90 姉さんの視点
ソーライ研究所のロビーでは、私とキハシ君、タージュ博士、ラブ博士、ロケインが待機している。私はリンさんの席に座って、リンさんがいつも使っているPCでニュースを読んでいた。
「何だか本格的になってきたな。俺の方が緊張するよ。」
私の隣の席で、そわそわした様子のキハシ君が呟いた。私も皆も頷いた。
「でも!」と、私が言うと、おどおどした表情のキハシ君と目が合った。「キリーは強いから大丈夫だし、ここだって絶対に襲えないから大丈夫!」
私は自信満々に言った。だってみんなでこの建物を要塞化したもん。入り口はあのエントランスしかないし、このロビーはラブ博士のボタン一つで迎撃モードに入る。ビデオ電話でその詳細を教えたら、キリーは苦笑いしてたけど、それぐらいの準備は必要だと私は思う。
そしてタージュ博士が自分のノート型のPCをカウンターの上に乗せ、彼の研究室から持ってきた、キャスター付きの、ふかふかの赤い椅子に座って、私達に言った。
「サウザンドリーフや火山の時とは違って、今回は何だか本格的な戦みたいになっちゃったなぁ。だって今までは戦いたくて戦ったんじゃない。でも今回はヴィノクール奪還の為、と言う名義で、こちらから戦いを仕向けるんだ。これは新光騎士団と我々連合軍の、ぶつかり合いと言っても過言じゃないよ。部長もボスも、みんなが無事に帰って来てくれれば、一番なんだけどな。」
私は弱気にため息をついたタージュ博士の肩を叩いた。
「当たり前ですって!帰ってくるに決まってる!それに、今回だって新光騎士団に負けないもん。きっとジェーンがいい方法を見つけてるから。」
「そうだよな……あ、見てこれ。」
キハシ君が、カウンターに置かれている自分のPCを、みんなの方に向けた。その画面には帝国新聞の一面記事が表示されていて、それには『新光騎士団、ヴィノクールにてネオキャビアサメの捕獲開始』と書かれていた。
「ひど~い、このサメだってデリケートだから、ヴィノの人たちが大切に育ててきたんでしょ?サメが驚いて死んじゃったらどうするんだろう。もうこの新光騎士団って、ネビリス皇帝の為にしか動かないのかな?彼らの家族とかどう思ってるんだろう。」
私の言葉に、キハシ君が反応した。
「騎士団は皇帝の為に忠義を誓ってるんだ、彼らの皇帝がどんな人間であろうと彼らは皇帝の命令を守るよ。彼らの家族だって、それを知ってるから何も言えないだろ。もし変なこと言ったらそれこそ、騎士が傍にいるんだから、すぐに逮捕されるじゃん。」
「ええ~何その生きにくさは……。」
騎士と結婚するって大変なんだな。安定した収入や体の丈夫さ、それから一途という理由で、女性からモテる職種ランキングで上位になってたけど、そう聞くと私もちょっと騎士との恋愛は無理かも……。キハシ君は続けた。
「ヴィノの中に取り残されている住人達が心配だな。女性や子ども、お年寄りばかりらしいし。レジスタンスがどうにかしてくれればいいけど、どこにいるか分からない。でも今回は幸い、他の街から志願する人が集まってくれたから、騎士団にも対抗できそうになって来たけど……元々はただの市民だからな。今回無事に終わる可能性は、正直低いんじゃない?」
そっか、そうだよね。そりゃそうだ。私はため息をついた。
「ああ~、姉さん大丈夫かな。キリーにツールアーム届けたんだから帰ってくればいいのに、私だって皆の為に出来ることをしたいとか勇敢なこと言って、衛生兵になってんだもん……。五十メートルを走るより歩いた方が速いくらいに全然体力無いのに、大丈夫かなぁ……。」
ポンと肩に手が置かれた。タージュ博士の大きな手だった。
「大丈夫さ、ボスが付いてる。それにクラースだって付いてるから。」
「確かに。」
そうだ思い出した。クラースさんが傍に居るのなら姉さんは安泰だ。
「ちょ、ちょっと見てくれ!これを!ユークアイランドニュースなんだけど!おかしいことになってる!?」
突然キハシ君が叫び出した。私たちは急いでPCの画面を見る。するとユークアイランドニュースのトップに、有り得ない文章が表示されていた。
『謎の連合軍現る ヴィノクール救出か?』
「えっ!?な、なんでニュースになってるの!?」
キハシ君が早口で文章を読み上げた。
「なになに、ヴィノが占拠されたことに怒りの感情を抱いた他の街の住人による連合軍が結成された。これは噂になっているギルバート元騎士団長が率いるレジスタンスとは全く別物の組織である。この連合軍には我々のエストリーはもちろん、タマラ、シロープ、ボルダーハン火山にあるグレン研究所、そして我がユークアイランドが誇る、ソーライ研究所の職員が参加している。ええ!?……更に、この組織のリーダーはソーライの所長である。って、なんで!?」
キハシ君がぽかんとした顔で私を見た。私だって、なんのことだか全然分からなくて言葉が見つからない。これは内緒にしてたはずなのに、どうして漏れた!?
するとタージュ博士がPCをスクロールして、続きを読み始めた。
「どれどれ、我々ユークアイランドの市長であるミラー夫人はこう語る。こ、これは動画のようだ。クリックするね。」
額からたらりと汗を流したタージュ博士がクリックすると、ユークタワービルの前でインタビューを受けるミラー夫人の姿が映った。いつもの真っ赤な口紅をつけている。
『ユークアイランドはキルディアの行動を全面的に協力します。住人や企業の皆様、大丈夫です。ここには優れた自警システムと我らが誇るエストリーがいます。それにヴィノクールの街が占拠されるのはおかしいでしょ?だってあそこはヴィノクールの人達が住んでいる場所なのだから、勝手に奪うなんてそんなこと。それにあのまま帝国の好きにさせては、今後ヴィノクールだけでなく、ユークアイランドにも、その牙を向けるでしょう。物品を奪われるだけの政治のままで、いいのでしょうか?いえ、誰かが止めなければなりませんわ!そしてそれを実行出来るのは、レジスタンスではありません!我々なのです!ご興味のある方はユークチャンネルをどうぞ。彼らの働き、我々の知るべき、彼らの努力がそこにあります!』
『おおおお!』
周りの歓声と共にプチッと動画が切れた。無言の続くロビーで、少し経ってからタージュ博士が口を開いた。
「だとさ……待ってくれ。色々と突っ込みどころがある。僕の呼吸を落ち着かせてくれ。このニュースはユークエリア限定だよな?……そうだと言ってくれ。」
殆ど独り言のように言ったタージュ博士が、呼吸を荒らげながら記事を隅から隅まで読んで確認している。そうなる気持ちも分かる。私だって、まさかミラー夫人が、連合の正体をユーク限定ではあってもバラすなんて、想像もしなかった。キハシ君が椅子に急にもたれた。
「はあ……。調べてみると確かに、このユークアイランドでしか見ることの出来ない限定のニュースだけど。帝都に漏れるのは時間の問題だろう。じゃあ、じゃあ!少なくともこの島にいる皆は、今起きていることをリアルタイムで知っているのか!?いやいやいや!いくら風通しのいい市政を心掛けるって言っても、これじゃあ風通し良いどころか、ビュービュー壁一面、網戸でしょ!」
確かにミラー夫人は選挙の時にそう言っていた。でもこんなのは求めていない!私はため息混じりに言った。
「市長さんが漏らすなんて、本当になんでそんなことをしたんだろう。これじゃあキリー達が不利になるかもしれないのに……はあ。」
その時、ロビーの電話が鳴り響いた。それを発端に、次々にロビーの電話が鳴り始めた。キハシ君が慌てた様子で、ヘッドセットを装着した。
「やっば、何これ……。はい、お電話ありがとうございます。ソーライ研究所のキハシが承ります。え?ああ、中継の……はい、はい。」
キハシ君がリンさんの机に置いてある、もう一つのヘッドセットと私のことを交互に指差してきたが、そういうのは私の管轄じゃないので、他の電話は出ない。
中継、もう繋がってるのかな。リンさんの席のPCで、ユークチャンネルの生中継の動画を開いた。私の隣にタージュ博士達がやってきて、皆でその動画を見る。灰色の台地の上で、色んなカラーのライダースーツの人間が、魔銃の手入れをしていて、他には武器に使うのか、ドリルやつるはしを装備している人が写っている。
『ちゃんと銃口のチェックをしたか!?』
『はい、ゲイルさん』
「画面に向かってゲイルさんって言ってるってことは、これはゲイルさん視点なのかな……?」
「そうみたいだね。」
タージュ博士が私の疑問に答えた。すると画面が切り替わった。会議室と思われる場所で、キリーが包帯だらけの背中を向けて座っている。視点主はキリーのツールアームの固定ベルトに手をかけた。この白く細い手……まさか!
『ねえキリー。あなたもう少し、ツールアームのベルトを締めた方がいいわ。これではずり落ちてしまうわよ。ほら、私がやってあげるからじっとしていて頂戴。』
『え?じゃあお願いします……うっわ!ちょっと痛い!』
肩と脇腹にかかっているベルトが食い込んでいる。あれは痛そうで、私も顔を歪めた。だが、姉さんは容赦せずに、ベルトにこめる力を強めた。以前、「患者を目の前にした時のケイト先生の馬力が、段違いでやばい」とキリーが言っていたけれど、その意味が今、分かった。
『何言ってんのよ!肝心なところでアームが取れたら大変でしょう!?ほらじっとして!』
『ああああぁ!』
ひょいと、キリーの前にライダースーツ姿のジェーンが現れた。
『キルディア、やはり上流の川を堰き止めるという案は、やめておいた方がいいでしょうね?』
『そりゃそうだ、あんな海のようなでっかい川、時間がかかり過ぎるでしょ!アイタタタ!』
「ハハハハハ!」
私は思いっきりお腹を抱えて笑ってしまった。やっぱりこれは姉さんの視点だった。そしてまたすぐにゲイルさんの視点に変わった。どうやら視点主には、この二人が選ばれているようだが、様子からして、あちらにいる誰もがそれに気付いていないみたい。
「ねえ、姉さんが視点主に選ばれてる!ははは!」
ロビーの皆も笑ってる。そしてタージュ博士が言った。
「まあ、僕はいいチョイスだと思うよ。はは、この動画も中々臨場感があって、今までに無いから面白いじゃないか……ドキドキするけど。」
「それに見てよ。」
と、いつの間にか通話を終えていたキハシ君が、画面端の数字を指差した。私は首を傾げた。
「なぁにこれ~?」
「視聴率。六十七パーセントってこと。」
「えっ。」
私は仰天した。数字はすぐに六十八パーセントに変わった。
「これって、ユークの人がほぼ見てるんじゃないの?仕事中の人も見てるってことなのかな、すごいじゃん!」
ついキハシ君の訛りが移ってしまった。だって、こんな視聴率は聞いた事がない。
「まあ、僕たちも見てるからね。」タージュ博士が言った。「僕たちみたいに画面をシェアして見てる人も居るだろうから、実際にはこの数字以上のユーク市民が視聴してるだろう。それもそうか、こんな生放送は史上初だ。そういえばキハシ、さっきの電話……と言っても今も鳴りっぱなしだが、それはどう言った要件だったんだい?」
キハシ君が声真似をしながら言った。
「ああ、おばさんっぽい人が、本当にオタクの所長さんがヴィノクールに攻め込むチームのリーダーなのかい?頑張れって言って頂戴!って。クレームじゃなくてまだ良かったけどさ……ああ。お電話ありがとうございます、ソーライ研究所のキハシが……はい、そうです、はい。」
キハシ君がまた電話に出てしまった。まだリンさんの方のPCから着信のベルが鳴っている中、タージュ博士は自分のPCで、ユークチャンネルを食い入るように見ている。
ラブ博士もロケインも、リンさんの仕事用PCを使って生中継を見ているので、私もリンさんの机の引き出しから、お菓子をいくつか取り出して、それをみんなに分けながら、一緒に見始めた。
今は姉さん視点だ。グレン研究所の通路に立っている姉さんの前には、何故かそわそわした様子のクラースさんが立っている。
『なあ、ちょっといいか。ケイト。』
『あら?どうしたの?具合でも悪い?』
『俺についてきて欲しい、ここでは話せないんだ……。』
なんか空気が変わってきた。




