96 静湖奔流戦
「さあ着きましたよ、キルディア、キルディア!」
多分、私は白目を向いている。石の冷たい感触が背後を支配している。ゆらゆらと、彼は私を揺さぶった。私が目を覚ますと、周りにいる皆が、私を囲むように見つめていた。真ん中で無表情をしているのはジェーンだ。
「ああ良かった、起きましたね。」
「着いたのか……水中都市……」
また気絶しそうになった私の体を、ジェーンが強く揺さぶってきたので、意識を取り戻すことが出来た。
「皆様、見ておりますよ。」
私はハッとして目を開き、立ち上がった。メットのボタンを押して、スモークのかかったシールドを収納した。
「お、おのれ……。ありがとうジェーン、皆もありがとう。よし、まずは住人達の保護を、ジェームスさん!」
この最下層の水場から、次々と仲間達が足場に上がってきている。川の中がどうだったか、全く覚えていないが、皆無事に着いたようだ。足場には何人かの騎士が倒れていた。ジェームスさんが皆を手招いて先導した。
「上の階へは、こちらから上がれます!きっと住人は地下四階の公共の階か、地下三階の住居の階に居るはずです!地下二階には隠れる場所も明かりもない、古代のままですから。」
「分かった、じゃあ最初に、一つ上の階の、地下四階に行こう!メットの暗視をオンにして。」
「おう!」
我々は最下層の階段を上がっていく。その階段は妙に暗かった。地上部隊がヴィノクールの陽の光を遮っているのだ。メットに付いている機能は、ミラー夫人がメーカーに付けるように頼んでくれたものだ。おかげで皆の姿も階段も、よく見える。
水の中にある遺跡だからか、足音がエコーしている。実際よりも人がたくさん居るかのようだった。すぐに我々は地下四階に着いた。
目の前には商店街、建物が軒を連ねている。静かに歩みを進めていると、遠くから微かに声が聞こえた気がした。しかしすぐに、近くで足音がした。人の気配がする。私は皆の前に立ち、しゃがみながら進んだ。後ろに続いているジェームスさんに、小声で聞いた。
「商店街の他に、公園もあるとか?」
「ええ、もう少し北にあります……ん?」
ジェームスさんが耳を澄ませる。私も同じく行動すると、遠くの方で赤ちゃんの泣き声が聞こえた。住人はこの階に居るようだ。
「あちらに行こう、ジェームスさん達はここで、ひとまず待機してください。」
「わかりました。」
私はその方角に向かい、建物の裏を静かに歩いた。ジェーンがすぐ後ろに付いてきたが、彼が銃剣を構え、しゃがんで進む姿が、まるで訓練を受けた射撃兵のようだった。驚いた私はつい、彼を見つめてしまった。彼が気付いた。
「何でしょうか、ジロジロ見て。」
「ああ、いや。いい動きするなと思って。」
「リンのゲームを参考にしています。」
私は聞かなかったことにした。商店街を抜けると、公園が見えた。芝生が美しい公園があり、その中央には、取り残されていた大勢の住人達がまとまって座っていた。
その周りには、たくさんの騎士がウロウロと辺りを警戒しながら立っている。彼らに指示を出している、片眼鏡の騎士には見覚えがあった。サウザンドリーフの時に、ヴァルガのそばに居た人、多分彼の補佐官だった。
ここは一気に畳み掛けないと、住人が人質に取られて危険だ。私はジェームスさんにある指示を出し、その間に私達も建物の後ろを縫うように進んで、出来るだけ公園に近付いた。物陰に隠れながら公園にいる住人の様子を伺う。そして私は、ジェームスさんにGOサインを出した。
カランと金属の落ちる音が商店街から響いた。
「敵か!?見てくる。」
数人の騎士が、商店街の中に入って行き、少しすると商店街から青い光が放たれた。公園にいる騎士達は商店街に意識がいっている。私は物陰から飛び出て、住人の周りにいる騎士の背後から、次々にツールアームの拳で襲い掛かった。
「れ、連合だ!グアア!」
そして片眼鏡の騎士にも飛びかかって殴ると、彼は地面に倒れた。私に続いて、クラースさん達も騎士に襲い掛かった。更に、スコピオ博士率いる電磁パルス組が、騎士達の周りに電磁波を発生させて、彼らがウォッフォンの機能を使えないようにした。
彼らはこの暗闇の中、公園の微かな明かりだけを頼りに戦わなくてはならなくなり、一人、また一人と、私は簡単に気絶させる事が出来た。その場にいた住人達は、真っ暗闇で発生している何かに対して、悲鳴か歓声か、よく分からない声を出していた。
暗闇の中、暗視スコープで辺りを確認すると、殆どの兵士が、もう倒れていた。数人残っていたが、闇雲に槍を振り回しているところを、クラースさんの戟の柄が後頭部にヒットして、地面に投げつけられるように倒れた。他も、クラースさんが素早く、全ての騎士を戦闘不能にした。
よし、もう大丈夫だろう。私はスコピオ博士にパルスを終了させるよう合図しようと思ったが、その時だった。パン、パンと、銃声が同時に鳴った。私の背後からだった。振り返ると、ジェーンが銃剣を構えてしゃがんでいたが、すぐに肩を押さえて、体勢を崩してしまった。
「ジェーン!?」
「大丈夫です……一人相殺しました。」
彼が指差した方を見ると、さっき私が倒したと思ったヴァルガの補佐官が、彼もまた肩を押さえて、痛みに呻きながら、地面に倒れていた。仕留めたつもりだったが、彼は私を撃つ機会を伺っていたようだ。ジェーンは私を庇ってくれていた。
私はその補佐官に近付いた。すぐにジェーンが私の腕を掴んで、阻止しようとしてきたが、私の怒りは収まらない。彼の手を振り解こうとしたが、それでジェーンが痛みに耐える声を出したので、ハッとした。
「……私は大丈夫です、防具もあり、弾は体に届いていません。撃たれた衝撃で痛みはしますが、彼の方は防具の隙間を縫って、撃ってしまいました。どうか手加減を。」
「そ、そんなこと出来るの……?」
防具の隙間って、一センチくらいしかないのに、そんなに正確な射撃が出来るようにまでなっていたなんて、一体どういう訓練をしたんだろう……。聞きたくはないけど。
「おお、すごいね、ジェーン。」
彼は立ち上がって言った。
「はい、これもリンに教わりました。今となっては、私は最高級エージェントですから。」
ゲームの世界の役職を言ってきた……。また聞かなかったことにして、私は意識のある、ヴァルガの補佐官の彼に聞いた。
「ヴァルガは何処にいる?」
彼は地面に倒れたまま、私を睨んだ。緑色の瞳で、真面目そうな、整った顔立ちの人だった。
「お前になんぞ話すか、国家の反逆者どもが!お前達のせいで、住人達は危険に晒されたんだ、決して許すわけにはいかぬ!」
「そうですか、」ジェーンが淡々とした様子で答えた。「住人達が危機に晒されていたのは、我々の責任だったとは、これは驚きですね。全くどの集団が、この場所を勝手に占領して、住人達を恐怖に陥れていたのでしょうか。話したくないと言うのなら、あなたのウォッフォンをハッキングして、情報を抜き取るしかありませんね。」
補佐官がジェーンを睨んだ。既に騎士達は手首を拘束バンドで縛られていて、公園の端っこにまとめられている。この地面に倒れたままの補佐官が何も話してくれないと言うのなら、ジェーンの言った通りにハッキングするしかないかな。そう思っていると、一人の住人の女性が私に近付いてきた。赤ちゃんを抱っこ紐で抱えている。
「すみません、私の聞いた話だと、ヴァルガ騎士団長は現在、地下三階にいます!南通路の外壁の修復作業にあたっている様です!」
私は皆に聞こえるように言った。
「分かりました、ありがとうございます!ならば住人の皆様は、今のうちに最下層に向かってください!もし騎士団が向かったら合図するので、その時はそのまま、ボンベで外へ逃げてください!」
私の言葉に住人の人々が立ち上がり始めた。そして商店街で交戦していたジェームスさん達が合流する時に、暗闇の中でジェームスさん達が魔法陣を出してくれて、まるで水族館にいるような、青色の光が公園を包んだ。海の中にいるようで、一瞬綺麗だったが、その考えは私を不安にさせたので、あまり深く考えないようにした。
魔法陣の光に見覚えあったのか、住人達はすぐに気付いて、その青い光の中で、互いに自分の家族を探し、再会を喜んだ。先程の赤ちゃんを抱っこしている女性と、魔術部隊の若い男性が、赤ちゃんを包むように抱き合った。じっとそれを見てしまった。だが、ここで時間を食うわけにもいかない。私は言った。
「さあ、皆さん最下層まで!」
スコピオ博士がこちらにやって来た。
「じゃあ俺も地下に行くよ!もし新光騎士団が迫って来たら、俺たちが住人にボンベを付けないといけないからな。それに捕虜だって、パルスの中なら通信出来ないだろ、な?」
「うん、お願いします!」
スコピオ博士がヴィノクールの皆を手招きながら、先頭を歩き始めた。それを住人と騎士を抱えたヴィノクールの魔術兵が付いていく。その中で、一人の杖をついたおばあちゃんが、私の腕を掴んで、私に聞いた。
「だ、だけど、さっき地下三階の壁から水が入って来たって、水責めだって……なんてそんなことを!?」
代わりにジェーンが、おばあさんの背中をさすりながら答えた。
「心配には及びません。爆破を計算して、軽く浸水する程度に抑えています。騎士団の人間はフェイクニュースを真に受けて、急いで塞ごうとしているようですが、それは戦力を分断する為。我々は最初から水攻めなど、するつもりはありません。それよりも早く、最下層へ!」
ジェーンの言葉におばあさんや、周りで聞いていた住人の人々が納得したように頷いた。ヴィノクールの民が、そのおばあさんの手を取り、急いで歩き始めた。階段の方へぞろぞろと住人達が消えていく。残ったヴィノクールのメンバーと私たちは、更に上の階に向かうことにした。
階段には上の階からも下の階からも、絶え間なく足音が響いている。我々は地下三階の住居の階に着くと、クラースさん達と二手に別れることにした。
「じゃあ私達はここを。」
「じゃあ俺たちは上だな、気をつけろよ。」
クラースさんとケイト先生、それから数人のヴィノクールの民が上の階に向かって階段を登り始めた。私達は地下三階を進み始めた。
水がここまで漏れてきていた。道が軽く浸水している。家と家の間を通り、南の通路に向かって走って行くと、段々と水が膝丈に達した。こんなになるまで穴を開けるように言ったっけ、と苦笑いした。
途中、ちょっとした広場に騎士が数人居て、キョロキョロ辺りを見回しながら立っているのを見かけた。騎士達は私たちに気付くと、すぐに持っていた武器を、ぽちゃんと下に落とした。
「ま、待ってくれ、俺たちは投降する!もう何も指示がなくて、何も戦況が分からねえ!」
「俺もだ!」
も、もう降参するのか……少し驚いたが、私は頷いた。
「わかった、じゃあ一応これ付けて。」
私とジェーンが結束バンドを彼らの手首に付けている時も、彼らはじっと静かに従った。それほどまでに、相手方の士気は落ちていたのか、少し信じられない。
「じゃあ地下にお願いします。」
私と一緒に居たヴィノクールの民達が、彼らを連れて行ってくれた。
少し離れた場所にある階段を見たときに、上の階でも同じ事が起きているようで、大人しくなった騎士団が連合の兵に連れられて、どんどんと階段を降りて行くのが見えた。どういうことで、一体そんなにも彼らの士気が落ちていたのだろうか、謎だった。
「キルディア、先を急ぎましょう。何故か先程から、タール達と連絡が取れません。もしやヴァルガ隊に見つかったのではないでしょうか。」
「そうかもしれない、うん、向かおう!」
私はジェーンの言葉に頷いて、南へ向かって走り出した。




