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9:デートの準備

 毎週水曜日は、マルツ亭の定休日だ。

 スヴァルトはその日に、わざわざ休日を合わせてくれた。

 サイジェントの街を、案内してくれるという。


 そのためクシェルは自室にて、朝も早くから服選びに難儀していた。

 とはいっても、数多ある服たちを選び切れず、嬉しい悩みを抱えているわけ、ではない。


 巫女時代はほぼ、法衣で活動していたので。

 私服の圧倒的少なさが、余計に服選びを困難なものにさせているのだった。


「今まで休日は、家から送られて来た服ばっか着てたから。どれもこれも、変にビラビラしてるんだよなぁ」

 数少ないその服たちを見下ろし、パジャマ姿のクシェルはため息。

「フリルって言ってやりなよ。ビラビラじゃあ、可哀想じゃないか」

 ラータも服選びを手伝ってやりながら、ふむ、と腕組み。


「そういえばここに最初に来た時も、フリルまみれだったね」

「でも、あの服が一番大人しいんですよ」

 そのため休日出歩く時は、いつもあの服だ。


 ちなみに仕事中はいつもラータのお下がりの、コットンや麻のワンピースを着ている。質素だが、機能性は抜群だ。

 ただ上記の通り徹頭徹尾質素のため、遊びに出る装いには不向き。それに仕事着で出かけることが野暮だという判断ぐらい、クシェルにだって出来る。


 ラータは腰に手を当て、よし、と小さく言った。

「仕方がない。わたしの娘時代の服を貸すよ。今日はそれ着て、自分の服も見繕って来るんだね」

「すみません、お手間をおかけして」

 深々頭を下げると、ふん、とラータは鼻を鳴らす。

「よしとくれよ。タンスの肥やしなんだから、服だって着られた方が喜ぶってもんよ」


 そう言って彼女が持って来てくれたのは、赤い布地に白い水玉模様のワンピースだった。約三十年前のものだというが、元々の質や保存方法がいいのだろう。着古した印象はなかった。

 また、大きな丸い衿やウエスト部分に巻かれた共布のベルトが、少しレトロで可愛らしい。


 若かりし頃のラータの、想定以上に素敵な一張羅(いっちょうら)の登場に、クシェルの淡い茶色の瞳に星がまたたいた。

「こんな可愛いの、いいんですか?」

「今わたしが着たら、ただの痛いおばさんじゃないか。あんたの方がよく似合うよ」


 鏡の前にクシェルを立たせ、ワンピースを体の前に当てる。

「ほら、金髪が映えて見える」

 目を細めて笑うラータに、クシェルも微笑み返した。

「ありがとうございます」


「礼はいいから、ほら、早く着替えな。まだまだ、やらなきゃいけないことはあるんだよ」

 たしかに、化粧もまだである。髪も寝癖まみれのままだ。

「はいっ」


 ベッド周りに散乱するドレスを、ラータが片付けてくれている間に。

 クシェルもそそくさと、ワンピースに着替えた。二人の身長がほぼ変わらないこともあり、幸いにしてぴったりだった。

 そして鏡台に座って、化粧もする。巫女時代はほぼすっぴんだったが、サイジェントに来て以来毎日やっているおかげで、かなり上達していた。


 小さなクローゼットへ、器用に服をしまい込んだラータも、鏡台の横に立つ。そして、手早く化粧を終えた、クシェルの髪を撫でる。

「もののついでだ。髪も結ってやるよ」

「わっ、ありがとうございます」

 割と何でもそつなくこなすクシェルだったが、髪を結んだり編んだりすることだけは苦手だった。


 そして彼女がみつあみに四苦八苦する姿を、ラータはしっかり見ていたのだ。ひょっとすると、最初からこのために、服選びを手伝ってくれたのかもしれない。


 肩まであるストレートの金髪を梳かして、ラータは丁寧に編み込んでいく。慣れた手つきだ。

 クシェルは巫女時代、友人にこうして髪をアレンジしてもらっていたことを思い出した。ほんわかと、心が温かになる。


「ラータさんって、優しいですよね」

 ラータの強面が、少し柔和に変わる。

「わたしを優しいなんて言うのは、あんたぐらいのもんだよ。というか、あんたの方が人がいいだろうに」

「そうですか?」

「あの騎士の申し出、嫌なら断ってもよかったんだよ」


 クシェルはどんぐり眼をまたたいた。なるほど、断るという選択肢もあったのか。

 しばし考えて、いえ、と答えた。

「スヴァルト君のことは、嫌いじゃないから。それに、街を散策できるのも楽しみですし」


 休日に一人で出歩く時は、ここマルツ亭の周辺だけだった。

 まだ土地勘がないというのも理由の一つだが、それで案外事足りていた、というのもある。


 クシェルの回答に、ラータは口をへの字にした。

「本当は、わたしがもっとあちこち案内すべきなんだろうね。気が回らず、すまなかったよ」

「いえいえ、そんなことないですよ」

 今は首を振れないので、代わりに手を振る。


 ラータは休日だって、料理の仕込みや買い出しにと、忙しそうにしている。それに、日々暮らすに困らない生活必需品だって、クシェルが来る前に買い揃えてくれていたのだ。

 これ以上求めるのは、わがままというもの。


「ラータさんには、いつも美味しいご飯を作ってもらって、感謝してます」

 鏡越しに、ラータを見つめてにっこり言った。

 その笑みを、彼女はしばし黙って見つめていたが。ややあって肩をすくめる。

「まったく……あんたみたいないい子を見捨てるなんて、精霊様も酷なことをするよ」


 一昔前なら、厳罰に処されそうな発言である。

 だが、ラータがクシェルを買ってくれていることだけは、十分に分かった。だから彼女の手を、そっと撫でる。


「まあまあ。精霊様は、無垢で清らかな人を好みますから」

 泥酔して貞操を捨てたクシェルなど、一発退場ものである。


 しかし、ラータの持論は違った。ふん、と鼻息が荒々しく吐き出される。

「汚れを知った方が、人間としての円熟味だって出るもんじゃないか」

「へへ、そうかもですね」

 一理ある、とクシェルはうなずいた。


 そこでラータの手が止まる。

「よし、出来上がりだよ」

 ぼさぼさだったクシェルの頭は、編み込みにした左右の髪を後ろ髮と束ね、シニヨンになっていた。クシェルには、一生できそうにない仕上がりだ。

「すごい、ありがとうございます」


 感嘆の声を上げると、出来栄えを満足げに眺めていたラータと、鏡越しに視線がかち合った。

 二人で、屈託なく笑った。

「ま、とにかくだ。デート、楽しんで来るんだよ」

「なるほど、これはデートなんですね」

 巫女育ちのクシェルに、その発想はなかった。


「そりゃそうだろ。二人きりで出かけるんだからさ」

 ラータの分厚い手が、ぽん、とクシェルの背中を叩いた。

「あんたを見捨てた連中だけどさ。今日は精霊様の、とびきりのご加護があるよう祈ってるよ」

「ありがとうございます。ラータさんにも、素敵なご加護がありますように」

 小さくお辞儀をすると、頬を撫でられた。甘んじてそれを受ける。


 巫女のままでは、デートなど楽しめるはずもない。

 ならば還俗(げんぞく)した自分へのお祝いも兼ねて、今日を存分に満喫しよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] さり気なくデートに連れ出されるわけだな( ˘ω˘ )
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