53 同業者の依頼
「話を逸らさずに、本当のことを教えてください。ヤキモチを焼きましたか?」
この場合、手っ取り早くこの問題を終えるには、正直になるしかない。士官学校のコミュニケーションの授業で、そう教わったことがある。少し恥ずかしいけど、私が悪いことをしたし、一枚脱ぐべきだ。
「観念して、本当のことを正直に話すとしたら、確かに……ヤキモチを焼きました……。元秘書さんとの距離感だって近かったし、ジェーンは私の親友でしょ?私は親友がいたことないから、そういう親密な人間関係に慣れていない。だから、くだらないことに、そんな些細なことで、変に妬くことだってある。」
「そうですか、なら構いません。言っておきますが、私はパスコードを変更するつもりはございません。覗きたいなら覗いても構いませんが、その際はインカメで、その覗き面を撮影し、更にポータルに自動的にアップするように改良を加えます。私の話した意味、理解出来ますか?」
「分かりました……二度と覗きませんよ。」
「それに、焼きもちを焼く必要はありません。私の親友はあなただけです。」
「あ、ありがとう。」
「因みに、あなたの親友も私だけということを念頭に「あ、スコピオ博士、お疲れ様ですー!」
彼がそんなフォローをしてくれるとは思っていなくて、もうこの話題を流そうと思っていた私は、変なタイミングでスコピオ博士に通話をかけてしまった。ジェーンはいつもの真顔で、私をじっと見つめている。もしかしたら、いつもの真顔じゃないかもしれないが、もう通話ボタンを押してしまったから仕方ない。
PCの画面には、黒い短髪にブラウンの肌、目元にはホクロがあって、少しタレ目の、一見優しそうな笑顔のおじさんが映っている。いつも彼は白衣の中に、ポロシャツを着ている。今日は真っ赤なポロシャツだった。
『おお!お疲れ様ー!すまんね、連絡もらっちゃってさ。はは。実はちょっと大変な事態になっててさ……。』
ジェーンが手でハサミを作り、チョキチョキと切る動作をしている。この通話を切れと言っているのか。それはちょっと、私から通話をかけた上に、相手はこの研究所と協力関係にある、グレン研究所の所長さんだから、失礼なことは出来ない。
『ほら、キルディアも知っているだろうけど、このグレン研究所は、主にボルダーハン火山の磁力や、地質を調査しているだろ?だからこの研究所は、その火山の近くにあるんだけど、はは。』
「どうしたんです?何か、言いづらいとか?」
私が聞くと、スコピオ博士はバツの悪そうな表情で、頭をぽりぽりと掻いて答えた。
『うーん……まあちょっとな、はは。ちょっと頼みたいことっていうか、ちょっと……グレンまで来てくれない?』
「え?」
何を言っているんだ、このおじさんは。ソーライ、グレン間に、どれほどの距離があると思ってるんだ。
「何で、ビデオ会議しているのか、分かりますよね?いつもいつも。」
『あ、ああ……はは、分かるよ。グレンが遠いからだろ?』
「……ちょっと、どういうことか簡単に説明してくださいよ。もし本当に行く必要があるのなら、行くかもしれないし。」
ソーライ研究所から程近い、ユークの港には、クラースさんの船が停まっていた。クラースさんは皆の荷物を受け取ると、船に積んでくれた。この港には、少々遠出をする我々を送りに、アリス達ソーライ研究所の皆と、アーネルさんとミゲルさん、それから市長のミラー夫人に、ツアー会社会長の、ボルトのおじいちゃんまで来てくれた。アリスが私にハグをしながら言った。
「キリー、気を付けてね!」
「ああ……。」
こうなってしまった状況、私はそれしか答えられなかった。アリスがハグを続けながら言った。
「夜の海は危ないから、むやみやたらに船内を動いて、落ちたりしないでね!」
「ああ……。」
「お待たせー!」
少し遅れてきたのはリンだった。いつものキレイめなオフィススタイルの服装とは違って、今日はロング丈のリゾート柄ワンピースを着ている。私は苦笑いをした。
「可愛いけど、それで行くの?」
「キリーも可愛いよ!うんうん、これで行くよ!」
私は普段からよく着ている、Tシャツにカーゴパンツの強めなスタイルなので、何が可愛いのかよく分からない。因みにジェーンは、いつものように紳士的な装いで、クラースさんは海の男っぽく、今日は魚柄のリゾートシャツに白いハーフパンツだった。船上の褐色の肌が眩しい。
海風に白衣をなびかせながら、ケイト先生が私の隣に来て、私に話しかけた。
「それにしても、このメンバーで遠出するとはね。」
「うん。別にリンは来なくてもいいのに。」
もう既に船に乗り込んでいたリンが反応して、こちらを睨み、叫んできた。
「ちょっと聞こえてるんですけど!だって調査部から一人、研究開発部から一人出ているのに、総務部から誰も出ていないのはおかしい!総務の意味わかってんのか!」
摩訶不思議な彼女の理論に、その場に居た皆が笑った。リンの後に続いて船に乗ったジェーンが、風に揺れる前髪を手で押さえながら言った。
「私は彼女の同行について、一々本部に報告する手間が省けて行動出来ると考えれば、効率出来だと思います。機器トラブルがあった際には、私一人では手こずることもあるでしょうから、私は賛成しますよ。何より、かなりの長旅です。あらゆるトラブルを想定し、多少なりともエンジニアスキルのある人間が、もう一人欲しいと考えます。」
リンがにっこり笑顔になった。
「そうだよね!そうそう!私だってキハシ君程じゃないけど、色々システムに詳しいからね!ジェーンさすが!」
と、リンが隣に立っているジェーンに抱きついた。必死にもがくジェーンと、それでも抱き続けるリンの姿を見て、また皆が笑った。
「じゃあ行くか、」クラースさんがまだ船に乗っていない私を手招いた。「何をしているキリー、早く来い。」
はあ、始めますか。
私は意を決して、港と船を繋いでいる木の板に、軽くキスをするような優しさで、そろりと足を置いた。だが軸足がすぐに、プルプルと震え始めたので、置いた足をまた上げた。何度もつま先で木の板をちょんちょんと突き、その木の板が本当に丈夫なのか確認する。周りの視線を感じる。そして少し時間が経った時に、クラースさんの大きなため息が聞こえた。
「はあ!……まさかお前、まだ水恐怖症が治ってないのか?」
言わないでよ!頑張ってたのに……。私は引きつった顔で、クラースさんを睨んだ。それを聞いた皆は、驚いた顔で私を見ている。木の足場を目前にして、固まったままの私に、ニヤリとしたジェーンが船上から話しかけてきた。
「おやおや、水が怖いのですか?騎士をも恐れず、モンスターと素手で戦うようなあなたが、まさか水を恐れるとは。」
「何その言い方!ああそっか、ジェーンは先日のあの件を気にして「キルディア!」分かってるよ、言わないよ!ジェーンはその件を根に持ってるから、そんな言い方して……でもね、私は人間だ。完璧な人間など、この世に存在しないのだ!だから、だから……だから言ったでしょ!陸路から行こうって!」
私の叫びに、クラースさんが呆れ顔で反論してきた。
「陸路は危険だ。我々は新光騎士団に顔は見られていないが、騎士団はリーフの件で殺気立っている。あまり目立ちたくない。更に陸路から行くよりも、海路の方が早く、俺の故郷のシロープ島が途中にあるから、俺自身がこの航海ルートに慣れている。シロープ島で少し休む事も出来る上に、俺の実家があるから宿泊費もかからない。更に航海を進めれば、ハウリバー平原のタマラ村に停船出来て、そこでも休める。タマラから南にずっと進めば、グレン研究所とボルダーハン火山がある。これが一番早いルートなんだと、会議で何度も説明しただろうが。」
「……。」
完璧すぎるメリットが、海路にはある。このルートが安くて早くて安心なのだ。分かってるんだけど、私にはこの木の板を越える勇気が無い。木の板をじっと見つめすぎて、木目がぐるぐると頭の中をトリップしている感覚になってきた。
「しかし以前、海洋モンスターを相手に、サンセット海岸で暴れていたではありませんか。あれは海に入らなかったのですか?」
ジェーンの声が聞こえた。私は答えた。
「あれはモンスターを挑発して、砂浜に乗り上げたところを仕留めるから、別に海には入らないよ。」
「では何故、そこまで水を恐れるのです?」
「私は一度海で溺れたことがあるから。」
「そんなの誰にだってある。」クラースさんの呆れ声が聞こえた。「最初から、うまく泳げる奴なんていないんだ。」
私は顔を上げて、クラースさんを見つめて訴えた。
「その上!ギルドのミッションで巨大タコに海の中に引き摺られたことがあって、溺れた私は瀕死の重傷だったんだよ!?それが原因でトラウマに……。」
だがクラースさんは一ミクロの同情もなく、答えた。
「そんなの誰にだってある。海の男は一回は経験するものだ。俺にだってある。それにギルドのお蔭で、最近は巨大タコは殆ど出ない。何だお前、タコ料理を嫌っているのは、そのせいか?タコはタコとして生きるしかないんだ。そんなタコを気にしてどうする。お前の頭の中のタコを討伐しろ。」
「そんなタコタコ言わないでよ……クラースさん、ちょっと容赦ないよね。わ、分かったよ……分かった。今行きますから。」
そうだ、そうなのだ。旅に掛かる費用は、グレン研究所が全負担してくれるが、実はそれを貰いつつ、なるべくタダで過ごしたいのだ。特に宿泊費はセーブしたい。もし陸路からだとブレイブホースを借りることになるので、そのレンタル代もバカにならないし、節約したい。
何故なら、先日のサウザンドリーフの件で、帝都でレンタルしたブレイブホースを大破してしまった為に、レンタルショップに弁償しなければならなくなったのだ……しかも定価の三倍の額を。もうやだ。
私の心情を理解してなのか、そうでないのか、気がつくと、ミラー夫人が私の背中をさすってくれていた。
「あらあら可哀想に。大丈夫よキリちゃん。海の上でも、あなたは英雄になれるわぁ。」
「ありがとうございます……。」
その瞬間、ミラー夫人は私の背中を、ドンと突き飛ばした。
板の上に乗る私の両足、その下に広がる無限の水流……!?一気に呼吸が速くなる!
「ぁぁああああああ!」
私は無我夢中で板の上を走り、両手を広げて待ってくれていたクラースさんに向かって、タックルしてしまった。しかしクラースさんは上手く私を受け止めて、そのまま床に倒れた。それを見ていた皆が、笑っている声が聞こえる。心臓をバクバクさせながら体を起こすと、白い歯がきらりと輝いている、爽やかな笑顔と目が合った。
「よく来たな、さあ行こう。」
ああ、クラースさんは本当に頼りになる。苦しい時に見る彼の笑顔に、どれだけ勇気付けられただろうか。私の胸は高鳴った。だがこれは、ただの吊り橋効果だろう。私は今、船の上という、この世で一番危険な場所に居るのだから。
クラースさんに支えられてやっと立ち上がると、傍にいたジェーンが何故か、ドライアイスのように冷たい視線を私に向けていた。理由は知らないが、まあ取り敢えず船に乗れたので、嬉しかった。
クラースさんが操縦室に入るとすぐに、動力でダンダンダンと揺れながら、船が動き始めた。船の後方に行くと、港にいる皆が、行ってらっしゃいと手を振ってくれているのが見えた。
私は海に落ちないように、リンと腕を組みながら、皆に手を振り返した。キラキラと瞬くように輝く海の上を、私たちは進んでいる。潮の香り、ゆるい風、波の音が、いつもよりもずっと近い。我々の遠出が始まった。




