えば春野菜を串焼きにして、特性スパイスを振った野菜串とか、春の花を使った甘味もよく見るな。」


 屋台定番の串焼きや、良く分からない白いつるつるとした何か、スープにバケット等、実に沢山の種類がある。


「さっぱりした物が食べたいです。甘いものは今は食べられません……。」


 父は少し考えると、徐に足を進めて串焼きを買い始めた。


「春華串4つ、味付けは控えめにしてくれ。」


「あら、お肉じゃなくて良いのかい?サービスでお肉の串も4本付けとくね。」


 慣れた手つきで陳列された野菜を温めなおし、種類ごとに纏めて持たせてくれた。


「お嬢さんお疲れ顔ね、人混みで疲れてしまったのかい?そうだ!フルーツを冷やしてあるんだよ、持っていきなさい!」


 小さな容器に入ったフルーツは、見た目はグレープフルーツのように見える。さっぱりした物を食べたかったらありがたい。


「ありがとうございます。」


 父に抱えられたままフルーツを受け取る。屋台のおばさんは私の瞳を見て驚いたように呟いた。


「長い睫毛に隠れて見えなかったけれど、綺麗な瞳だねぇ。まるでアメジストとサファイヤみたいだ。良い子に育つんだよ。」


 おばさんは頭を撫でようと手を伸ばしたのだが、自身の手が野菜や肉を炭で焼いて汚れていると気づき、すぐに引っ込めた。


「皆さん良い人ですね。」


「ティア、そろそろ下りないとお父様の腕が可哀想だよ。」


 呑気に話そうと思ったら、テオにやんわりとたしなめられた。確かに人混みは抜けたし、もう3時間程父は私を片腕で抱えている。


「お父様、降ろしても良いですよ?」


「もうすぐ食べられる場所に着くから、そこまではこのままでも良いぞ。食べ終わったら自分で歩こう。」


 父はなんだかんだで私に甘い。いや、家族に甘い。本当に私は恵まれた家庭に転生させて貰ったようだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 少し歩くと、椅子やテーブルが並べられた飲食スペースがあった。お昼時からずれているからか、余り人も居ない。


「ここで食べようか。」


 父が中央付近の席を指さして4人で座る。ちらほらと座っている人が驚いたように見てきたが、話しかけてくる雰囲気は無かった。


「随分遅くなってしまったわね……夕食のメニューも考え直した方が良さそうだわ。」


 母が買ったものを配りながら悩ましい声を上げる。移動時間も含めれば午後3時、おやつに串焼きでは夕食に響くだろう。


「早く食べよう、冷めてしまっては勿体ない。」


 父が串焼きにかぶりつく。家では考えられないお行儀だが、騎士として戦場の演習をする事もある父にとっては抵抗が無いのかもしれない。

 私も父に習って串焼きを食べ始め、母も周りを気にしながら食べ進める。テオは問題なく食べていたから、もしかしたら性別の違いか。


「久しぶりに外出して楽しかった。明日からも頑張れそうね。」


「お母様はどうして外出しないんですか?」


 こればっかりはずっと気になっていた。母は基本外出しない、というか丘の外に出たのを初めて見た。

 何か理由があるのか、女は家を護れ主義なのか、すっかり機会を逃して聞けなかったことだ。


「私もティアと同じで、トラブル体質なのよ。何か起こってしまうのが面倒で外出するのも億劫になってしまったわ。」


 トラブルメーカーって事か。というか私もそのお仲間ですか!確かに父に外出を控えるように勧められたけれども。


「……それは建前で、私は魔法で常時この街を防衛してるのよ。」


「防衛……?」


「護るって事ね。丘の後ろが国境になっていて、隣国との緊張状態が続いているから念のために。」


 防衛の意味が分かっていないと勘違いされてしまったようだ。それにしても、あの時見たような丘ごと包んでしまうような魔法を、常時使用しているとでも言うのだろうか。


「今も護っているんですか?」


「今護っているのはレラよ、私が普段使っている魔法の陣を置いてきているから。もうそろそろ普通の人なら魔力の枯渇を悩ましく思う所だけれど、レラなら明日ぐらいまでは平気かしら。」


 魔法は魔方陣に起こすことで他人にも使用させる事が出来るのか。というか丘の後ろの国境全てをカバーする魔法を、レラが一人で支えていると言う事も驚きだ。


「どんな魔法を使っているのですか?」


「うーん、そうね……簡単に言うと侵入者のセンサーみたいな役割かしら。攻撃性のある魔法では無いわね。」


 人が入ってきた時点で、術者に何かを知らせる仕組み……という事だろう。


「ソフィアの魔力量あっての魔法だ。常人では発動して1日も持たない。」


 詳しく話を聞くと、魔法の範囲が大きいので余り複雑には出来ないらしい。侵入者の人数が分かる程度との事だ。

 侵入時点て無力化することも出来なくはないが、攻撃魔法を追加で組み込むより、通知があった時点でその場所に攻撃魔法を打ち込む方が簡単なのだそうだ。


「お父様だけでなくお母様も、国の防衛に参加していたとは思いませんでした。」


「他にも色々な事をしているよ。僕はお父様から勉強の一環で教えて貰ったから、ティアも教えて貰えるはずですよね?」


 ヘイデン家はてっきり武家のような立ち位置だと思っていたが、もしかしたら作戦参謀、というよりは王家の腹心のような立場なのかもしれない。


「ティアが知りたいというなら、隠す事は無いな。」


「やっぱり王様とも仲良しですか?」


「現王は俺の父親、ティアのおじいちゃんと仲良しだった。毎年3ヶ月くらいは王家と我が家で集まってどこかへ出かけていたし、定期的な食事会もあったな。」


 食事会は今でもあるが、出かける事はめっきり減ったと、続けて父は言った。


「ティアだってもう少し大人になったら王様に会う事になるわ。その時に沢山お話してみて、気のお優しい、少年のような方よ。」


 母も聖女と呼ばれるほどの魔法使いだし、王様と謁見したことがあるのだろう。 


「はい、楽しみにしています。」


 王様に会ったら聞いてみたい事が沢山ある。魔法の事、この国の言伝えの事、桜を発現させた研究者の事、挙げだしたら切りがない。

 テオはもう既に謁見の経験があると言っていたし、私が会うのもそう遠くない未来の事だろう。


 もくもくと串を食べていたのだが、いつの間にか大きく切られた野菜の串焼きが無くなっていることに気が付く。

 空腹なんてとっくに通り過ぎてしまったが、食べ始めると沸々と食欲が湧いてくる。旬の野菜はどれも瑞々しく、炭で焼かれているため香ばしい。

 父が気を使ってスパイスを控えめにお願いしてくれたので、より甘みが感じられる。


 会話と食事を楽しんで2時間、ようやく馬車で帰路に立った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……疲れた疲労困憊もう動けない布団が離してくれないでも私は悪くないだってお嬢様だもん。」


 ちなみにここまで息継ぎ無しです。


「着替えなきゃゆっくりも休めないや。」


 あの後、馬車の中で眠ってしまい気が付いたら部屋のベッドだった。起きて休んでいたら夕食の誘いがあり、具だくさんのスープを少しだけ食べて、一番風呂を頂いた。


 そして現在に至る。


「祭りってこんなに疲れるものだっけ。」


 前世では勿論、JKとして数々の祭りに参加してきた。すれ違う友人全てと写真を撮って、SNS用の飲み物や食べ物を買い、時にはナンパと戦った。

 そんな時代の祭りよりよっぽど疲れている。


「明日丘に戻れるし、やる事の計画を立てたいなぁ。」


 ここ数ヶ月はダンスに気合を入れすぎて、他のマナー講習をすっ飛ばしていた。まず基本的なマナーをしっかり身に着けたい。

 その後は趣味(お嬢様編)を練習して、恥ずかしく無いぐらいに完成度を高めなければ。お茶に刺繍、楽器に詩、装飾品の流行なんかも全てだ。


「人並みのお嬢様になるのも大変だ……。」


 その後は魔法をメインに勉強して、体力づくりを並行してやっていきたい。私の今の運動は、屋敷の中を歩くだけだ。体感一日1500歩程度、前世なら生活習慣病要注意だ。

 そんな状態で剣技の練習をしても体がついていかないだろうし、怪我の元だ。これは私にそれらを教えてくれる先生にも打診しようと思う。


「ポーションと読書は、学校に通う前に一通り終えたいんだよな。」


 丘の私の部屋には、なぜか本が多い。私のために買い揃えられたものでは無く、きっと家の誰かが趣味で集めていたのだろう。

 難しい物も多いが、それ故読みごたえがある。知識欲の高い今生の私には嬉しい限りだ。学校に行くまでに気になった本は読み終わりたいし、ポーションも王都で買わずに自作したい。そうすれば味に怯える必要もなくなるのだ。


「学校に通うまであと3年……間に合うのかな。」


 課題は山積みだ。この世界に適応して生きるためには、もっと沢山の経験と知識が要る。それを得る環境は用意されているから、あとは私の努力次第だ。


「間に合わせるんだよ、弱気じゃだめだ。」


 5歳児がベットで考える内容としては、正直真面目過ぎだったと思う。

誤字、脱字などありましたらご指摘をお願い致します。

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