1話 異変
2023/2/8~2/9
大幅に修正を加えております。
「雫!今日時間ある?」
「……ごめん、今日バイト先で歓迎会なんだ。一応主役だから断れなくて。」
正直歓迎会なんて行きたくない。今朝まで体調不良にならないかと本気で思っていた。
しかしそんなに都合よく事が運ぶ訳も無く、重い足を引きずって居酒屋に向かうのである。
「今日?タイミング悪いな~、せっかく部活休みになったからどっか行こうと思ったのに。」
由紀は小学校から一緒の幼馴染。
ソフトボール部のエースで、3年が引退を勧められる時期になっても部活に残り続ける猛者である。
ハツラツな性格によく合うはっきりとした顔立ちで、モテモテな所が嫉妬ポイントだ。
「本当に最悪だよ…また今度誘ってください……絶対に。」
「はいはい分かったから。そんなに落ち込まないの!秋人でも誘って暇つぶしするから、気を付けて行っておいで!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんな簡単に気分が晴れるはずもなく、気持ちは重いままあっという間に放課後になり、私は駅に向かった。
バイト先を会場にするということで、向かう先は繁華街。家から歩いていける距離だが、学校からは電車で行くことになる。
「全然仲良くなれなかったらどうしよう。」
高校生活は3年間美術部所属、合わせてピアノ教室に通っていたのでバイトの入り込む隙間はなかった。
部活引退と同時にピアノが10年経ったということで卒業し、空いた時間でバイトを始めようと思ったのだ。
しかし考えてみれば人見知りで目立つのが苦手なのに、接客業なんて務まるのかな。
「雫!」
駅構内に入ろうとした時、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「…秋人?」
由紀と一緒に出掛けているはずの秋人が、遠くでぶんぶんと手を振っている。そのまま小走りでこちらに向かってきた。
「間に合った……。」
「間に合ったって、由紀とのお出かけは?」
「行こうと思ったけど断った。誰かさんのバイト先が繁華街のど真ん中だからな。」
秋人は私のバイト先が繁華街だということをずっと根に持っている、というか不貞腐れている。優しいのに過保護な所が、私にとって玉にキズだ。
「もう内定してシフトも決まってるんだから、今更何言っても遅いよ。」
「だからせめて送っていく。」
いつもよりゆっくりなペースで歩き始めた。
その間も秋人はぶつぶつと呪文のように文句を垂れ続けていたが、電車に乗るとそれも収まる。
「やっと普通に送ってくれる気になった?」
「元から普通に送る気だったし、それに本気で心配だっただけ。帰りも迎えに来るから連絡頂戴。」
「悪いから良いよ!電車じゃなくてタクシーで帰るつもりだし、秋人に来て貰うくらいならお父さん呼ぶよ。」
私が断ると、秋人はニコリと笑って言い放った。
「お父さんには了承済みです。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
居酒屋に到着し、貸し切りと書かれた看板に遮られている扉を開ける。
「こんにちは~」
中に入ると、奥からバタバタと人が走ってきた。
「あ!雫ちゃん!」
出てきてくれたのは、バイトリーダーの理抄さんだった。面接に店長と立ち会っていた人で、歳が近いこともあり連絡先も交換済みである。
「理抄さんお久しぶりです。少し早かったですかね……?」
まだ準備が終わっていないのか、忙しそうな雰囲気が伝わってくる。
「良いの良いの!遅いよりは全然いいから!こっち来てもらえる?」
暗さで段差に躓きそうになる。定休日に歓迎会をするということで、店全体を明るくはしないようだ。
「暗いから気を付けてね、普段はもっと明るいんだけど定休日だからさ。」
一応貸し切りの看板立ててるんだけど、酔っぱらいはそんなの見ないから!と続けて言った。
奥の大広間に案内され中に入ると、数人が席についていた。長いテーブルが2つあり、それぞれ人が座る場所に座布団が敷いてある。
「雫ちゃんはあそこ。」
「あそこですか?」
指をさされたのは奥側の誕生日席、主役だからと言って案内する理抄さんは笑顔だった。
「今料理作ってるから、もう少しだけ待ってもらえる?予定時間には始めれるから!」
それだけ言って理抄さんは厨房に向かってしまった。
秋人と歩いていたこともあって予定より早くついてしまったのだ。17時開始予定で、現在時刻は16時30分を過ぎたところ。
取り合えず私は席に座り、勇気を出して席についている先輩たちに声をかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それでは、これから増える新しい仲間に~~」
「「かんぱ~い!!」」
理抄さんの言った通り、17時ぴったりに乾杯し歓迎会が始まった。私が高校生で夜遅くまで参加できないことを考えて、早めに設定してくれたらしい。
「雫ちゃんはなんで居酒屋でバイトしたいと思ったの?」
私の左右には理抄さんと店長が向かい合うように座っている。なかなかの迫力で緊張してしまうが、主役という身分なのでしょうがない。
「高校生がお酒のお店、しかもそこそこ忙しいしお洒落でも無いじゃない?」
映えないよ~と冗談めいて言う。
「忙しいお店で働きたかったんです。卒業までにバイトを経験してみたくて。」
同じ部活のメンバーは殆ど掛け持ちだった。絵は月に3枚以上描けばノルマ達成なので、然程大変ではないはず。
バイト代を大学費用の足しにしたり、趣味に使ったりしていた。
「変わってるね……働かなくてもいいなら働きたくないな~」
「大学生になっておこずかい貰うのもなぁと思って。」
進学しても実家から通う予定ではあるが、自立するために働きたい考えていた。予想外に時間が出来たので、憧れの居酒屋に短期バイトで応募したのだ。
「初めてのバイト代は何に使うんだい?」
少し強面の店長が質問してくる。
「そうですね……やっぱり親に何かプレゼントしたいです。」
「良い子だなぁ、親御さんの顔が見てみたいよ!」
「店長、もう酔ってます?」
こうして和気あいあいとした歓迎会が本格的に始まったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「すみません、お手洗いに行きたいんですけど……」
場もだいぶ温まり、大人たちの顔はお酒でほんのりと赤く染まっている。
カラオケ(アカペラ)が始まり、そろそろ私はお暇する時間かなと思い始めていた。
「部屋を出て、左にずっと進むと、右手にトイレの看板があるから、それ見て進めば大丈夫。」
理抄さんも寄っているのか呂律が怪しくなっている。ちなみに私は未成年なのでアルコールは一切飲んでいない。
勧めてくる大人が居ないことに安心した。
「ありがとうございます、すみません。」
人の間を潜り抜けて部屋を出ると、雰囲気に呑まれて興奮していた精神が、すっと落ち着いた。
「飲み会怖い……お酒怖い……。」
長い廊下は相変わらず真っ暗で、足元に注意しないと転んでしまいそうだ。板張りの床は少し古いのか、私が歩くだけでキシキシと音を立てている。
「トイレの看板、だよね?」
廊下を進んだ先にあるのは、非常口のようなマークの赤と青。(EXIT)と書かれている看板だ。
酔っぱらいは度が過ぎると吐くというし、出口という意味的にはあっているのだろう。
これはあれだ、ユーモアってやつ。
思考を停止して赤い扉を開くと、全身鏡が目に入ってきた。
「スカートくしゃくしゃになっちゃった。」
少し跡の付いてしまったスカートを手で軽く払う。
その時、ふと違和感を感じた。
「私、トイレの電気点けた?」
手洗い場の上についている蛍光灯は、光を灯していない。
では何が光っていてこんなにはっきりと自分の姿が見えるのか。
「嘘……」
祈るようにもう一度鏡を見ると、確かに私の体が発光している。
目の前に手をかざすと、自分の周りに白い靄がかかったように淡く、優しく光っていた。
いつからだろう、少なくとも部屋にいた時は光っていない。もし光っていたら誰かが気付いて大騒ぎになっていただろう。
「早く帰らなきゃ。」
この時の私はパニックのあまり、安心できる場所に行きたいという思いが強かったのだと思う。
携帯で理抄さんに一言、(帰ります)とメッセージを送りトイレから飛び出した。
「なんでこんなに光ってるの?どうして……」
早歩きで玄関に向かう間、真っ暗な廊下が嘘のように明るく照らされている。
靴を履いて外に出ると、外の様子は様変わりしていた。
現在は20時を回ったところ、呑み街は丁度盛り上がってくる時間帯。
酔っぱらいの視線が一気に私に集まるのが分かった。
怖い……!
私は走り出し、近くにある人の居ない公園に向かった。
電車に乗ることは厳しいと判断したからだ。
「秋人……」
震える手に鞭を打ってメッセージを送る。走っているから震えているのか、恐怖で震えているのか、私には判断できなかった。
(助けて、猫の公園にいる)
幼馴染だけを頼りに、遊具の中で体を丸めた。
【秋人】
「っなん!」
雫から来たメッセージを見て、心臓が飛び出そうになる。
「雫迎えに行ってくる!」
急いで階段を下りて叫ぶと、(気を付けてね~)という間の抜けた返事が返ってきた。
猫の公園というのは、俺と雫が捨てられた子猫を拾った場所。遊具は廃れ、ほぼ色の無い大きなタコだけが取り残されていた。
走れば10分ほどで着く距離が、今日は遠く感じてもどかしい。
詳しい状況を説明できないほど、切羽詰まっているのか。
電話ができないほど追い詰められた状況なのか。
やっぱり行かせるんじゃなかったという強い後悔が沸いてくる。
「くっそ。」
やっぱり守れなかったなんて後悔は、二度としないと決めたのに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「雫!」
「秋人!」
秋人の声に安心して、私は遊具の下から声を出す。出ていくわけにはいかない、今も体は淡い光を放っているのだから。
「どうしたんだよ。焦ったじゃない……か?」
秋人は私の体を見るなり、目を丸くさせた。
「どうしよう……突然光だして」
「突然光るとかありえないだろ……。なんか変な物飲んだり食べたりしてないよな?」
窮屈そうに身体を丸め、遊具の中に入ってくる秋人。子供用の遊具に180㎝を超える長身では当たり前に狭かった。
「烏龍茶と料理しか食べてない、それに料理は皆と同じものだよ?」
そう説明すると、困ったように頭を抱えた。
「こんな状態じゃ歩いても帰れないし、そもそも人と会うわけにいかないよな……。」
不安が募り、ほんの少しの間、私たちの間に沈黙が流れた。
体感10分
「あ……。」
ふわりとした感覚の後、私を包んでいた光が消えていった。
「消えた……。」
秋人は消えていく光の粒を目で追いながらそう言った。
「良かった……。」
ふわふわとした感覚だけが残り、頭がぼーっとしている。
あの光は何だったのか、どうして私だけ光ったのか。
「……とりあえず帰ろう。」
時間を確認すると、既に21時を回っていた。私は制服のままだし、このままうろついていたら補導されかねない。
手を引かれて遊具から出ると、さっきまでとはまるで違う空気だった。漠然とした不安も、恐怖も何もない。
嵐の前の静けさとは気付かずに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「全部忘れちゃお。今日はただ歓迎会に参加した、それだけ。」
「ほんとに具合も悪くないのか?」
公園からゆっくり歩きだし、バイト先へ向かう。急いで出てきてしまったため、カバンを置き忘れてしまったのだ。
筆箱やらノートやら必要なものが入っているので取りに戻ることにした。
「全然悪くないよ。心配かけちゃってごめんね?」
考えれば考えるほど不思議な現象ではあるのだが、解決しない事柄で悩んでいてもしょうがないのだ。
「それなら良いんだけど……。何だったんだろうな。」
考えることを放棄した私とは違い、秋人は何が起こったのがずーっと分析している。そもそも人間が光を放つこと自体が異常なのだ。一介の高校生に分かるはずもない。
「さぁ……。わからないけど。」
夜の繁華街も、2人で歩けば不安はない。暗い夜道も、不自然に照らされていないと分かれば安心する。
もうバイト先は目と鼻の先、
「カバン取ってくるから待ってて!」
私は走り出した。
【儀式は成功だ。あとは光、光さえあれば……精霊王よ、わが手に堕ちろ!】
「え?」
「雫!危ない!」
不思議な男の声と、周りの叫び声をはっきりと聞いた。
すべてがゆっくりと動き、今ならこちらに進んでくるトラックも避けられそうだ。
そこから先の記憶は無い。
誤字、脱字などありましたらご指摘をお願い致します。




