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SCENE-002 >> 悪夢の終わり

 切り裂かれた胎から溢れ出し、石の棺を満たした琥珀色。

 私の体をくまなく包み、石の棺にも収まらなくなった粘液が、まるで意思を持った生き物のよう床を這い、儀式用の短剣を握りしめた男に取りつく。

「どうなっている!?」

 足からはじまり、胴体を経て頭の天辺まで。

 あっという間に全身をすっぽりと包まれた男は手に持っていた短剣を振り回して暴れたけれど、それくらいのことで纏わりついた琥珀は剥がれない。

(お前なんて、死ねばいい)

 私がどんなに暴れて、泣いて、叫んで、懇願しても許してくれなかった男を、私の胎から出てきた琥珀が絞め殺す。


 くぐもった悲鳴の最後に、ごきっ、と骨の折れる響きが琥珀を伝って私に届いた。


「導師が!」

「あれはなんだ? 何故導師を襲った!?」

「神よ! これが答えなのですか!?」


 ――そうだよ。


 ぱりんっ、と硝子でも割れたような音がして、私と短剣を持った男しかいなかった魔法円の内側に、儀式へ参加していた信徒たちとは明らかに異質な存在が飛び込んでくる。

 逆に、私の胎から溢れ出す琥珀は魔法円の外へと流れていった。

(他の子は?)


 ――みんな死んだ。


 嗚呼、ともれた吐息が、石の棺を満たす琥珀の中をのぼっていく。

(私もそろそろ死にそう)


 ――死なせない。


 てっきり琥珀に阻まれるものとばかり思っていた闖入者が、棺の底でぼんやりとしていた私の視界に飛び込んでくる。

(もう疲れたよ)


 ――ごめんね。


 躊躇いもせず琥珀の中に差し入れられた手が、私の体を温かくて静かな場所から引きずり出した。

「頼むっ」

 間髪入れず、体にかけられる冷たい液体。

 傷病を癒やす迷宮産の青いポーションが、しゅうしゅうと得体の知れない煙を上げながら体の傷を塞いでいく。

 ついでに口からも同じものを流し込まれて、潰されていた喉も癒えた。

「けほっ……」

「苦しいだろうが、無理にでも飲んでくれ。血を流しすぎている」

 放っておいてほしくて押しやろうとした体はびくともせず、逆に近付いてくる男の顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。

「いら、ない」

「ダメだ!」

 首を振り、顔を逸らそうとすれば顎を掴まれて、強引に重ねられた口から何度目かのポーションを流し込まれる。

「いたいの、もう、やだ」

 ばしゃばしゃと浴びせかけられているポーションのせいなのか、バカになっていた痛覚まで戻ってくると、泣きたくもないのに涙が零れた。

「もう二度と、あなたを傷付けさせたりしない。俺が何に代えても守るから――」

 懇願とともに流し込まれるポーションは、やがて私を苦しめる痛みまでも癒やしてしまう。

「俺のフィオレ。もう大丈夫だ」

 最後に触れてきた唇は、ポーションを流し込んでくるわけでもなく、私の唇を味わうように啄んで、名残惜しそうに離れていった。


(今の、何?)

 キスをされたのだとわかって、余計にわけがわからなくなる。

(この人は――)

 どうして、そんなことをしたのか。

 どうして、それが嫌ではなかったのか。


 ――彼がきみのベスティアだよ。


 血を流しすぎているせいで上手く働かない頭の中に、その声なき声は天啓の如く降ってきた。

(ベスティア?)

 なんだっけ、それ。




 大きな布を広げるばさっ、という音に、ぼんやりとしていた意識を引き戻される。


 すっかり傷の癒えた体に大きな布を巻きつけて、私のことを軽々と抱き上げた男が辺りに視線を巡らせる。

「あの魔性はあなたを襲わないのか?」

(ましょう?)

 男の視線を辿って目を向けた先には、()()()()がいた。


 私の中から出てきた時は全体的にどろっとしていた体が、今は蛇のよう長く纏まっている。

 私の琥珀(ベルンシュタイン)は、本当の琥珀のよう蜜色に透き通っている体の中に、私に短剣を突き立てた男――導師――の仲間たちを丸呑みにしていた。


 ――失礼な奴。


 シャーッ、と蛇真似をしたベルは、その太く長い体であっという間に私たちのことを取り巻いて、逃げ損ねた男の反対側から私に鼻先を寄せてくる。

「おそわない」

 巻きつけられた布の中からごそごそと手を出してベルの鼻先に乗せると、精巧に再現された蛇の舌がちろりと覗いて手首を舐めた。

「あなたに危険がないならいいが……さすがに、この大きさだと連れては行けないな」


 ――余計なお世話。


 考え込む男の前でぱかっ、と口を開けたベルが、抱え上げられた私の上に大きな琥珀の塊を吐き落とす。

「それは?」

「ベル」

 横抱きにされた私の上でぐにぐにと形を変えた琥珀が小さな蛇の姿になって、首飾りのよう私の首回りを一周する。

 それを見届けた大きい方の蛇はおもむろに頭を下げ、塒にでももぐり込むよう体をくねらせて、私の視界の外へと姿を消した。

「分身を残して、本体は影に潜ったのか。確かに、これなら大きさは関係ないな」

 感心したよう呟いた男が、「よし」と顔を上げて歩き出す。

「どこいく?」

「安全な場所へ。ここはもうじき騒がしくなる」

「わたし、どれい。ここ、でられない」

「奴隷紋に登録された主人はまだ生きているのか? あなたに命令していた男が死ねば、それまでの命令はひとまず無効になる」

「……しんだ」


「それなら大丈夫だ」

 私を抱えてすたすたと進む男は自信たっぷりに請け合ったが、奴隷紋にそこまで詳しくない私は戦々恐々。

 ここから出るな、と言いつけられていた建物の外に連れ出されて本当に大丈夫だとわかるまで、男の腕の中でぎゅっ、と体を縮こまらせていた。

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