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19話 過去の泉

「ティアったら落ち着きが無いんだから!のぼせるなんてどれだけ長い間浸かっていたの!」


 母が怒り交じりに注意する気持ちもわかる。治癒魔法をして、ポーションまで飲んだ5歳の娘が、お風呂場で再度体調を崩したと聞けば怒りたくもなるだろう。


「……ごめんなさい。」


 だがのぼせはしたが倒れる事はなく、壁に頭を付けて立った状態で発見された。一生の恥である。


「ルスも大げさなんだから。私も無駄に魔力を使ってしまったじゃない!一体私にどれだけ心配させたら気が済むの?」


「ソフィアその辺にしておけ。ティアも眠いだろう、今日は部屋で休みなさい。」


 父が私と母を引き離して休むように言われたので、その場から離れる。部屋の場所はルスが知っているみたいなので、付いていくことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「もう……ティアは大人びて見えるのに、偶に子供みたいな事をして心配させるんだから。」


 私の中の不安は、きっと誰にも伝わる事は無い。なんとなくあの子が遠く感じるのも、きっと伝わる事わないだろう。


「ティアも結局はまだ5歳だ。目覚めて1年も経ってないし、右も左も分からないのは当たり前だろう。」


 レオが頭に手を置いてくれると安心する。一抹の不安がどこかへ消えていくようだ。


「魔石の件と言い、今回の件と言い、何か悪い物でも憑いているのかしら。オカルト的な物は信じるつもりがないけれど、ここ最近肝が冷えるような思いよ。」


 生まれてすぐ、まるで人形のように眠りに就いた瞬間を今でも覚えている。産声も上げず、静かに眠るティアにこのまま消えてしまうのではないかという不安を覚えた。

 そして小さい体で何も食べず、何も飲まず生きようとしている我が子に必死に尽くした。


「俺の妖精も、ソフィアの妖精も何も危険がって無いだろう?それに俺たちの子供なんだ。少しぐらいのトラブルなら、俺たちが守ってあげればいい。」


「そうね……私たちの子供なんだから一筋縄では無いとは思ってたけど、この調子では心臓がいくつあっても足りないわ。」


 前回も今回も、レオが偶然傍に居たから助かったようなもの。ティアが1人だったらどうなっていたか分からない。


「身を護る系統の魔道具を見繕っておこう。質のいい物が有れば少しは安心できるだろう?」


「……そうね。私のように自由が利かない身にはしたく無いの。だから、自衛の術を学ばせるのも、少し早いくらいで良いのかもね。」


 外との交流が無い事が辛い事を、私は良く知っている。そして、人々からの絶大すぎる人気も、尊敬の念も、自身の心を蝕むものだと知っている。


「そうだな……俺たちも休もう。明日は子供たちと祭りに行きたいだろう?」


 少しでも長く、この平和が続きますように。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……おはようございます。」


「おはようティア、よく眠れた?体調は大丈夫?」


 母は怒っていない様だ。私も危機感が無さすぎたと昨夜反省した。


 私は普通じゃない。名家に長女として生まれ、英雄と聖女を両親に持つ。前世のように一般家庭の子供じゃない。

 例え中身が18歳だからと言って、バレないように下手に子供らしく振舞うのは良く無いだろう。


「はい、問題なく眠れました。昨日はごめんなさい。」


「私も少しムキになりすぎてしまったわ。最近良くない事が続いていたから、過剰に反応してしまったの。」


 ごめんなさいね、と言いながら私の頭を優しくなでる。昨日は何となく熟睡できなくて、私と母以外はまだ起きていない。


「お茶でも飲みながら、少し話しましょうか。」


 母からの誘いに乗って、優しい香りのするお茶に口を付ける。


 口に含んだお茶は少しの香ばしさと渋みがあり、前世のほうじ茶に似ている。前世ではミルクを入れてラテにしたもの流行っていたが、純粋なほうじ茶をこんなに美味しいと思うのは初めてだ。


「紅茶では無いのですね……?」


「そうなのよ、ほうじ茶って言うらしいの。辺境に居た研究者が育てていた茶葉を炒ったものらしいわ。桜を見つけた人と同じ人ね。」


 ……桜?さくら?チェリーブロッサム?そしてほうじ茶って言うの?そのまんまジャパニーズネームではないか。


「桜という花があるんですか?」


「そうよ?ティアは桜が好きなの?」


 辺境に居た研究者が育てていたと言った、その人が桜を見つけたと。その人はきっと、茶葉と同じように桜を作ったんだ。……私と同じ故郷を想いながら。


「桜を見つけた人は、今どこに居るんですか?」


「その研究者は私たちの祖父母の世代の人だから分からないわ。きっと、もう亡くなっていると思うけど……。」


 この世界に、私以外の日本人が居たんだ。


 そして分かってしまった。研究者と呼ばれる程勉強をした大人が、一生を賭けてもあちらの世界には帰れなかったという事を。


「いつか見てみたいです……桜の花を。満開の桜を。」


「そういえばあそこが見頃かも知れないわね。今日、皆で行ってみましょうか。」


「桜が近くにあるんですか?」


「そうよ?私とレオの思い出の場所なの。」


 暫く話した後、父とテオが起きてきた。4人揃ったところで、ダイニングに朝食が運ばれてくる。


 メニューはいつも通り豪華で美味しそうだ。主食は白身魚のムニエル、付け合わせに新鮮なサラダとフルーツヨーグルト、皆でつまむようにガーリックトーストも用意されている。


「今朝早起きしすぎちゃったから、固焼きプリンを作ったの。デザートに食べましょうね?」


 母の台詞を皮切りに、朝食が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「体調は大丈夫か?早起きだったみたいだが……。」


「問題ありません、昨日は心配をおかけしました。」


「子供なんて親に心配かけておけば良いんだ。ティアは気にしなくて良いんだぞ。」


 父にも昨日の事を謝罪し、春華祭の参加までこじつける。別に参加したいかと言われればそこまでだが、今日お出かけの権利を得られなければ桜も見る事が出来ない。


「レオ、昨日の話をしなくちゃ。」


「あ、そうだったな。」


 昨日の話?あれ、今謝罪して解決しましたよね?


「ティアが嫌なら断っても良いんだが、座学の他に魔法と剣技の訓練を始めたいと思っていてな。」


 魔法と剣技……?あれ、独学で事故る必要も、学校まであきらめる必要も無いって事?


「魔法はお母様に、剣技はお父様に、ですか?」


 テオと同じように多忙な日々になるのだろうか。夏になれば学校が始まりテオが王都へ行ってしまう。父と母の手も空くから丁度いいタイミングなのかもしれない。


「いや、ティアは女の子だから俺の剣技は無理だ。だから個別に家庭教師を付けようと思う。身の回りの世話はレラにしてもらうとして、剣技と魔法どちらも教えられる人に心当たりがあるんだ。」


 レラを私から離すという考えが無いのなら別に何でもいい。今は屋敷の管理が不安との事で戦闘力もあるレラを丘に残しているが、普段は私もべったりなのだ。離れろと言われても無理です、はい。


「私は別に構いませんが……どうして突然?」


「ティアにも自衛の術が有った方が良いと思ってな。魔法の練習で魔力が活性化すれば、他属性の魔法も使えるようになるかもしれないぞ。」


 自衛の術……か。確かに私に戦闘のノウハウがあれば、みすみすカイルさんにつかまる事も無かったかもしれない。

 そうしたら父と母に心配をかける必要もないし、役所やお偉いさんに迷惑をかける事もないだろう。


「魔法にも剣技にも興味があるので、先生に教えて貰えるならば嬉しい限りです。ですが、少しやりたいと思っていたことがありまして……。」


「珍しいな、読書か?」


「読書は空いた時間にしようと思いますが、お母様にポーションの作り方を教わりたいんです。お家で飲んだ物と街で飲んだ物の味が違いすぎて、驚きました。私も自分で美味しく作れるようになれば、苦いのを飲む必要もないかなと……。」


 我ながら呆れる理由である。戦場に出て傷ついた戦士を癒す薬に、味を追求するというのだ。


「私が作ったポーションは実家のノウハウを継いでいるから、効能も味も段違いなのよね。一般人でも作りやすいように簡略化されたポーションは、味も効能も少しずつ落ちるわ。」


 普通はそんなに気にする違いじゃないけどねと、母は追加して言った。


「学びたい事があるのはいい事だ。今すぐ強くならなきゃいけない訳では無いし、本来学校に通い始めてから教わる事だ。ポーション作りに沢山時間を取って、無理をしない範囲でやればいい。」


「ティア、そんなに苦みのあるポーションが苦手だったの?」


「お母様のが美味しすぎるのが悪いんです……。」


 不貞腐れたように言うと、どっと笑いが起こり、そのまま楽しい朝食になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それじゃあ留守を宜しくね。お客様は基本来ないと思うけれど、何かあったら連絡頂戴。」


 昼前頃、私たちは家を出発し祭りの会場へ向かおうとしていた。今日はダンスの発表やステージがある訳では無いので、ドレスというよりは余所行きのワンピースといった佇まいだ。


 母は上品なグリーンのドレスを身に纏い、父も合わせたのか合わせられたのが深緑のスーツを着ている。

 私とテオはお互いモノトーンの落ち着いた服装だ。


「かしこまりました。お気をつけて行ってくださいませ。」


 メイドさん2名が深くお辞儀をして見送ると、ゆっくりと馬車が動き始める。


「桜を見るのも久しぶりだな。いつもダンスの会場か騎士の詰所ばかりに居たから悪いんだが……。」


「私もすごく久しぶりよ。そもそもお祭りに行くのだって、数年ぶりだわ。あの桜、枯れたりして無いわよね……?」


 窓の外、同じ方角を見る二人は何かを懐かしんでいる様だった。


 思い出の場所って母は言っていたけど、何の思い出があるんだろうか。ロマンティックに妄想するなら父との出会いの場だし、母らしく妄想するなら秘密基地だ。


「まずは桜を見に行きますか?」


「会場に着いたら中々離して貰えないと思うから、先に桜を見ましょう。少し歩かなければいけないんだけど、大丈夫?」


「僕は大丈夫ですが、ティアは平気?」


「何かあればお父様を頼りにします。」


 抱えて貰えば歩く必要は無いのだ。全然大丈夫、きっと父の屈強な腕は私を抱えるために有るのです。


 そんな話をしているうちに馬車はゆっくりと止まった。検問されていない事を不思議に思って質問したが、出るときは荷車と商人の馬車以外、一部の例外を除いて検問は特に無いらしい。


「ティア、気を付けてね。」


 差し出された手を掴み、ゆっくりと高さのある馬車から降りる。そこは迷路の程近くの場所だった。


「こっちだ、迷子にならないように手を繋いでおきなさい。」


 父が指さしたのは、ほとんど獣道となり果てた森の中だ。こんな森に桜が咲く事なんてあるんだろうか。


「どれぐらいかかるんですか?」


「小さい頃の俺の足で10分かからないくらいだから、どんなに遅くても15分くらいで着くさ。」


 舗装も何もされていない道は、しばらく誰も通っていないのか、踏まれていない草が生い茂っている。

 森の中は木漏れ日が指していて、神秘的な雰囲気が心を揺さぶった。


「着いたぞ。」


 木も、雑草も、その空間だけは生えていない。不自然に楕円となった空間は、真ん中に澄んだ色の泉を構えている。

 その泉の奥に、確かにあった。前世で何度も見た、桜の木。


 一本で気高く咲く、少し濃い桃色の花。


「桜だ……。ほんとにこの世界にも桜が咲いているんだ。」


「……?ティア、桜を知ってるの?」


「図鑑で見た事があります。すみません、言葉がおかしかったですよね。」


 テオに突っ込まれて自分の失言に気が付く。


 この空間は、街中とは少し違うようだ。風の妖精がふわふわと舞って、こちらを嬉しそうに眺めている。


(レオナルドが来てくれた)


(シルフィ様を呼んだ方が良いかしら)


(ダメよ、あのお方を呼ぶなんて失礼だわ)


(でも、凄く久しぶりに来てくれたんだよ?)


(きっと来てることも知ってますよ、何か訳があって来ていないのです)


 ひそひそと話す妖精たち、あの妖精はアーティフィカル妖精では無いから私以外には見えていない。


「相変わらず満開ね。風が吹かないから息が長いのかしら。」


 母が桜の幹に懐かしそうに触れる。妖精たちが母に身を寄せ、とっても嬉しそうだ。


「何も変わっていないな。ここだけは必要以上に草も生えないし、水も入れ替わってるはずが無いのに澄んでる。不思議な場所だ。」


 この空間はきっと、妖精たちに気に入られた人しか入れないのだろう。単純な獣道も、妖精たちが道を作っているならば頷ける。

 誰も来ないという事が、この空間が普通でないことの証明だ。


「お母様とお父様にとって、この場所はそんなに特別なんですか?」


 テオが気になっていたことを代わりに聞いてくれた。どっちなんだろうか、いや、どちらでもない可能性も捨てきれないが。


 答えを待ちながら桜の木へ向かうと、なにかに躓いて転びそうになってしまう。幸い誰にも見られていない様だ。


「ここは私とレオが初めて会った場所なの。」


 どうやらロマンティックな妄想の勝ちだったようだ。母の話に耳を傾けながら、転びそうになった何かを確認すると、縦長の小さな石で名前が刻まれてあった。


「サラ・ホルクロフト……?」


「……それは私の大切な人よ。命を賭して、私を護ってくれた英雄のお墓なの。」


 これは位牌だったようだ。木ではなく石で出来ているが、故人の魂が眠っているのだろう。


「女性の方ですか?」


「そうよ、私の姉みたいな人。とても強くて凛とした人だった。この場所とレオを気に入っていたから、ここで休んでもらっているの。」


 ふと、位牌の横にある同じような石が目に入って来た。


「クレア・アーサー・ヘイデン?」


 こっちの人は私と苗字が一緒だ。親戚……?名家のお墓としては有り得ないだろうし、先祖がこの人しかいないという事は有り得ないだろう。


「それはティアのおばあちゃんだ。訳があってここに居るんだが、時期が来たらちゃんと話そう。」


 私のおばあちゃん……?という事は父のお母さんという事だ。私はまだ自分の家族以外の親族に会ったことが無いが、父の母という事は精々50歳前後だろう。早すぎるお別れだ。


「ここにはお父様とお母様の大切な物が沢山あるんですね。」


 当初予定していた滞在時間を大幅に過ぎても、私たちはこの空間を離れる事は無かった。


 ここは過去の終着点、過去の泉、そしてシルフィセレフの始まりの場所。

誤字、脱字などありましたらご指摘をお願い致します。

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