11話 春華祭 初めてのお祭り
「ティア、緊張してるか?」
「いいえお父様、私は今日の為に毎日準備してきました。緊張なんてしていません。」
いよいよ今日は春華祭初日、メインイベントは少年少女たちによるダンスです。花が咲いたような若人の舞は、春のシルフィセレフ名物らしく観光客も多いみたい。
私は今、その会場まで馬車で移動中です。父が王都から乗って来た飾り気のない馬車とは違い、家族用に新しく購入した華やかなものになりました。
木製でありながら曲線のあるデザインはとても可愛らしく、白い車体と金飾りで作られており高級感があります。
「ティア大丈夫だよ。緊張していても、僕が一番最初にダンスの相手をしてあげるからね。」
隣に座る兄は何度も励ましてくれます。私が同世代と話すのが緊張すると言っていたので、心配してくれているようです。
「お兄様、会場に着いても一緒に居てくれますか?」
「うーん、男の子と女の子では席が別れてるんだ。でもそんなに遠すぎる訳ではないから、近くには座れると思うよ。」
「近くに座れなくても、そんなに不安がることは無い。春華祭のダンスは、男子から女子に春の花をプレゼントして、受け取った相手と初めのダンスを踊るんだ。
だからティアは、テオに差し出された花を受け取って1曲目を踊ればいい。」
……初耳だ、そのシステム。女の子の中に花を貰えない子が居たらどうするのさ。小さな出来事で始まるんだよ、いじめって奴は。
女の子はませている生き物だから、男の子から選ばれた数でヒエラルキーが作られるかもしれないのだ。
くだらない事を考えていたら会場に着いたようで、馬車が少しの揺れを生じさせて止まる。
「さぁティア会場に着いたぞ、初お披露目だ。人は多いが必要以上に緊張する必要は無い。なんと言っても俺の子供だからな。」
見世物になる気は毛頭ないし、父の子供だからといって人混みが平気になるとは思えない。ただ、ばっさりと言い捨てる父の自信に溢れる表情は、私に安心を与えてくれる。
御者が扉を開くと、一面に咲いた春の花と、その花を囲むように作られたステージ。その周りには、沢山の出店があり、前世のお祭りを思い出させてくれた。
「わぁ、綺麗……。」
色とりどりに咲いた花は、春の日差しが麗らかに照らしている。いつもより着飾ったご婦人や淑女達のドレスが、花に負けず劣らず輝いていた。
「俺が抱えて行く訳にはいかない。テオ、ティアの手を離さないようにな。」
父の後ろを兄の手に掴まって歩く。新調した薄桃色のドレスを踏まないように気を付けて歩いた。父や兄が目立っているのか、すれ違う人々の視線が痛い。
穴が開くよそんなに見つめられたら。
「レオナルド様!」
人混みの先の方から高い女性の声が聞こえる。私は背が小さくて見えないが、父は声の主を見つけたようだ。
先程までとは打って変わって、足取りが目的のあるものに変わる。
「すまないな、今年も頼む。」
合流したのは、若い女性だった。緋色の髪をハーフアップに纏め、ドレスとまではいかないが、小綺麗なワンピースに身を包んでいた。
……溢れんばかりの胸元は見ないふりをしておこう。
「はい!待機場所まで確実にお連れしますね。テオ君は去年ぶり!ティアちゃんは初めまして、シルフィセレフの役場で働いてるベルです。」
お役所勤めにしては派手だなぁ……。お祭りは職員も好き勝手な格好して良いのかな。あんなに胸元出してたら、お嫁に行けなくなるよ。だって半分見えてるもん、お乳。
「ベルさんお久しぶりです。隣にいるのが妹のティアです。」
「ベルさん初めまして。テオの妹のティアと申します。本日はよろしくお願い致します。」
中々板についてきた挨拶をする。練習の成果を今日は存分に発揮できるだろう。ヘイデン家の長女は素晴らしい淑女であったと、挨拶した人全員に広めてもらわなければ。
「まぁ……とても5歳とは思えませんね。今日の春華祭は面白いものが見られそうです。それではレオナルド様は保護者席へどうぞ、私は子供たちを案内しますので!」
何か含みのある顔をするベルが、父を少し離れた席へと案内する。どうやらステージ脇に用意されている席が、春華祭の保護者席の様だ。
「それじゃあテオ、ティア、俺はここから見ているから楽しんでおいで。」
父と別れて子供用の席へと案内される。
「ティアちゃんは、お母さんのこと好き?」
「……?はい、お母様の事は大好きです。それに、尊敬もしています。」
「へぇ~そっか……お母様ね……。貴族の子供は、言葉遣いから私たち平民とは違うわね。そのドレス、高かったでしょう。家に戻れば、そんなドレスわんさかあるんだろうな~。」
はい?わんさかなんて無いし、貴族だから言葉遣いが違うのでは無く貴女が砕けすぎなのでは!?
いくら子供相手だからと言って、その態度は失礼にあたるのではないでしょうか?貴女平民なんですよね?いや、貴族の方でももう少し丁寧に対応してくれましたけど!
「……?そんなにたくさんは無いですよ?」
わざとらしく首を傾げ、子供らしく振舞ってみる。
「まぁ、他の家を知らないお嬢様にとっては少ないのかもね。お気楽で良いなぁ、レオナルド様の愛人になって人生ラクしたい。
聖女様と同等は無理かもしれないけど、私若いしスタイル良いし、何とかならないかなぁ……。」
この人、頭大丈夫……?それと残念ながら母と父は現在進行形で仲睦まじい夫婦だし、お互いを尊敬している。
他人が入る隙間なんてないし、あったとしても貴女は絶対に嫌です!
「レオナルド様も釣れない感じだけどお話はしてくれるし、諦めるにはまだ早いかぁ。春華祭位しかお近づきになれないし、コツコツ距離詰ていこう。あ、着いたからその辺の適当な席に座ってね~。」
ベルさんは私たちを待機場所の入り口に置いて、どこかへ行ってしまった。
この世界に来て初めて苦手な人かもしれない。
「お兄様、あの方に毎年案内して頂いているのですか。」
「うん、一昨年からだけどベルさんだったよ。ティア、どうかしたの?」
兄は男の子だしまだ8歳だから話の内容が理解できていないのだろう。只の明るい女の人だと思っているのかもしれない。女の私に対してだけ聞こえるように話してくる辺り、性格は明るいだけとは思えないが。
「いいえ何でもありません、派手な方だと思っただけです。ところで席はどこでも良いのでしょうか。」
「青いネモフィラが飾ってある方は男の子、逆に白いネモフィラは女の子の席だよ。」
横5列、縦10列に整頓されて並んだ椅子は如何にもセレモニーって感じだ。列の先頭に背の高い花束が飾られている。メインに使われている花がネモフィラなのだろう。
「お兄様はどちらに座りますか?」
「僕は毎年一番後ろに座るんだ。皆が話しかけてくれるから邪魔にならないようにね。」
兄は人に囲まれるぐらい人気者らしい。そんな人気者の妹が友達1人も居ませんとか冷静に考えて恥ずかしい。
「私も後ろに座るようにします。」
「うん。それじゃあ座って少し待とうか。」
私たちはそれぞれ一番後ろの左側と右側、実質隣同士になるように座った。10分もすれば他の子供たちがちらほらと現れ、話しかけられるかと思いきや話しかけられず、視線が痛いばかりだ。
目線の端々に私たち兄妹と入れては、目をそらす。そんな状況が続いていた。
「お兄様、どうして見ているだけで話しかけて下さらないのでしょう。」
顔は正面に向けたまま、話しかけているのを悟られないように問いかける。
「ティアを初めて見るから、皆どうして良いか分からないんじゃないかな。大丈夫、もう少し人が集まれば話しかけてもらえるよ。」
兄に視線を向けると、温かい笑顔で私の顔を見ていた。私側の席が色めき立つ気配を感じる。このダンスステージは5歳から12歳までが参加していて、兄と同じ年程の女の子は兄を意識しているのだろう。
「テオ!」
周りの視線に耐えながら席に座っていると、兄を呼ぶ声があった。
「アラン!」
兄もその場で立ち上がり手を振る。視線の先を見ると、金髪赤目という珍しい色彩の男の子が駆け寄って来た。
「久しぶりだな、2ヵ月も街に下りて来ないから寂しかったぞ。」
「すまない、妹が目覚めたから一緒に居たかったんだ。それにもうすぐ学校で同じ寮生活なんだから良いだろ。」
おぉ……こんな砕けた話し方をする兄は初めて見る。私に対しては優しく丁寧な話し言葉なのに、友達に対しては少し男の子っぽい話し方だ。
……萌えるね。
「妹……?ってもしかして」
「うん、アランの後ろに座ってるけど、挨拶させてくれる?」
「初めましてアラン様、テオお兄様の妹のティアと申します。」
ゆっくりと振り返ったアランさんの瞳を捉えると、緋色がゆらゆらと泳ぐ。
「初めまして、テオの友人のアランです。お目覚めしたと伺ってからご挨拶が遅れてしまいまいた。」
兄と話していた時と打って変わって、随分丁寧な物言いだ。鮮やかな緋色が言葉に伴って優しく細められる。
うっとりしてしまうような美男子だ。
「ティア、僕の友人のアランだよ。お父さんはこの街の町長さんなんだ。」
えぇ!!あの弱弱しい村長さんの息子さんなの!失礼だけど全然似てない!家に来た町長さんは暗めの茶髪だったし、瞳の色もこんなに鮮やかでは無かった様な気がするけど。
「兄を拘束してしまって申し訳ありません。ご挨拶でしたら、私も街に行く機会がありませんでしたのでお相子という事で。」
心の中の疑問などおくびにも出さず、二コリと微笑む。大人びた対応に驚いたのか、目を少し見開きながらアランさんは続けた。
「ありがとうございます。父から妖精の様な可愛らしいお嬢さんだったと聞いていたのですが、納得です。まだお誘いするには早いですが、僕と踊ってくれませんか?」
「アラン、ティアは最初に僕と踊る約束をしているからやめてくれよ。」
「そうだったか、じゃあ二度目でも三度目でも良いので踊っていただけると嬉しいです。」
「はい、是非。誘っていただけて嬉しいです。」
アランさんと私たち兄妹の会話が周りに聞こえていたのか、近づいてこなかった周りの子たちも少しずつ距離が縮まってきた。
「初めましてティア様、私コールマン商会の1人娘ジャネット・ロウ・コールマンと申します。本日はお目にかかれて光栄ですわ。」
初めて話しかけてきてくれたのは真紅の髪に同じ色のドレスを着こんだジャネットさんでした。印象は気が強そう、自意識過剰そう、です。
「はじめして、ティア・アーサー・ヘイデンと申します。」
「噂には聞いておりますわ、評判通りとてもお美しいですわね。」
「ありがとうございます。ジャネット様も、ドレスがとてもお似合いです。」
春の色味かと言われると少々濃すぎる気もするが、本人に似合っていればそれでいいのだろう。
「当り前ですわ。お父様が西の商人から仕入れた上等な布を使ってますもの。貴女のドレスは顔に合っていて控えめで良いと思いますわ。」
ジャネットさんのチラチラと兄を伺いみる視線が気になる。
まぁ言わなくてもわかるよ、貴女が兄目的だってこと。私の周りで兄には話かけず、こちらを伺っている人は大抵兄狙いなのだろう。
容姿端麗な兄を持った妹も大変です。
「ありがとうございます。……兄とお話しされますか?」
私にかけられた皮肉の言葉はとりあえず無視するとして、ジャネットさんに兄を手のひらでゆらゆらと指してみる。そうするとぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「テオ様とは、ダンスを誘っていただく際に話しかけて頂きたいの。だから毎年、この日だけはお話しするのを避けていますわ。私は前の方に居ますので、そのことだけ伝えてくださいませ!」
……印象に残りたいなら絶対話すべきなのに。
踵を返す真紅を暫く眺めてから、兄の方へ視線を向ける。言わずもがな沢山の友人に囲まれていた。モテモテの兄の周りにいるのは何故だか男の子ばかりだったが。
「お兄様、コールマン商会のジャネット様が前の方に居ますと伝えてくださいとのことでしたが……。」
友人に囲まれている兄の話の隙間を縫って話しかける。
「お、モテモテじゃないかテオ。毎年毎年良くやるよな、絶対テオは誰も誘わないのに。」
アランさんがお決まりだとでも言うように話し始める。兄ならダンスステージなんて両手に花も夢じゃないだろう。なのに誰も誘わないの?
「なぜお兄様は誰もお誘いにならないのですか?」
「ティア様聞いていないのですか?テオは初めて春華祭に出た時からずっと、最初に踊るのはティア様が良いと言って、どのご令嬢もお誘いして無いのですよ。」
きゅん!と胸が鳴った気がした。実際は鳴って無いけどね?
「アラン!余計なことを言うなよ!妹と踊りたい兄がそんなに変か!」
恥ずかしかったのか、少し頬を染めて兄が反抗する。そんな姿も可愛いよって本気で伝えたい。
「私は初めてのダンスをお兄様と踊る事ができて、とっても嬉しいです。」
友人たちにからかわれる兄が不憫で助け船を出す。兄の立場を気にせずにからかってくれる友人は正直貴重だろう。貴族の中でも超エリートの兄と仲良くするのは気を使う事でもあるだろうに。
穏やかそうな兄の雰囲気が、話しかけやすさを助長している気もするが。
「さぁ皆さん、もうすぐ本番なので席に着いて下さい。」
子供席にべージュのワンピースを着た大人の女性がやって来た。この人もきっとお役所の人なのだろう。目立ちすぎず、すっきりとしたデザインのワンピースは地味過ぎず上品だ。
先ほどのベルさんとは天と地程の差がある。
「今年も始まりました!春華祭!最初を飾ってくれるのは、シルフィセレフの未来を担う、子供たちによるダンスステージです!」
演奏隊による壮大なファンファーレと共に、音魔法に助けられた良く通る声の司会が、春華祭の始まりを告げる。大人たちは立ち上がり、中央にある子供席に注目した。
「それでは毎年恒例のペア決めからしていきましょう。今年はどのご子息、ご息女が結ばれるのでしょうか!」
まるで年齢層低い版のコンパみたいだ。これで結婚相手が決まるとかは無いだろうけど、貴重な出会いの場に見える。
ダンスステージの無い年頃の紳士淑女がおめかししているのも、お相手探しが頭にあるからかもしれない。
ぼーっと考えていると、大きく鐘の音が鳴り響き男の子が動き始めた。
やばい、緊張する……。兄だけは絶対に私の所に来てくれる。だから落ち着け……。
列の前にある青いネモフィラの花を1つ貰い、男の子が女の子側の席にやってくる。
「まぁ、ありがとうございます!是非!」
先頭の方でペアが出来たようだ。私やテオより少し年上に見える、もしかしたらお付き合いしているのかもしれない。
「私は精々お兄様と、見栄えの為にと考えたアラン様が来てくれる程度ですね。」
皆この街に住んでいる少年少女だ。近所で遊んだり、もしかしたら学び舎の様な物もあるかもしれない。目覚めてからたった一度しか街に来ていない私を、誘ってくれるような男の子は居ないだろう。
兄を待って顔を上げると、信じられない光景が目に入って来た。
「え?」
ネモフィラを持った男の子が、数人脱落してこちらに向かってきている。その足取りには迷いが無い。余程の事が無い限り私だろう。
数人の脱落者はもう既に相手が居る年上の少年ばかりだ。仲睦まじい姿を視ると、婚約か何かしているのかもしれない。
ポカンと開きそうになる口を必死に抑えて、目を見開きながらこちらに向かってくる集団を見つめる。
人混みから兄を探すことは難しいかもしれない。そう考えてしまう程に人が多い。
「ヘイデン様、もしよろしければ私と踊っていただきませんか?」
席に着いた名も知らない男の子が私をダンスへ誘う。小さな花を差し出して少女を誘う姿は、確かに見物だろう。
当の本人たちがどう思っているかは置いておくとしての話だが。
「横から失礼いたします。もしよろしければ、私と最初のダンスを踊っていただけないでしょうか。」
負けじと声を上げる男子たち、失礼だが声が重なってしまって誰がどれだか分からない。兄が来るまで待とうかと思ったが、今の光景を客観的に想像すると耐えられない。
5歳の幼女に男の子が群がる絵はさぞかし滑稽だろう。
もう適当に手を取ってしまおうかと考えた。
「避けて貰っても良いかな?」
不思議とその声に気を取られてしまうような、聞き覚えのある声が人混みの後ろから聞こえる。皆その声を探して振り返り、自然と中央に道が出来る。
その道の奥に、兄が立っていた。
聞こえるはずがない。私の周りにある人混みが、揃って誘い文句を謳っていたのだ。少年の張っていない声など届くはずがない。
何かの魔法を使ったのだと、分かった頃には兄が目の前に立っていた。
ゆっくりと膝を折り、小さな花束を差し出す。
「ティア、僕と踊ってくれますか?」
兄には、他人を寄せ付けない何かがある。
兄の使った魔法は光と音魔法の混合魔法だという事を、ダンスステージが終わった後に父が教えてくれた。
浄化や治癒魔法の様に、光魔法の応用に当たるものと、音魔法の基礎である拡声魔法を組み合わせた物らしい。
兄は魔法は苦手だと聞いていた。苦手ってどこから……?1属性の基礎しか使えない私は、苦手どころか役立たずなのではないだろうか。
心のどこかで不安を覚えながら、軽やかな音楽に合わせて練習したダンスを踊る。
兄とのダンスが終わった後、アランさんと踊った記憶はあるのだが、その後の記憶は定かではない。
とにかく早く魔法を学びたいという焦燥感で私の頭はいっぱいだった。
ブックマーク増えてました。
モチベ爆上げです。
投稿頻度下がらないように頑張ります!
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