5:第七王子は壁をのぼる
「盛り上がってるね、お嬢さん方」
真っ赤な長髪と瞳を持った、絶世の美男子――この国の第七王子であるグラナスが、そんな言葉と共に窓の外に姿を現した。
女性関係で数多の浮名を流している彼だが、何故かクシェルのことを気に入っており。
今までも時折、神殿に顔を出しているのだ。
その色ボケ王子の登場に、線の細い美青年――騎士はどうしたって、筋肉質になってしまうのだ――に飢えている巫女たちは沸いた。クシェルを置いてけぼりにして。
一人冷静な彼女が半眼となり、笑顔を振りまきつつ窓から部屋に入って来た、グラナスを見据える。
「何してるんですか、殿下」
ちなみにここは二階だ。本当に、何をしているのだろうか。
不愉快を隠さない彼女にも、美貌の王子は折れない。精悍に笑った。
「やあ、クシェル。処女じゃなくなったんだってな。それなら、俺の女になれよ」
ひょっとして、ストライクゾーンど真ん中を狙うのは、王族のお家芸なのだろうか。
遠慮もくそもない誘い文句に、他の巫女たちは赤くなったり青くなったりした。
言われたクシェルだけは冷ややかに、腕を組んでいる。小さな鼻を、ふんと鳴らして彼をにらむ。
「いやいや。あなたの女になりたくないのは、別に処女が理由じゃないですから」
「ほう? それじゃあ何が不満なんだ? 身分は王子で、容姿端麗な上に文武両道。おまけに投資で、資産も順調に増えている。俺のどこに不満があるというのだ」
そう言って胸を反らす姿は、自分を好ましく思わない女などいない、という自信に満ち溢れていた。なんというか、スヴァルトとは色々対照的な人物である。
「そういうところですよ」
ぴしゃり、とクシェルは断言した。
次いで腕を伸ばして、窓の外を指し示す。
「巫女の部屋に、男性が入るのは原則禁止ですよ。お帰り下さい」
「なんとかという騎士は、部屋に招き入れたのにか?」
こういう一言多いところも、グラナスをよく思えない要因の一つだった。
ためにクシェルの口調は、平素以上に素っ気なく、愛らしさのないものに変わる。
「それはもののはずみなんで。さ、帰った帰った」
あごもしゃくって、雑にグラナスの追い出しにかかる。
彼の、炎のような赤い目が細められた。
「お前に、田舎町のウェイトレスなんて似合わんよ」
「そりゃどうも。でも、それを決めるのは私なんで」
ずい、とグラナスは身を乗り出して、クシェルに迫る。彼は背が低いので、顔の距離が近い。
そして、甘い声でささやく。
「俺はお前を諦めないからな」
この決め台詞に、巫女たちから再び黄色い歓声が上がった。
前述の通り、一般国民(ただし女性に限る)だけでなく、巫女の間でもこの男は人気者だ。
だがそれをいいことに、つまみ食いされた巫女も幾人か知っているため、ますますもって信用ならびに油断ならないのだが。
だからクシェルは、無言で彼をにらんだ。
じっとりした視線に、ようやくグラナスも折れる。肩をすくめて、再び窓に足をかける。
「ま、今回は退くよ」
「どうも」
無愛想に返し、彼が窓から外へ降りるのを眺めた。
グラナスの姿が見えなくなったところで、友人たちがクシェルに詰め寄る。
「クシェル! 第七王子に身をゆだねるのも、ありじゃないのっ?」
爛々と輝く目に、クシェルはますますしらけた。
「やだよ。第七王子の愛人なんて。めんどくさい」
「伯爵令嬢と第七王子なら、釣り合いも取れているじゃない!」
「取れてないって。それに勘当されたしさ」
今この瞬間だけは、勘当されてよかった。そう、素直に思うクシェルだった。