14話 レオナルドの追憶①
皆さん大変お待たせしました。
ここで一旦レオナルド(ティアの父)の過去に触れていきたいと思います。
数話ストックできたので更新頻度上げたいなぁと思っています。
俺の人生が変わったのは、泣き虫でビビりな10歳の男の子だった時の話だ。剣は重く、鋭利で怖い。魔法は苦手で、これもまた疲れるのが恐かった。
この家に生まれてこなければ、こんな事せずに済むのに……。両親には申し訳ないが、心の底からそう思った。
「レオナルド、そんなことでは強くなれないぞ。お前はこの家の長男なんだからもっとしっかりするんだ。」
ゴチンと、硬い拳が僕の頭に落ちる。
「痛いです……。父上……。」
僕だって好きで長男に生まれた訳じゃないのに、どうしてこんなに厳しくされなきゃいけないんだ。毎日倒れる程走って、剣を振って、魔法を使う。全部全部、やりたい事じゃないのに。
「あなた、そんなに強く拳を落とさないであげてください。たんこぶでも出来たらどうするのですか。」
ゆったりとした服を着てマイペースに歩くのは、僕の大好きな母だ。父と僕以外は母の事が嫌いだけれど、そんなことは関係ない。
僕にとってたった一人の、大切な母だ。
「出てきて大丈夫なのか?」
「今日は天気がいいからか、体調も随分良いんです。」
空を見上げる母はいつもニコニコしていて、なぜ部屋に居る事が多いのか分からなかった。
「無理はしないでくれよ。陽が沈んでくれば気温も下がる、体に障るといけないからな。」
「もう、心配性なんだから。」
明後日には春華祭が始まって、僕は5回目のダンスを踊る。母が今年は見に来てくれるらしいから、一層気合が入ってる。
去年は体調が悪くて会場には来られなかったから、今年こそかっこよく踊る僕の姿を見せたい。
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日が落ちてきて夕ご飯の時間、食事の席には祖父母と父、そして僕しかいない。母はいつも自室で一人で食べるんだ。
母と一緒にお部屋でご飯を食べたいけれど、そうすると父に叱られてしまう。
「レオナルド、剣技はどうだ。少しは上達したか?この年のレオンハルトは、私から一本ぐらいは取れていたぞ?」
「……父上、私が一本を取れていたのは何千本に一本あるか無いかでしょう。レオナルドは剣技が得意ではありませんので、ゆっくりと練習させています。」
祖父と父の会話を聞いているだけで頭が痛くなってくる。僕は豪傑と呼ばれる祖父でも、閃光と呼ばれる父でもない。毎日毎日、耳にタコができるぐらい強くなれと言われるけれど、僕は剣や魔法で戦う事なんて好きじゃないんだ。
「……ヘイデン家に生まれておきながら剣技が出来ないなど言語道断だ。明日から更に練習の時間を増やしなさい。怪我があれば母親に治させれば良いだろう。」
僕の剣技があまり上達していないと分かると、祖父は機嫌が悪くなる。僕はへとへとになりながら毎日練習しているのに、足りないと言われて怒られるんだ。
「……クレアはもう魔法は使えません。」
「魔法は使えなくても構いませんが、子供がレオナルド1人しか居ないのは如何なものかと。最低男児は3人、家の繁栄のために女児を2人、これが最低ラインです。
それが厳しいようなら、クレアさんには無理をさせず実家で療養して貰えばどうかしら。」
今まで沈黙を貫いていた祖母の、唯一の発言がこれだ。
なんで皆、あんなに優しい母の事を邪険に扱うのか。普段は強い態度の父も、祖父母には余り強く言わない。それが一番かっこ悪い。
「……クレアは世継ぎの母です。まだ幼いレオナルドと別れさせるわけにはいきません。僕もまだ若いですし、兄弟の話はまだ先でもいいでしょう。」
こんな雰囲気の食事はもう飽き飽きだ。早く食べ終わって、母の部屋でお話をさせて貰おう。
「ごちそうさまでした!お先に失礼します。」
母の部屋はこんなに広いお屋敷の端っこだ。古い屋敷の床はギシギシと音を立てているし、隙間風も冷たく吹いている。
今度母の部屋に行くときは、温かい飲み物でも持っていこう。
ーコンコンー
「母上、レオナルドです。夕食が終わったので遊びに来ました!入ってもよろしいですか?」
「良いわよ、おいで。」
返事を待って部屋に入ると、ベットで体を起こした状態の母が待っていた。
「レオ、おじい様達とはゆっくり食事をして、毎日の機微を交換しないと。私は会いに来てくれて嬉しいけど、嫉妬されちゃうわ。」
母の肌は、まるで遠い国で作られている陶器のように白い。腕もしなやかに細く、力を込めず撫でてくれる手はひんやりとして心地いい。
「おじい様は父上とお話がしたいそうです。僕はいつも話に混ざれないので、約束通りしっかりご飯を食べて母上の元へ来ました!何も悪くないでしょう?」
僕が胸を張って高らかに話すと、母がコロコロと鈴の音のような笑い声で微笑む。
「今日の夕ご飯はシカ肉を使ったソテーでしたが、お野菜も沢山で栄養たっぷりでした。母上も勿論食べましたよね?」
「えぇ勿論、きっとレオの2倍は食べてしまったわ。私が太っても、大好きでいてくれる?」
「当り前です!僕はどんな母上でも大好きですよ!」
ぎゅっと、母の細い胴体に抱き着けば優しい匂いが漂ってくる。この不思議な、甘いけど少し刺激のある母の匂いが、僕は大好きだ。
そのあと少しだけ世間話をして、いつも母が疲れてしまったと言うまで部屋に居座るのが僕の日課だ。母の部屋にいる間は祖父母も父も近寄ってこないから、気が休まるし心地が良い。
「それでは母上、お休みなさい!」
疲れてしまったと音を上げる母上とお別れして、家族に会わないように自室に戻る。明日はさらにダンスに磨きをかけようと心に決めて、早々にベットに入った。
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春華祭前日、俺はあの日、大きくなった体に合わせて作った服を届けて貰ったんだ。春にふさわしい、白と青の花の模様が入ったスーツ。母の大好きだった花を、内緒でデザインに取り入れて、喜んでもらおうと考えていた。
「……?外が騒がしいな。すみません、少し見てきても良いですか?」
細かい手直しが無いかと、僕の体を隅々まで観察していた呉服屋をいなして廊下に出る。普段は走り回る事なんてない、教育が施された使用人が屋敷を走り回っているのを見て異常に気付いた。
「ねぇ、どうしたの?」
急いだ様子の使用人を呼び止めて事情を聴く。酷く困ったような顔だったが、事情を聴くまで離さないと行く先を遮ると、恐る恐る話し始めた。
「……クレア様のご容体が急変し、街から治癒術師が到着するのを待っておりますが、残念なことに持ちそうもありません……申し訳ございません、レオナルド様……。」
僕は走った、訓練より必死に走った、多分生きている中で一番、本気で走ったんだ。
「母上!」
屋敷の端っこに着くと、凄まじい魔力が恐らく母の体から放出されており、普通の使用人では近づくこともできない様子だった。扉の前では数人の使用人が、苦しそうに布を抱えて呆然としていた。
「母上はどうなってしまったですか……。」
母の得意な魔法は光魔法だった。体から溢れる魔力は光輝いており、眩しくて姿を確認できない。部屋の中に誰が居るのかもわからなかった。
「レオナルド、危ないから近づいてはいけません!」
部屋へ入ろうとすると祖母が僕の襟を掴んで止めて来た。咄嗟の事で掴む所まで気が回らなかったのだろう、着ていたシャツの首が締まり、呼吸が出来ずむせ返ってしまう。
「レオナルド!精霊よ、我が意思に応えよ」
光魔法で治癒されれば、喉に有った違和感も、咳をしたい衝動さえ無くなる。
「おばあ様、母上を治癒魔法で助けてください!僕を治したみたいに、母も治してください!」
「……レオナルド、貴方は部屋に戻りなさい。コントロールされていない魔力下では、何か悪い影響があるかもしれません。」
「……父上!!母上を、お母様を助けてください!」
動ける使用人たちは、僕を部屋から遠ざけようと腕や肩を掴んでくる。
父に助けを求めるが、苦虫を噛み潰したような顔をして助けてくれる様子が無い。
嫌だ、嫌だ、母上が苦しそうだ。母上は光の魔法が得意だ、稀有な才能だと、皆が褒め称えていた。でも、その奇跡のような魔法を自分の為に使う事は出来ないと、僕は知っていた。
治癒魔法は他人にしか作用しない。その理由は、いまだに解明されていない。
僕は母上の子供だけど、光の魔法の才能は受け継がなかった。
僕には、苦しむ母を助ける術がない。
「レオナルド、部屋へ戻っていなさい。これはお願いじゃなく命令だ。」
……この家には、僕と母上の味方は居ない。
自分の中で、何かが冷え切るのを感じる。悲しみも、悔しさも感じない。たとえ、父から告げられた言葉が僕の願いを踏み潰すものであったとしても。
僕は知っている、母がその魔法の才を他人の為に惜しげもなく使っていたことを。
僕は知っている、魔法が無くても母は人を慈しむ心を持った人だと。
「どけ、今から僕に触ったらその腕が消し飛ぶぞ。」
血を別つ父でさえ、僕の味方ではない。ベットに臥す息も絶え絶えの母だけが、この世で唯一、僕の家族だ。
風魔法を全力で全身に纏い、自身を台風と化す。僕も自身の纏う風に触れれば、指の一本や二本は無くなりそうだ。
「レオナルド!」
そう叫んだのは、誰の声だったか。
部屋までは僅か数十メートル、放出されている魔力で体が押し返されるようだ。
周りの声は届かない、何も聞こえない。僕を止める手さえ、届くことはないだろう。
僕が行ったところで治癒魔法が使える訳でも、魔力を止めることが出来る訳でも無い。
でも、ここに居る大勢の大人が、誰も母にとって家族で無いのなら、僕が駆け付けるべきだろう。
きっと、1人は寂しいから。
「母上……」
力なく横たわる母に、意識があるのかもわからなかった。布団の外に出された手には、僕が5歳の誕生日に贈った木製の指輪がはめられていた。
触れようを手を伸ばすが、凄まじい魔力でこれ以上近づく事さえ叶わない。
「……れ、お?」
思わず涙を流すと、今にも消えてなくなりそうな声量で、母が僕の名前を呼んだ。
「母上……母上!」
「精、霊さん……私にす、少しだけ……時間、を頂戴……。ほんの、少しで……良いのよ。」
母の体が不自然に光ると、ほんの少しだけ顔色が戻った気がした。
そして同時に、恐ろしい形相の黒い悪魔が母の後ろに鎮座していた。
「母上!」
焦ったように声を出す僕に驚いたのか、昨日のようにコロコロと笑う。
「大丈夫よレオナルド、顔は怖いけれど悪い精霊では無いわ。」
「今すぐここから逃げましょう、後ろに悪魔が!」
「悪魔なんて言ったらだめよ、私に元気をくれた精霊さんなんだから。この子が居なきゃ私は貴方と話すことも出来ないまま、もう空の上に居たはずよ。」
僕が視線を向けると、まるで親の仇を見るような目で見つめてくる。黒々とした肌、濁った赤い瞳、口から覗く牙は、僕が本で見る悪魔そのものだった。
「母上、きっとそれは精霊ではありません。母上の妖精に怖い顔の人は居ないでしょう!」
母のアーティフィカル妖精は、主に似て優しい顔をした子が多かった。悪魔は対照的で、形相は般若の様だし見た目も恐ろしい。こんなものが、母の妖精の訳は無いのだ。
「確かに私の精霊ではないけれど……。レオナルド、お母さんの体を起こしてくれない?」
僕を納得させるのを諦めたのか、仕方ないと言ったような顔で手を伸ばしてくる。
「あまり時間が無いから、とりあえず伝えたい事だけ話していかないと……。」
うーんと考え込む母を見て、危機感の無さに驚いた。先ほどまで魔力を大量に放ち、今は背中に悪魔を携えている人には全然見えない。
「とりあえず、私はレオナルドの事が大好きよ!何にも代えられないくらい、この世で1番大好きで、大切な人。でもそれは、おじい様やおばあ様、レオンハルトも変わらないという事を、忘れないで欲しい。」
「……母上。」
「確かに仕事人間って感じで冷たく見えているかもしれないけど、色々な物を背負っている人たちだからしょうがないのよ。
私みたいに、お気楽に生きてはいけない人達だからね。」
「母上を大切にしない人達なんて、蔑ろにしてきた人達なんて、家族とは思えません。僕は、母上だけが傍に居てくれればいいんです。」
「私は蔑ろにされていた訳では無いのよ?ただ体調が悪くなって、家族の希望に添えなくなってしまったから何となく気まずいだけで……。
希望に添えないのにも関わらず、屋敷に居る事を許してくれていたし、薬も処方してもらっていたから、態度には視えなくても優しいのよ?」
それにしたって分かりづらいけどね、と笑いながら言って母は続けた。
「処方されていた薬は神経毒の類の麻薬だったけど、その薬が出されるようになって初めて、私にあまり時間が残されていない事を知ったの。体に染みつく薬の匂いでレオナルドに影響が有ったら怖いから、ハグを長時間するのは避けていたわ。ごめんなさいね。」
母上からいつも香って来た甘くて刺激的な匂いの正体は、母の体を襲う激痛を麻痺させるために飲ませていた神経毒、麻薬の匂いだった。
「でも最後なら、思い切りハグしたって誰にも文句は言われないわよね!」
両手を広げて僕を見る母に、体が辛いという事を忘れて思わず飛び込む。
「レオ、貴方の事が大好きよ。これからも、永遠に。だから、私が居なくなってもあまり悲しまずに、家族を大切に、強く生きて。」
……初めて、こんな饒舌な母に会った気がする。
それが母の最期の言葉だった。体感5分、母と長い抱擁を交わして匂いを精一杯忘れないように吸い込んだ。
「僕も、母上の事が大好きです。母上と過ごせた10年間、僕は世界で1番の幸せ者でした。」
きらきらと母の体が光始める。それが、母と別れを告げる光だと本能的に理解した。
母の背中に居る悪魔が、母の首に手をかけてニヤリと笑う。
刹那、母は何かを言って、悪魔と共に姿を消した。
僕が作った、不格好な指輪だけを残して。
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