9 見いつけた
おじさんに家を持っているか聞かれた私は、ぽかんとした。ジェーンは「ほお?」と、意味深な声を漏らしながら机に肘をついて、私に視線を向けている。別に、そうだけど、それが何だと言うのか。私は答えた。
「ありますけど?ちょっと街外れの、海沿いにあります。」
それを聞いたおじさんはちょっと笑顔になり、椅子に座りなおして、机の上に置いてあったメモを彼の前へと持って行き、胸ポケットからペンを取り出した。まるで衛兵が事情聴取するような態度で、これから何を聞かれるのか、私は警戒して、少し椅子ごと後ずさった。おじさんは気にせずに聞いてきた。
「街外れか。それだとスカイビーチかサンセット通りだな。住宅が多いのはサンセット通りだから、きっとそっちですか?あの辺、一軒家多いよねえ?」
「え?ええ、まあ。私の家というよりかは母の遺産で……でも、もう母はいないので私の家です。今の家が無かったら、私もこの辺で部屋探しと、月々の家賃と戦っていたと思います。そうは言っても、今もあの辺の固定資産税の支払いに苦戦してるけど。でも、それと何の関係があるんですか?あの辺に空き家はないと思いますよ?」
海が好きな母方の祖父母が、あの家を購入して、それがずっと残っているから、現に私がそこで暮らせている。ちょうどその家からソーライ研究所までは歩いて行けるから、距離的にもありがたいし、家を残してくれた家族には感謝しかない。しかし、今なぜそれを話しているのだろうか。おじさんはメモに、角ばった字で「サンセット通り」と書いている。
「そうだよねえ、あの通りに住めるなんて、本当に前からの居住者でないとね!因みにお嬢さんの家は平家かい?」
「二階建てです。と言っても、私は主に二階しか使ってないけど。でも何でそれを?」
「へえ!それってもしかして、数十年前に流行ったセパレートタイプの物件かい?確か、一階と二階が分かれている、ほらほらやっぱりそうだ!セパレートタイプだ!」
彼が机の引き出しから分厚いファイルを取り出して、パラパラと慣れた手つきで素早くページをめくり、あるページで手を止めた。そのページに書かれていたのは紛れもない、私の家の間取りだった。不動産屋……怖い!
「ほお、1DKだけど、ダイニングが広いね!一階には、誰か住んでいるのかい?」
目をキラキラさせたおじさんが私にそう聞いた瞬間に、私はおじさんが一体何を考えているのか、少しだけ分かった。次に隣に座るジェーンを見ると、彼もまた、期待のこもった目を輝かせていた。これはまずい……気がしてならない!私は二人に言った。
「や、家主になると、色々と面倒なんですよ?資産申請とか、不動産屋との連携とか。それにまだ、所長になったばかりで仕事に慣れていないし、帰りだって遅くなることが殆どで、そんなことまで気にしてる余裕が無くて。だから今は、そっとしておいているんです。」
と言っているのに、笑顔になったおじさんがジェーンと、パーン!と勢いよく手を合わせた。
「あったじゃない!空き部屋、ね!お兄さん!」
「ええ、そうですね。探した甲斐がありましたよ、ふふ。」
「ちょっと待って。ちょっと。」
戸惑っている私を、笑顔のまま見つめていたおじさんが、急に机の引き出しから、何か契約書のような一枚の紙を取り出して、私の前に差し出しながら、話し始めた。
「サンセット通りに部屋を持っていながら、それを使わないでそっとしておくなんて勿体無いこと!それに、研究所勤めの真面目そうなお兄さんが入居希望者なんて、こんないい話は滅多にない!不動産手続きはおじさんに任せて、ほら、今パパッとやっちゃうから!ね?ね?」
「え?今日?ちょっとそれは、一階に人が居なかったからこう、気を遣わずに暮らしてきたのに。それに、たまに下の部屋も使うんです。」
建前ではそう言ったが、本当は、もし彼が下の階に住んだら仕事帰りだって全く同じ道になるし、週末休みの日だって不必要に仕事上の人間と顔をあわせる確率が高い。休みの日まで仕事関係の人間と会うようでは、心が休まらない気持ちがするのだ。それはなるべく避けたかった。
「じゃあ、お兄さんがホームレスになってもいいのかい?帝都からここらへ通うには確かに、アクロスブルーラインを何時間も乗っていないといけないし、この島に一番近い本陸の街は、帝都だからねえ……それかサウザンドリーフの森。でもあそこは、基本的に外部からの引越しは出来ないと噂で聞いたけど。」
「キルディアがどうしても嫌だと仰るのなら、私は帝都から通うしかなさそうです。今日はこれで仕事を上がって帝都に向かい、私一人で、あの地で部屋を探しますよ。まあ、毎朝毎晩、電車に乗っている間も読書したり、設計図を考察したり、やることはいくらでもあります。定期チケットを買えば、指定席で毎日座れるでしょうから構いません。まあ……私はソーライ研究所での勤務を望んでおりますから、帝都で別の職場に就くことは考えられませんが。」
そう言われると……心が痛む。これでもし私が本当に断れば、ジェーンがここまで研究所のことを思ってくれているのに突き放したようで罪悪感が生まれる。もう、その時のことを予想しただけで心が現に痛んでいる。更に、おじさんとジェーンが、子犬のようにくりっとした目で、何とも悲しそうな目で、私をじっと見つめているのだ。はあ、何度も何度もため息をつきながら、無言で考えた。ここで断るなんてこと、出来るだろうか。そんな鬼には、私はなれなかった……!
「あああ……ジェーンが私の家の一階で住むのに必要な手続きを教えてください。」
「そうこなくっちゃ!やったね、お兄さん!これで研究所も楽に通えるし、寝床も確保ときたもんだ!はっはっは!」
「ええ、ええ。彼女には感謝しかありません。」
上機嫌な様子で縦ノリしているおじさんが、机の引き出しから必要な書類を何枚か出してきて、私の前に置いた。税の支払い方や、この不動産屋との連携を契約する紙だった。そしてジェーンの前には、入居希望書というものが置かれて、彼は早速、その辺のペン立てからボールペンを手にとって、ペンをくるりと一回転させてから、すぐに書き込み始めた。
「じゃあお姉さんも、この書類に個人情報を書いてくれますかい?はあ~それにしても良かった良かった!お兄さんの上司も、さぞ安心しているでしょうね!」
私は書類に書き込みながら、さっき自分が所長であるのを伝えたのに、と思った。
「その上司が私なんですけどね……。」
「え?お姉さん何か言った?」
「いや、何も……。」
こうしてジェーンは、私の家の一階に引っ越してくることが決定した。必要な手続きを終えた我々は、研究所に戻り、その日の業務を終わらせると早速、彼と共に帰路に就いた。




