17話 レオナルドの追憶④
レオナルドの追憶編、こちらで最後になります。
天使が聖女であると知った。周りにも聞こえていたのだろう、浮ついた目線が好奇の物になる。
「名前を言うとこうなるから嫌なのよ。私の正体を知った途端に皆さん離れていくんだもの。友達の1人も出来やしない。」
周りを見て肩を上げるジェスチャーをするソフィア。態度が変わる?当たり前だ。レイム教会と言えば、治癒魔法を発現した大魔法使いニコラス・フォン・レイムの子孫が作った癒しの神殿だ。今や世界中にある教会は人々の健康の要である。
「ソフィアはこんな所に居て良いの?」
「私はちゃんと護衛も連れてきているし、自衛の術もある。別に出かけても大丈夫よ。」
彼女はずっと不自由な思いをしてきたのかもしれない。高すぎる家柄は自身を縛り付ける枷となる。それは僕も身に染みて知っている事だった。
「僕は家柄なんて関係ない、ソフィアと会えたことが嬉しいよ。貴族だって平民だって、それは変わらないさ。」
迷わず自分の気持ちを伝えると、ソフィアは驚いたように目を見開いた。数秒程時間が止まって、意識を取り戻した彼女は見た事のないような顔で嬉しそうに笑った。
「貴方はやっぱり、私の欲しいものをくれる人かもしれない。」
ソフィアの正体のお陰でざわついた空気が、ソフィアの台詞を掻き消した。それは僕とハンクの耳にしか届いていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さぁ皆さん今年も始まりました春華祭!今年もオープニングを飾るのは子供たちの社交ダンスです!今年はどんなドラマが生まれるのでしょうか!」
席に着いた僕たちは、毎年恒例の司会の言葉を耳にしていた。今年の司会は見た事のない女性で、少々ロマンチストの様だ。子供たちのダンスにドラマなんて生まれないだろう。
「今年のミニブーケはフランネルフラワー、品種はエンジェルスターを用意いたしました。さぁ男児の皆さん、前に出て一輪受けっとて下さい!」
今年の花は、花弁に特徴のある大きめの花だった。控えめに作られたミニブーケ、いつもなら祖母の手に渡っていたその花を、僕は初めて女の子にあげるんだ。
前方に座っている人から順に、司会の女性から花束を受け取っていく。僕は毎年後ろに座っているから、受け取る順番も遅い。
同じく後ろに座っていたソフィアを見ると、既にブーケを受け取った男子たちかたむろしている。家柄が無くたって、美しい容姿が異性を引き寄せるだろう。
「はい、どうぞ。」
順番が回ってきてブーケを受け取る。柄にもなく心臓がバクバクと音を立てていた。今まで意識したことが無かったが、このブーケをソフィアに渡したら僕たちはどんな関係になるんだろう。
一度踊った相手?友人?それとも……って僕は何を考えてるんだ!
くだらない事を考えて歩いていたお陰で、あっという間にソフィアの前に着いてしまった。
「あ、あのソフィア……僕と踊ってくれますか?」
ほんとは膝を折って演技でもしようかと考えていたのだが、実際にそんな余裕はない。言葉に躓きながら、必死にソフィアを誘った。
「はい、勿論ですわ。レオナルド様。」
そんな僕とは打って変わって、ソフィアには演技する余裕があったようだ。絵に描いたように打つくしい微笑みは、育ちの良さを連想させる。
「なんでそんなに緊張しているの?」
「初めて最初のダンスを誰かと踊るんだ。緊張ぐらいするだろ。」
クラシックの落ち着いた前奏に隠れて、二人だけの会話をする。体は最初のポーズで緊張していて、周りからの視線も相まって硬直してしまいそうだ。
「失敗しても大丈夫!私が支えてあげるから。」
女の子側にそんな事を言わせて目が覚めた。僕がしっかりとエスコートしなければ。
「そんなことさせないさ。ソフィアは僕に体を任せていれば良いよ。」
いつもより少し強めに腰を押すと、細い体が簡単に揺らぐ。少し早めに動き出した僕たちは大層目立っただろうが、遅れて流れ出した音楽に身を任せて優雅に踊り始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「レオナルド君、そちらのお嬢さんは……?」
ダンスが終わる頃、弟を抱えて席に着いていた母親に早々に質問された。
「友人のソフィアです。」
「初めましてローナ様、レオナルド様の友人のソフィアと申します。お若くてお美しいお母様で驚きました。」
白いドレスの裾を軽く持ち上げ貴族の挨拶を交わす。やはり彼女は機転が利くようだ、実母の母の死には触れず、まるでこの人が実母であるかのように振舞ってくれる。
「はじめましてソフィアさん。レオナルド君ったらこんなに綺麗なお友達が居たなんて知らなかったわ!それに綺麗なんて言って貰って……嬉しいわね。」
「僕たちは屋台を回ろうかと思ってるんですが、行ってきてもよろしいですか?」
「えぇ構いませんよ。もう少ししたらお母様とレオも来る時間ですし、連絡は取れるようにしておいてくださいね。」
「わかりました。夕飯の時間になったらいつものお店に向かいますので!」
長話を避けるために行儀は悪いが振り返りざまで返事をさせて貰う。この人とソフィアを余り話させたくない、という僕のエゴだ。
「……あの人の事が嫌い?悪い人には見えなかったのだけれど。」
「嫌いじゃないよ、ただ僕が幼稚だから受け入れがたいだけさ。」
あの場を去るときに握った手を放していないことに気づき、不自然に振り払ってしまった。
「そう……まぁ去年お母様が亡くなって、それなのに小さな弟まで出来るんだもの。複雑なのは当たり前か……。」
放した手に触れる事は無く、僕たちは屋台の外れにある小さなベンチに腰掛けた。
「ソフィアはいつ王都に帰るの?」
「そうね……。多分明日には帰ると思うわ。春華祭は明日まであるけれど、私がここにる用は無いもの。」
「そっか、今年から王都校に通う予定なんだけど、何処に行ったらソフィアに会える?」
「王都校に通うの!てっきり家庭教師に勉強を教えて貰って、学校には行かないと思ってた。私に会うのは簡単よ、王宮の程近くにあるレイム神殿に来てくれればいいわ。」
ソフィアはそう言ってドレスの中から首飾りを取り出した。
薄い青色の石が銀細工の枠にはめられて、女性がつける特有の細いチェーンに下げられている。
「一応これを持っておいて、もし神殿で誰かに止められてもこれがあれば平気なはずだから。」
首飾りを受け取りまじまじと見つめると、水晶の中に金色の輝きが見える。
「この首飾りは……?」
「父が迷宮探索をしたときに、下層から出てきた魔石を加工した物よ。教会の人の間では(慈悲の瞳)と呼ばれていて、私が持っているという事も有名だわ。」
「慈悲の瞳……。」
見れば見る程、ただの青い魔石には見えない。まるで水の中に濃淡様々な青を閉じ込めたようだ。
「一度だけ、その魔石を付けている人を厄災から守ってくれるそうよ。わざわざ鑑定師を呼んでいた位だから、相当珍しいものなのかもね。」
「お嬢様、その首飾りはお嬢様の身を護るものです。いくら身分証替わりとはいえお渡しするのはどうかと思います。」
どこからともなく出てきたのは彼女の護衛であるサラだ。僕は今まで彼女がどこに身を潜めていたのか分からない。
驚く声を上げない事が、今の僕にできる精一杯の強がりだ。
「良いのよ。レオナルドが王都に来て、私に会いに来るまでの短い時間だけ預かってもらう。もしこのままお別れして、口先だけで会いたいなんて言われていたら嫌だもの。」
ソフィアが驚かない所を見ると、いつも人の目に入らない所で待機していて、何かあるときに出てくるという護衛のスタイルなのかもしれない。
「口先だけじゃないよ。」
「それともう一つ、脅しでは無いのだけれど……大人の話ではその首飾りで小国3つ程買えるらしいわ。」
……国って1ついくらだよ。僕にはさっぱり分からないが、これは余程高価な物らしい。
「そんなに大切な物受け取れないよ。普通にソフィアの友人ですって言ったら会わせて貰えるんだろう?」
「さぁ……?不審者として扱われるか、そもそも相手にもされないかの2択じゃないかしら。」
ソフィアから帰ってきた返事はどうにも煮え切らないものだった。
「さぁって……友人が訪ねてくることぐらいあるだろう?」
「……無いわよ。王都じゃ私や父上に謁見できる人なんて限られてるもの。神殿も、出入りが許されてるのは祈りを捧げるホールの部分だけで、私が生活している区域の警護は王宮並よ。」
「私に話を通して頂ければ、レオナルド様を中に居れることも可能なのでは?」
強情なソフィアにサラも手を差し伸べるが、いとも簡単に論破されてしまう。
「サラはそもそも私の傍から離れられないでしょう。どうやって神殿の入り口に居るレオナルドと会うつもり?」
「じゃあやっぱりこれを受け取るしかないのか……。」
ソフィアの首から僕の手のひらへと移動した首飾りを見つめて、溜息を吐いた。そんな大切な物を預からなくても、神殿に会いに行くと言っているのに。
「本当に無くしてしまっては困るから、ちゃんと首から下げておくのよ?」
そういって僕の後ろへ回り、徐に首飾りを付け始めた。
なんだろう……まだ2回しか会っていないのに、全然違和感がない。自然体の僕で居られる。運命なんて信じる事は無いが、ソフィアに関しては運命の人なのではと期待してしまう。
「子供じゃないんだし、大丈夫だよ。」
青色の魔石は今日の服装と相まって、注意して見ないと分からないだろう。
魔石の件でひと悶着あった後、春の花が咲き誇り祭りの賑やかさに紛れながら、僕とソフィアは穏やかな時間を過ごした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ハンクは昔から男勝りな癖に、暗闇が怖いと言って夜には遊びに来ないんだ。」
「あらそうなの!凛々しい方なのに可愛らしい所もあるのね。」
世間話に花を咲かせていると、見覚えのあるアーティフィカル妖精が僕目掛けて飛んできた。
「レオンハルト様から伝言です。もうすぐ夕食の時間なので戻るように、お友達も居るなら連れてきても構わないとの事です。」
父の妖精から告げられたのは夕食へのソフィア参加の打診だ。どこからか僕が女の子と祭りを回っているのがバレたらしい。
まぁ出所なんてわかり切っているが。
「……だってさ。どうする?料理は美味しい物ばかりだけど。」
「遠慮するわ。私が貴方と、その家族と食事をしていたとなれば有ること無い事噂されそうだもの。ご一緒するにしても、正式な場の方が面倒が無くていいと思うわ。」
確かに現代魔法を一心に請け負うレイム教会の跡取りと、国防の要であるヘイデン家の跡取りが食事をしたとなれば貴族の話のネタになるのは目に見えている。
「そうしようか。参加したいと思っていた旨は父にも伝えておくよ。」
「えぇありがとう。じゃあもうそろそろお別れね、レオナルドのお陰で今日はとっても楽しかったわ。」
「僕の方こそ突然ダンスに誘って、その後も付き合ってもらってありがとう。次は王都で、これを返しに僕らか会いに行くよ。」
鎖骨程の位置で輝く魔石を指に引っかけて笑って見せる。彼女も寂しそうな表情を見せる事無く、輝いた笑顔で頷いてくれた。
「サラ、馬車の居る場所は分かってる?」
「お嬢様が逃げはしない事を見越してか、祭り会場出口の馬繋場で待機していました。」
「そう、なら今日は帰りましょうか。最後に、本当にありがとう。私が生きてきた中で今日が一番楽しかったわ。」
ふわりと彼女が距離を詰めて来たと思ったら、柔らかい感触が頬を掠める。
「お返し、待っていますね。」
ソフィアはこちらに振り替える事無く、サラと共に祭り会場出口に向かっていった。
情けない事に僕は、その場に凍り付いたように動くことが出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「僕って今……」
体感10分、既にソフィアの背中は見る影もない。ようやく意識が戻ってきて視線を動かし、心の中を脳ではなく口で処理する。
「な、なんてことをしてしまったんだ……。ソフィアとの子供なんてまだ早いのに……。」
口付けを交わしてしまえば子供ができると、街の男子が騒いでいたのを思い出した。僕はまだ子供なのに、子供なんてできたらどうしよう。
「とりあえず食事に向かって、何事も無い様に接しよう。」
もし何かが起きても、見捨てるという選択肢はないだろう。ソフィアの両親に挨拶して、僕の家族にも挨拶して、学生なんてしている場合では無いから稼がなければならない。
「父上に仕事を教わった方が良いかもしれない……。」
いろいろと無駄な時間を過ごしていたので早歩きで店へ向かう。街の中心にある店は祭りの会場とほど近い。
すれ違う父の知り合いに挨拶をしながら、夕方の帰宅ラッシュを反対に向かう。
「すみません、ヘイデンなんですが。」
「お待ちしておりました。こちらになります。」
案内されたのは昨日と同じ2階席だ。部屋に入ると来る予定を聞いていない祖父も席に着いている。
「遅くなってしまって申し訳ありません。」
「お友達は来なかったの?」
席に着くなりそう聞いてきたのは祖母だった。
「はい、参加はしたいのですが今日は遠慮させていただくとの事です。また是非誘って欲しいとの事でした。」
僕がソフィアの意向を話している最中、不自然な視線に気が付いて顔を向けると、祖父が訝し気に胸元を注視していた。
「レオナルドよ、その首飾りはお前の物か?」
「違います、友人から預かったものです。王都に住んでいるので、次に会ったときに帰して欲しいと約束しました。」
素直に答えると、普段心情をあまり表に出さない祖父が目を丸くして言った。
「友人とはソフィア様の事か……。あのような方がどうしてこんな辺境に来ていたのか。」
「あなた、ソフィア様とはどんな方なんですか?」
「レイム教会のご息女だよ。その魔石は私が教皇様とギルド長と行った、王都最大の迷宮427層から出てきた代物だ。王都の鑑定師でも鑑定が難しく、一部しか解明されていないがその価値は計り知れない。」
この魔石は祖父とソフィアの父が一緒に潜った迷宮で出てきた物だったのか。元々交流があっても不思議では無いからな。
「レオナルド、貴方そんな方と祭りを回っていたのですか?」
「初めてお会いしたのは去年の春華祭です。今年も会う約束をしていて、踊って頂く事も同じく約束していました。」
約束なんてものはしていないし、何なら喧嘩別れといった格好だったが、嘘も方便というやつだ。
「そうか……彼女の噂は王都で散々聞いていたな。神殿に産み落とされた女神だとか、祈る姿は聖女と呼ばれていたな。是非一目見て見たかったものだ。」
父がそう呟くと、間髪入れずに母が話を続ける。
「それはそれは見目麗しい女の子でしたわ。けれど、そこまで高貴な方とは知らず……少々無礼をしてしまったかしら。」
額に脂汗を掻きながら話す母の腹の中が透けて見えるようだった。
「彼女とはどんな約束をしたんだい?」
「僕が王都に行った暁には、必ず会いに行くと約束しました。この首飾りはその人質です。」
「そうか、王都に行くのが楽しみだな。」
「はい、父上。」
ソフィアの話はそれくらいにして、いつもの食事会が始まった。
誤字、脱字などありましたらご指摘をお願い致します。




