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酔った勢いで一線越えちゃった、巫女と聖騎士の話  作者: 依馬 亜連
本編

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29/32

29:二人の特権

 あの夜――スヴァルトの髪は、酔って浮かれる同僚によって、もみくちゃにされていた。

 そんな乱れた頭や、耳まで赤くなった顔があまりにも可愛くて。

 更に人生初めての告白が、とても嬉しくて。

 彼を自室に引き入れ、キスをしたのだった。

 かなり強引に、押し倒してまで。


 そしてキスの雨を降らせた後、スヴァルトに

「貴女が欲しいです」

と乞われた。


 真っ赤な彼のこの嘆願に、ますます嬉しくなったクシェルは

「うん、いいよ。あげる」

と、お菓子を分け与えるような気軽さで、了承したのだった。


 ――これは一体、どこの痴女の話だろうか。ああ、自分のことであったか。

 記憶が一気に蘇ったことで、クシェルの全身も真っ赤に染まる。


「その節は……本当に、ごめん。何やってるんだろうな、私」

 大慌てで、スヴァルトは首を振った。

「いえ! 僕もそのまま、ずるずると関係を結んでしまったので……!」

「いや、そりゃ、告白した相手に押し倒されて、しかもキスまでされたら、誰だって手を出すよ。私だって、そうする」

「ですが、貴女は巫女でした。自制すべきでした」

「いやいや、でも――」


 抗弁しようとして、ぐっとこらえる。

 これでは駄目だ。平行線ではないか。そう考えたのだ。

 それにお互い、この一件で謝罪はしないはずであった。


 その約束事も思い出し、クシェルは少しぎこちなく笑う。気恥ずかしさが、そうさせた。

「それじゃあ、共犯というのはどうだろう?」

「共犯……?」

 この提案に、スヴァルトはキョトンとなる。


「うん、共犯。私は君の告白が嬉しくて、キスした。君もそれが嬉しくて、その……したわけだから。お互い様の共犯だ」

 真っ赤な顔のスヴァルトは、落ち着きなく視線をさ迷わせたものの、ややあってうなずいてくれた。


「……そう、ですね……貴女さえ、お嫌でなければ、ぜひ」

「嫌なもんか」

 即座にそう言ったクシェルは、一瞬ためらったが、彼の右手を取った。スヴァルトも拒まず、くすぐったそうにそれを受け入れる。


 戦う者特有の、無骨で荒々しい手を撫でながら、クシェルはぽつりぽつりと続けた。

「グラナス殿下に抱きつかれた時は、気持ち悪かった。反吐(へど)が出るかと思った」

「そう、でしたか……申し訳ありません」

「ううん。君は悪くないし、大事なのはそこじゃないんだ」

 クシェルは声に力をこめる。


「殿下はそんな有様なのに、君に触っても気持ち悪くない――どころか、ドキドキするんだ。嬉しいんだ」

「クシェル殿……」

「私もきっと、君のことが好きなんだと思う」

 そしてスヴァルトの、鋭い青い瞳を見上げた。見上げながらつい、へへ、とはにかんでしまう。


 見つめ合った途端、スヴァルトは泣き出しそうな顔になった。

 その表情の意味を問う間もなく、クシェルは彼に抱きしめられる。背中に回った、温かな手が、心地よい。

「……夢、みたいです」

 かすれた声でささやく彼に、クシェルはつい微笑んだ。


「夢オチにされると、私が困ってしまうよ」

「すみません。友人になれただけで、本当に満足しておりましたので」

 謙虚すぎるだろう、とクシェルはまた笑う。

「君は欲がないんだな」

「いえ……その、そうでもないんです」

「え? ――わっ」


 両腕を、クシェルの脇の下に回し入れたスヴァルトが、彼女を自分の方へと引き寄せる。そして、膝の上に乗せた。

 真正面にある彼の顔と、至近距離で見つめ合い、クシェルは再び全身を赤く染めた。

 しかし彼女を抱き寄せた張本人も、同じく真っ赤になっている。なのでその強引さを責める気には、到底なれない。


 赤い顔のまま、二人はこつん、と額を合わせた。伏し目になったスヴァルトがつぶやく。

「本当はもっと、貴女に触れたいんです。殿下のことを、上書きできるぐらい」

 クシェルはその願望に、はにかんだ。


 これは、いわゆる嫉妬というものであろうか。

 案外彼は、ヤキモチ焼きなのかもしれない。

 だが、そんなところも好きだと言えた。


「うん……触って?」

 だから言葉と共に、自ら彼の頬に手を添えて、その気持ちを伝える。

 スヴァルトはおずおずと、自分の頬を撫でる、クシェルの手を取った。二人の指が絡まる。その指先に、クシェルはきゅっと力を込めた。


 どちらともなく、互いに目を閉じる。そして、唇が触れ合った。

 最初はためらいがちに、しかし、徐々に口づけは深くなっていく。背中に回されたままの彼の左腕が、彼女の背中を撫でる度に甘い吐息がこぼれた。

 それすらも、スヴァルトに絡めとられていく。


 しばらくして、二人の唇が離れた。クシェルは茹だり、とろける頭のまま、間近にあるスヴァルトを見つめる。

 いつも鋭い瞳が、歓喜と口づけの余韻で潤んでいる。もっともクシェルも、似たり寄ったりの表情である自信があった。


 その余韻が少しずつ遠ざかるにつれ、気恥ずかしさがこみ上げてくる。

 クシェルはおもむろに、スヴァルトとつないでいない左手を持ち上げた。次いで彼の黒髪を、がしがしとかき回した。完全なる照れ隠しである。


 青い瞳が、驚きで丸くなる。

「クシェル殿っ?」

 ぼさぼさ頭になって、目を白黒させる彼の額に、クシェルはそっと唇を当てた。そして笑う。

「スヴァルト君は、髪を下ろしてもかっこいいと思うんだ」


 頬をうっすら赤らめて、スヴァルトもはにかむ。クシェルの大好きな笑顔だ。

「ありがとうございます……でしたら、いつも下ろしましょうか?」

「うん――いや、やっぱいい」

 即座にうなずき、しかしすぐに首を振る。


「へ?」

 矛盾だらけのクシェルに、スヴァルトがぽかん、と口を開けて呆ける。

 平素になく腑抜けた顔へ、クシェルは真面目くさった顔を作って、力説する。

「この無防備なスヴァルト君を見られるのは、私だけの特権にしておきたいんだ」

「……そんなものが、特権になるんですか?」

「なるよ」


 自信満々にうなずくと、スヴァルトはむずがゆそうな表情を浮かべた。そしてぽふん、と彼女の肩にあごを乗せる。

「でしたら、僕にも特権をください」

「いいよ。どんな特権だい?」

「貴女の恋人を名乗る特権です」


 きちんと筋を通したいらしい。それにしても……やはり彼は、クソ真面目だ。


「今更だなぁ」

 そうつぶやいて、スヴァルトの濡れた髪を撫でて、クシェルは笑った。

「たしかに、今更かもしれませんね」

 彼女の肩に顔をうずめたまま、スヴァルトも笑う。


 二人の手は、今もつながったままだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はー・・・好き [一言] もう、作者様の作品は毎回甘い(吐糖 くるぶしだけでは足りない、上腕二頭筋も爆発しろ
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