93 策には策を
俺はトレバーのウォッフォンのホログラム画面を覗いた。すると隣にピッタリと、センリの野郎がくっ付いてきたのだ。男同士で、この距離感は気持ちの悪い。本当にどういう育ち方をして来たんだとイライラした。
だが、画面には確かに、誰かの視点からの映像が表示された。皆ライダースーツを着ている。そして、何かの準備をしている。魔銃の手入れ、ヴィノクールの地図を見ながらの話し合い、明らかに、ここに攻め込むつもりの様だった。
食堂のような場所で、地図にマグネットを置き、ああでも無いこうでも無いと、黒髪の男と金髪のロン毛、それから片腕がツールアームの女が話し合っている。真ん中に立っている男、何処かで見たような気がした。するとトレバーが、その男を指差して言った。
「この男は、帝国研究所の元所長を務めていた、アレクセイ・ジェーン・シードロヴァです。」
「ああ、あの……訳の分からん研究をして、よく話題になっていた男か。百年に一人の逸材だとか、新聞に書いてあった。」
「そうです。」
だからどこかで見たことがあったのか。優秀で、職にも困らなさそうなその男が、どうしてわざわざ連合側に付いて、俺たちに楯突いている?理由が知りたい。俺は次に、妙にシードロヴァに対して、ヘコヘコ気持ちの悪い態度を取っている、黒髪の男を指差して、トレバーに聞いた。
「こいつは誰だか知っているか?」
「少々お待ちを。データベースと照合します。」
トレバーは慣れた手つきで、住民データの顔写真と照合して、その男の身元を掴んだ。
「彼はスコピオ・ナラ・べナラティ、グレン研究所の所長であり、ヴィノクールの市長である、ジェームス・イリヤ・べナラティの、実の弟です。」
「隣の隻椀の女は?」
この女、何だかその背格好に、見覚えがある。まさかな。
「彼女は……出ました。彼女の名はキルディア・ルーカス・エリオット、ソーライ研究所の所長を務めている女性で、元ギルド傭兵だったようです。しかしおかしい。」
「ギルド傭兵か、どうりで……って、何がおかしいんだ?」
「うーん」トレバーがエリオットの情報を見て、頭を傾げた。「何だかどうも、他の人間の基本データと比べると、簡素化されています。両親の名がありませんし、出身地も書いていない。」
「どうせ孤児院生まれなのだろう。なるほどな。」
「ねえ、もうちょっとよく見せてよ。」
センリがトレバーに馴れ馴れしく近付いた。上下関係を考えれば、トレバーは俺の補佐だ、お前はもう少し腰を低くしろと言いたいが、きっとこいつには通じないだろうと、ため息をついた。しかしトレバーは嫌な顔をせず、センリにウォッフォンを近づけた。
「あ、やっぱりクラースだ。」
「知っている顔か?」
俺の問いを、何故かセンリは無視した。こいつは時たまに癪に障る仕草をする。ここで耐えられなければ、なんだか俺の器が試されているようで、それもまた癪だ。トレバーが気を利かせた。
「センリ師団長、クラースは知り合いですか?」
「あ?ああ、まあね。俺の家族だった男だ。何だこれ、何これ!なあ見てみろ!この女に求愛してるぞ!はっはっは!何やってんだこいつ!」
センリが馬鹿騒ぎを始めた。この男、戦いでは万夫不当の豪傑だが、何せ精神年齢が幼い……。そんな、求愛のシーンなど、この放送で流れる訳なかろうが、と画面を見たが、俺の予想とは反して、センリの言った通りに、クラースという名の男が、視点主に対して照れた仕草をとって、口ごもっていた。
「本当だ。何だこの映像は。俺たちは何を見せられているんだ……。」
気が付けば、トレバーが思案顔で真剣な表情をしながら、じっとクラースの恋の行方を見守っていた。俺はトレバーの頭を軽く叩いた。腹を抱えて笑うセンリを放って置いて、俺はその動画を消そうとしたが、次に映っていたのはシードロヴァだったので、一瞬手を止めた。
「今度は先程のシードロヴァか。そいつも相談をし始めたぞ。こんなものを見ている暇はもう無い。消すぞ。」
「あ!お待ちを……。」
おいトレバー……これはお前の好きな恋愛ドラマでは無いのだ。だが、ここに滞在して約二週間。これしか楽しみが無いのも悲しいものだ。そして折角の、彼にとっての楽しみを奪う訳にもいかない、か。
「トレバー、好きにしろ。」
「はい、有難うございます。ですが、どうやらシードロヴァは、キルディアと呼ばれる彼の……今は上司ですね。に、好意を寄せているようです。」
「そうか!」俺は分かった。「だからお前は、それを利用しようと?」
「いえ、ただ気になっただけで御座います。彼の話す内容、十分に分かります、私も美しい女性と出会いましても、戸惑うばかりで進展せず……。シードロヴァは、どうやら私よりも人間味が欠けているので、その分苦労しそうですが。」
「お前、策を考えていたのでは無いのか……?まあこんな呑気な奴らがかかってきたところで、俺らには適うまい。」
だがこの映像、何も無駄なことばかりでは無かった。呑気な奴らの作戦とやらを知ることが出来た。俺は言った。
「なるほどな、地下階の何処かを爆破し、水責めで気を逸らしているところで地上階から来るようだ。ありがちな策だが、湖畔は守りを固めている。ナディア川もあの深さ、激流だ。ボートで近付いたって、地上部隊の射撃班の餌食になる。奴らが湖の中に入ることは容易ではないし、この水中都市の外壁は、簡単には壊れんぞ。」
センリは面倒臭そうに言った。
「そうですね~、でももし湖の中に入っちゃったら、どうするんです?壁に関しては、タマラの連中が居るなら採掘隊も参加するんだろうし、火山からどうやって這い出たのか知らないですけど、外壁ぐらい爆破するんじゃ無いですか?まあ、それをやったところで、俺たちはそっちに気を逸らさずに、地上から侵入する部隊を蹴散らせちゃえばいいんですけどね。なんだ、楽勝だ。つまんね。」
「しかし、」トレバーが思案顔で呟いた。「そもそも、いくら彼らでも、カメラのある場所で、敢えてこの作戦を発表しますか?これも一部の策だと思えて仕方ないのです。」
「あり得るな。」俺は答えた。「俺たちにわざとこの作戦を知らせた可能せもある。本当は地下階を爆破などしないのだろう。」
「じゃあ、どうすんですか?」
と、センリがダルそうに聞いた。俺はため息交じりに答えた。
「奴らが水責めだと言っても、それに反応しなければいい。ここを水責めしたって、大惨害になるだけだ、奴らだって、住人を犠牲にするようなことは出来ないだろう。これはシードロヴァの痛くも痒くもない策だ。今まで通りに地上の守りは固めて、何か変化があったら、その時に対応すればいい。俺たちは籠城をするんだ。俺たちの方が有利に決まっている。」
「私もそれが妥当かと。」
トレバーが頷いた。よし、これで決まりだ。だが、その時に、一人の女が悲鳴をあげた。先程ミルクを俺たちに頼んできた女だった。ウォッフォンで何かを見ながら、きゃあきゃあ叫んでいる。それで周りにいた住人達も慌ててウォッフォンを見始めた。俺は急いで近付いた。
「おい!どうした!?」
「いや!水責めなんてされたら、ここはどうなるんです!?」
女はウォッフォンの画面を俺に見せた。そこには帝国ニュースで『ヴィノクール 連合による水責めか』という見出しがあった。全く、この記事を書いた者は、あの映像を参考にしたに違いない。
「これは嘘だ。相手のちっぽけな中身のない策。ヴィノクールの外壁は半分魔工学を利用していて、ちょっとやそっとじゃ壊れない。気にするな、これは真実じゃない。」
「そ、そうですか……。」
女が静かになると、俺の話を聞いていた周りの民達も、落ち着きを取り戻した。
「一先ず、持ち場に戻れ。」
はっ、と応えて、俺たちの兵が去って行った。すると隣にいたセンリが、俺を馬鹿にするような目で、こう呟いた。
「あの魔法の壁ねぇ……そんなのよりも。」




