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酔った勢いで一線越えちゃった、巫女と聖騎士の話  作者: 依馬 亜連
本編

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23/32

23:来なくなった騎士

 グラナスがお忍びでやって来た日を、境にして。

 スヴァルトがぱたりと、店に来なくなった。


 彼の相棒であるハザフは度々顔を見せるも、スヴァルトはやれ

「書類仕事が溜まっている」

「電話番をしなければならない」

「急な来客があった」

と、理由を付けては、同行を拒んでいるのだという。


「他にもっと暇してる連中がいるんだから、来客なんて任せときゃいいのにな」

とは、ハザフの意見だ。


 スヴァルトとクシェルの、なんともじれったい関係性を見守ることが楽しみになっていた、マルツ亭の常連客たちは皆、一様に消沈した。

「二人を見てると、青春気分になるのに。寂しいぞ」

というのが、おおよその意見であった。


 ラータもまた、

「あの慇懃坊やがいないと、なんだか物足りないね」

と、への字口でぼやいている。


 そして寂しい、あるいは物足りないのは、メイリーナとエルロも同様で。

 実家での怒涛のお茶会ラッシュを切り抜けた彼女は、焼き菓子の詰め合わせ持参で来店した。綺麗な包装紙に包まれたお菓子箱を、ウキウキとクシェルへ差し出す。


「はい、お姉さま。伯母さまからいただいたので、お裾分けですわ」

「貰っていいのかい? お母様に知られたら、大目玉じゃないのかい?」

 気遣う姉に、メイリーナは微笑。

「そこはご心配なく。お母様も、この件は黙認していらっしゃいますから」


 いわく、メイリーナが姉の元に通っていることも、薄々勘付いてるらしい。メイリーナがそう言うということは、母は全てお見通しということだろう。

 厳しいだけだと思っていた母の、意外な一面にクシェルはそっと笑う。


「そっか……それじゃあ、ありがたく貰うね」

「ええ。ところでお姉さま――」

「なんだい?」


 淡いピンクのドレスをもじもじとつまみ、メイリーナは姉を見る。

「あの田舎騎士が、最近来ないというのは本当ですの?」

「そうだね。最近全然、顔も見てないね」


 隠しても仕方がないと思ったので、素直に答えた。途端、メイリーナは愛らしい顔を渋面に変える。

「まさか、喧嘩でもなさったのですか?」


 その可能性は、クシェルも考えていたことだった。

 口論をした覚えはない、が。

 だが、何気なく投げつけた言葉が、スヴァルトの気分を害したのではないか、と。


 しかしこれも、特に思い当たらなかった。

「うーん。喧嘩……するほど、喋ってもない気がする、からなぁ」

 腕を組み、首を捻り、クシェルは珍しく歯切れの悪い回答。


 困っている姉の姿に、メイリーナは両手を握りしめて憤慨(ふんがい)した。

「もう、あの田舎騎士ったら! お姉さまを守れと言いつけましたのに!」


 ぷんすかする主を、エルロが温和な笑顔でなだめる。

「まあまあ。お腹壊してるとか、風邪引いてるとか、そんなのかもしれませんよ。腹下してちゃ、ビーフシチューは荷が重いですし」


 彼の推測に、メイリーナの緑の瞳が丸くなった。

「あら、エルロ。お馬鹿さんは、風邪を引かないものでしてよ」

「でもスヴァルトさん、賢そうですよ」

 実際、聖騎士になったのだ。賢いはずである。


 しかしメイリーナの意見は違った。

「それは眼鏡で判断しているのではなくって?」

「あ、分かります? お嬢様も、思ったより賢いですね」


 屈託のない笑顔と言葉に、メイリーナもつられて笑おうとして――途中で豹変(ひょうへん)した。眉が吊り上がる。


「エルロ! あなた、わたくしのことを遠回しに、お馬鹿さんと言っているのではなくて?」

「あ、分かりました? だってお嬢様、風邪引きませんし」

「なっ……わたくしだって引きますわよ!」

「お屋敷で胃腸炎が流行って、旦那様たちまで寝込まれてた時も、一人ピンピンしてたじゃないですか」

「失礼よ、あなた! あれは自己管理の賜物(たまもの)でしてよ!」


 淑女らしからぬ地団駄と共に、メイリーナはそう主張した。はいはい、と半笑いのエルロがそれを受け流す。

 妹の頑丈ぶりには、クシェルも驚いた記憶があるので。こちらも、同じく半笑いである。


 そんな彼女に、買い出し用のバスケットを持ったラータが声をかける。

「クシェル。ちょっと悪いんだけど、胡椒を切らしちまってね。買って来てくれるかい?」

「はい、いいですよ」

 バスケットを受け取り、クシェルはすぐにうなずいた。


 そんな彼女を、ラータのどこか楽しそうな目が見据える。

「せっかくだから、ついでに騎士団ものぞいて来な」

 思いがけない提案に、クシェルはわずかに身じろぎした。しかしすぐに、両手を大きく振って遠慮する。


「いやいやいやいや。仕事中に、そんな」

「何言ってるんだい。あの朴念仁(ぼくねんじん)が心配だって、顔に書いてるよ」

 ふん、と鼻を鳴らして、ラータはクシェルの遠慮を斬り伏せた。


 この女主人は、従業員のことをよく見ているのだ。

 だからクシェルも、やせ我慢を止める。


「……ありがとうございます。本当は、なにか気に障ることをしたのかな、とか心配でした」

「あんたらは本当に、じれったいねぇ」

 にやりと笑って、ラータはクシェルを回れ右させる。扉の方向へ彼女を向かせて、その小さな背中を軽く押した。

「ほら、行ってきな」


 自分もついて行く、と駄々をこねるかと思いきや。メイリーナも椅子に座って、優雅に手を振り姉を見送る。

「お姉さま、行ってらっしゃいませ。お姉さまと、ついでに田舎騎士に、精霊様のご加護があるようお祈りいたしますわ」

「クシェル様、行ってらっしゃい。男って意地っ張りだから、適当に丸めこんじゃってくださいね。きっと精霊様も応援してくれてますよ」

 エルロもテーブルの上で頬杖をつき、呑気に激励した。


「……うん、ありがとう」

 嬉しさと気恥ずかしさで、クシェルはふやけた顔になる。


 三人に見送られ、クシェルはマルツ亭を出た。日傘を差し、胡椒の売っている食料品店へ向かう。

 その帰り道にちょっと寄り道をして、騎士団へ向かう心づもりだった。

 しかし一度決めるともう、騎士団に出向くことが主目的になっており。


 食料品店でも、気がそぞろになってしまっていた。ぼんやりと考え事をしたままなので、店主に

「また車道に出ないよう、気を付けなさいよ」

などと心配されつつ、買い物を済ませて店を出る。

 そしてとぼとぼと、騎士団詰所へ向かった。


 夏本番の日差しは強く、地面に落ちる影も濃い。

 道の両側に走る水路の水面(みなも)にも、陽光が反射してキラキラしている。クシェルはどんぐり眼を細めて、小魚の泳ぐ水路を眺めた。


 自分は何か、スヴァルトに嫌われることをしたのだろうか――もう何度も自問した内容を、さらにもう一度反芻(はんすう)した。


 しかし自分でも申告した通り、彼とは嫌われるほど喋ってもいないのだ。

 もちろん神殿時代より、会話の密度は高い。

 だがスヴァルトが店に来てくれる時はあくまで、店員と客の立場にあるから。そう長々と、世間話も出来ないのだ。


 また、あのデート以来、二人の休みも合っていなかった。だから私的に、二人で出かけたこともない。


 ひょっとするとこの、あまりにも友達然としていなかった状態に、彼が嫌気を覚えたのではないか。

 だとすれば、騎士団へ遊びに行ったらなおのこと、迷惑がられるのではないか。


 珍しくも弱気が顔をのぞかせて、そんな暗い予想を打ち立てた頃。

 騎士団の詰所へ到着した。


 と、同時に中から一人の、背の高い騎士が姿を見せる。

 幸か不幸か、それはスヴァルトだった。

 二人の驚きの視線が、かち合った。

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