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SCENE-001 >> 主は来ませり
容赦なく振り下ろされた手が頬を打つ。
その衝撃と注がれる眼差しの冷たさに、はたと夢から覚めた。
「いと尊き我らが神よ。ここに聖別されし供物を受け取りたまえ」
蝋燭の炎を反射して濡れたように輝く短剣が、体に突き立てられる。
「御身の下僕たる我らを祝福したまえ」
臨月を迎えた妊婦のよう膨れ上がった腹部を切り裂かれても、不思議と痛みは感じなかった。
傷付けられた体が流す血と、胎の中から勢いよく溢れ出した琥珀色の粘液が、冷たい石の棺を満たしていく。
「――なんだ、これは」
短剣を握りしめた男がもらす声と、その愕然とした表情に、私をこんなふうにした男たちが何年もかけて準備してきた、ご大層な儀式の失敗を悟って。
(ざまあ、みろ)
最後の最後に気分良く発した末期の言葉は、悲鳴で儀式を穢すことがないように、と喉を潰されていたせいで声にならず、掠れた吐息として、不快な熱気のこもる地下の空気にとけた。
「駄目だっ。死ぬな!」
おいて逝かないでくれと叫ぶ、誰かの悲痛な声は届かない。