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酔った勢いで一線越えちゃった、巫女と聖騎士の話  作者: 依馬 亜連
本編

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28/32

28:お風呂上がりの

 後に知ったことだが、スヴァルトはクシェルと別れた後、一度マルツ亭に引き返していたのだ。

 翌日は電話当番だったことを思い出し、来店が遅れる旨を伝えようとしたらしい。


 しかしそこで、クシェルが未だ店に戻っていないことに気付き。

 おまけに、地面に転がるバスケットを見つけ。

 またその時、店の裏手からクシェルの大声が聞こえて来たため、慌ててそちらへ向かった、ということだった。


 短気は損気とよく言うが、案外怒ってみるものである。

 ――などということを、クシェルはシャワーを浴びながら考えていた。


 そして冷静になればなるほど、グラナスに触れられた部分がじわじわと、毒か何かに侵されているような感覚を覚えた。

 服越しとはいえ、肌にあの男の手の温度や感触が残っており、ひどく不快なのだ。


「うう、バカ王子め。一度死んでしまえ」

 思わず不敬度満点の愚痴をこぼし、背中や腰を、タオルでごしごしこする。こすり過ぎて、若干皮膚がひりついたものの、痛みが不快感を覆い隠してくれているような気分にもなった。


 そして、浴室を出た。着替えはラータが用意してくれていたので、ありがたく着る。

 タオルで髪を拭いながら、二階の居間をのぞくも無人だった。ラータは下の店舗にいるのだろうか。

 リズミカルに階段を下り、食堂を見る。


 そこにもラータの姿はなく、代わりにスヴァルトが、所在無げに椅子に座っていた。風呂上がりのためだろう、前髪も下ろされており、普段より幼い。

 また服も、いつもの青い制服ではなく、農家のおじさんが着ていそうなオーバーオール姿である。


 クシェルはとりあえず、スヴァルトに尋ねた。

「スヴァルト君、ラータさんは?」

「自分がこちらへ来るのと、入れ違いで出て行かれました。グラナス殿下へ、お灸をすえて来ると仰っていました」

「なるほど。ところで、なんだけど」


 じっと、使い込まれたオーバーオールと、赤いチェックのシャツを見つめる。スヴァルトは、そんなクシェルのどんぐり眼を見た。


「はい」

「その服は――」

「お風呂をお借りしたお宅で、用意していただきました」

「そっか」

「……似合わないのは、重々承知ですので」

「……そうだね」


 否定しようかとも思ったが、本当に似合っていなかったので。素直に首肯する。

 すると、スヴァルトは苦笑いになった。

 クシェルも笑い、彼の隣に椅子を運ぶ。そして、そこに座って彼を見上げた。


「君も無茶するよな。一緒に、水路に落ちてくれるなんてさ」

 スヴァルトは何も答えず、無言だった。

 しかし怒っている様子はなく、何かを深く考え込んでいるようだった。クシェルも黙って、彼の反応を待った。


 視線を手元に落とし、ようやく彼は口を開いた。

「自分は……貴女のことを、ずっと想っておりました。だから、クシェル殿に何かあってはと思い、咄嗟に動いてしまいました」

 頬杖をついて反応を待っていた、クシェルが目を見開いた。


 彼女はそのまま、石化したかのように固まる。スヴァルトも、緊張によって強張った顔で反応を待った。


 時計の秒針が三周したところでようやく、クシェルは我に返った。

「え……冗談、ではなく?」


 こくり、とスヴァルト。

「はい。冗談ではなく。いくら据え膳をされても、好きでもない方を抱くほど、僕は馬鹿ではありません――いえ、恋い焦がれた方を、酔いに任せて抱いたんです。こちらの方が、よほど馬鹿ですね」

 後半は、自嘲混じりだった。


「そう言われれば、そうかもな」

 クシェルもつい笑った。そして、二人で顔を見合わせて再度笑い合う。

「それだったら、変に『責任を取りたいから』なんて言わずに、プロポーズしてくれたらよかったのに」

 ちょっと恨みがましく、そんなこと言ってみると。


 スヴァルトは困ったように眼鏡を押し上げて、眉間のしわを深くする。

「すみません。素直に『ずっと好きだった』と伝えても、本気と捉えていただけないかと思いまして」

「ああ。それは、言えてるかも」


 言われてみればそんな気もするので、大人しく同意した。

 彼はクシェルのことを、よく見ているし把握している。

 本人よりも、彼女のことを分かっているかもしれない。


「それに実は……その、告白したのは、初めてではないんです」

 それこそ初耳だ。クシェルの大きな瞳が、ぱちくりまたたいた。

「え、いつの間に?」

「あの夜、貴女の部屋の前で、つい」


 それは覚えていないわけだ。

 なにせ未だに、記憶も朧気(おぼろげ)なのだ。


 謝罪の気持ちも込めて、クシェルはがくりとうなだれる。

「ごめんよ……全然覚えてなかった」

「いえ。どさくさ紛れに言った、僕が悪いんですから」

 頭を下げ続けるクシェルを起こしながら、スヴァルトはちょっと寂しげに微笑んだ。その笑みに、良心がしくしく痛む。


 しかしこの問いも、せずにはいられなかった。

「それでその……私は、なんて答えたんだい?」

 ぎくり、とスヴァルトの肩が強張った。


 どんな変な返答をしたんだ、とクシェルもびくつく。

「まさか、こっぴどく振った……のか?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「それじゃあなんて言ったんだい?」

「言ったと言いますか、その……」

「その?」


 スヴァルトの顔と言わず、全身が赤くなる。そしてか細い声を発した。

「キ、キスを……」

「あ」

 その一言で、全てを思い出した。

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