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酔った勢いで一線越えちゃった、巫女と聖騎士の話  作者: 依馬 亜連
本編

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21/32

21:王子は駄々っ子系色男

 硬直したままのスヴァルトを横目に見ながら、薄笑いを浮かべるグラナスはさっさと窓際の席に座った。

 そして、優雅に足を組む。

 着ている服は庶民的だが、その所作から漂う、圧倒的な殿上人(てんじょうびと)感。はっきり言って、田舎町の食堂には恐ろしく不似合いだ。


 こっそり観察する周囲も、その典雅(てんが)な姿にほう……と嘆息した。女性客など、頬を赤らめて目を潤めている。


 しかしクシェルだけは、冷ややかな眼差しを維持する。グラナスの前のテーブルに、いつもよりも乱暴にグラスとメニューを置いた。

 そしてじろり、と彼を見下ろす。


「で。何してるんですか、あなた」

 ぶっきらぼうにそう尋ねた。


 これ以上、噂にヒレやら有り得ない手足が生えて、キメラ度が加速しても(しゃく)なので。

 間違っても殿下とは呼ばない。そもそも彼を、王族として敬った記憶が元々ないのだ。

 敬語を付けているだけでも偉い、と褒めて欲しいところである。


 愉快そうに、グラナスは片眉を持ち上げてクシェルを見上げる。

「お前に会いに来た、では駄目かな?」

「はい。駄目ですね」

 ツンケンと、クシェルは即答した。そんな彼女の、不敬極まりない態度にもグラナスはにやり。

「ふっ、つれないな。せっかく叔母上から、お前の居場所を聞き出せたというのに」


 やはり情報源は、神殿長であったか。

 まあ、予想の範囲内ではある。


「よく聞き出せましたね。泣き落としでも使ったんですか?」

 いくら第七王子の懇願であっても、神殿長がそうあっさりと白状するとは思えない。となると、しつこくこの男が食い下がった、としか思えないのだ。


 まさか、とグラナスは歯を見せて笑う。

「誠心誠意、心を込めて嘆願したまでだ」


 食い下がったな――それも駄々もこねながら、とクシェルは予想。

 その姿は、たやすく脳裏に思い浮かべることができた。

 スカしている割に、この男は案外子供なのだ。でなければクシェルの送別会に、壁をよじ登って乱入するなどという、意味不明な行動を取らないだろう。


 だからクシェルも、彼を説き伏せても無駄だ、と判断した。

 下手に苦言を呈して機嫌を損ねでもしたら、何をやらかすのか分かったものではない。なにせ精神年齢が幼いくせに、金と権力だけは持っている男である。

 スヴァルトの名誉を傷つけるような真似だけは、絶対に避けたかった。


 クシェルはこれ以上の追及を止めて、ただ釘だけはしっかり刺す。もちろん小声で。

「万が一、顔が割れたら事ですので。食べたらさっさとお帰り下さいね」

 最後の「ね」に力を込めつつ、真ん丸な目にも怒気を精一杯込めた。


 しかし童顔のクシェルが、一所懸命にらんだところで、第七王子はどこ吹く風である。

 テーブルに肘をつき、その手にあごを乗せてにっこり微笑む。次いで軽やかな動きで、メニューを手にした。


「ああ、今日はそうするとしよう」

「いえ、未来永劫そうしてください」

「お前の顔を見られただけで、よしとしてやるんだ。ちょっとはサービスしたらどうなんだ?」

「これでも精一杯、真心こめて接客してますよ」

 へん、と鼻で笑って言うと、グラナスは何故か嬉しそうだった。この国の王子は、マゾなのだろうか。


「お前は相変わらず、口が減らないな」

「そりゃどうも」


 グラナスの赤い視線が、メニューに落とされる。

「――で、お勧めは何なんだ?」

「ビーフシチューですね」

「そうか。では、それにしよう」

 顔を持ち上げ、メニューをクシェルに差し出し、グラナスは今日一番の笑みを浮かべた。


 これには、彼を遠巻きにうかがっていた女性客たちから、なんとも浮ついた悲鳴が上がる。

「あらやだ、なんていい男なの!」

「素敵ねぇ!」

 歓声が上がった方を向いて、グラナスは慣れた様子で手も振る。この辺りは、さすがは王族と言ったところか。


 彼の豊富なサービス精神に、ますますもって女性客たちが沸き立った。一方の男性客たちは、唖然そして呆然。気のせいか、どこか居心地が悪そうなスヴァルトも、どこか引いている。


 初対面であろうサイジェント住人(女性限定)をも、一網打尽にするこの色男っぷりに、クシェルも今日一番のしかめっ面になった。いや、ひょっとすると今年一番のしかめっ面であるかもしれない。


「このタラシめ……」

 ぼそり、と呟かれた彼女のうめきは、未だ続く甲高い悲鳴たちにかき消された。

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