71 諦める訳にはいかない
火山測定装置のある最奥部に閉じ込められてから、三時間が経つ。この場所についてからは六時間、スーパー冷気レーヨンがあれど、アマンダはもう既に、体力をかなり奪われている状態だ。
私は自分のカバンに入っていた水筒の水を、また彼女に飲ませた。あれだけ持ってきていた水も、もう残り少ない。もう私の喉も乾ききっているが、子どもの方が体力も少なく、それに私より長生きするだろう。生物としての優先順位は、彼女の方が上だ。
それに先程の爆発の影響で、私のウォッフォンの通信機能自体が故障してしまったが、この火山測定装置の通信機能とリンクさせ、キルディアのウォッフォンを遠隔で操作する事が出来た。
彼女が自身の位置測定を許可したので、我々が生きていることは彼女に伝わっているだろう。
必ず助けは来る。だが、願わくば一刻でも早く、私たちの元へと辿り着いて欲しい。だが、私達を閉じ込めている、この岩の向こうには、新光騎士団の兵士達がいる。他のルートがあれば、そこからキルディアに来て欲しい。彼女が騎士達と剣を交えることになるのは、避けたい。
私はウォッフォンで彼女の位置を確認した。地図上に表示されている彼女の位置は、先程から採掘場の周辺で、ウロウロと動いていた。何かスコピオ博士達と話し合っている可能性がある。彼女はきっと来てくれる。そう信じるしかない。
私の膝枕で、ぐったりと汗を流し続けるアマンダのおでこを優しく撫でた。大昔、まだ私が子どもだった頃、妹が熱で倒れていた時のことを思い出した。その時の私は、今ほど優しさを持っていなかった。
「兄様、撫でて。」と言われ、何の為にそうするのか全く分からないまま、言われた通りに撫でると、妹のイルザは嬉しそうに私に微笑んだ。しかし私はそれを見て、何も感じなかったのだ。
そして十代の頃、自らの望む結果を得る為、私は実験で、いくつもの小さな命を葬り去った。時空間歪曲機の製造、果たして本当に時空を超えられるか、何度も試作機を作り出しては、動物を乗せて試した。
失敗に終わった時は、墓を作ることもなく、ただマニュアル通りの処理をした。いつしか私は、ノアズ中央研究所の職員から、畏怖の視線を向けられるようになった。
この小さなおでこは、きっと純粋なのだろう。ここで死ぬべきは私だ。彼女を守りたい。水を与えたい。数えきれない罪を侵している私は、何をしても償えないだろう。愚かな私よりもアマンダが生きるべきだ。この淡々とした、色彩のない人生は、何も価値も無い。
急に胸が苦しくなる。そうではない、などと思ってしまった。つい、目頭が熱くなる。今の私には、掛け替えのない親友がいる。
この数日は、本当に奇妙な時間だった。朝起きれば、隣に彼女が寝ている。夜、ふと目が覚めた時に、隣にはやはり彼女が居た。誰かと同じ部屋で寝たことなど、今までに無かった。
何の救いの光もなく、闇の中に埋もれるばかりの、灰色の人生の筈だった。実験と題して、時空間歪曲機と共に消えてしまおうなどと思っていた私の、いつの間にか心の奥底に、雛の産毛が積まれたような、柔らかな安心感が存在している。それが、今の私に生きろと訴えているのだ。
目が熱い。この状況で、水分を自ずから出そうとしているとは、全く馬鹿げている。滑稽で、笑みがこぼれそうになった。
「お兄ちゃん……辛い?」
「……大丈夫です。どうしましたか?」
「喉乾いた。」
「まだ、たくさんあります、ほらお水をお飲みなさい。しっかりと喉の奥まで飲み込んで。」
「でも」アマンダが首をゆっくりと振った。「お兄ちゃんも顔が真っ赤だよ、死んじゃうよ。さっきから、私ばかり飲んでる。お兄ちゃんも飲んで。」
「私は色白なので、顔が赤くなりやすいだけです。余計な心配はせず、しっかり飲みなさい。」
アマンダが体を起こした。
「嫌だ!このままだと本当にお兄ちゃん死んじゃうよ!飲んで……あ。」
アマンダがふらついて倒れそうになるのを、私は支えて受け止めた。また膝の上に彼女の頭を乗せた。
「ほら、あなたは子どもで私は大人です。私の方が丈夫に出来ています。もう直ぐ助けも来ますから、何も心配することはありません。さあ、飲みなさい。私もあとで、ほんの少しだけ頂きます。」
アマンダは納得したのか少し水を飲んだ。そうだ、私には技術がある。この状況でも、打開策を見つけられる。もう一度、彼女に会いたい。そして私は彼女の頭脳だ。このままじっと死にゆく訳にはいかない。
ふと、火山測定装置が目に入った。




