21:王子は駄々っ子系色男
硬直したままのスヴァルトを横目に見ながら、薄笑いを浮かべるグラナスはさっさと窓際の席に座った。
そして、優雅に足を組む。
着ている服は庶民的だが、その所作から漂う、圧倒的な殿上人感。はっきり言って、田舎町の食堂には恐ろしく不似合いだ。
こっそり観察する周囲も、その典雅な姿にほう……と嘆息した。女性客など、頬を赤らめて目を潤めている。
しかしクシェルだけは、冷ややかな眼差しを維持する。グラナスの前のテーブルに、いつもよりも乱暴にグラスとメニューを置いた。
そしてじろり、と彼を見下ろす。
「で。何してるんですか、あなた」
ぶっきらぼうにそう尋ねた。
これ以上、噂にヒレやら有り得ない手足が生えて、キメラ度が加速しても癪なので。
間違っても殿下とは呼ばない。そもそも彼を、王族として敬った記憶が元々ないのだ。
敬語を付けているだけでも偉い、と褒めて欲しいところである。
愉快そうに、グラナスは片眉を持ち上げてクシェルを見上げる。
「お前に会いに来た、では駄目かな?」
「はい。駄目ですね」
ツンケンと、クシェルは即答した。そんな彼女の、不敬極まりない態度にもグラナスはにやり。
「ふっ、つれないな。せっかく叔母上から、お前の居場所を聞き出せたというのに」
やはり情報源は、神殿長であったか。
まあ、予想の範囲内ではある。
「よく聞き出せましたね。泣き落としでも使ったんですか?」
いくら第七王子の懇願であっても、神殿長がそうあっさりと白状するとは思えない。となると、しつこくこの男が食い下がった、としか思えないのだ。
まさか、とグラナスは歯を見せて笑う。
「誠心誠意、心を込めて嘆願したまでだ」
食い下がったな――それも駄々もこねながら、とクシェルは予想。
その姿は、たやすく脳裏に思い浮かべることができた。
スカしている割に、この男は案外子供なのだ。でなければクシェルの送別会に、壁をよじ登って乱入するなどという、意味不明な行動を取らないだろう。
だからクシェルも、彼を説き伏せても無駄だ、と判断した。
下手に苦言を呈して機嫌を損ねでもしたら、何をやらかすのか分かったものではない。なにせ精神年齢が幼いくせに、金と権力だけは持っている男である。
スヴァルトの名誉を傷つけるような真似だけは、絶対に避けたかった。
クシェルはこれ以上の追及を止めて、ただ釘だけはしっかり刺す。もちろん小声で。
「万が一、顔が割れたら事ですので。食べたらさっさとお帰り下さいね」
最後の「ね」に力を込めつつ、真ん丸な目にも怒気を精一杯込めた。
しかし童顔のクシェルが、一所懸命にらんだところで、第七王子はどこ吹く風である。
テーブルに肘をつき、その手にあごを乗せてにっこり微笑む。次いで軽やかな動きで、メニューを手にした。
「ああ、今日はそうするとしよう」
「いえ、未来永劫そうしてください」
「お前の顔を見られただけで、よしとしてやるんだ。ちょっとはサービスしたらどうなんだ?」
「これでも精一杯、真心こめて接客してますよ」
へん、と鼻で笑って言うと、グラナスは何故か嬉しそうだった。この国の王子は、マゾなのだろうか。
「お前は相変わらず、口が減らないな」
「そりゃどうも」
グラナスの赤い視線が、メニューに落とされる。
「――で、お勧めは何なんだ?」
「ビーフシチューですね」
「そうか。では、それにしよう」
顔を持ち上げ、メニューをクシェルに差し出し、グラナスは今日一番の笑みを浮かべた。
これには、彼を遠巻きにうかがっていた女性客たちから、なんとも浮ついた悲鳴が上がる。
「あらやだ、なんていい男なの!」
「素敵ねぇ!」
歓声が上がった方を向いて、グラナスは慣れた様子で手も振る。この辺りは、さすがは王族と言ったところか。
彼の豊富なサービス精神に、ますますもって女性客たちが沸き立った。一方の男性客たちは、唖然そして呆然。気のせいか、どこか居心地が悪そうなスヴァルトも、どこか引いている。
初対面であろうサイジェント住人(女性限定)をも、一網打尽にするこの色男っぷりに、クシェルも今日一番のしかめっ面になった。いや、ひょっとすると今年一番のしかめっ面であるかもしれない。
「このタラシめ……」
ぼそり、と呟かれた彼女のうめきは、未だ続く甲高い悲鳴たちにかき消された。




