12:初手つなぎ
昼食後、噴水広場の近くに戻って、目当ての服屋へ向かった。
この店をスヴァルトに勧めてくれた女性は、かなりのお洒落さんであったようだ。店内に所狭しと陳列されている服は、どれも可愛かった。おまけに質もいい。
ただ値段は、若干ブサイクかつ生意気であるが。
クシェルは巫女時代の貯金を有効活用し、ブラウスやスカート、ワンピース等を何着か購入する。
「女性の買い物は長いと伺っていたのですが、即決ですね」
手早く試着をし、さっさと購入したクシェルの背中に、感心混じりのスヴァルトの声がぽつり、と聞こえた。
店員からお釣りを受け取りながら、クシェルは彼の方を振り返る。歯を見せて笑った。
「悩んだら、買うようにしているんだ」
「買わない、ではないのですね」
「買った後悔より、買わなかった後悔の方が後を引くからね」
「なるほど」
しみじみとうなずいた彼は、店員が紙袋に入れた商品を、実に自然に請け負った。
クシェルが大きな目をまたたく。
「どうして君が持つんだ?」
「騎士としての気遣いです」
「しかし私の買い物だよ」
「この後、本も買うんです。身軽な方がいいでしょう?」
そんな風に彼女を言いくるめ、スヴァルトはさっさと店を出た。釈然としないものを覚えながらも、クシェルもそれに続く。
小走りで彼を追いかけ、隣に並んだ。
「本屋は近いのかい?」
「ええ、すぐそこですよ」
「ところで、話は変わるんだがね」
「なんでしょうか?」
少し身構えるように、スヴァルトが薄い唇を引き結ぶ。
「スヴァルト君は女性の扱いに、結構慣れているのかい?」
荷物を受け取る流れが、実に自然であった。案外タラシかもしれない。バカ王子と同類なのだろうか。
「いえ、それは全く」
悲しい否定が、即座にあった。ちろり、とスヴァルトの青い目が、クシェルを見る。
「自分がモテるように見えますか?」
「いや、全然」
こちらも即答である。すると、ちょっとスヴァルトににらまれた。眼光の鋭さが、普段の三割増しである。
その眼力に気付かないふりをして、そっぽを向いた。口笛も吹く。
あんまりなわざとらしさに、スヴァルトはかすかに笑った。
「クシェルさんは、ごまかすのが下手ですね」
「……正直者なんで」
「ああ、たしかにそうですね」
褒めているのか、けなしているのか。真意をうかがうために見上げると、先程のクシェルよろしくそっぽを向かれた。口笛も吹かれる。なかなか上手だ。
つまりは、ちょっと小馬鹿にしたわけか。
「君も結構、いい性格してるじゃないか」
「恐れ入ります」
そのまま、含み笑いをもらしながら、無言で歩く。
サイジェントの住人は、みな気安い。
だから連れ立って歩く二人にも、道行く人が声をかけて来る。
おもちゃの剣を持って走り回る子供が、手を振って来た。
「騎士さんこんにちはー」
「はい、こんにちは」
子供にも、スヴァルトは折り目正しく応えた。
クシェルも子供たちに、手を振ってやる。すると嬉しそうに笑って、一層手をぶんぶん振ってくれた。脱臼しないだろうか、とクシェルは要らぬ心配をしてしまう。
以前車に乗せてもらった常連客のおじさんが、買い物袋を抱えて前方から歩いて来た。途中でクシェルに気付いて、足を止める。
「よお、お嬢ちゃん。今日は騎士さんとデートかい?」
彼女が答えるより早く、スヴァルトが反応した。
「街の案内をしております」
くい、と眼鏡を持ち上げるクソ真面目な彼に、クシェルはくすり。
「本屋まで、案内してもらってるんです」
「そうかそうか。若いのに、なんか健全だなぁ」
豪快に笑ったおじさんは、自分の顔を指さした。
「お嬢ちゃん。飲み屋のことが知りたかったら、俺にも訊いてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
酒にはまだ警戒心が残るも、その優しさはありがたかった。素直に礼を言う。
そこで前方から、車が走って来た。スピードも出ている。クシェルは車を見据えながら、一歩後方に下がろうとして――
「クシェルさん、そっちは水路ですよ」
道路脇の水路に落ちかけた彼女の手を握り、スヴァルトがやんわり引き寄せる。
水路は幅も水深もあるため、大人でも難なく落ちてしまうのだ。実際、年に何度か、転落事故も起きているという。
「あ、ごめん……」
ぼんやりと答えながら、クシェルは足を止めて棒立ちになった。
自分の手を包む温かな感触に、びっくりしていたのだ。
そういえば、スヴァルトに手を握られたことなど初めて――いや、そもそも、異性に手を握られたことが初だ。
思わずじっと、つながれている手を見つめる。
不躾とも言える視線に、スヴァルトも当然気付いた。眉間のしわが濃くなって、彼は慌てる。
「す、すみません! 無礼な真似を!」
「いやいや、そんなことないよ。ありがとう」
妙な心持ちであったが、嫌ではなかった。それどころかもう少し、つないでいたかった。
だからクシェルは、つながった手を握り返す。途端、びっくりしたように、スヴァルトの鋭い目が丸くなった。
拒まれるだろうか、手を振り払われるだろうか。横目に彼をうかがいながら、クシェルは黙って待つ。
しかし、拒まれることはなかった。
「……その、店はすぐそこ、です」
ややぎこちなく、スヴァルトが歩みを再開した。うん、とクシェルもうなずいて、一緒に歩き始める。