2:騎士は平謝り
ゆったりとまばたきする三白眼気味の、鋭い青の瞳をクシェルはじっと見つめた。
目を細め、眉間に深いしわを作り、スヴァルトは辺りを見渡す。いつもの険しい顔が、三割増しで厳しい。目が悪いから、よく見えていないのだろう。
そしてやや遅れて、彼はクシェルに気付いた。ブランケットを胸元までたくし上げて座り込む、彼女の姿をしげしげと眺める。
「やあ」
クシェルは手を上げて挨拶した。
スヴァルトは無言だ。
しかし、切れ長の目がどんどんと大きくなる。口元も滑稽に歪んだ。
彼は先ほどのクシェルよりも大胆に、がばりとブランケットを持ち上げて中をのぞきこんだ。引き締まった体が白いブランケットから、ばっちり見えた。
慌ててクシェルは視線をそらす。覚悟して自らのぞき見るのはいいが、不意打ちは気恥ずかしいのだ。
彼女がそっぽを向くと同時に、スヴァルトも勢いよく起き上がる。いつも後ろに撫でつけてある黒髪がぼさぼさで、その乱れ具合にクシェルはつい笑った。
しかしスヴァルトには、笑う余裕など皆無であった。
「も、申し訳ありません、クシェル殿!」
うわずった声で、そう叫ぶ。頭もガバリと下げられる。
「自分はなんてことを……この責任は、必ず取ります!」
鬼気迫る声にのけぞりつつ、クシェルは手を左右に振る。それでなくとも、スヴァルトはよく通る声をしているのだ。
「いやいや、気にしないでいいよ。やっちゃったもんは仕方ないし」
いや、ヤっちゃったもん、だろうか。
「いえ、そうは参りません! 国の宝である巫女の純潔を奪うなど、自分はなんて、愚かなことをしてしまったのか……」
盛大に歪んだ顔が、恐る恐るといった様子で持ち上げられた。
ぼさぼさ頭のおかげで、スヴァルトは普段よりも若く見える。
相変わらず目つきは悪いものの、どこか無防備で可愛らしい。
ああ、そういえば。
前後の流れはすっかり忘れてしまったのだが。
この無防備さにクラリと来て、昨夜彼を押し倒したのだった、と遅れて思い出した。
押し倒して、キスをして、その後は――顔が赤くなるので、回想を強制遮断する。
代わりに違うことを考えて、心の平穏を保つ。
普段はオールバックに眼鏡なので、スヴァルトはとても大人っぽく、落ち着いて見えていたが。
案外、自分と大して年が変わらないのかもしれない。同世代の可能性だってある。
第一印象というのも、それほど当てにならないものだ。
クシェルが実にどうでもいいことを考え、現実逃避をしている内に。
ベッド周りに散らばっていた、下着や聖騎士の白い制服を、スヴァルトが焦った様子で拾い上げている。ご丁寧に、合間合間にクシェルの下着と白い法衣も、おっかなびっくり拾って畳んでくれていた。律義だ。
いや、それよりも。
「スヴァルト君、何やってるの」
「騎士団長と神殿長に、事の次第を報告します」
「いやいや、わざわざ言わなくても――」
手を伸ばして彼をなだめようとして、途中で止めた。
やっぱり報告すべきか、とすぐに思い直したのだ。
だってクシェルは、巫女失格になったのだ。神殿にいられるはずもない。
これは速やかに、報告すべきであろう。
畳まれた白いショーツに、クシェルも手を伸ばす。
「それじゃあ、私も」
「いえ、クシェル殿はどうぞ、このままで」
しかし、パンツに片足突っ込んでいるスヴァルト――いつの間にか、眼鏡を装着済みである――に、凛々しい顔で制された。顔と行動の落差が酷い。
自分のショーツをつまみ上げたまま、クシェルは首をかしげた。さらりと金髪が揺れる。
「どうしてだい?」
「全ては酒に飲まれた、自分の過ちです。貴女はこのまま、休まれてください」
「いやいやいや。どっちかと言うと、私が飲まれたというか……誘ったと言いますか……」
自分で言って、恥ずかしくなる。
先程強制遮断した、昨夜の甘ったるい記憶が一気に蘇った。たちまち、頭がピンク色でいっぱいになる。
小さな顔を赤くして、ついうなだれた彼女の様子に、スヴァルトもぎくりと身を強張らせる。たちまち、彼の引き締まった顔も、赤く情けないものに変わる。
「あ、いえ……自分も、その……貴女を……」
鷲鼻と薄い唇を手で覆い、ごにょごにょと呟かれた弁明は、途中で宙にかき消えた。
かき消えた部分を、クシェルが問いかけようとした時。
「クシェルー? どうしたの? もう朝よー」
ノックと共に、巫女仲間の呼び声が、ドア越しに聞こえて来たのだ。
ギョッと、二人が目を見開いている間に、何も知らない彼女は遠慮なくドアノブを回し、そのまま木製の扉を開けた。止める間もない出来事であった。
そして裸のクシェルをベッド上に見つけ、その脇でパンツ一丁のまま突っ立っているスヴァルトを見つけ、巫女仲間の両目も全開まで見開かれた。
しばし三人、無言で視線を交わし合う。
「ど、どういうことなの……?」
ややあって、わななく声で巫女仲間は問うた。クシェルを見つつ、警戒するように横目で、スヴァルトもうかがっている。
そんな彼女に、クシェルは笑いかけた。
「酔った勢いで、つい、やっちゃったみたいだ。へへ」
あっけらかんとした返答に、巫女仲間は思わず、膝からきれいに崩れ落ちる。
「わっ、大丈夫かい?」
へたりこんだ彼女の元へ近寄ろうと、クシェルがベッドから飛び降りた。
途端、スヴァルトが光の速さで、顔を背けながら声を上げた。
「クシェル殿! その、せめて……下着を着ていただきたいのですが!」
「あ、ごめんよ」
そういえば、自分は全裸であった。
手遅れかと思いつつ、再度ブランケットを体に巻き付けている内に。
スヴァルトと同じく、真っ赤な顔になった巫女仲間が、這うように部屋を出て行った。
「クシェルが襲われたー!」
そんな絶叫が、遅れて聞こえて来た。
「襲われたって、心外だなぁ」
頭をかきつつ、クシェルがぽつり。記憶が正しいならば、最初に襲ったのは彼女の方なのだ。