18話 目標と道筋
追憶編を終了して物語が進みます。
大変お待たせいたしました。
「なんですかこの家は。」
家というには大きすぎる建物を目の前にして、思わず不躾な質問をしてしまう。
「何って……俺らの家だぞ?」
「家なら丘に2つもあるじゃないですか。」
「遠い家だと何かと不便だから、街の中にも家がある。そんなに驚く事か?」
家の前で仁王立ちして疑問を提示していると、玄関からメイドさんが出てきた。見覚えのない顔だから、この家専用に雇われているのだろう。
「荷物をお預かりいたします、中で奥様がお待ちです。」
「ありがとう。」
慣れた手つきで荷物を渡し、私の手を握って家の中に入る。玄関は確かに丘の屋敷に比べれば控えめだが、前世の豪邸として紹介されていた家の一回りは大きい。
「レオ!」
玄関を抜けてリビングに着くと、夕食の準備をしていた母が駆け付けてきた。
「魔力の大きな揺らぎを感じで、飛び出していこうかと迷ったのよ!どこも怪我はない?ティアとテオもどこも痛く無いかしら?一応治癒魔法しておく?いや、それより飲み物よね。落ち着くものが無いと……。」
「ソフィア落ち着け、誰も怪我なんてしちゃいない。落ち着かなきゃいけないのは自分だろう。」
父が母の肩をポンポンと叩くと憑き物が取れたように落ち着いていった。
「そうよね、貴方がついていたなら大丈夫よね。今お茶を淹れるから少し座って待っていて。」
そう言って台所に向かった母を、父は何も言わずに追いかけた。ほんとに仲のいい夫婦だ。私は前世で恋愛というものをしたことが無かったから羨ましいよ。
「ティア、僕たちは休もう。」
テオに声をかけられて、リビングにあるソファーに腰掛けた。
ようやく落ち着ける環境に着いたと体が認識した途端に、疲労がぐっと押し寄せてくる。だらしなくソファーの背もたれに体を預けた。
「具合が悪いの?」
「違います……。やっぱり疲れてしまったようです。体が怠くて言うことを聞きません。」
首だけをテオに向けて怠さを訴える。熱が出そうとか、喉が痛い、鼻水がでるとか具体的な体調不良では無い為伝えづらい。
「失礼します。」
メイドさんが近づいてきて体に毛布を掛けてくれる。
「お体が辛いようでしたら、こちらで横になっては如何でしょうか。」
手を指したのは二人掛け程のソファーだが、背もたれやひじ掛けが付いていない物だ。隣のソファーからクッションを拝借して、枕代わりにどうぞと手を置いている。
「お行儀が悪くなってしまいますよね……。」
「ティア、ここは家なんだから多少行儀が悪くたって平気だよ。」
分かってはいる。家なんだからそんなに気を使う必要はない。前世ならソファーで朝を迎える事もあったのだ。寝ること自体に全然抵抗はない。
ただ、今生の私は生粋のお嬢様。トップクラスで皆の憧れ、家だからって気を抜くのは如何なものか。
「ティア?具合でも悪いの?」
父と一緒にお茶セット一式を御盆に乗せた母が、落とさない程度にスピードを上げて近づいてくる。
そっとおでこを触って熱が無い事を確認すると、魔法を使い始めた。
「精霊よ、我が意思に応えよ。」
黄色や水色などの細かい光が私の頭を包み込んだ。すーっと染み込んだ光が完全に消えるころ、体のだるさが消える。
「お母様、すごいです!怠いのが無くなりました!」
ソファーにもたれるのをやめて姿勢を正す。何が変わったと言われれば分からないが、とりあえず体の重さが無くなって頭がすっきりしている。
使ったのは得意な光魔法だろう。細かな作用や、魔法の名称は分からない。
「良かったわ、疲れていただけみたいね。一応ポーションも飲んでおきましょうか。」
母がそう言うとメイドさんがすぐさま動き始める。きっと倉庫にポーションを取りに行ったのだろう。
「今日は早めにゆっくり寝る事にします。お母様、今の魔法は何ですか?」
きらきらと輝く光の魔法、母が使う魔法は全てが美しい。丘で使った大規模な魔法は凶器でしかないが、水を出したり、人を癒したりする魔法は洗練されている。
父の魔法は力強いのが素人目にも伝わってくるから、魔法の使い方は夫婦で正反対だ。
「私の魔法が綺麗な理由?それは内緒よ、ティアも学校で勉強すれば分かるわ。」
内緒……?内緒にしなくたって良いでしょう親子ですよ?知りたいなぁ、気になるなぁ……。
「わかりました、自分でお勉強するまで待ちます。」
少し拗ねたように言うと、母は困ったように笑ってお茶を並べ始めた。いつもの紅茶とは匂いが違って、随分とフルーティーな香りがする。
前世では某有名店のフラペチーノばかり愛飲していたから、繊細なお茶の香りの違いが分からない。
「お母様、いい香りの紅茶ですね。」
「そうでしょう?せっかく王都に下りて来たから、街に出て色々お店を見てたのよ。そしたら専門店を見つけてしまって買いすぎちゃったわ。」
母に質問したのはテオだ。テオは普段から紅茶をメイドさんに淹れさせているのを見ているし、商人が街から持ってこない様な珍しい紅茶を母は手に入れたのだろう。
「僕も今度連れて行ってください。お母様と余り買物したことが無いので。」
テオがそう言うと、父がすぐに嗜めてきた。
「こらテオ、俺とも中々デートできないんだから抜け駆けはダメだぞ。出かけるなら家族4人でだ。デートは許さん。」
凛々しい父も好きだが、やはり母に弱い父の方が良い。母も父を尻に敷くつもりなんて到底無いのだろうが、ここまでコントロールできるというのは美貌が故か。
「奥様、ポーションをお持ちしました。」
「ありがとう、コップも持ってきてくれるかしら?」
一瓶ではやはり多いのだろうか。それとも魔法の効果があるから量が要らないのか、どちらにしても疲労まで回復してくれる魔法とポーションには感心する。
「ティア、ポーションを飲んだらすぐ寝るか?それとも起きてるか?」
紅茶はしっかり4人分用意されているし、回復した状態では逆に眠れないだろう。それでも確認して来るという事は、昼間に有った状況を説明するから長くなるぞといった所か。
「元気になったので眠くありません。それに、私もこの紅茶を飲みたいです。」
起床している意思を伝えて、メイドさんが持ってきたコップに注がれたポーションを飲み干す。以前飲んだポーションより確実に苦い。甘いけど苦い、これは前世で幼少期に飲んだシロップ(薬)の味だ。
「……なんか苦いです。」
「あら、私が作ったものじゃないから少し渋みが出てしまってるのかも。これでも街で一番の店から仕入れているのだけれど。」
母も一口飲んで顔を歪める。
「そんなに苦いか?」
「……このお店はハズレね。早くお茶にしましょう。」
母のハズレ発言が予想外だったのか、父も静かにお茶の準備を始めた。
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「それで今回の祭りで起きた事なんだが……」
お茶も一杯目を飲み切り、お茶菓子もおおよそ減った頃、父がようやく本題を切り出した。
「ダンスは二人で踊ったの?」
「問題なく踊りました。ティアは初めてだったのにとても上手で、僕も踊り易かったです。」
テオがダンスまでは何も問題なかったと告げて、自動的にその後何かがあったことを暗示させる。
「……ティア、詳しい事を説明できるか?」
「私は、会場で出会ったリリーさんと合流して迷路に遊びに行ったんです。」
「あら、お友達が出来たのね?それと、迷路って生け垣の広場の事?」
「はい。3人と、リリーさんのメイドさんの計4人で向かいました。私は初めてだからハンデをあげると言って、馬車が止まった正面の入り口から先に進みました。」
「……入口の正面って一般道よね?そこは迷路じゃないはずよ?」
え?そうなの?確かにカイルさんと会うまでは一本道で、これ迷う事あるのかなって感じだったけど。
「そうなんですか……?余りにも真っすぐな道だとは思っていましたが、一本道だとは思いませんでした。」
「使用人から聞いた話によると、迷路だと聞いていたのに入ってみたら一本道、という事で驚かせようという算段だったらしい。」
「如何にも子供らしい考えね……それで無事ゴールできたの?」
「……途中までは真っすぐな道で迷う事は無かったんですが、途中でカイルさんという男の子に会ったんです。見た目は黒髪で、私と同じオッドアイでした。グレーと赤の不思議な色彩で、アクスオート神国から来たと言っていました。」
「アクスオート神国?随分遠い所から来ていたのね。それに黒髪オッドアイなんて珍しいわ。」
線の細い体に、さらさらと靡く黒髪。白い肌に焼き付けたような赤とグレーのコントラストは、少年の幼さと相まってミステリアスな雰囲気だった。
「その人に、変な気配がすると言われてお話しすることになったんです。」
「……変な気配ってなんだ?」
「分かりません。ただ、カイルさんに僕と同類かもみたいなことを言われました。意味は解りませんが、魔法の使い方?が私たちとは違うようです。」
「魔法の使い方か……やはり空間魔法と重力魔法に関係していると考えていいかもな。」
「空間魔法!?それをその子が使っていたの?」
「そうなんだ。俺が迷路に着いた頃にはもう空間魔法の中。迷宮と同じ原理で中から出した訳だが、出てきたのは約10メートルの上空。下りてくる工程を重力魔法でカバーしていた。そのお陰でティアも怪我一つない。」
あの空間はきっと、精霊が創り出している空間と同じものだ。重力魔法に関しては何が何だか分からないが、儀式のお陰で精霊と同じ魔法が使えるようになったんだろう。
「ティア、空間魔法と重力魔法の事でわかる事があれば教えて頂戴?」
「……空間魔法は、上も下も、右も左も分からない様な真っ暗な空間でした。でも不思議と立つことは出来て、カイルさんの姿だけははっきりと見えたんです。」
「真っ暗なのに、お互いの姿だけは認識することが出来たのね。空間魔法は全ての魔法の集約、もしかしたらプロセスの中に光のコントロールも含まれてるのかも。」
……なるほど、それならあの真っ暗な空間も説明がつく。だって彼は光魔法が使えない、全く使えない事は無いのかもしれないが苦手だと言っていた。
精霊の空間のように美しく壮大な景色を作るには、相当な光魔法の実力が必要なのかもしれない。
「外からお父様が魔法で攻撃していることも、カイルさんは分かっているようでした。壊される寸前に、落ちるかもしれないから手を握ってと言われたんです。」
「魔法の座標が地上からずれている事を分かっていたんだろう。まったく末恐ろしい子供だ。」
「その時に重力魔法を使ったのね?」
「はい、不思議な感覚でした。ふわふわと浮かんで、ゆっくりと下に落ちていくんです。足が地に着いた瞬間に、ずっしりと重い感覚がありました。」
私は地面に着いた瞬間、父に抱き着きに行ったように見えたはずだ。だがそれには裏話があって、私は父に抱き着きたくて抱き着いた訳では無い。突然重力にさらされた足が笑って、転げるように父の体に雪崩れただけなのである。
「……その子はどこでその魔法を覚えたのかしら。本だとしたら国宝級の代物のはずだし、学校では教えない、いえ教えられない分野だわ。」
「カイルさんのお父さんは魔法の研究者だと言ってました。すごく頭がいいらしいです。」
儀式の事も言えばスムーズに話を進められるのだろうが、それをすれば精霊の逆鱗に触れるのだろう。
もうあんな思いはしたくないしね。
「研究者か……もしあっちの国であの類の魔法がポピュラーだとしたら大変なことだな。」
「そんなこと有り得ないわ、だってあの魔法はオリジナルと言われる精霊や妖精が使う魔法よ?私たち人間が使えるようなものじゃないわ。」
その通りなんですよ母上、だからカイルさんがおかしいって所に気づいて!
「どちらにしても俺らで悩むような事柄じゃない。気は乗らないが、上に報告するか……。」
父が報告したくないのも当たり前だ。ついこの前も、巨大魔石の件でお騒がせしたばかりなんだから。(他人事)
「じゃあそろそろお茶も終わりにしましょうか。お風呂の準備が出来ているはずだから、テオもティアも早めに入ってゆっくり休むように。」
今日のお茶会は2時間ほどでお開きになった。
現在は21時になりそうと言った所、今からゆっくりお風呂に入る暇は無いだろう。ほどほどに急いで済ませて、早めに眠ろう。
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「ふぅー……。」
この家のお風呂に入るのは初めてだが、前世のお風呂より二回り大きい程度か。丘の屋敷に比べれば狭いが、5歳児が一人で入るには十分すぎる広さだ。
話は全く変わるが、これから何しよう。学校に入るまでの3年間、私はやることが無い。ここ数ヶ月は春華祭でのダンスを無事終える事に尽力していたが、それ以降の目標が無いのである。
「魔法は正直言って手詰まりだし。」
私の魔法はカイルさんと同じ仕組みだ。浴室の外で待っている光の妖精ルスは、私が光の精霊にお願いいして創って貰ったレプリカで、周りのアーティフィカル妖精とは訳が違う。
魔法の練習は、事故を防ぐためにも学校に通い始めてからする方が賢明だろう。
「私に足りない物ってなんだろう。」
前世だったらスマホなりゲームなり、それこそ漫画や映画、テレビにマイナーだけどラジオまで、さまざまな暇つぶしが有ったけれど、今生はそうもいかない。
できれば近くに教えてくれる人が居て、これからも生かせるような趣味を作りたい。なんかないかなぁ。紅茶は好きだけどテオには叶わないし、お菓子作りや料理は前世から苦手だし……。
「刺繍も好きじゃないし、ダンスも偶にでいいもんな。」
ダンス自体は運動不足の私にぴったりな運動だったと思う。だが緊張も相まって楽しいと思うことは出来なかった。前世でも体育の授業でダンスはあったが、可もなく不可もなく、陽キャの陰に隠れて悪目立ちしないように踊るのが関の山だ。
「ほんとに無いじゃん、やる事なんて。」
母はいつも何して時間を潰してたっけ……。家事はメイドさんに怒られない程度にやって、お菓子作りはマストでこなしてたな。本も読むけど、それで3年潰すのは無理がある。裁縫はほつれを直したりする位だし、刺繍に関してはやってるところを見たことが無い。
「あ……。」
薬……街の人から気ままに依頼を受けて、ポーションを作ってた!あの美味しい味のポーション!この家に来て飲んだポーションはとてもまずいものだった。
もし私が学校に行って、ポーションを飲む機会があれば、あの味の物は飲めない。前世で飲み薬、いや薬というものにトラウマがある。泣いて嫌がっても、駄々をこねても、大声を出しても飲まされた甘苦い薬の味を私は忘れられない。
「ポーションなら役に立ちそうだし、何かあっても日銭に困らないのでは?」
幸い我が家は広大な丘なので、薬草が必要なら育てればいい。ポーション以外にも、日常的に使える薬は多いだろうし、勉強すればオリジナルの何かが作れるかもしれない。
「目標見っけ!」
勢い良く立ち上がると、長風呂でのぼせたのかぐにゃりと視界がゆがむ。
「まずい……」
ルスが急いで脱衣所を飛び出していく音が聞こえた気がした。
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