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18:騎士団詰所へ

 以前聞いたことがあるのだが、サイジェント騎士団団長はラータの息子と友人であるという。いわゆる幼馴染のようだ。

 そんな、幼い頃から知っている騎士団団長に対して、ラータはどこか甘い。

 いや、おっかない顔に反して情に篤い彼女は、サイジェントの全ての住人に対して甘いのだが。


 だから今日も――

「あ? 出前だ? そんなサービス、ウチはやってないよ」

ふん、と鼻息を荒くして、ラータはぶっきらぼうに言った。しかしその後、団長から泣きつかれたのだろう。しかめっ面のままそれを聞いていたラータは結局、

「分かったよ……行ってやるから、大の大人が泣くんじゃないよ。全く、情けないったらありゃしない」

きれいに折れた。


 そうなるだろうな、と予想していたクシェルは、寸胴鍋からビーフシチューを皿によそいつつ、そっと笑った。

 ラータのお人好しなところが、クシェルは好きなのだ。


 シチューをメイリーナとエルロに給仕して、エプロンを脱ぐ。

 それと同時だった。ラータは受話器を戻し、ふうとため息。肩をすくめて、クシェルの方を見た。

「ごめんよ、クシェル」

「出前ですよね、いいですよ」

 電話の内容はほぼほぼ察していたので、(だく)とうなずく。


 うんざりと首の後ろを撫でつつも、ラータはてきぱきと、出前に使えそうな小さな鍋を用意。

「全く……出前はやってないって言うのにさ……」

「無理、通されちゃったんですね」

「忙しくて昨日から食べてないって、泣きつかれるとねぇ……」

「ああ、それは仕方ない」


 幼い頃から知っている、息子の友人の泣き落とし。心優しいラータであれば、十中八九落ちるに決まっている。


「悪いけど、ちょっと行ってくれるかい?」

「もちろんです」

 買い出しへ行く際に使っている、蓋つきのバスケットを、クシェルは引っ張り出して来た。小鍋に入ったシチューと、皿に盛り付けられたパンをその中へ収める。もちろん、スプーンも忘れない。


「それじゃあ、ラータさん。行ってきますね」

「ああ、すまないね。頼んだよ」


 バスケットを両手で携え、店を出ようとしたクシェルを、メイリーナが大声で呼び止めた。

「お姉さま! わたくしも参りますわ!」

「いやいや、ご飯食べときなさいよ」

「ご安心くださいな! もう食べましたわ!」


 空っぽになった皿を、メイリーナは嬉々として掲げた。左頬には、ビーフシチューのお肉のかけらがついていた。

 ちなみにエルロはまだ、目を白黒させてパンをむさぼっている。


「早食いか。淑女としてどうなんだい?」

「早食いではなく、手際がよいと、仰ってくださいな」

「物は言いようだね。そこまでして、何でついて来るんだい?」

「だって田舎騎士の職場に行くのでしょう? お姉さまの護衛の素行を知るのは、わたくしの役目ですわ」

「なんだいそれ」


 呆れてつい笑うも、妹が一度言ったら聞かないことは、よくよく知っているので。

 申し訳ないなと思いつつ、クシェルは未だ咀嚼中のエルロへ声をかける。

「エルロ、車を出してもらってもいいかな? メイリーナのドレスと靴じゃ、歩くのに不向きだしね」

 妹の真っ白なドレスと、ヒールの高いブーツをしげしげ眺めて、彼にそう頼んだ。パンをめいっぱい口の中に詰め込みながら、エルロはもごもご、とうなずいた。


「かしこまりました! でも、パン飲み込むまで待ってて下さいね」

と、言っているようだ。

「うん、待つよ。無理言ってごめんよ」

 クシェルもこくりとうなずき、彼が食べ終わるのを待つ。


 大きく喉を動かしてパンを飲み込み、次いで水を流し込んだところで、エルロはせわしなく席を立った。そして、小走りで外へ出て行く。


 そこからしばし待って、クシェルとメイリーナも外へ出る。

 主と同じく、頬にパンくずをくっつけたままのエルロが、(うやうや)しく後部座席のドアを開けて待っていた。


「お嬢様、クシェル様、お待たせしました」

「エルロ、お口の周りが賑やかでしてよ」

 呆れ顔で指さすメイリーナの頬を、クシェルがそっと撫でた。


「君のほっぺも賑やかだよ」

「あら、ごめんなさい」

 ポッと頬を赤らめた彼女に、そっと笑いつつ、クシェルは車に乗り込んだ。


 そしてエルロの運転する車で、騎士団詰所へ向かった。


 街の北側にそびえ立つ、旧領主館がそれである。真っ白な石造りで、大きな箱のような印象を受ける建物だ。塀も高く、物々しい。

 しかし中にいるのが、井戸端会議が大好きな、気のいい連中だと知っているので。どことなく、愉快でちぐはぐな印象を受けた。


 門前で警備中だった騎士に、団長へのランチの配達に来た旨を告げる。

 年若い騎士は、食堂の店員と白いドレスの令嬢と、そのお付きらしき青年という謎の取り合わせに、目を丸くした。


「……あー、えっと、マルツ亭の人、ですよね……?」

 代表して、クシェルがうなずく。

「はい。後ろの二人は単なる付き添いですので、お気になさらず」

「はあ……団長は、あっちの西館の二階奥です」

「ありがとうございます」


 礼を述べて、道を開けてくれた騎士の前を通る。メイリーナも華麗に微笑んでその後に続き、エルロも意味なく会釈をしながら、しんがりを進んだ。


「あれが噂の、スヴァルトの嫁と義妹たちか……」

 三人を見送り、ぽつりと騎士が言った。幸か不幸かその言葉は、三人には届かなかった。

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