13話 春華祭 友人
時間が……時間が足りないよ……。
「あ、ティアの迎えはこの魔法を知ってるみたいだね。外側から思い切り攻撃されてる、魔法が壊れるのも時間の問題か。」
この空間に来てから体感30分程、世間話をするばかりで特別なことをする訳でも無いのに、ずっとこの暗い空間に閉じ込められている。
外は大騒ぎかな……。行方不明になるのは魔石の件に続いて2回目だし……。
「それにしても物凄い魔力量だなぁ。こんなに魔力を放出してしまったら、魔法を壊すことは出来ても敵が出てきたらバテて戦えなくなっちゃう。外に居るのはおバカさんなのかも。」
「……多分父です。父は馬鹿ではありませんよ?」
「そうかな?僕の父に比べたら、この世の全員大して変わりは無いよ。僕も馬鹿だし、外にいる大人も馬鹿だ。」
カイルさんのお父さんは、一体どんな人なんだろう。多くの犠牲を厭わず、息子を実験台に研究をするような人だ。碌な人では無いだろうが、当の本人は父親を嫌っているように見えない。実験に使われた事を知らないのかもしれないけど。
「魔法を破られる前に、外に出してください。父は腕っぷしが良いので、怒らせたら怪我をしてしまうかもしれません。」
「……怪我はしないから問題ない。それよりティアのお父さんには謝らなきゃ、悪ふざけが過ぎましたって。」
カイルさんは私に指一本触れていない。危害も加えられていないし、本当に他愛もない話をしていただけだ。
こんな所に閉じ込めなければ、普通に話もできたし、謝る必要も無いのに。
「そろそろかな。」
そっと指をさした先には、白い光が漏れ出る亀裂があった。
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「中々頑丈だな。」
周りを囲っていた生け垣は見る影もない。実世界に影響を与えるまでに大きくなった自分の魔力が、周りの物を吹き飛ばしているからだ。
系統外魔法と呼ばれる魔法は魔力を変換することなく、魔力のみで攻撃や防御が出来ると聞いたことがある。自分の魔力が生け垣を押しのけているという事は、系統外魔法に近い事が出来ているからだろう。
昔、魔法の師匠に系統外魔法の適性があるかもしれないと言われて心躍ったが、ソフィアでも理解しがたい古文書や魔法書を読む気にはなれなかった。
「もう少し勉強していれば、楽に壊せたのかもしれないな。」
正直魔法は得意じゃない。人より恵まれた魔力量に任せて、コントロールなんてしていない様なものだ。全部相棒とも呼べる妖精たちに任せっきりで、魔力コントロールに関してはテオにも、ティアにさえ敵わないだろう。
「そろそろ壊れるな……。精霊よ、我が意思に応えよ」
魔力を放出する力技を止め、魔法決壊による爆風に備えるための広範囲障壁魔法に切り替える。この春華祭で怪我人を出すわけにはいかない。
亀裂が穴となり、魔法は決壊した。
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「ティア、少し落ちるかもしれないから僕の手を握って。」
差し出された手を握る気には到底なれない。綺麗な顔をして誘拐まがいな事をしている少年を信じられないからだ。
「信じられません。嫌です!」
バラバラと崩れる空間を眺めながら、差し出された手を拒否する。
「もう!無理矢理握るよ!」
闇が光へと変わり、視界が眩む。周りに吹く風や轟音の割にはゆったりと、自分の体が降下していくのが分かった。
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魔法が決壊した衝撃に耐えながら、亀裂の向こう側から現れた人影を確認して絶句する。
「……重力魔法。」
どんなに座学が嫌いな俺でも、存在だけは知っている。どの教科書にだって、この魔法、そしてこの魔法を創った人の名が載っているだろう。
「……初代精霊王の魔法が、何故ここにある。」
その魔法に似合わず幼さを残した少年は、俺の姿を確認すると申し訳なさそうに一礼した。
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ふわりと、重力など無いかの様に地面に着地する。もしそのまま落ちていたら、骨の1本や2本では済まないだろう。いや、もしかしたら父が抱えてくれたかもしれないが。
「ティア!」
「お父様!」
着地した瞬間にカイルさんの手を振り払い、父の懐に飛び込む。それに焦る事もなく私を抱き上げ、怪我が無いか確認してくれた。
「ティア、あの子は?」
「隣の国から春華祭を見に来たカイルさんです。」
視線をカイルさんに移すと、申し訳なさそうに一歩前へ出て一礼する。
「初めまして。カイルと言います。」
「君があの魔法を使ったのかい?」
礼儀正しく体を折り父に挨拶したカイルさんは、案外簡単に自分がやったことを説明した。
「ティアとお話しがしたくて魔法を使いました。傷つけるつもりも、怖がらせるつもりも無かったんです。僕が探していた人にティアが似ていたから、ついやりすぎてしまいました。本当にごめんなさい。」
真摯に謝る姿に、父の警戒も溶けて消えていく。本当に悪意もなくあんなことをしているのだろうか。無邪気というには無理がある気がするが。
「相手が同意していないのに魔法を使ってはいけないだろう。それに、ティアは魔道具を付けていたはずだ。それを壊したのも君かい?」
父は真っ二つに割れたコインのネックレスを取り出し、カイルさんに持って見せた。
「はい。その魔法具が、ティアの居場所を教える物だと知っていました。ですが壊すつもりはなくて、いや、結果的に壊してしまいました。不完全な魔法を使った僕が悪いです。」
何かを言いかけたようだったが、カイルさんはその言葉を飲み込んだ。何を言っても言い訳じみて聞こえると感じからかもしれない。
私はてっきりわざと壊したと思っていたのだが、どうやら魔法が不完全だったことが原因で壊れてしまったようだ。
「君が使った不完全な魔法とは、系統外魔法で間違いないかい?」
「……重力魔法が、系統外魔法に類するものという事まで知っているんですね。という事は騎士様か、王族に近しい方という事ですか。失礼をお許しください。」
「それは問題ない。ただ、その魔法をどこで誰に教わったか、良ければ教えてくれないか。」
父が私を抱えたまま、不自然に離れた距離を詰める為にカイルさんに近づいていく。それに合わせてじりじりとカイルさんは下がっていった。
「申し訳ありません。父に大人には捕まるなと言われておりますので、これで失礼致します。」
次の瞬間、ポケットから何かを取り出し宙へ投げる。その何かが煙を上げたと思ったら、カイルさんはどこにもいなくなっていた。
「あの子は一体……。というかティア、本当に怪我は無いか?」
父はカイルさんに逃げられたというのに焦った様子が見られない。
「怪我はありません。お父様、カイルさんに逃げられてしまいましたよ?」
「こんなに人が多い所で魔法を使って、誰かが怪我をしたら大変だろう。それにあの子の魔法は俺たちと違うようだ。相手が何者か分からい今は、戦うべきではない。」
あの子が誰かを傷つけた訳では無いしなと付け加えて、私を床へ下ろした。
「ティア、どうしてティアが外に出ると何かしら起こるんだろうな?」
……それに関しては私が知りたいです。
「心配かけて申し訳ありません。怪我もないですし、嫌なこともされて無いので安心してください。」
「……ソフィアと違う意味で外出禁止になりそうだ。」
「……?お母様は外出禁止なのですか?」
確かに母の外出する姿を見たことが無い。買い物も商人が家に来るし、まず外に出る必要が無いのだ。気まずそうに私を横目で見る父に質問する。
「……ソフィアの綺麗さは暴力的だからな。小さい頃は外出していたが、大人になってからは家からも外出禁止を食らってた。けど俺と一緒なら、たまに外出するぞ?」
母の美しさは人を狂わせるのだろうか。確かに目を疑うほどの美人だが、外出が憚られる程だとは驚きだ。
「……私も外出禁止ですか?」
「春華祭が終わって、学校が始まるまでは丘で過ごそう。俺もずっと居てやれる訳じゃないし、ソフィアと外出となると何に巻き込まれるか分からん。」
困ったように溜息をつく父、私だって迷惑かけたい訳じゃないのだが、この調子だと学校生活まで友達はお預けかもしれない。
……謎にトラブルメーカーになっている気がする。
「レオナルド様、役所の方が来ております。」
不意にかけられた声に振り返ると、リリーさんのメイドさんが立っていた。来るときに束ねられていた髪が、少しの跡を残してサラサラと靡いている。
その後ろから現れたのは武装した、到底お役所勤めとは思えない風貌の男たちだった。
「ギルドの冒険者の様だが、役所の方はどこだ?」
そう言うと、後ろの方から中年の男性が、重たそうに膨れるお腹を抱えて登場した。
「私は役所のサリバンと申します。レオナルド様、お話を聞かせて頂きますか?こんなに生け垣をめちゃくちゃにしてしまって……。
貴殿はシルフィセレフの騎士では無く王様の護衛でしょう。どうして街に戻ってきて騒ぎばかり起こすのです……とりあえずここではお話しできかねますので?こちらへどうぞ。」
態度に怒りが滲み出ている様だが、話を聞く前だというのに随分と失礼な言い方だ。魔石の件で騒ぎを起こしたことは申し訳ないと思っているが、それで役所に迷惑をかけたつもりは無い。
報告だって父が直接国にしたと聞いているし、役所の介入なんて無かったはずだ。
対応に違和感を感じながらサリバンさんに通されたのは、春の森の端に設置されたテントだ。入り口にはスタッフルームと木製の看板がぶら下がっている。
「それで、今回の件はどのように説明するのですか?先日王宮から魔石の件での顛末書が届いたばかりですのに。騒ぎを聞きつけ来てみれば生け垣はめちゃくちゃ、英雄が空から現れて、いきなり物凄い魔力を放出しだしたというではありませんか!」
強い口調で口から唾を吐きだしながら話すサリバンさんに、思わず顔を顰めそうになる。
「娘が攫われ、それを救出するためにやむを得ず魔法を使用した。生け垣に関しては申し訳なく思っているが、使わなければいけない魔法だった故に遠慮はしなかった。金銭的な面では弁償しよう。」
父も散々の言われように少々苛ついている様で、普段は無い棘を言葉の端々から感じる。
「そんな説明で許されると思っているのですか!街を壊す人の為に我々は、街の人々から税を徴収し、騎士の給料を払っている訳では無いのですよ!
それならば、きっちりと仕事をこなす冒険者の給金をアップしてあげたいものですな!」
この人は父の事が嫌いみたいだ。正確に言うと騎士が嫌いなのか、それとも極端に冒険者が好きなのか。
誰に攫われたとか、人的被害の有無とか、他に言わなければならない事は沢山あるだろうに、わざわざ人を煽るような事を言う。
「ティアを攫ったのは少年だった。未確認だが空間魔法ヴァイル、重力魔法を駆使していた。捕獲を試みたが本人に逃走の意志がありわざと逃がした。
子供の多い広場で、俺が魔法を使えば怪我人が出ると判断しての事だ。」
「じゅ、重力魔法!?なぜもっと早く言わない!詳細は!」
自分から何も聞いてこないくせに、言わなければ人の所為にする。この人、クズな大人かも。
「あと、何か勘違いしている様だが、俺は金を得るために剣を握る冒険者では無く、国を護るために剣を握る騎士だ。国民の安全と安心を第一に行動している。」
「わ、私が街の安全を考えないとでも言いたいのかね!」
「先程の貴方の発言は、今も国を護る為に働いている騎士に対する冒涜だ。今頃冒険者は、自由に魔物を狩り、換金して酒場に居る時間だろう。だが騎士は今も訓練に明け暮れ、門を護り、真面目に働いている。
貴様の金に釣られて歩く冒険者とは違い、騎士は国の命令で動く。思い通りにならない者が嫌いなら、自分で建国した方が良いだろう。武装した者を連れて歩く行為は、どこかの国の独裁者そっくりだ。」
父はサリバンさんの言葉を全て無視して話し続けた。いつも温和な父からは考えられない程、怒気が込められた言葉だ。
仕事なんて片手間にやっているのではないかと疑いたくなるような素行だが、言葉を聞けば仕事が上辺だけでは無く本当に過酷な物であると想像できた。
そして、どれだけ仲間を大切に思っているのかも。
席を立ち私を抱きかかえると、もう一言付け加えた。
「詳細は、レオナルド・アーサー・ヘイデンから直接王様に報告させていただく。身分も立場も己の仕事も弁えない奴に、この情報が有益に使えるとは到底思えないからな。」
サリバンさんは大層驚いたように口を開けたまま、茫然とこちらを眺めていた。
「これだから役所勤めは信用ならない。全く融通も利かないし、自分の権利だけを振りかざしてきやがる。」
長い脚でずんずんと進みながらブツブツ文句を言う姿は、先ほどまでかっこよく騎士とは何かを説いていた人とは思えない。
「これからどうするのですか?」
「一旦今日は帰ろう。馬車にテオを残しているし、俺の魔力をソフィアが感じ取っていれば、心配で飛び出してくるかもしれん。」
テントを出て少し歩くと見覚えのある馬車が止まっていた。中から水色、緑、黄色の順に飛び出してきて、私の周りを囲み始めた。
「ティア様!無事ですか!怪我などございませんでしたか?」
リリーさんが私の周りを小走りでクルクルと回る。物凄く心配していたようで、瞳にはうっすらと涙が見えた。
「怪我はありません。ご心配をおかけしてすみませんでした。」
「私から誘いましたのに、行方が分からなくなったと聞いたときは心臓が止まる思いでした……!」
今にも泣きだしそうなリリーさんを抱きしめて、今度は家に来てくださいとお誘いしておいた。アンネさんとハンナさんにも謝罪をした。
「お父様、あちらは家の方向ではありませんよ?」
リリーさん達との話を終え、テオと合流し新調した馬車に乗り込むと、丘とは逆方向に馬車が向かう。向かった先には高い塀があり、住居区間を分けている。そう、この先は貴族領だ。
「いちいち丘に戻れば時間がかかるだろう?明日もどうせ祭りに参加するんだ。街に居た方が何かと便がいいだろう。」
あっという間に塀に到着すると外から話声が聞こえる。
「何かあったんですかね?」
「いや、検問だろう。貴族領に入るときは身分証を提示する必要があるんだ。」
商人ならば商人ギルドの会員証、冒険者ならば冒険者ギルドの会員証、一般市民ならば役場で貰うことのできる身分証が提示条件との事だ。
ーコンコンー
「検問です、扉を開けてもよろしいでしょうか!」
「開けろ」
父の返事と同時に開かれた扉から、甲冑を着込んだ兵士が中を覗き込む。甲冑から顔を出して馬車内を見渡そうとして、父の顔を見た兵士は勢いよく拳を胸の中心に当て、叫びだした。
「そ、総団長殿!一般関門に並ばなくとも声をかけて下されば良かったですのに!」
焦りすぎて言葉がちぐはぐだ。そんな兵士さんを見ながらケラケラと笑う父は、本当に良い性格をしていると思う。
「特別扱いされるのは好きじゃ無いんだ。普通に検問してもらって構わない。」
「かしこまりました……。隊長にご報告してもよろしいでしょうか!」
「いや、先に子供たちを家まで連れて行きたい。その後に俺の方から隊舎へ連絡しよう。」
兵士さんは父の奥に視線を移して、ようやく私たちの存在を認識したようだ。父に対してガチガチ過ぎないかなこの人。
「こんにちは。」
とりあえずテオが挨拶してみると、兵士さんは腰にぶら下げた小さなバッグをごそごそ漁り始めた。何かを取り出して手のひらを差し出すと、薄い紙に包まれた飴玉が置かれていた。
「こんにちは、飴玉は好きですか?他の子にはあげていないので、内緒ですよ?」
パチンとウインクして見せる兵士さんは、私とテオに飴玉を握らせると父に一礼をして仕事に戻っていった。
少しすると馬車が動き始めたので、どうやら無事に検問は終わったようだ。
手のひらを見ると、その飴玉は琥珀色をしていて中に花弁が見える。成人男性が食べるものとしては随分可愛らしいデザインだ。
「この飴玉は、とっても綺麗ですね。」
「花弁が入っている飴玉なんて見たことないね。お父様、食べても大丈夫ですか?」
「あいつは顔見知りだから問題ない。その飴は、春華祭に女性から男性に渡す物なんだ。数個持っているって事は、あいつにも春が来たって事だろう。」
懐かしむような顔をする父を見て、そういえば年齢的にもまだ恋愛しててもおかしくない事を思い出した。絶世の美女が奥さんだったとしても、齢24で家庭を持ち、子供を二人育てるという事は簡単では無いだろう。
父は一体、何歳から騎士で、どうやって育ったんだろう。私、父と母の事何も知らないや。
「お父様は、春が来ますか?」
「俺には十分すぎる程の春が何年も前に来ているからな。圧倒されるような春は、あの時だけでいいんだ。」
どこか遠い目をする父に、やはり一度話を聞いてみたいと思った。
その間にも馬車は進み、舗装されて雰囲気の違う街並みを、ゆっくりと進んでいった。
今まで書いてすぐに投稿するようにしていましたが、10万字目前という事で話のストックを創りたいと思います。
私のペースだと1週間に5000から8000字程度の執筆でしたが、この土日で何とか3話ほど書きたい(希望)
次の投稿まで時間が空いてしまうと思いますが、最短で戻ってきたいと思いますので気長にお待ちいただけたら嬉しいです。
誤字脱字などありましたらご指摘をお願い致します。




