4:サバト的送別会
なんだかんだで無事、身の振り方が決まったクシェルは、残りの猶予期間も神殿で過ごすことになった。
それは十三歳から精霊に仕えて来たクシェルへの、神殿側からの温情であった。
その間に、仲間内にて送別会を開いてもらうことが決まった。
自分の泥酔が原因でこうなったのだから、とクシェルは開催を固く辞退したのだが、残念ながら認められなかった。
「だって、悪いのはスヴァルトの方じゃない! 酔った女性に、酷いことをして!」
「そうよ、あのクソ眼鏡!」
というのが、友人たちの主張であった。
やはり世間一般的に、こういう不測の事態においては、男性が悪しざまに言われてしまうようだ。
いや、自分が第三者であったならば、確かにクシェルもそう思っただろう。
あのクソ眼鏡め、眼鏡を粉々に叩き割ってやろうか、と。
しかし現実には、その眼鏡を押し倒したのは、他ならぬ自分であり。
ついでに、自ら思い切りキスまでやらかした記憶もある。クシェルが男であれば、クソあるいは、鬼畜と罵られること間違いなしの所業である。
そのため、なんとも言えない心持ちであった。
複雑な胸中のクシェルを見て、友人たちは
「やっぱり……クシェルでも不安なのよ」
「そりゃ今まで、神殿の中でずっと生きて来たんだもん」
「いきなり外に出て一人で生きていけ、なんて言われたら……怖いよね」
と、大いなる勘違いの末に同情し、なんとしても送別会を成功させようと決意を新たにするのであった。
ちょっとした行き違いはあったものの、送別会はつつがなく開催された。
開催場所は、クシェルの自室である。友人たちと比べても圧倒的に物が少ないので、大人数を収容できるのだ。
食堂のおばさんたちもクシェルに同情的だったため、料理も秘密裏に、たっぷり用意してもらえた。
そこに、友人たちがこっそり買い出しに出てくれた、ケーキや焼き菓子といったデザートの類と、ついでにプレゼントも内密に持ち寄って。
秘めやかに、送別会は開催された。
クシェルの現在の立ち位置は、神殿の腫れ物となっている。それも、真っ赤に熟して熱を伴った、超巨大な腫れ物だ。
このため送別会というよりも、サバトと呼ぶのがふさわしいような極秘感があっても仕方がないのだ。
「なんかごめんね」
腫れ物は自分のために集まってくれた友人たちを見回して、ぽつりと言った。背中も丸まっている。
恐縮する彼女を、友人たちは励ます。
「そんなことないよ。ごめんって言わなきゃいけないのは、こっちの方なんだから」
一人が申し訳なさそうに笑って、首を振る。隣の友人も、それに同調。
「だよね。本当ならもっと派手にさ、パーッと送別会を開きたかったんだけど……」
その気持ちだけで、クシェルは十分だった。
「ううん、ありがとう。でも、やらかしたからね、仕方ないさ」
へへ、と笑って、クシェルは肩をすくめた。
笑う彼女の手を、別の友人がギュッと握る。そして熱く主張。
「あの慇懃眼鏡が悪いんだから! クシェルは悪くないよ!」
「そうよ、あのすかし眼鏡野郎! 自分だけさっさと逃げて!」
どれだけ眼鏡にまつわる罵倒語が作られているのだろうか、とクシェルは薄っすら考える。しかし、それを友人に訊くのはためらわれた。
代わりに、自分の手を握りしめる友人をなだめる。
「スヴァルト君は本当に悪くないんだ。これは本当」
「でも……」
「それに私は、新しい場所で新しい生活を送れるけど。結局騎士団に所属したまんまのスヴァルト君の方が、肩身は狭いと思うんだ」
彼は今も新天地で、都落ちした騎士と蔑まれているかもしれない。それに今後の出世も、絶望的だろう。
「……それもそう、かもね」
「そうね。クシェルは新しい自分になれるんだもん。眼鏡ざまぁみろ、ね」
クシェルの絶望的観測が、友人たちの留飲を下げてくれたおかげで。
その後はなんだかんだで、送別会も盛り上がった。
もちろん、酒はなしだ。ただの一滴も。振る舞われるのは珈琲と紅茶のみという、実に健全な宴であった。
そんな盛り上がった最中であった。一人の闖入者が現れたのは。