68 タールの提案
ジェーンによると、あと少しで火山測定装置の修理は終わるそうだ。きっちり、あと二日で二週間が経つ。彼は本当に、何においても予定が狂わない人間だ。今日もボルダーハン火山の最奥部で、丁度三時間のみ作業した私達は、グレン研究所の寮へ向かって、下山をしていた。
スコピオ博士と私が、道具を持って並んで歩いていて、アマンダとジェーンは何やら話しながら先を歩いている。後ろではリンとクラースさんが、「そろそろだな」「うん、そろそろだよね」と謎の会話をしている……。何がそろそろなのか気にはなるが、放っておく事にした。
火山の中腹まで来ると、そこは内部の黒々とした岩とは違って、岩の色が灰色がかっていて、明るい印象があった。岩の種類が違うのだろう。そう思いながら歩いていると、何やら人の集団がいるのが見えた。
彼らは皆、黄色のヘルメットを被っていて、電動ドリルを持っている。何人かはツルハシを持っている人が居た。その集団は、火山最奥部に通じる道とはまた違う、別の洞窟に向かって、ぞろぞろと歩いている。
歩みを止めた我々に気付いたのか、そのうちの一人、黄色いヘルメットからドレッドヘアを垂らしている、ガタイのいいタンクトップ姿の男の人が、笑顔でこちらに向かって走って来て、手を振った。
「おい!スコピオ!また火山様の具合でも調べてきたのかよ!」
「まあな!そういうお前こそ、火山様のおこぼれを頂戴しに来たんだろ!」
その男がスコピオ博士に近づいてくると、二人は指で互いをツンツンとし合いながら、ケラケラ笑って話し始めた……博士とその男性は普通のご関係だろうか?そうだよね?あらぬ想像をしながら見守っていると、スコピオ博士がこちらを向いて、彼を紹介してくれた。
「彼は俺の幼馴染でな。タールって言うんだ。ほら、グレン研究所の隣にタマラ採掘隊の事務所があるだろ?そこのボスがこいつなんだ。」
タールはニッと笑って、我々を見た。
「どうもどうも!まあ、この火山は鉱石が豊富だからな!俺たちだっていつもいつも感謝しながら頂戴してるわけよ!」
「ほんとかお前~!」
「なんだ信じられねえのか~おい!」
……またハイテンションでツンツンし出したので、我々は一礼をして先に進み始めた。ああ言うノリって、きっと本人達は楽しいんだろうな。今度ジェーンとしてみようかな。いや、彼が辞表を出してきそうだ……それはまだ困る。
「ねえねえキリちゃん、もしさっき言ってた人達が攻めてきたら、どうする?」
歩きながら突然、アマンダが私の顔を覗いて、そう聞いてきた。そうか、きっとまだ不安な気持ちが残っていたのだろう。彼女が安心出来るように、私は微笑みながら答えた。
「攻めてきたら……私が全力でアマンダのことを守るよ。約束する。」
「本当に!?やったぁ!」
アマンダは笑顔になってくれた。良かった。
「ついでに私のことも守ってください。」
「はいはい、約束しますとも。」
平常運転のジェーンを軽くあしらって、私はアマンダと手を繋いで歩みを進めた。しかしすぐに、彼が私の横まで早歩きでやって来た。何を考えているのか、彼は私の持っていた道具箱を奪うと、何と、アマンダと同様に私と手を繋ぎ始めたのだ。ギョッとした。もしかしたら、どきっとしたのかもしれない。いや、そんな筈はない。そうであって欲しくない。
あはは、とアマンダが笑って、まさかな一言を放った。
「あ!ジェーンもお揃いだ!」
ジェーンはアマンダに微笑んだ。
「ええ、アマンダとお揃いです。」
この状況、私がジェーンを突き放したら、アマンダが悲しむパターンじゃないか……。どうして彼が、私と手を繋ぎたい衝動に駆られているのか疑問が果てしないが、私は彼の温かい手を離すことが出来なくなった。
こうして我々は仲良く手を繋いで下山する事になり、途中、背後からウォッフォンで写真を撮る音が、何度も聞こえて、私はこれから起こるであろう色々なことを覚悟したのだった……。
翌朝、グレン研究所の食堂で朝食を終わらせた私とジェーンは、自室に戻り、火山へ行く準備をし始めた。ジェーンがベッドの上に、グレン研究所のロゴがプリントされたボストンバッグを乗せて、その中に何か色々と詰めている。水筒、水筒……また水筒。どんだけ水筒を入れるんだろうか、ちょっと面白かった。
どうせ私は、スコピオ博士に道具箱を持たされるので、殆ど手ぶらで行くことにした。ジェーンが水筒のたくさん詰まったバッグを背負ってから言った。
「さあ、行きましょうか。」
そして私たちはスコピオ博士が待っている一階へ行った。研究所の入り口には、リュックを背負う博士と、スーパー冷気レーヨンにピンクのオーバーオール姿のアマンダが居た。博士が笑顔で私達に手を振った。
「おお!きたきた、おはようさん!じゃあ今日も宜しくお願いしますね、ジェーンさん!」
「おはようございます。当初の予想よりも作業が進んだこともあり、本日で予定していた作業は全て終わるでしょう。」
スコピオ博士が体を震わせて、歓喜の表情になった。
「本当に!?そうか!いやあ、長らくありがとうございます!じゃあ行こう行こう!完成が楽しみだなぁ~!いやあ、本当に、天にも昇る気持ちで、装置の完成を夢見て来たんです!こんなに何かを待ち遠しく思ったことは、今までになくて……」
と話しながら、当たり前の如く、私に道具箱を渡してきた。いいけど、どうして私に持たせるんだろう、と思いながらも受け取った。そしてスコピオ博士が、辺りを見渡しながら聞いた。
「あれ?そう言えば、今日はクラースさん達は来ないんだな。」
私は頷いた。
「そうなんです。ちょっと火山の中で、はしゃぎ過ぎたみたいで……リンも今バテて、部屋で休んでいます。」
そうなのである。昨日の小耳に挟んだ、彼らの「そろそろかな」という会話は、「そろそろ限界かな」という意味だったらしい。今朝、彼らから、今日はもう部屋で休むという話を聞いた時に、それが発覚したのだ。
スコピオ博士は笑った。
「はっはっは!そうかそうか、クラースだって、よく毎日、あのあっつい所で鍛えられるなぁと感心してたんだ!でも彼も、やはり人間だったんだね、そりゃバテて、そうなるわ。まあ俺はジェーンさんさえ無事ならそれでいい。」
確かにそうである。この依頼は、ジェーンさえいれば、あとはどうとでもなる。我々は測定装置のある最奥部へと向かった。
火山の中腹部、採掘エリアで、タマラ採掘隊の人達が作業をしているのを、また見かけた。ある人はドリルを使ってゴリゴリ岩を削っていて、ある人は手押し車に鉱石を山積みにして運んでいる。
誰かが我々が歩いているのに気づいて、こちらを指差した。彼らの中にいたタールがこちらを振り向いて、パッと笑顔になり、我々めがけて走ってきた。彼の笑顔から、眩しい真っ白な歯が輝いている。歯磨き粉のCMをさせたら、売上が取れそうだと思った。
「おー!グレンの皆さん!それからアマンダ!」
タールが私たちの前までやってくると、彼の体から、ふわっと砂と土の匂いがした。被っているヘルメットは、よく見ると傷だらけで、マーカーペンでタマラ採掘隊と書いてあった。そして彼はアマンダと楽しげにハイタッチをした。二人は仲が良いようだ。
「おじちゃん、また何か掘っているの?」
アマンダの純粋な質問に、タールは答えた。
「おじちゃんは、いつだって掘ってるんだよ~それしかやる事がないんだよ。ハハッ!あ!そうだ、これほら綺麗な石を見つけたからよ、アマンダにやるよ。」
タールは黒く汚れたカーゴパンツのポケットから、真っ白な小さな石を取り出して、アマンダに渡した。アマンダは喜んで受け取った。
「この石の正式名称は何だっけな、それ……なんとかタイトってやつの原石らしい。たくさん取れるから、あまり価値はないけど、綺麗だろ?」
「うん!とても綺麗!いつもありがとう!」
タールは、わしゃわしゃとアマンダの頭を撫でた。それから私とジェーンを交互に見て、提案してきた。
「そうだそうだ!折角このボルダーハン火山までやって来たんだから、ちょっと採掘場を見ていかないか?結構楽しいぞ?」
楽しいのだろうか。突然のお誘いに、一瞬言葉が詰まった。正直、私は見てみたい。毎日、ジェーンのサポートと言う名の、汗拭きや道具渡しをするのも、少し飽きてきたのだ。
様子から、ジェーンはあまり興味無さそうだけど、私はというと、どういう風に採掘場で作業をしているのか少し気になる。ドリルでゴリゴリ岩を削る作業を手伝ってみたい。少し恥ずかしいけれど、私は自分の気持ちを話すことにした。
「私は、少し見てみたいかも……。」
「おお!そうかじゃあ来いよ!お兄さんはどうする?」
ジェーンはどうだろうか、彼の方を見ると、腕を組んで考えていた。
「私はそうですね……修理作業が遅れてしまうので、もし午後も採掘を行っていた場合には、お邪魔をしたいと思います。今日で予定していた作業が終わりますから、それを一度完了させたい。キルディアも、そんなにじっくり堪能したい訳ではないでしょう?後から来て頂いても、私は構いません。」
「私はジェーンに付いていく!」
アマンダの明るい声が響き、ジェーンの隣に行って、彼と手を繋いだのを見た私は、変に顔がにやけてしまった。そしてニコニコしたスコピオ博士が、私から道具箱を受け取りながら言った。
「じゃあ、キルディアは採掘場を見学してから、こっちに来るといいよ!どうせそんなに見る所ないだろうからさ!」
「何言ってんだよ!お前は採掘の奥深さを分かってないんだ!この!」
二人はまた笑いながらツンツンとし合い始めた……本当にそれやるの好きだなぁ。見るに耐えられなかったのか、ジェーンは一礼を博士達にぶつけてから、アマンダと共に火山の奥へ向かって、そそくさと歩き始めた。博士はそれに気付いて、急いでジェーン達の後を追って、走って行った。
私はタールと採掘の奥深さを堪能することになった。




