SCENE-002 >> 冥き森
どこかから聞こえてくる獣の遠吠えに追い立てられるよう、あてもなく歩き出した先。
花弁それ自体が淡い輝きを放っている不可思議な花――灯の花――を摘み、篝火とパン屑代わりに携えて恐る恐る足を踏み入れた森の中は、不気味なまでの静けさに支配されていた。
獣どころか虫の声さえ聞こえてこない奇妙な森を、不安と心細さのあまり立ち止まることもできず、しばらくの間、彷徨い歩いて。
道すがらパン屑代わりに落としてきた灯の花が、そろそろ残り少なくなってきた頃。
ぱしゃんっ、と水の跳ねる音に、足が止まる。
「誰か、いるの?」
零れた言葉は無意識のもの。
ぱしゃんっ、ぱしゃんっ、と断続的に聞こえてくる水音は、森の中があまりに静かすぎたからこそよく通り、どうしよもない孤独感に苛まれていた女の意識を強く惹きつけた。
(いるのは人? それとも――)
不用意に近付くのは賢い選択ではない。
それがわかっているのに、体が動き出すのを止められない。
(人を食い物にするような人でなしがいたって、構うもんか)
暗く静かな――あまりに静かすぎる――森の中をこのまま一人で彷徨い歩くくらいなら……と、愚かな女は足を進めた。
耳をそばだて、意識を研ぎ澄まし、理性を置きざりに水音を追いかけて行った先では、またぽっかりと森が開けていた。
その中心には、周囲の木々とは比べものにならないほど立派な巨木がそびえ立っていて。
水場も見当たらないのに聞こえてくる水音は、巨木の幹にぽっかりと空いた洞から発せられていた。