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11:謝り合い

 彼が案内してくれたその店は、一言で表現するなら「可愛い」であった。


 どこか丸みを帯びた外観は、まるで絵本の挿絵に出て来そうな雰囲気を醸し出している。

 店内も淡い黄色の壁紙に、精緻(せいち)な刺繍で縁取りされたテーブルクロス、壁面にかけられた優しい色使いの絵と、隅々まで愛らしさで統一されていた。

 また壁をくり抜いた作り付け棚には、その雰囲気にぴったりの、妖精たちの人形や花々も飾られている。


 その店にあって、モノクロームのスヴァルトは若干浮いている。

 本人も、普段こんな店に足を踏み入れないのだろう。きょろきょろと、どこか落ち着きない。


 彼に椅子を引いてもらい、着席したクシェルも物珍しげにぐるりと見渡す。

「可愛いお店だね。こんなお店、誰に教えてもらったんだい?」

 ご近所の女性だろうか、と考えながら問う。向かいの席に座って、スヴァルトは銀ぶち眼鏡を持ち上げた。


「ハザフ先輩と、団長に教えていただきました」

「意外すぎる。デートとかで使ったのかな?」

「いえ――」

 スヴァルトは付箋を頼りにメモ帳を開きながら、そこに書かれていた一文を読み上げる。


「『外観からは想像できないが、どの食事もボリュームがあり、しかも比較的良心的な価格のため、男性にもお勧め』とのことです」

「なるほど。推薦理由はとても真っ当だな」

 騎士たちは、言わずもがな肉体労働を行っている。そのため揃って皆、大食漢なのだ。


 そこで年嵩(としかさ)の店員が、注文を取りに来た。

 クシェルは単品のパスタとレモネードを、スヴァルトはパスタにサラダとスープとパンの付いたセットを注文する。パスタは大盛りに変更しており、飲み物はカフェオレだった。


 頬杖をついて、クシェルのどんぐり眼が意外そうに、スヴァルトの三白眼を見つめる。

「意外だ。ブラックコーヒーを飲むのかと思った」

「眠気覚ましでもない限り、飲みませんね。苦いですし」

「ひょっとして甘党なのかな?」


 彼女の問いに、あごを撫でながらスヴァルトは黙考。

「言われてみれば……割と、そうですね」

「それじゃあデザートも付けるかい?」

「いえ、タルトが美味しいカフェも調べておりますので。クシェル殿さえ、甘い物がお嫌でなければ」

「用意周到だ。私も甘い物は好きだよ」


 そう言えば、お互いの趣味や嗜好について言葉を交わすのは、これが初めてかもしれない。

 神殿にいた頃は、当たり障りのない天気や体調の話や、巫女の仕事である式典や儀式の打ち合わせが、話題のほとんどを占めていた。


 ああ、神殿を出たんだなぁ、と妙なところで感慨深い気持ちになる。

 だからデートもしているのだ、と遅れて思い出した。


 思い出すと途端、少しむずがゆい心境になった。感慨にふけっていた時、呆けた顔をさらしていなかっただろうか、とも気になりだす。


 幸い、スヴァルトには呆れたり、引いたりしている様子はない。

 むしろ、メモ帳をじっくり読み返していた。


 ページをくりながら、眼鏡のレンズ越しにクシェルを見る。

「クシェル殿は、気になる場所や、買いたいものなどはありませんか?」

「そうだなぁ……私服がないから、ちょっと見たいかも」

「分かりました。騎士団の事務方お勧めの店舗を、把握済みです」


 抜かりなしであった。さすがは、文武両道が求められる聖騎士にまで登り詰めた男。

 ただ、そこもクシェルとの騒動のせいで、左遷されたのだが。


「――あのさ、スヴァルト君」

「どうされました?」

「今更だけど、その……あの夜はごめんね?」


 背中を丸め、気恥ずかしさから小さな声で謝罪をした。遅すぎる気もしたが、うやむやのまま言わずに終わるのは、もっと(しゃく)だった。


 表情を見失った顔でそれを聞いたスヴァルトは、一拍遅れで顔を真っ赤にした。青い瞳が、思い切り左右に揺れ動く。


「いえ、そんな……! 貴女に謝っていただくようなことは、何も……むしろ、僕はただ、その、いい思いをしたと言いますか……僕の方こそ、その――」

「や、君は謝らなくていいから」

「でしたら、クシェル殿こそ謝罪は不要です」


 手を突き出して謝罪を拒絶するクシェルに、険しい顔に戻ったスヴァルトも首を振る。


 不毛だな、とお互い同時に思った。

 クシェルは手を下ろし、スヴァルトは肩の力を抜く。


「……お互い、謝罪はこれきりにしようか」

「そう、ですね……悪い悪くないの、水掛け論になってしまいますね」

「だな。よし、この話はこれまでだ」

「はい」

 顔を見合わせ、二人で気の抜けた笑いを浮かべる。


「――ところで話を戻しますが、服以外で気になるものはありますか?」

「うーん……」

 クシェルは腕を組み、小さく唸る。


 身の回りの品は、ラータが事前に準備してくれていたこともあり、ほぼ揃っている。

 特に生活には困っていない。

 となると、もう一歩踏み込んだものか。

「本が、ちょっと見たいかもしれない」


 夜、寝るまでの間に、自宅ですることが少ないのだ。

 中古のラジオはラータから貰っているし、居間に行けばラータと話せるので、そこまで気にもしていないのだが。

 だが、自室での時間が更に豊かなものになれば、きっと楽しいだろう。


 クシェルの要望に、スヴァルトはメモ帳を閉じた。代わりに身を乗り出して、彼女へ提案する。

「でしたら、自分がよく行く本屋があります。そちらはいかがです?」


 完全に眼鏡由来なのだが、スヴァルトは本が好きそうな空気を醸し出している。

 そんな彼行きつけの店なら、期待できるだろう。クシェルも素直にうなずいた。


「ぜひ、お願いするよ。あと、あまり本は読まないから、お勧めも教えてくれると助かるな」

「心得ました」

 スヴァルトの口角が持ち上がった。

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