表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
酔った勢いで一線越えちゃった、巫女と聖騎士の話  作者: 依馬 亜連
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/32

24:仲直りをしよう

 ややあって。

「……やあ」

 あの日の朝のように、右手を上げてクシェルは声をかけた。

 しかしあの朝を再現したかのように、スヴァルトは無言だった。おまけにそっと、視線も外される。


 クシェルは傷ついた。彼に無視をされたことなんて、今までなかったためだ。

 そして自分が、スヴァルトに拒まれたことでひどく傷ついている事実に、再び驚く。


 驚きで混乱する頭は、出直すという選択肢を見失ってしまい。

 結果として、彼女はスヴァルトへ詰め寄った。柄にもなく、彼を思い切りねめつける。


「なんで……なんで、こっちを見ないんだ」

 間近でそう詰問しても、スヴァルトは相変わらず斜め下を向いたままだった。きゅ、と唇も引き結ばれている。


 その頑なな態度に、余裕のないクシェルもあっという間に激高する。

「なんなんだよ。黙ってたら、分からないだろ!」

「いえ、その……」

「こっちを向けよ!」

 思わず怒鳴ってしまった。


 声を荒げることが滅多にないクシェルの怒声に、荒事に慣れているであろうスヴァルトも、たまらずビクつく。

 というか、クシェル本人も、自分で怒鳴って自分で驚いていた。ここまでむかっ腹だったのか、と。


 しかし怒鳴り声がカンフル剤となり、おっかなびっくりではあるものの、スヴァルトはようやくクシェルを見た。

 だがその表情は、とても悲しげなものだった。まっすぐな眉がきつく寄せられ、目も細められている。口も相変わらず、固く引き結ばれていた。


 いつもよりも深い眉間のしわを見上げて、クシェルはため息をつく。こんな、大の大人の泣き出しそうな顔を見てしまったら、怒りも瞬く間にしおれるというものだ。

「なあ、スヴァルト君……どうしたって言うんだい? 急に、店に顔を見せなくなってさ。皆も、私も、心配してるんだぞ」

「いえ……」


 ぼそり、と一言だけつぶやき、再び彼はうなだれた。そのまま、ひどく聞き取りづらい声で続ける。

「その……ただ、思ったのです。貴女を傷つけた僕が、貴女の友人になるなんて……やはり、おこがましいのではないか、と」

 意表を突く蒸し返しに、クシェルは困惑顔になった。何故急に、という疑問が脳裏を巡る。


 誰か――例えば彼の左遷理由を知っているであろう、団長辺りに何か言われたのだろうか。そんなことを言うような人には、見えないのだが。


 だが外野になんと言われたって、クシェルに彼との交流を止める気などなかった。華奢な肩をすくめる。

「前にも、言ったじゃないか。そのことはもう気にしなくていいって。お互い、謝罪はなしだろう?」

 なだめようと手を伸ばすも、それを拒むようにスヴァルトは首を振った。次いで、猛然と顔が持ち上げられる。


「ですが! 貴方と殿下の仲を引き裂いたのは、僕です!」

「は?」

 クシェルは目が点になり、突然宇宙の話題を振られた人の顔になった。


 その壮大なる宇宙顔に、スヴァルトも虚を突かれた顔になる。

「あの……クシェル、殿……?」

 恐々とした呼びかけで、クシェルは我に返る。

「君は、何、気持ち悪いことを言ってるんだ?」

 思わず地を這うような、おどろおどろしい声になってしまう。再び、びくりと仰け反るスヴァルト。


「え? いや、しかし……殿下――グラナス殿下と、想い合っていらっしゃるのでは?」

 想像した途端、夏の熱気がかき消えた。背筋を伝う寒さに、クシェルはぶるりと震える。我が身もかき抱く。

「んなわけあるか。あんなタラシ、いくら積まれたってごめんだ」


 口調も荒々しく、吐き捨てるように断言すると、スヴァルトは引きつった顔で一歩たじろいだ。

「は、はぁ……そう、なんですか……」

「そうなんだよ。でも急に、なんでそんなことを言いだすんだ? 何か、危ないおクスリでも一発決めたのかい?」

「決めるわけ、ないじゃないですか」

 ようやく彼に、遠慮がちながら笑顔が戻る。その顔を見上げて、クシェルもホッと安堵した。


 笑顔に苦いものを混ぜて、彼は続けた。

「この前、殿下が仰っていたんです。貴女を『大事な女性』だと」

「やめてくれ。想像しただけで吐きそうになる」

 実際、二日酔いや人酔いよりも酷い吐き気が、喉の奥にこみ上げていた。酸っぱい臭いも、じわじわせり上がっている。


 それをどうにか、寸前でこらえる。呼吸を整えて、まっすぐスヴァルトを見つめた。

 そして告げる。


「あのバカ王子とは、手だって握ったこともない。私が手を握ったことがある男性は、君だけだ」

「えっ――」

 スヴァルトが言葉を失い、たちまち赤面した。

 体の関係をすでに持っているくせに、と思わなくもないが。不器用な彼らしい反応とも言える。


 もっともクシェルも、やや遅れて照れに襲われ、似たり寄ったりの赤い顔で慌てる羽目になっていた。

「い、今のは他意はないから! あくまで事実、事実を言ったまでだ!」

「は、はい……」

 スヴァルトの声はか細い。彼の精神は、その辺の乙女よりも繊細なのだろうか。


 そんな彼を笑って受け止めるのが、クシェルの普段の役割だったが。

 しかし今の彼女には、そんな余裕などない。受け止めるどころか、スヴァルトの制服の胸倉を掴んでいた。


「とにかく! 変な遠慮をせずに、また店に来て欲しいんだ!」

 そのまま勢い任せに、彼を前後に揺さぶる。

「は、はい!」

 目を白黒させながら、それでもスヴァルトは大きく返事をした。


 ようやく聞けた元気いっぱいの声に、クシェルは嬉しくなって、輝く笑顔で一層彼を揺さぶった。

「明日は絶対来るんだぞ! 来ないと泣くからな!」

「行きます!」


 しかしこの、どう見ても恫喝でしかない光景を、詰所から顔をのぞかせたハザフに見られてしまった。

 ホウキを肩に担いでいる彼は、クシェルとスヴァルトを交互に見て、いぶかしげに尋ねる。

「お二人さん、何やってんだ? 喧嘩か?」


 なんとも不思議そうな彼の方を、二人揃って振り向いた。

「いえ、もう仲直りしました!」

 そして、同時に叫ぶ。

「え……それで?」


 嬉々として胸倉を掴むクシェルと、同じく嬉々として胸倉を掴まれているスヴァルトの姿に、ハザフも宇宙顔となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ