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酔った勢いで一線越えちゃった、巫女と聖騎士の話  作者: 依馬 亜連
本編

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22/32

22:夜の電話

 その日の晩、食堂の電話が鳴った。

 二階の居間で、ラータと食後の珈琲を楽しんでいたクシェルは、淡い茶色の瞳をぱちくり開閉した。

「今、電話鳴ってません?」


 彼女の言葉に、ラータも耳を澄ませる。そして、顔をわずかにしかめた。

「そういや……鳴ってるね。こんな時間に、一体誰なんだい」

「私、行ってきます」

 木のテーブルにコップを置きつつ、立ち上がる。


「すまないね、頼んだよ」

 彼女を見送るラータに笑顔を返し、小走りで廊下に出て、少し急こう配な階段をリズミカルに下りた。


 そして厨房にある電話を取る。

「はい、マルツ亭です」

 営業時間外ということで、一瞬迷ったが、屋号を名乗ることにした。


≪あら、ひょっとしてクシェルですか?≫

 ほんの数か月前まで、毎日聞いていた声に、クシェルも一拍遅れて反応。

「あの、神殿長ですか?」

≪あ、ごめんなさい。名乗るのが遅れましたね。ええ、ネリエです≫


 思いがけない人物からの電話に、クシェルの胸は弾んだ。

「お久しぶりです」

≪ええ、お久しぶりですね≫

「それにしても、どうしてお電話を……?」


 グラナスが来たことと、関係があるのだろうか。彼女の意図がまだ読めないため、探るような口調になる。


 実は、と神殿長は前置きして言った。

≪グラナスのことで、お電話いたしました。今日、そちらへ参りましたでしょう?≫

 当たりであった。己の勘のよさに、クシェルもつい笑う。

「はい。来られましたね」


≪ごめんなさいね、驚いたでしょう? あの子、一度言いだすと聞かなくて……あなたから届いた手紙を勝手に盗み見て、住所を調べたようなんです……≫


 ひょっとしなくても、これは犯罪ではなかろうか。

 国の象徴の思いがけぬ醜態に、クシェルの顔も引きつった。


「それは……なんだか、すみません……」

≪いえ、あなたは何も悪くないわ。それより、何か変なことは言われませんでした?≫

 いつも通りのナルシスト発言の連発であったが、そういう意図での質問ではないのだろう。


 クシェルもしばらく記憶を反芻(はんすう)して、首を振る。

「いえ、特には。神殿長には、何かおっしゃっていたんですか?」

≪実は……≫

「はい」

≪あなたを奥さんにしたい、と兄にも懇願しているようでして……≫

「げぇっ」


 国王にも直談判しているという事実に、思わずうめき声が出る。

 カエルが潰されたような声に、神殿長は上品に笑った。


≪そうなのよ。絶対に断られるから止めなさい、とは伝えたのですけれど≫

「ありがとうございます。確かに、絶対に嫌ですね」

 素直にそう言うと、神殿長は一層笑った。そしてどうにか笑いを押し殺して、続ける。


≪そういえば、そちらにスヴァルトさんもいらっしゃるんですってね≫

「あ、ご存知でしたか」

≪ええ、この前ラータから聞きました。ごめんなさいね、きちんと赴任先を確認しなくて≫


 やはりうっかりミスであったようだ。

 そんな気はしていたので、クシェルもつい、神殿長らしいと脱力した。


「それこそ気になさらないで下さい。今は友達として、仲良くやっていますし」

≪あら、そうだったの……≫

「この前、一緒に買い物も行きましたし」

 手をつないだことを思い出し、別れ際のはにかみ笑顔を思い出し、かすかに胸が高鳴る。クシェルはそっと、胸元を撫でた。


 電話越しでは、そんな小さな動揺に気付くはずもなく。

 神殿長はしみじみと言った。

≪あなたの社交性は凄いわね。グラナスがもっと真っ当な人間なら、ぜひ、甥のお嫁さんに来ていただきたい逸材です≫

「へへ、買い被りですよ」


 電話が設置されている壁にもたれながら、クシェルは肩をすくめた。

「それより神殿長こそ、殿下に苦労されてるんですね」

 思わずこぼれ出た言葉を、不敬ととがめられるかと思ったが。

 受話器越しにうなずく気配があった。大いに同意されているらしい。


≪ええ、そうなんです。今も、巫女見習いにちょっかいを出してきていまして……≫

「それって、ひょっとしなくても」

≪ええ。かなり危うい事態です……神殿を出入り禁止にしても、あちこち抜け道を見つけては、忍び込むのです≫

「なんなんでしょうね、その、女性への執念は」

≪我が甥ながら、その辺りの精神構造が本当に謎なのです≫

「心中、お察しします」


 その後も、神殿長もといネリエの、愚痴のような近況報告は続いた。

 クシェルもそれにつられ、妹がマルツ亭を急襲したこと。そして、今では常連の一人になったこと。サイジェントの住人から、スヴァルトとの関係を応援されて恥ずかしいことを、赤裸々に語った。


 上司と部下という関係が、取っ払われたからか。

 なんだか今まで以上に、ネリエと打ち解けられた気がした。


 最後に、ネリエから近々遊びに行くという約束を取り付け、通話は終了。

 恩師との久々の会話が出来たことに、グラナスへほんのちょっぴりだけ感謝した。


 ――いや、前言撤回だ。

 恩着せがましく来られても困るというか迷惑なので、絶対感謝はしないぞ、と天井をにらんで誓った。

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