10:モノクローム系男子
スヴァルトとの待ち合わせ場所は、街の中心である噴水広場だった。
ここでは毎日、市場が開かれている。そのため、のどかで穏やかなサイジェントにおいても、一際活気満ち溢れる区画なのだ。
店からほど近い場所であるため、徒歩で向かう。
ラータから素敵な服を譲られた――なんとくれたのだ、太っ腹である――ので、気分も上向きだった。足取りも軽くなる。
またラータに語った通り、スヴァルトのことは嫌いではなかった。酔っていたとはいえ、曲がりなりにも関係を結んだ間柄だ。嫌いであるはずがない。
最低限の言葉を交わす程度の知人であったが、彼は常に礼儀正しかった。
また巫女にも、巫女見習いにも、神殿の職員にも、変わらず低姿勢で接する様には、見ていて好感を覚えたものだ。
だから彼と、これから長く暮らすであろう街を散策する――その行為自体も、それなりに楽しみではあった。
「スヴァルト君のことだ。時間前に絶対来てるだろうな」
途中でつい、そんな独り言を口にした。
そして彼女の予想通り。
待ち合わせ時間の十分前に、噴水前に到着したというのに、すでにスヴァルトの姿があった。さすがはクソ真面目だ。
噴水を背に、ぴしりと背筋を伸ばして立つ姿は、私服でも騎士然としていた。
マルツ亭で再会した時は、ずいぶんとくたびれて見えたが。今は肌にも艶があるし、どこか活き活きとしている。あの時は激務だったのだろうか。
なお私服は、白いシャツに黒のズボンというモノトーンな出で立ちで、彼らしいと言えば実にらしい。
平日と同じように、後ろへ撫でつけられた髪も黒、眼鏡も銀ぶちなので、まるで昔の白黒映画から飛び出して来たかのような印象を受ける。
その中で、青い瞳だけが色を持っていた。
と、その目が、早足で噴水へ向かうクシェルを見つける。
険しい表情が、ほんの少し和らいだ。彼も小走りになって、クシェルを迎えに出た。
「おはようございます、クシェル殿」
「うん、おはよう」
「休日にもかかわらず、お付き合いいただきありがとうございます」
「いやいや。こっちこそ、休日合わせてくれてありがとう」
目の前で立ち止まり、そう言って彼を見上げると。
ぽかん、とスヴァルトは間抜けな顔になっていた。その腑抜けた顔のまま、じっとクシェルを見つめて来る。
居心地の悪さに、彼女はわずかに身じろいだ。
「どうしたんだい?」
尋ねられ、スヴァルトも我に返る。ほんのり頬を染め、視線を横にずらした。
「あ、いえ、その……そういう服も、お似合いだと思ったので」
「ああ、これ? ありがとう、ラータさんから貰ったんだ」
赤いワンピースの裾を持ち上げて、クシェルは笑った。そして今度は彼女が、しげしげスヴァルトを眺める。
「スヴァルト君は、なんというか、予想通りの格好だな。君が派手派手な服を着ている姿は、ちょっと想像できない」
「それ、よく言われます」
視線をクシェルに戻して、スヴァルトは引き結んでいた口元を緩めた。
「だろうな。でも似合ってるよ」
「恐縮です」
折り目正しく頭を下げた後、彼はポケットからメモ帳を取り出した。付箋が何枚も貼り付けられている、使い込まれたメモ帳だった。
「これは?」
「自分もこの街の生まれではないので、古参の諸先輩方からお勧めのお店などを訊き、まとめて参りました」
ふ、とクシェルの口元が緩む。
「真面目だなぁ。そこまでしなくても」
「いえ、クシェル殿に楽しんでいただくためですから」
くい、と眼鏡を持ち上げて、凛々しく言い切る。その自信満々な他力本願の姿に、クシェルは再度噴き出した。
「それで、この街を網羅してくれた君は、どこに連れて行ってくれるんだい?」
「そろそろお昼時ですし、昼食はいかがですか?」
「いいね。お店はどこだい?」
「旧市街の方です。少し距離がありますから、バイクで向かいましょう」
「バイク乗れるんだ」
「嗜み程度ですが」
どんな嗜みなんだ、と思い、クシェルはまた笑う。
噴水からほど近い場所に、これまた黒塗りのバイクが停まっていた。
クシェルはもちろん、バイクに乗るなど始めてだ。その体感速度に驚き、また運転手であるスヴァルトに引っ付かねばならないことに若干照れたものの、事故にも遭わず目的地に着いた。
古めかしい石造りの家々が建ち並ぶ、旧市街地の裏路地に、スヴァルトが調べた店はあった。