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LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる  作者: meishino
混沌たるクラースの船編
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54 彼の用意した話題

 この船には、クラースさんの居る操縦室以外に、二段ベッドのある小さな部屋があった。男性陣は操縦室に、女性陣はそのベッドの小部屋に、という具合で分かれることにした。ソーラー電力で動いているこの船のボディは、真っ白のペイントで、屋根部分だけがオレンジ色だった。クラースさんによれば、それがシロープ島の伝統的な色使いらしい。


 ユークの港を出てから三時間が経った。もう辺り一面、当たり前だが青い海しかない。少しだけ余裕の出てきた私は、皆の様子を見てみることにした。


 クラースさんは操縦をオートにして、前方デッキで釣りをしていて、リンは網を持って、そのお手伝いをしていた。あら?ジェーンは?と思って探すと、彼は後部デッキの謎の出っ張りに腰掛けて、読書をしていた。よかった、誰一人欠けていないことを確認すると、私はそそくさと、巣穴に帰るモグラのごとく、また小部屋に戻った。


 小部屋の二段ベッドの一段目に座り、ウォッフォンを何となく操作した。何となく地図機能を押して現在地を表示したら、当たり前だが、私がいるのは海のど真ん中だと分かったので、もうやめることにした。すると突然、ドアがバンと大きな音を上げて開かれた。入ってきたのはリンだ。


「キリー!何してんの!折角の海なのに、引きこもっちゃダメだよ!クラースさん大物釣れたよ?見に来なって!思い出作ろうよ!」


「元気だね……いや、私はいいよ。じっとしている方がいいんだ。思い出よりも、生きていたい。」


「何その比較!ほらほら!いいから来なよ!」


 と、リンが私の腕を掴んで、強い力で引き始めた。私はため息をついて、重い腰を上げた。しかし無情にも、小部屋を出た途端に船が少し揺れ、リンと私は手すりに捕まった。その時、目前に海原を見てしまった私は、気が遠くなりそうになった。


「やっぱり、少し休む……。」


「ええ?じゃあジェーンと一緒に居れば?折角の遠出だし、誰かといた方が楽しいよ?」


 一人の方が楽しいと言い訳を言う前に、リンが私の腕を引いて、後部デッキへと走り始めた。何でそんなに元気なの……私もなるべく船から足を浮かさないように、まるで旅館の仲居さんのようにスソスソと早歩きした。


「ジェーン、」リンが彼に話しかけた。「キリーが一人で暇そうだから、相手してあげて。後で私たちのところに来てよ。お魚いっぱい釣れて楽しいから。」


 ジェーンは眼鏡を中指で正し、リンの後ろにいる私を見てきた。


「そうですか。しかし、私は少々この本を読み進めたい。隣にいる分には一向に構いませんが、何もおもてなしは出来ませんよ。」


「それでもいいよ、じゃあねキリー。また後で~シーユ♪」


 ……テンション高いな。上機嫌に去って行ったリンを見届けた後に、私はジェーンの隣に座った。予告通り、彼は静かに本を読んでいる。寧ろ、私がここにいることで、邪魔していないだろうか。


 ちらっとジェーンの横顔を見ると、至って真剣な表情で本を読んでいた。本のタイトルは「粒子の大小」だった。もしちょっとでも知ってるジャンルだったら、その本について話そうと思ったが、こうなっては内容について話しかけることも出来なくなった。粒子って……。


「暇ですか?」


「え?」突然話しかけられてビックリした。心臓がばくばくしている。これも吊り橋効果だろう。「暇ではないけど、何を読んでいるんだろうと思って。」


「魔工学におけるセルパーティクルをいかに応用出来るか、それを帝国研究所時代の部下があらゆる観点から実験をしたのを、この本にまとめたようなので、目を通してみましたが……中々面白いですよ。どうも私は定められたレール上の方程式を使うことには長けていますが、彼女のように発想的ではありませんから、勉強にはなります。」


 もしや、もしやもしや。


「それって、あの赤いドレスの人?」


 ジェーンがパラリとページをめくって答えた。


「ええ、アイリーンです。部下であり、私の秘書だった優秀な科学者です。」


「なるほどね……。」


 出た出たあの人、彼女の名はアイリーンか。名前まで美しいのね。彼女は才色兼備らしい。ジェーンは彼女の本を読んでいたのか。彼を感心させられるほどなのだから、余程彼女も頭が良いのだろう。私とは大違いだ。


 そう言えば、何で私はジェーンの親友なんだろう。どうしてこの男は、その優秀な科学者よりも私を、過去の世界に帰るための計画を実行する相棒として選んだんだろう。私が強そうだったから、と言う理由だったけど、魔工学を知っているアイリーンの方が余程、頼れるんじゃなかろうか……。


「キルディア、」


「え?」


「……一つ質問があります。」


 ジェーンが、本を閉じて膝の上に置き、私をまっすぐに見つめた。改って何だろう。


「最近よく哲学的な問題を、頭に思い浮かべます。あなたの意見が聞きたい。暴走した列車、レバーを切り替えれば、作業員五人が助かりますが、乗客は谷底に落下します。この場合、あなたはレバーを切り替えますか?それとも乗客を助けるためにレバーを切り替えず、作業員を犠牲にする判断をしますか?」


「作業員を犠牲にした場合、その先で列車は止まるの?暴走してたら結局、駅や行き止まりに突っ込んじゃうんじゃないの?」


 私はやや面倒くさそうに答えた。実際、彼の出してきた話題は、予想を遥かに超えて面倒臭い。


「確かに、あなたの言った通り、暴走する列車は、その後どうなるかは不確かです。駅にそのまま衝突する場合もあれば、途中でエンジニアが列車を修理し、暴走が止まるかもしれません。あなたならどうしますか?」


「そうだねぇ……乗客が何百人といた場合、その中に子どもだっているだろうから、申し訳ないけど作業員を犠牲にするかもしれない。でも、それで結局、列車が暴走しっぱなしで、さらに事故が発生したら、誰も助からなかったことになる。難しい判断だ。両者が助かる方法を考えるのが、一番良いんだけどね。だからやっぱり、作業員に死ぬ気で避けろ!と叫んで、必死に避けてもらって、どうにかでっかいクッションでも用意して、列車を止められたら一番良いと思う。アホみたいな発想だけど。ジェーンはどう思うの?」


「ふふ、なるほど、あなたらしい素敵な判断です。私の場合は迷わず、列車を谷底に落とします。作業員を犠牲にした場合、その後の余波、二次被害のことを考えてしまうからです。更に、列車を谷底に落とした後に、この事故の原因を、生き残った作業員に押し付けることも出来ます。」


「ええ!?ジェーンって結構……」


 思った以上に、ひんやりとした人間だ。躊躇(ちゅうちょ)するそぶりもなく、淡々とした様子で列車を谷底に落とすと言う上に、作業員に責任を押し付けるなんて言うもんだから、想像を超えた彼のひんやり具合にちょっと驚いてしまい、彼を凝視してしまった。彼はちらっと私と目を合わせた後に、何故か伏し目がちになってしまった。


「……ですから、私にはあなたが必要です。私はどうも、人間らしさが欠如しています。機械的で卑劣だと自覚しております。私のやり方を貫けば、いずれ私は大きな罪を犯すでしょう。」


 もう犯しているよ、時空間を飛び越えたと言う大罪を。


「そうなりたくはないのです。ですが私には方法が思いつきません。知識は人を助けます。ですが、知識だけでは、正しい判断がつかない時があります。私は昔から、正しい判断を即座に実行出来る人間を、羨ましく思ってきました。」


「ジェーンが人を羨む時があるんだ。」


「はい。そしてこれは紛れもない確信ですが、その才能はあなたにあります。」


「ええ?」自覚が全くない私は、苦笑いで首を傾げた。


「だからそばに居たい。この世界にいる間は、出来る限りあなたの側にいて、あなたが正しい判断を下すところを見学したい。」


「でも……いつも正しい判断なんて出来ないよ。」


「ふふ」と、ジェーンが優しく微笑んだ。「何を気にする事無く、何も考えずに過ごしているだけで構いません。私は勝手に見学をしていますから。よって、」と、ジェーンが立ち上がった。「私は私とよく似たアイリーンとは手を組まなかった、という訳です。何も心配には及びませんよ。」


 私も彼の隣に立ち上がった。波風が涼しかった。


「別に心配には思ってないけれど……別に。」


「キルディア、顔がにやけています。」


 私はそっぽを向いた。冷たいけど、多分優しい。そんな彼は、少し友達にしては魅力的すぎるけど、一緒に居られることは楽しい。恥ずかしいから、私はそっぽを向いたまま言った。


「ジェーン、私も一緒に居られて嬉しいよ。ジェーンから学ぶこと、私も多いから。」


「そうですか。」


「うん」


 と、彼の方を振り返った時に、予想外なことに彼の顔が真っ赤だった。こんな何の変哲も無いタイミングでそうなったもんだから、急に具合でも悪くしたのかと心配になった私はジェーンの腕を掴んだ。


「どうしたの!?顔が真っ赤だよ?」


「え、あ……真っ赤?まさか、何を仰います。何も起きていません。これが普通ですよ。」


「いやいやいや!」私はポケットから手のひらサイズの鏡を取り出した。「ほら見て!今まで見たことないくらいに真っ赤だよ!熱中症かもしれない……どうしよう、そうだ!冷やそう!」


「キルディア、そのうち落ち着きます。あまり……。」


 冷やすもの、冷やすもの。そうだ、クラースさんに聞いてみよう。そう思って、急いでその場を離れて、クラースさん達が居る方へと向かった。小部屋と操縦室の間のデッキまで来たところで、突然、後ろから腕を掴まれてしまった。私は驚いて振り返った。さっきよりも顔色の落ち着いたジェーンが、息を荒くして立っていた。


「キルディア……私は大丈夫です。体調不良ではありません。ですから、このことは内緒に。」


「内緒?本当に体調不良じゃないの?でも……。」


「大丈夫です……本当に。信じて頂きたい。」


 彼と目と目が合っている。話す言葉が見つからない。


「信じるけど」と呟いた後、暫くの間、この場に不思議な沈黙が流れた。親友ってこんな感じなんだろうか。人と親密になるって、とても不思議な体験だ。時が止まった様な感覚に包まれた時に、背後から声が聞こえた。


「ねえねえ!魚がやばいくらいに釣れるよ~キリーおいでよ、ジェーンも!って二人で何見つめ合ってんの!そんな時間ないから手伝って!ねー早く!」


「……リンが呼んでるから行こうか。」


「そうですね。」


 私とジェーンは、話しかけてきたリンの方へと向かった。先程の奇妙な間は何だったんだろうと考えたが、やはり分からなかった。


 リン達のところに着くと、網を持ったリンは私の肩をポンポン叩いて、クーラーボックスを指差した。中を見てみると、色鮮やかな魚が何匹も入っていた。


「おお!これ全部釣れたの?」


 背を向けているクラースさんがつり竿を持ち、何かモゾモゾと作業をしながら答えた。


「ああ、この潮の様子だと、もっと釣れてもいいと思ったがな……ほらよ。」


 振り向きざまにクラースさんが、赤と黄色のしましま模様の大きな魚を私に投げてきた。ぬるっとして落としそうになったが何とか抱きしめた。目玉がキラキラと、オーロラの様に輝いている。隣に来たジェーンも魚を見て「おお」と声を漏らした。私は笑顔でクラースさんに聞いた。


「これは大きい!この魚は食べられるの?」


「勿論食べられるさ。持ってきた食材でもいいが、今日の夕飯はこいつらを食おう。新鮮で美味いぞ!」


 確かに……確かに、そうすれば食費も浮く!そうすればブレイブホースの返済に充てられる!私はクラースさんに叫んだ。


「クラースさん頑張って!みんなの分釣って!出来れば二、三日分!」


「はは、どうした急に。了解ボス!」


 そう元気よく答えると、彼はまた針を海に投げ入れた。満足した私は部屋に戻ろうとしたが、リンに腕を掴まれて阻止された。

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