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13:おいくつですか

 本屋までの道すがら、手をつないで歩く。

 夏が近づきつつある季節だが、スヴァルトが木陰を選んで歩いてくれる。おかげで、思ったよりも暑さは酷くなかった。


「ここです」

 濃緑色の壁面をした、ショーウィンドウに有名作家の新刊を飾っている店の前で、スヴァルトは足を止めた。クシェルもそれにならう。

 恐らく個人経営なのだろう。店舗は王都にあるような書店と比べると、比較的小さい。


老舗(しにせ)っぽいな」

「ご明察です。小さいながらも、品ぞろえはいいですよ」

「常連客の君が言うなら、間違いないな」

 スヴァルトの太鼓判にクシェルが全幅の信頼を置くと、彼も口角を持ち上げた。


 カランカラン、とドアの上部に設置されたベルを鳴らして、薄暗い店内に入る。

 中はひんやりとしていた。素肌にまとわりつく熱気が薄れ、心地いい。

 入り口横のカウンターでうたたねをしていた老店主が、薄っすらと目を開けて、いらっしゃいと小声で言った。クシェルとスヴァルトは、彼の方へ会釈して歩を進める。


「さて、どんな本がご希望ですか?」

「小説かな。学がないから、小難しい本は勘弁だ」

 巫女としてもちろん、教育は受けている。しかし最低限のものであるので、いかにも頭の良さそうなスヴァルト基準で本を選ばれると、恐らく困るだろう。


「分かりました。では、こちらへ」

 クシェルの卑下(ひげ)を笑うでもなく、静かにうなずき受け止めて、スヴァルトは小説コーナーへ迷わず進む。


 ある作家の作品が並んだ書棚で、彼は足を止めた。つないでいた手を離し、一冊の本を抜き取る。

 手が離れたことに、幾ばくかの残念さを覚えたクシェルだったが。それは顔には出さず、代わりに差し出された本の表紙を見た。


「『黒いドレス殺人事件』――推理小説か?」

「はい。とある地方騎士団の騎士コンビが主人公の、長編小説です。騎士という職業についても詳細に調べられていますし、もちろん展開もトリックも面白いので、お勧めですよ」

 饒舌(じょうぜつ)な語りが、お勧め具合を物語っている。


 いつになく活き活きとした彼の姿が面白くて、クシェルはしげしげと彼を見上げた。

「意外だな。君が大衆娯楽小説を読むなんて」

「そうですか?」

「もっと堅苦しい、芸術的な本を読んでるのかと思ってた」


 眉間と言わず、鷲鼻にもしわを寄せて、スヴァルトはしかめっ面になる。怒った、というよりも、堅苦しい小説への苦手意識がそうさせているようだ。


「残念ながら、そこまで真面目人間ではありませんよ。そういう小難しい本を読むと、眠くなりますし」

 その辺の感覚は、クシェルに近いようだ。親近感を覚える。


「そうなのか。でも、君は自分で思ってるより、真面目だと思うよ」

「そう、でしょうか?」

「ああ。普通は買い物に付き合ってくれるのに、お店の下調べなんてしないよ」

「そこは、やりたくてやったので」

「うん。でも助かったよ、ありがとう」

「いえ……」


 ニッと笑いかけると、彼の頬がうっすら赤らんで、視線が斜め下にずれる。

 要所要所で、彼は仕草が可愛らしいのだ。思わず、オールバックを存分にかき回して、可愛がりたい衝動に駆られる。


 他にも一冊、同じ騎士コンビが主人公の『氷の嘲笑殺人事件』なる本も購入し、店を出た。

 なお、それらの本は当然といった顔で、スヴァルトが持っている。


「話が違うぞ。私が持つんじゃなかったのか」

 お姫様扱いがむずがゆく、つい唇をすぼめる。

 しかしスヴァルトは、涼しげな表情のままだ。

「本を持て、とは一言も言っていませんよ」

詭弁(きべん)だ」


 半眼で抵抗するも、本は渡してもらえなかった。代わりにスヴァルトは苦笑する。

「自分の方が力があるんですから、これは普通ですよ」

「むう……」


 腕力を持ち出されると、反論しようがなかった。クシェルなんて、あっという間に()されてしまう差があるのだから。


 結局彼から本も服も奪い返せず、次の目的地であるカフェに到着した。


 そこでもなんてことない話を広げ、スヴァルトが騎士団詰所にほど近い、小さなアパートを間借りしているということを知った。自炊も頑張っているらしい。

 クシェルもラータに教わりながら、料理を頑張っていると報告する。


 カフェを出た後も幾つか店を冷やかし、その足で駐車場に向かった。

 スヴァルトは、バイクのサイドバッグに商品を丁寧に入れて、クシェルも後方に乗せて、マルツ亭まで向かう。


「歩いてすぐそこじゃないか」

「歩けば十分以上かかります。バイクの方が効率的ですよ」

 どうも彼は過保護だな、とこの一日で実感した。

 だが、むずがゆくはあるものの、これまた不快ではない。思うに、押しつけがましくないからだろう。


 バイクでの行程は、五分もかからなかった。たしかに効率的だ。

 ようやく商品――今日初めて持つと、意外に重さがあった――を受け取ったクシェルは、姿勢を正して礼をする。


「今日はありがとう。買いたい物が全部買えたし、楽しかったよ」

「恐縮です」

 スヴァルトも真っ直ぐ背筋を伸ばし、眼鏡を押し上げる。


 次いで、じぃっとクシェルを見つめた。青い瞳の真剣な色に気付き、彼女は首をかしげる。

「どうしたんだい?」

「自分は本当は……クシェル殿がこちらに来られるまで、自暴自棄になっていました」

「え」


 思い返されるのは、再会した時の荒んだ印象。


 苦しげな表情で、スヴァルトは続ける。体の脇に降ろされた両手も、きつく握りしめられていた。

「貴女を傷つけ、退任に追い込んだ自分だけが、のうのうと騎士を続けられる……それなのに、自分から辞める勇気もなく。だから、そんな自分が嫌でした」

「そこまで気にしていたのか……ごめん」


 自分が酔って浅はかな行動をしたばかりに。

 うなだれると、即座に首を横に振られる。


「いえ、これは自分の心の問題です。それに昼間も申しましたが、謝罪は不要です」

「……そうだったな」

「ですが、これからは貴女の友人として、そして騎士として、その役目を精一杯果たす所存です」

 スヴァルトの目が、ますます厳しくなる。だが同時に、力強さもあった。


 どこまでも不器用で無骨な新しい友人に、クシェルはほんのりと微笑む。

「やっぱり君は真面目だよ」

 それも、馬鹿やクソがつく類の真面目さだ。


「それじゃあ私も君の友人として、サイジェントの住民として、スヴァルト君を頼りにするからな」

「ええ、全力で頼ってください」

 凛々しく、スヴァルトも微笑んだ。笑っていればいい男なのだ、彼は。


 残念ながらしかめっ面のような表情が多いため、だいぶ怖い印象を受ける。また、そんな表情のため老けても見える――とここまで考えて、クシェルは以前から気になっていたことを口にした。

「そういえば――」

 神殿での勤務歴は、クシェルの方が上だから。彼を「君」付けで呼んでいるけれど。

「スヴァルト君は、本当はいくつなんだい?」


 切れ長の目が、突然すぎる質問に丸くなった。かすかに首もひねられる。

「自分は、二十三ですが」

 見えない。二十代前半には、全くもって見えない。

 いや、前髪を下ろしていると、年相応なのだが。何を意固地になっているのか、彼はまず下ろさないのだ。


「思ったより若かったんだな。もっと年上の、三十ぐらいだと思ってたよ」

「そうでしたか。でも、老けているとよく言われます」

「だろうな!」

 思わず、力いっぱい同意してしまう。


 さすがに怒らせたか、と一瞬身構えるも、スヴァルトはきょとん、とまばたきしただけだった。

「やっぱりそうですか」

 続いてくすぐったそうに目を細め、照れ笑いを浮かべる。その表情は非常にあどけなく、確かにクシェルと年の近い青年のものだった。


 存外可愛い笑顔に、胸の内がかすかにざわついた。クシェルは意味もなく、ワンピースのしわを伸ばす。


 へどもどする彼女に気付かないのか、その笑顔のままスヴァルトは続けた。

「クシェル殿は、実年齢よりお若く見えますね」

「それもよく言われるよ」

「でも……その、可愛らしくていいと思います」


 思いがけない賛辞に、クシェルもはにかんだ。

「うん。ありがとう」

「あ、いえ……それでは、僕はこれで」

「うん、じゃあ、また明日」


 そのまま二人、笑顔で別れる。

 彼の意外な一面が見られて、クシェルは最後にも楽しい気持ちになった。


 デートというのも、いいものじゃないか。

 そんなことを考えながら夜、自室で本を読んだ。


 ただ彼が勧めてくれた本は、面白いのだがホラー要素も強く、夜の一人読みにはあまり向かなかった。

 はっきり言って、怖かったのだ。夜、ラータにトイレまで、付き合ってもらうほどには。

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