10話 春華祭 前夜
日常回(?)です。
私は考えを改めました。ヘイデン家とは誇り高き一族なのです。8歳の男の子が、その辺の男性より遥かにかっこよく見えました。
御世辞?いえいえ全くそんなことはありません。本音ですよ。あの時手を差し出してくれた兄は、正真正銘異性であるという事を知らしめてくれました。
気品が内側から溢れる?っていうのかな。普段見ている姿では無くて、外行きの姿は紳士そのものでした。
「ティア、今日は湯船に浸かって明日に備えましょうね。」
今日は春華祭前夜、時が過ぎるのは早いものです。兄との衝撃的なダンスデビューをしてから1ヵ月が経ちました。
私は思わず、ヘイデン家とはどのような家なのかを母に問い詰めてしまったものです。
「お母様、お風呂には1人で入れますよ?」
この世界に来てから、お風呂に1人で入ることが多かった。父は女の子とは一緒にお風呂に入れないと言い切ったし、母も必要以上に構って来ようとしなかった。
「そう?じゃあ、今日は湯船にこれを入れてから浸かってね。」
手渡されたのは、お花の形をした石鹸の様な物だった。入浴剤だろうか?
「これは何ですか?」
「お花だったり、香りのいい物と油を練り合わせた石鹸で、香油と言うの。明日は春華祭だから、特別に入れて御覧なさい。それを溶かしたお湯に浸かると、体から自然にお花の香りがするの。香りが香水よりわざとらしく無いから、ティアにぴったりよ。」
近づけて匂いを嗅ぐと、花の香りと蜂蜜の様な甘い香りがした。私は辺境の地のお嬢様ではなく、所謂高嶺の花なのだ。この香りを武装して、私は明日主役になる!
「ありがとうございます。ゆっくり浸かってきますね。」
時間はまだ夕方、いつもより少し時間が早いからゆっくりと入らせてもらおう。
夜には父が帰ってくる予定だから、今日はご馳走だ。
我が家自慢の湯船にゆっくりと浸かる。私の体では大きすぎるこの湯船は、母の趣味の様だ。他の家は湯船こそ有るらしいが、ここまでの大きさは無いとの事。
香油を溶かしてみると花弁が練りこまれており、お湯の中でゆらゆらと沈んでいった。
「ふぅ……。」
この2ヵ月ダンスの練習や、マナー、一般教養に魔法と充実していた。ダンスは数をこなすだけ上手くなり、今ではレラも母も何も言ってこない程だ。
今生の私の性格はコツコツ努力できるらしい。
「それにしても凄い家に転生したもんだよ。」
母から聞いた話だが、ヘイデン家は記述を遡ると約500年前から続く名家だった。王家の歴史が800年程らしいから、どれ程の家系は想像に難くないだろう。
他の家系は文献すら残っていないのだから。
主に武術に長けており、多くの優秀な剣士や魔法師を生み出し国防に貢献してきた。一番有名なエピソードは、300年前の精霊の轟と言われているもので、精霊が人間の前から姿を消す原因となった出来事だ。
禁忌を犯した人間を、当時の精霊王ソロモンと我が先祖であるデューク・アーサー・ヘイデンが命を賭して止めたらしい。
その人間は、数多に溢れる精霊たちを飲み込み、体に余る力を手に入れていた。放置していればこの世界が壊れるのが先か、禁忌を犯した人間が死ぬか、2つに1つ。
その窮地に人間で唯一声を上げ、精霊と共に戦ったのが私の先祖らしい。勇敢で聡明、この世界を救った英雄、それがヘイデン家の評価だ。
え?王家は何してたかって?別にどこかで隠れていた訳では無くて、(人間の王が死んでしまっては残された者が困ってしまう)とご先祖様に止められたらしい。
王家とご先祖様は親友だった。精霊の轟が終わった後、聡明な王家は国の中枢に、武術に長けたヘイデン家は国防の為隣国との境に、居場所を落ち着けたらしい。
「はい、長い髪をシャンプーしましょうね。」
母の家も相当な家柄だ。歴史はヘイデン家よりも浅いが、この国で唯一の教会であるレイム教会教祖様の家系らしい。
母の遠いご先祖様が、治癒魔法を広める為に開いた小さな治療院がいつの間にか大きくなり、全国へ広まって教会となった。
言ってしまえば母は、治癒魔法パイオニアの子孫である。ゲスな話ではあるが、全国のレイム教会に寄付された金品、ささやかな治療費でさえ一部を除いて母の実家の収入となるから恐ろしい話だ。
母は生粋のお嬢様です。
「さぁ次はトリートメント」
こんな家系に産まれながら、子供じみた態度ばかり取っていた自分が恥ずかしい。テオは家でこそ温厚で少し可愛らしい部分もあるが、外ではヘイデン家次期当主としての気品が溢れている。
私とは正反対だ。
「仕上げに体を少し擦って、お終いです。」
話を聞いてから、私もお嬢様らしい振る舞いを心掛けた。不意の所作や言葉遣い、歩き方や身に着ける物、レラから教わったことを丁寧になぞりながら生活している。
一番変わったのは、人との関わり方だろうか。
「レラ、来てください。」
湯上りのラフな格好に着替えてレラを呼ぶ。私の家族は使用人に優しい、母も父もテオでさえ、家族のように扱っている。
ただ何度もレラに言われた通り、それではいけないという事が分かった。以前ローナ教師が家に来た時の母の対応が正しいものだったのだ。
扉の前にレラが立っていても何も言わず、ローナ教師と私にのみ席を勧めた。当たり前と言われれば当たり前だし、特別冷たい事でもないのだろう。しかし普段の母とレラの関係性を知っていたら違和感がある。
単純な話で、母は公私を切り替えていただけだ。人前に立つ際の振る舞いと、家族にだけ見せる砕けた振る舞い、長年淑女として完璧を求められた母だから自然にできる芸当だ。
「失礼いたします。」
「いつも通り、お願い。」
使用人への対応は、今までの私はダメダメだ。姉の様な、母の様な存在のレラに甘え切っていたし、メイドとして雇った2人に対しても敬語で話していた。淑女としては0点である。
なのでレラに断った上で、対応を改めるようにした。
「かしこまりました。」
母の様に時と場所によって対応を変える事は難しいので、常に使用人に対する態度を取らせて貰う。
「精霊よ、我が意思に応えよ」
髪の毛全体が空気を含んで浮き出す。数秒経てば、さらさらと靡く乾いた髪の完成だ。前世のドライヤーとは違って温風ではないから、必要以上に痛むこともない。
最近のお風呂上りルーティンだ。
「ありがとう。この後は自室で魔法の練習をしますので、お父様の馬車が着き次第教えてください。それと、お母様に入浴が終わった事の報告もお願いします。」
レラが私に向かって浅くお辞儀する。それを一瞥し自室へ歩き出す。この対応が正解だと分かっていても、冷たく寂しいものだ。
私が初等科に通いだす3年後には、淑女として完璧な状態にして以前の様に接したい。
魔法については目覚ましい成長は無く、相変わらず治癒や浄化の魔法は使えない。オーソドックスでない応用的なものは、やはり学校で学ばなければ難しいのだろう。
母は魔法に詳しいが教師ではないし、私の魔法の使い方は精霊と同じだから、魔法書を読むより古文を読んだ方が参考になると予想している。
学校に通うようになったら是非とも図書室に通い詰めたい。
「さぁ、今日は風の基礎をやっていきますか。」
古文なんて我が家には無いので、いつもの基礎練習をしていく。
私は全属性の魔法が使えるからこそ、その才能をフルで使う為に基礎は完璧にしておきたい。学校へ通えば、応用を教えてもらえる。応用は基礎の上に成り立つのだ、土台が疎かでは話にならない。
火と水、光はこの2ヵ月で満足出来る程になった。
火ならば大きさや温度を自由自在に変えられるし、自身の手のひらや頭の上、意識した離れた場所に炎を点けることが可能になった。
水も同じく量の多さ、出す場所、そして火の魔法が使えるからだと思うがお湯も出せる。これは非常に便利で、朝にモデルのように白湯を飲むことも可能だ。
光は以前とあまり変わらないが、光を点けることが出来る距離や範囲は着々と伸びている。
「風も加減を間違えると大惨事だからな……。」
火の基礎を練習した時の話だ。着火する場所を空間上に設置せず、地面という曖昧な対象でやったら床が燃えかけて大焦りした。枕元の飲料水をぶちまけて消火しました。まだ母にはバレていません。
「基礎と言えば、勿論風を起こす事だけど……。」
イメージは簡単だ。父の風魔法や、レラの風魔法、シルフィさんに誘拐されかけた時の魔法、全て風魔法だった。
私の周りには、風魔法に適性のある人が多い。その分イメージも湧きやすいはず。
「手のひらに小さい竜巻を起こしてみようか。」
微弱に流れる魔力を手のひらに集中させる。魔力操作は私の得意分野だ。今なら寝ながらでも体の局所に魔力を留めておくことが可能だろう。
これは魔法の基礎中の基礎、魔力操作が不十分だと発現される魔法も威力が落ちるし余計に魔力を使う。省エネで魔法を使う為には滞りない魔力操作が必要最低条件です。
「風魔法、トルネード」
ふよふよと弱弱しい風が手のひらで吹いている。これではそよ風だ、竜巻とは言えない。
「風で渦を作らないと……どうやって渦にする?単純に考えれば魔力を回転させれば良い話なんだけど。」
風として発現した魔力を、螺旋階段をイメージしながら操作していく。クルクルと回る風は出来たが、勢いが足りない。これでは前世の洗濯機だ。
あ、服汚しても自分で洗えそう。
「勢いかぁ……水の魔法でも勢いの練習は出来てないからな。部屋を水浸しにするのは気が引けたし……。」
上手く調節できるだろうか。どうする?家破壊とかしてしまったら。そんなパワーが出るとは思えないからあり得ないけれども。
「物は試し……?」
魔力を一気に手のひらに集中させる……イメージはそう、私の身長程の台風。
規模は余り大きくしない。部屋をぐちゃぐちゃにしてしまったら片付けるのは自分だ。
直径三十センチ、高さ私の身長(110センチ)
「風魔法、ハリケーン」
魔力が一瞬、見た事ない色に変色した気がした。
私の前方の壁が無い。ついでに天井も。
壁が吹き飛ぶ衝撃音で、耳鳴りがする。
バキバキと音を立てて崩れる木製の天井は、現実の物とは思えない。
やらかした、と思った頃にはもう遅いのだ。
「ティア、危ないよ!」
自室が一番近いテオが、私の部屋に入って手を引く。
どうしよう、どうしたら誤魔化せるだろうか。光魔法の練習では絶対に起こり得ない爆発だ。家も破壊してる。
私の部屋が外になってしまった。え、本当にどうしよう。
「どんな魔法の練習していたの?部屋がめちゃくちゃだ……。」
「ティア!何事!?これは……。」
テオの言う通り、只の魔法練習ではこうはならない。光の魔法でない魔法を練習し、コントロールを失う事で起こりうる惨状だ。
そして、妖精がいないのにも関わらず属性外の魔法を使う事は魔法の根底を覆す。頭をフル回転させて考えても、上手い言い訳が出てこない。
「とりあえずこの部屋から出ましょう。もっと崩れてくるかもしれないし、危ないわ。」
母に背中を押されて部屋を出る。背中に刺さる視線が痛い、母が何かを視ているのだろう。私の嘘か、それとも何か敵の存在を疑ってか、定かではないが。
「ティア、何があったか正直に教えてくれる?ルスと使った光魔法では勿論ないわよね?」
リビングに戻ってきてソファーに座らされると、事情聴取が始まった。
これはもう言い訳できないのでは?何故か他属性の魔法が使えてしまうと、正直に言ってはいけないだろうか。
そんなことをしたら妖精が怖すぎる、怖すぎるよ!また爆発したらどうしよう。ムリムリムリ絶対父だから何とか出来た話で、母やテオだけじゃ絶対無理!
次こそ死ぬ!
((仕方ないなぁ、今回だけだよドジっ子ちゃん))
「え?」
「やぁやぁ皆さんこんにちは、上位精霊シルフィだよ」
聞き覚えのある声に素っ頓狂な声を上げると、私の隣にシルフィさんが浮かんでいた。あの不思議な空間以来の再会だ。
「シ、シルフィ様……?!」
母が目を丸くしてシルフィさんを見つめる。テオに関しては鯉の様に口をパクパクさせていた。
「貴女がレオナルドに寵愛されてる羨ましい人間かぁ……確かに美しいね。あ、精霊王の次にだけど!」
「どうして姿を……というかどうしてこのような場所に……?あ、レオならこちらに向かっている最中だと思うのですがまだ到着していなくて」
「良いの良いの!レオナルドに会いに来たわけじゃなくて、ティアに構ってただけだから!
私の所為で魔法を制御し損ねたのにお説教が始まりそうだったから庇いに来たの。だから責めないであげて!」
シルフィさんは私を庇ってくれるようだ。もしかしたら、私が心の底から困っていたからかもしれない。
母は、シルフィさんの言葉を疑う事はなかった。ただ、(余り娘に危険なことはさせないでください)と言っただけだった。
魔石の件でシルフィさんが関わっていたから、当然なのかもしれないけどね。
ごめんごめんと軽い調子で母に謝ったと思ったら、すぐに姿を消してしまった。
「ティアのお部屋は暫く使えないわね。反対側のお部屋を使いましょう。工事に大工さんが入れるようになったら、一旦離れで生活しましょうか。」
レオが帰ってきたら腰を抜かしてしまうかもね、と呟きながら母はテキパキとヘレンに指示を出す。街の大工さんを集めて工事に取り掛かるだけでも時間がかかるのだろう。
明日は春華祭当日だというのに騒がせてしまって申し訳ない。
「どこも怪我してない?シルフィ様は突然現れたの?」
「えーっと……魔法の練習をしていたら突然魔力の色が変わって……気づいたころにはあの状態でした。シルフィ様の姿が見えたわけではありません。」
「そうなの……やっぱり一人で魔法の練習をさせるのは不安ね。今度から庭でレラか私と練習しましょう。何かあってからでは遅いもの。」
「はい、お母様。本当にごめんなさい。」
私の全属性基礎は極めちゃいましょう作戦は挫折です。でも言うことを聞くしかないです、とんでもない事をやらかしてしまったのですから。
「あ、レオが帰ってきたわ。」
「……どうしてわかるんですか?」
「魔力の気配……かしらね。多分爆発の魔力をレオが感知して、急いで飛んで帰ってきてるんじゃないかしら。」
「無事か!!」
「ほらね?」
バタバタと大きな一歩を踏み出して父が近づいてくる。リビングには母、私、テオと全員集合しているため無事なのは一目瞭然だ。
それにしても、大事にしていたお屋敷に穴をあけてしまったことは謝らなければなるまい。
「お父様ごめんなさい、お屋敷が大変なことになってしまいました。」
「事情は来るときにシルフィから聞いた。全く人騒がせな奴だ。ただ聞いていたより魔力が大きかったから心配したぞ。家なら直せばいいさ、全員無事ならそれでいい。」
「おかえりなさいレオ、家族全員無事だから一旦休みましょう。瓦礫だったり、大工の手配は今日はもう遅いし春華祭が終わった後にして、危険な物だけ後で取り除いてくれば良いわ。
ご飯は出来てるけど、馬車は放置してきて大丈夫なの?」
「王都から御者を雇ってきてる、飛んでくる前にも指示を出してきた。馬も屋敷の場所を覚えてるはずだ。」
「それなら私たちは先にご飯にしましょうか。ヘレン、もし馬車が到着したら荷物を運び入れるのと、御者の方をお部屋に案内して頂戴。」
「かしこまりました。」
「それじゃあ、久しぶりの家族全員でごはんにしましょうか!」
明日の為に沢山の事を用意してきたのに、前日にこんなトラブルがあるなんて本当にツイてない。運が悪いのもほどほどにして欲しいものだ。
何がともあれ、明日からの春華祭が何事もなく終わりますように。
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