92 ヴィノクールを統べる者
そうこうしているうちに、正午になった。青空にはポツポツと雲が浮かんでいる。改めて我々連合軍は、グレン研究所の前に整列し、列の先頭には、それぞれのグループの代表が立っている。私は皆の前に立ち、ジェーンが練ってくれた作戦の説明をしていた。隣のジェーンはウォッフォンで何やら調べている。
「……それでは説明は以上です。何か質問のある方は、いますか?」
私の問いに、何故なのか、隣で立っているジェーンが挙手をした。あなたが考えた作戦なのに、何を聞きたいことがあるのか……苦笑しながらジェーンを指した。
「はい、何?」
「ニュースをご覧になりましたか、これを見てください。」
「え?」
ジェーンに言われて、私は彼の手首の画面を覗いた。驚いたことに、そこにはミラー夫人のリアルタイム動画が表示されていたのだ。
その画面には、私がジェーンのウォッフォンに食い付いている様子が映っていた……。場所的にゲイルの立ち位置からだった。てっきり動画は私の視点からだけだと思っていたが、実は違って、これを見る限りではゲイルとケイト先生の視点だった。
いやいやいや!私は驚きつつ画面から目を離した。するとその時に、私の視界の端で、何故かクラースさんが、ガクッと膝から崩れ落ちたのが見えた。
「え!?何これ……だってさっきニュースを見た時、こんなの無かったのに!」
「はい。これはユークアイランド限定のニュースで配信されている動画ですが、この様に少し工夫すれば、どの場所に居たとしても視聴することが可能です。全く……このくだらないカメラがあることで、我々がヴィノを襲撃することは、騎士団も承知の上と言うことになりました。はあ!仕方ありません、先程の作戦は、地上からの奇襲がメインでしたので、皆様忘れてください。それにしても馬鹿げたカメラだ……はぁ。……おまけにケイトに付いていたとは、あとで消すしかあるまい。」
「えええ!?」
ジェーンが最後の方はボソボソ小さい声で言ったので、それは聞き取れなかった。だが彼の言った通り、作戦が筒抜けなら、それを実行しても無駄に終わるだろう。
それにしても、ジェーンは珍しくイライラしている様子だった。確かにカメラで作戦が筒抜けだったのをミラー夫人が黙っているのは、ちょっとあり得ないけれど、彼にしては珍しくハア!ハア!と何度も、強いため息をついていた。
ぐるぐるとその場を歩いて、思案顔になった彼が、少ししてからパチンと指を鳴らした。
「いいことを思い付きました。スコピオ博士の発明もあります、これで行きましょう。折角ですから、この状況も利用しますか。さて今度はカメラ無しの場所で、作戦をお話しします。」
「これって?」
我々は、ジェーンの作戦Cに乗じることとなった。
*********
ヴィノクールの水中都市内部、俺の第一師団と、センリの束ねる第四師団が、ここに駐在している。
火山にシヴァ大臣率いる第二師団を送っておいた甲斐があったと、俺は一人満足げに笑みを零した。外壁は岩の壁で覆われた、水中の要塞。実に神秘的で、美しい。俺はじっくりと外壁に彫られた人や動物の模様を眺めていた。
「ヴァルガ様、どうやら先程のニュースは事実のようです。」
補佐のトレバーが姿勢を低くしたまま、俺に報告した。
「そうか、民間人が何人集まろうとも烏合の衆、それに俺たちの立て籠もっているこの要塞に、どうやって攻め込もうと言うんだ?」
すると、近くにいた一人の褐色肌の男が、俺に近寄ってきた。オレンジに近い、明るいセミロングの髪の毛が、歩くたびに揺れた。彼の目は、見開かれたように白目がぐりっと出ている。爬虫類のような奇妙な見た目だが、それは生まれつきのようだ。
「しかしヴァルガ様、その烏合の衆の中に、前回サウザンドリーフで目立つ動きをしていた、あの女がいるやもしれませんよ。」
「ふん」俺はその男、センリを横目で見て、答えた。「あの時は逃げるだけだったから上手くいったのだろう、運のいい女だ。だが、今回も同じくあの女が連中を率いていたとしても、俺たちと戦わなければ、決してヴィノクールは連合の手中に収まらない。連合と言っても、ただの民間人の集まりだ、ろくな装備も武器も戦略もないだろうに、我々に何が出来る?」
その時、一人のヴィノクール町民の女性が、俺に近付いてきたことに気付いた、俺の隣にいたトレバーとセンリが、槍と戟を彼女に向けて威嚇した。センリが怒鳴った。
「団長に易々と近づくな!」
「きゃっ……す、すみません、ごめんなさい。実は、ヴァルガ騎士団長にお願いがあるのです。」
怯える細身の女性は、抱っこ紐の中にまだ生後数ヶ月の赤ん坊を抱えている。それにも関わらず、センリはその女性の肩を強く突き飛ばしてしまった。女性は赤子を庇うように尻餅をついた。その振動で赤ん坊が起きたのか、泣き始めた。
「痛っ……!」
「お願いがあるだと!馴れ馴れしい奴め!」
全く、それでは民が怖がるだけだ。
「センリ!」俺は叫んだ。「そこまでにしておけ。別に誰が近付こうと俺は構わない。」
俺は転んだ女性に近づき、しゃがんで手を差し伸べた。女性は俺の手を握った。手を引いて立ち上がらせた。
「起きろ。立てるか?」
「は、はい……すみません。」
震えながら我が子を抱いて、俺を見つめている。怖がらせたい訳ではないが、舐めてもらっても困る。俺は微笑むこともなく、彼女に質問をした。
「で、願いとはなんだ?」
「じ、実は……この子だけじゃなくて、他の子もミルクが無いのです。この街には牧場がありません。いつも粉ミルクは商人がタマラまで仕入れに行っていたのですが、もう在庫も無いって聞きました。主人は、火山に行ったきりで……。もし、主人達をこの街に入れることが出来ないのなら、私達がタマラの村まで、ミルクを買いに行きたいのです。」
はあ。俺に向かって頭を下げる女性を見守るように、遠くから他の赤ちゃん連れの女や、子ども達が、俺たち騎士団を見つめていた。
ミルクが無いのは大変なことだが、皇帝の指示もあり、俺はこいつらを外に出すことは許可出来ない。かと言って、火山でシヴァ様の師団を窮地に陥れた、あの魔術集団をノコノコ入れる訳にもいかない。だが、子どもは守るべき存在だ。それは士官学校から我が身に刷り込まれたものだった。
「はあ……そうか。今はダメだ。後で兵に買いに行くように伝えるから大人しく待っていろ。どれくらい足りないんだ?」
「もう今日の分があるかどうか。皆で分け合って使ってますが、もう本当に残り少ないのです。どうか、お願いします。」
もう一度、俺に向かって頭を下げた女の、おんぶ紐の中にいる赤ん坊が泣き声をあげた。女は泣き止まそうと体を揺らして、赤子に優しげな声を掛けた。赤子は泣いていても、可愛げのある小さな唇だった。
やるしかあるまい、俺は、トレバーの方を振り返った。横目に、センリが面倒臭そうな表情をしているのが分かった。どういう育ち方をしたのか知らんが、センリは人間に全く興味がないようだ。
「ふん、仕方あるまい。おいトレバー。兵卒にタマラの村まで赤ん坊のミルクを買いに行かせろ。村にレジスタンスの人間が居たら面倒だ。何十人か、まとめて行かせろ。」
トレバーはウォッフォンで何かをチェックしながら応えた。
「し、承知致しました。それとお伝えしたいことがございます。」
トレバーはかくっかくっと体を揺らしながら歩いて、俺に近付いて来た。サウザンドリーフでの追撃戦の際に、俺を庇って落馬し、その時に受けた傷で、びっこを引いて歩くようになってしまった。軍医に何度も頼んだが、それはもう二度と治らないと言われた。
「実は位置情報を誤魔化して、ユークアイランドニュースを見たのですが、連合の動きが筒抜けの放送が存在しました。」
「は!?バカな、ふっ、フハハッ!」
俺は笑った。人生で、ここまでおかしいと思ったことは滅多に無い。だが、トレバーは苦笑いした。
「どうも……偽物の情報ではなく、本物の様です。ユーク市長が、それを望んだと。見てみてください、これは一時間程前の映像です!」
「……。」




