98 力を合わせて
私とジェーンはヴィノクールの住居の階にある、崩壊した壁の近くに着いた。壁は騎士たちの修復作業もあって、殆ど塞がっている状態で、隙間から水が流れ込んでいる。
その前で、騎士と、何故かタール隊の兵士が、剣を交えていた。彼らには爆破を頼んだが、侵入して戦えとまでは言っていない。その中に一際身体の大きな騎士が、ライダースーツの兵を突き飛ばしたのが見えた。あれはヴァルガだ。
「ヴァルガ!」
騎士は振り返った。
「やはりお前か、キルディア。」
名前がバレているのは、きっとあの放送のせいだろう。私は苦笑いしつつ、応えた。
「ヴァルガ……降参しないのなら、やるしかない。」
「はっはっは!」
大きな笑い声に、周りで戦っていた兵士達が、我々の存在に気付いて動きを止めた。すると気付いたタール達が、逃げるように私たちの方まで走ってきた。
「馬鹿め!降参など「ごめんキルディア、爆破した時に穴に吸い込まれちまってよ!あれよあれよと言う間に、俺たちは吸い込まれて、こん中に入っちまっていた!水流も計算しておくべきだったな!もう少し来るのが遅かったら、俺たちは降参してた。ああ!良かったよ早めにきてくれて!タマラステップっていう伝統的なダンスで、あいつらの攻撃を避けられるのも時間の問題だった!本当に良かったよ!」
ヴァルガのセリフを遮ってしまったタールは、何も悪びれる様子もなく私にそう告げると、私の隊と合流した。そうだったのね、敢えて侵入したのではなかったのね。私はタールに小声で言った。
「だったら早々に援護要請してよ。」
「ごめん。そんな暇なかったんだよ。」
「……降参など、」
さっきよりも声のトーンを落としたヴァルガが、続きを話し出した。私は彼のほうを向いた。ヴァルガは、剣を構えた。
「レジスタンスに降参など出来る騎士は、本物の騎士では無い。例え苦境とあろうが、帝国の為に最後まで戦う、それが騎士だ。皆!かかれ!」
ヴァルガの号令に、騎士団の剣兵や魔術兵が、こちらに攻撃を開始した。私は叫んだ。
「今です!お願いします!」
「おう!ヴィノの激流を喰らえ!」
私の背後にいた青いローブの集団が、一斉に水属性の魔術を繰り出した。浸水している地面のおかげで、効果を増幅させた水の魔術が騎士団を襲い、いとも簡単に先鋒隊を蹴散らした。残りの騎士達もかかって来ようとしたが、ヴァルガが止めた。
「もう良い、分かった……。なるほど、湖畔ではスナイパー、地下から大軍、誤報だかなんだか知らんが、水を敢えてこの地に入れて、我々を混乱させ、ヴィノの連中の力も増強させたか。」
私の隣に立っているジェーンが、腕を組んで答えた。
「説明する手間が省けたようですね。もう他の兵は続々と投降しておりますよ。騎士であってもこの状況です、我々は不必要に傷付けようとは考えておりません。あなた方はどうお考えでしょうか?」
ジェーンの言葉に、ヴァルガの傍にいた兵士が騒つき始めた。ヴァルガは自分の兵達を見て、答えた。
「お前ら……。怖気付いたか?投降したければしろ。しかし、俺は投降などするものか。俺の帝国への忠義は、その程度では無い!おいキルディア、俺と戦え!」
ヴァルガは私を指差した。
「ん?……何処のどいつに腕を取られたか知らんが、残っている腕と足は俺がもぎとってやる!行くぞ!」
ヴァルガが剣を腰から抜いて、私に向かって突撃してきた。私は近くの民家の屋根の上に登った。ヴァルガも後を追ってくる。剣など持っていない私は、屋根の上で拳を構えた。私の様子を見たヴァルガは、何故か首を傾げた。
「お前、武器も無しに俺に向かってくるか?面白い。」
すると、何故かヴァルガは剣を鞘にしまった。私は戸惑った。
「ど、どうして?」
「武器を持たない奴と、武器を使って戦って、何が楽しい。俺は例え死ぬまで、ルミネラの騎士であり続けたい。」
なるほど……ヴァルガの信念はさすが、騎士団長たる人間のものだと思えた。建物の下ではヴァルガの部下や、連合の皆、それにジェーンが我々を見つめている。私は覚悟を決めたヴァルガに向かって、また拳を構えた。ヴァルガは言った。
「戦え。」
「はい、行きます。」
ヴァルガがこちらに向かって飛んで、一気に間合いを詰めた。私はまっすぐ飛んできたヴァルガの拳を避けると、カウンターの一撃を浴びせようとした。しかしヴァルガは私のツールアームの拳を、手のひらでガシッと受け止めた。
「これで俺に攻撃できると思ったか?このオモチャの拳、俺には通用しない!」
私の顔は怒りで一気に歪んだ。
「これは!これは私のジェーンが作ってくれた拳だ!」
左手で殴るフリをして、ヴァルガが避けようとしたところを、ヴァルガの喉に向けて、自由になったツールアームの拳を放った。それは命中した。
「ぐっ!これしき!」
次の瞬間、私はお腹に鈍い痛みを覚えた。
「う!」
私のお腹に彼の膝が当たっていた。騎士の装備でニープロテクターに棘が付いている。それが刺さった。腹筋に力を入れて、意識を手放さないようにする。私は歯を食いしばって、飛んできたヴァルガの拳を、手のひらで受け流した後に、彼の膝を蹴った。
「があああ!貴様!」
ヴァルガが私の方へ手のひらを向けて、炎の弾を放った。咄嗟に両手で壁を作って受け止めたが、その衝撃で、空中を飛んでしまった。
「……ぐ!」
なんとか皆がいる通路に受け身をとって着地して、しゃがんだ。立ち上がろうとするが、落下した衝撃で肺が痛み、反応が遅れた。悔しいことに、まだ本調子ではなかった。ヴァルガが私の前に飛んできて、着地した。
「どうした、その程度か?」
私は何とか立とうとするが、身体は何か、私の知らないところで限界がきているのか、プルプルと震えるばかりで、うまく動かない。その時、誰かが背後に駆けつけたような足音がたくさん聞こえた。すぐに声がした。
「ヴァルガ!……センリは俺が討ち取った!奴は捕虜だ!」
クラースさんの声だ。ヴァルガはじっと私の後ろの方を見た。
「そうか、センリ……変人だったが、いい奴だったな……うおおおおお!」
ヴァルガは両拳を握って天に叫び、力を貯め始めた。彼の炎が彼の両手を包んでいる。そしてヴァルガは両手を天に掲げ、炎の魔法陣を繰り出した。それはすぐに巨大な炎の塊になった。
「くらええええ!俺の炎をおおおお!」
「危ない!」
ヴァルガは私に向かって、炎の塊を飛ばしてきた。これは避けきれない。
しかし私の前に巨大な水の防御壁が出現して、炎の塊は砕けた。
「キルディア!」
ヴィノクールの魔術集団の皆が、私を守るために、それを出してくれていた。怒りに狂うヴァルガは、何度もその壁に向かって、炎の塊を作り出しては打ち込んでいる。
そのうちに、水の防御壁が不安定に揺れ始めた。保って、あと少しかもしれない。しかし、私は今、漸く立ち上がる事が出来たばかりだ。すると後ろに誰かが走ってきた。振り返らなくても誰だか分かった。馬の蹄のようなクリアな足音、これはジェーンだろう。
「キルディア!ツールアームの赤いボタンを押してください!試作段階ですが、あなたも本調子では無いはず。もうそれしか手段はありません!」
「ジェーン、ここに居てはダメだ!危ないから元の場所に戻って!」
「何を言いますか!この作業には私が必要不可欠です。もし間に合わないのなら、二人で仲良く死にましょう。さあ早く!」
「ばか……。」
ジェーンの好きにさせることにした。左手で、ツールアームの手首にある赤いボタンを探して押した。すると、右手からどんどんと次々にパーツが溢れ出てきたのだ。変次元装置を利用しているらしい。何これは、何なのこれは、と疑問に思っているうちに、私の右手は大きな砲口に変わっていた。
「な、何コレェ!?」
「こんな事があろうかと、戯れに、いえ真面目に付けたオプションです。チャージします!」
「え?え?オプション!?」
ジェーンは砲口化した私の右手の肘に、カチッと彼の銃剣をセットした。
「行きます!チャージ!」
と、ジェーンの銃剣から滝のような勢いで、オーロラ色の、光属性の魔力がチャージされ始めた。へえ……ジェーンって光属性だったんだ。ウィーンと、レールガンのチャージ音に似た音が響いた。そしてそれはすぐに溜まったようだ。
「……はあ、はあ。もう限界です。さあどうぞ。」
「どうぞって何?どうするの?」
「とにかく対象物に向かって、放ってください!早く……!」
確かに、目の前の水の防御壁は、今にも壊れそうだ。我々の動きを見ていた新光騎士団の兵士が、ヴァルガを守るために我々に向かってきたが、タール達が応戦して守ってくれた。色々と時間がない。その奥で炎を放ち続けるヴァルガに向かって、光り輝く右手を向けた。
「おおお!いけええええ!」
超高出力の光属性のビームが放たれた。金属音のような、やはりレールキャノンのようなキーンとした音が、かなりうるさい。光はヴァルガの方でドォンと爆発してから、放出は収まったが、砂埃で前が見えない。
誰かが私の足にしがみついているが、多分ジェーンだろう。彼のメットを左手でポンと撫でた。少しして煙が収まってくると、前方でヴァルガが、ぐったりと仰向けで倒れているのが見えた。微かに腕が動いている、まだ立ち上がりたいようだ。
「お……やった?やったのかも。」
私はヴァルガの息を確認する為に、近付こうとした。しかし突然、近くで何者かに煙幕が巻かれた。水色の煙で周りが全く見えない中、私は背中に気配を感じた。
「キルディア、一生許さない。お前のことを必ず殺す。」
振り向いたが誰も居なかった。この声は明らかに、あの火山の時に居た女騎士、シルヴァのものだった。煙幕が落ち着いた頃には、ヴァルガの姿と、新光騎士団の兵士の姿は無かった。そしてジェーンが私の腕を抱いている。
「今の声は……シルヴァのものでしたね。」
「聞いてた?うん、きっとヴァルガ達を回収したのだろう。それでもうここに居ないのなら、今は取り敢えず良いけど。」
私たちはその後も警戒をしながら、ヴィノクールの街を見て回ったが、投降した騎士以外は、新光騎士団の姿は無かった。地下にいたはずのトレバーという補佐官、彼も消えていたことが分かった。
だが今となっては、この地を取り返せたことが大きい。住居の階で、皆が集まった。皆はもうフルフェイスのメットを取っている。
「もう誰も居ないみたいだね。」
ジェーンが頷いた。
「はい、我々の勝利です。ヴィノクールを取り戻しました。」
「おおおおおおお!」
ヴィノクールの街が歓喜の声で溢れた。皆は抱き合って喜んでいる。私も隣に居たジェーンや、クラースさん、ジェームスさん、スコピオ博士、それから後で合流してきた地上班のリンや、ゲイル達とも喜びを分かち合った。
ワイワイと盛り上がっている中、タールがスコピオ博士の背中を思いっきり叩いた。
「なんだよ!痛い!」
「おい!俺たちを褒めてくれよ!新光騎士団に見つからないように、水中爆弾で壁破壊するの大変だったんだからな!最後は穴に吸い込まれちゃってバレたけどよ……スコピオは何をしてたんだよ?え?」
「俺は、アレだよ……最下層で不測の事態に備えてたんだよ!俺も大変だったんだよ!」
「な~に言ってんだよ!このこの!」
「お!やんのか~!この~!」
二人はまた互いにツンツン合戦をし始めた。それやらなきゃ気が済まないのだろうか。周りの皆は彼らを見て笑っている。
ふとクラースさんを見ると、ライダースーツを半分脱いでいて、上半身が包帯まみれだった。私がじっと見ていると、クラースさんがこちらに気付いて、微笑みながら近付いてきた。
「キリー、すごかったな、あの砲撃。」
私は頭を掻きながら答えた。
「アレは私も驚いたよ……でもジェーンの魔力もかなり使うし、使い所が難しいよね。それよりもクラースさん、センリさんと戦ったんだね。」
私の考えていることが分かったのか、クラースさんは私の頭を軽く撫でてくれた。
「お前が気にすることでは無い。あの性格だ、いつかはこうなるかもしれないと思っていた。兄貴は強かったが、俺も守りたいものがあった。」
「え?」
「……いや、俺は許せなかった。何でもない。とにかくお前は気にするな。俺には俺の仲間が居る。人生を賭けて良いぐらいに大切な人だって居るんだ。お前もそうだろ?それが戦う理由だ。」
クラースさんはもう一度微笑んだ。私も微笑み返した。
「そうだね……、あとなんでそんなに包帯まみれなの?かなり怪我をした?」
「あ、ああ」クラースさんが自身の体を苦笑しながら見た。「これはケイトがしてくれたんだ。俺は別に、放っておけば治ると「放っておいてちゃんと治る訳ないでしょう!?背中に斬撃、お腹に打撃、あなた結構重傷だったのよ!?今回は私が居るのだから、キュアクリームがどうとか言わせないわよ!」
クラースさんはケイト先生にペチンと腰を叩かれた。それを見て、我々は笑った。




