52 覗いたっていいよね
ポップコフィンからオフィスへと戻った私は、自分のデスクの席に座ると、いつものようにPCを付けた。そう言えば、ジェーンはこのPCを覗いたんだよな。一瞬、いけない考えが、また頭の中に戻ってきてしまった。彼は今、研究開発部の方にいる。そして、ソファの前にあるコーヒーテーブルには、彼の黒いPCが置いてある。
私は静かに、ソファの方へと近付いた。彼が覗き見したんだから、私にだって、覗き見る権利はあるだろう。ルミネラ帝国民は皆平等なのだと、小学院の頃に教えられた。
「ヒッヒッヒ……」
謎の笑いが漏れてしまう。人生で初めて行う所業に、私は確かに興奮している。ソファに座り、目の前に置いてあるPCを、自分の膝に乗せた。彼のPCは、私のよりも重厚感があって、ずっしりとしている。そしてゆっくりとPCを開いた。
真っ黒な画面に緑の文字で、パスコード入力と表示されている。それもそうか、彼ほどの人物が、パスコードを掛けていない訳が無い。ジェーンの場合だったらここで、色々なツールを用意して、無理矢理こじ開けるんだろうが、私にはそれは出来ない。だが、試す価値はある。私は履歴書に書いてあった彼の誕生日を思い出して、入力した。しかし、それは弾かれてしまった。
「まあまあまあ……」
それぐらいは分かりきっている範囲である。その時に丁度、お昼休みが終了するチャイムが流れた。もうすぐ彼が帰ってくるだろう、やばい。でも、あと一つぐらいは、パスコードを入力してみたい。もしかしたら彼自身の名前かもしれない。そう思って、彼のフルネームを入力した。しかし、やはり弾かれてしまった。
その瞬間、オフィスのドアが開かれた。私は慌てて、自分のお尻の下に彼のPCを隠した。だが顔を覗かせたのは、リンだった。
「ねえねえキリー、有給申請って、何日前までだっけ?一週間前までには報告しないと厳しい?」
「え!?有給は……べ、別に、前日でも大丈夫でしょ?後はこっちで処理するだけだから。」
「ふーん」リンがムッとした顔をした。「別に、経理も私達が担当してるし、有給申請も、私達が担当してもいいんだけど。どうなの?」
「それでもいいよ、前の所長が有給を取り締まりたいからって、所長権限にしてただけだし、私は別にやることやってれば、誰が有給取ろうが気にしないから、じゃあ処理は、リン達に任せようかな。」
「うんうん!」リンがパッと笑顔になった。「そうこなくちゃね!これでますます有給が取りやすくなった、ハァ~。それはそうとジェーンは?今日はジェーディアじゃないんだ?」
「ジェーディアって何?」
「いや、二人があまりにも仲良いから、私とかアリスは、裏であんた達のこと、ジェーディアって呼んでる。因みに今のジェーディアの意味は、二人が一緒にいる状態ね。」
裏でって、それ私に言っちゃダメなんじゃなかろうか。でもジェーディアか。確かに、この帝国では最近、カップルの名前を組み合わせて呼ぶことが流行っている。だが、待ってほしい。我々はカップルではないのだ……それを決して、間違えないでほしい。
私は苦笑して答えた。
「それじゃあ、私とジェーンがまるで「大丈夫、大丈夫!例え二人が、常にお箸のようにセットで行動しようとも、例え二人が同じ部屋(1DK)で暮らそうと、二人の関係を勘違いはしてはいないから!ね?」
……何か言いたげだな、と口を尖らせると、それを見たリンは、身の潔白を主張するかのように、首を振った。
「でも聞いて。ジェーンは、この呼び名のこと知ってるよ。彼がちょうど通りかかったから、そのことを話してみたの。そしたら、ほお……って反応してた。多分だけど、アレは喜んでたね!」
そんなことで、あの冷徹な人が喜ぶかい!心の中で突っ込みながら、笑ってしまった。リンもお腹を抱えながら笑った。
「まあまあ!仲がいいって、いいことだよ~!じゃあ私はカウンターに戻りまーす!」
「はーい」
バタンと扉が閉められた。まさかね。そう思って、一人でニヤッとしてしまった。まさか……違うでしょう。
私はお尻の下のPCを、また膝の上に置いて、試しにコード入力画面に、アルファベットでjaneとkildiaを組み合わせた、「jadia」と入力した。すると、有り得ないことに、PCのロックが解除されてしまったのだ。プリセットらしき待ち受け画面が、表示されている。
「わお……。」
そこまで、この呼び名を気に入っていたのか……。リンの言ったことはまさか、本当だったんだ。彼が実はこれを気に入ってくれていた嬉しさと動揺で、頭が真っ白になった。無意識でPCのパッドに指を滑らせて、画面上のポインターをぐるぐると動かした。
花びらに水滴が乗っかっている綺麗な画像の上に、ファイルの数々が整理されて並んでいる。改めて、これを開いてしまった私の心臓が、バクバク動いているのが分かった。
どうしよう、解除出来たのはいいが、何を見たらいいんだ?目をパチパチと大げさに瞬かせて、ポインターを静かに、写真ライブラリへと動かした。
ゴクリと喉が鳴った。因みに、罪悪の気持ちもある。彼が覗いたのはサイトの閲覧履歴だが、私は写真を覗こうとしている。天秤が傾いている気がする。いや、先に見たのはあの人だ。私は心を鬼にして、写真ライブラリをクリックした。
「……?」
ウォッフォンで撮影したっぽい写真が何枚もある。だがそのどれも、機械が写っている写真ばかりだった。アリスの発明した拡波器、タージュ博士のマイクロジオ、ロビーにあるラブ博士の迎撃システム付き監視カメラ……の中身だった。それ以外にも、全ての写真がメタルの輝きを放っていた。彼の事だ、ちょっと考えれば想像付くことだ。だが、ちょっとガッカリした。
もっと昔の写真を見ていく。このPCはソーライ研究所が与えたものだが、写真の日付を見ると、ジェーンがここに来た時よりも、以前の物もあった。ウォッフォンの画像データを、丸ごとインしているようだ。場所は変われど、メタルメタル……帝国研究所のラボでも、彼は細やかに誰かの発明した、私にとっては訳の分からない何かを撮っている。
「あーあ。」
心から出た、残念な気持ちだった。これ以上漁っても、彼のアルバムは機械一色に決まっている。諦めの気持ちで、乱雑にスライドしていると、一瞬赤いものが見えた。私は目を見開き、通り過ぎた写真のところまで、またポインターを戻した。そしてその写真をクリックして、拡大をした。
帝国研究所の制服を着たジェーンが、帝国研究所の前で真顔で立っている写真だ。彼の隣には、赤いドレス姿の絶世の美女が、にこやかな表情で立っていた。すらりとした体つきに対して、胸がやたらに大きく、瞳はちょっと攻撃的で、甘美の魅力があり、口はルージュで赤い。
よく考えればジェーンだって、街でちやほやされる程のイケメンだし、この写真を見る限り、二人はお似合いの、完璧な美男美女だった。誰だろう、カタリーナさんでは無いよね。じゃあ誰だろう。いつの間にか私の心は悶々とした。
他にも色々と見ていたが、結局、彼自身が写っている写真は、これ一枚だけだった。つい、ため息が出た。先程の美男美女の写真が、微妙に私の心に重くのしかかっている。我々は互いが認める親友じゃないか、くだらない焼きもちなど捨てなければと、自分を叱咤した。
だが、先ほどの写真、ジェーンと美女さんは、ピッタリとくっついて立っていた。今まで私がジェーンとくっついて立ったのは、サウザンドリーフの森で作戦を立てている時だけだ。この世界に、私以外にも仲のいい人が居るのだと、やはり残念な気持ちになった。
以前、リンが言っていた通り、人のPCを見て良い事など何も無いのだ。こんな気持ちになるなんて想像出来なかった。そうだ、今度ジェーンに、彼の写真を送ろう。私のウォッフォンには歓迎会の時や、ランチの時に撮った、彼の写真が数枚ある。
それを彼にあげて、彼の思い出の写真が増えるようにして差し上げよう……そして、このくだらないフレンド嫉妬にケリをつけて、ゴミ箱に捨てよう。そう思った時に、オフィスのドアが、がちゃりと開いた。
「キルディア、私が担当しているウォルズ社の件ですが……何をしていますか?」
「……え?」
冷や汗が流れた。つい、物思いに耽ってしまったが、私の膝上にはまだ、彼のPCが開いた状態で置かれている。ジェーンは引きつった表情で、私の顔と彼のPCを交互に見ている。私は銃口を向けられた犯人の如く、両手を挙げた。
「だ、だって、さっき私のPCを見たでしょ?だから……!」
「だから、だから!私のPCを覗き見たと言うのですか!?それも、ああ!パスコードを解除……!?キルディア、解除はキルディアの仕業ですか?それとも、アリスか誰かに協力を依頼して!?」
やばい、怒ってる。ジェーンは私からPCを奪って、立ったままPCを色々と動かして、確認している。そして彼はギロリと鋭い視線を私に向けた。
「……キルディア、写真を見たようですが、その他に見たものはありますか?」
「ない、ない。写真だけ。本当に写真だけ。その写真だって、機械ばかり写ってて、私には良く分からないから……ごめん。」
「そうですか。して、パスコードは誰が解除を?」
私は挙手をした。
「わ、私です。さっきリンからジェーディアの事を聞いて、それで試しに入力「ああ!それで解除成功したという訳ですか、はあ。他の人間が解除をしていないのなら、それに越したことはありません。ですが……はあ。」
「ごめんなさい……。」
ジェーンは黙ったままソファに座り、PCを閉じて、テーブルに置いた。そして頭を抱えてしまった。悪いことをした。でも、最初に覗き見したのは、そっちなのだけど。でも、悪いことをした。私はそろりと移動をして、デスクの椅子に座った。彼の丸まった背中が、何とも言えない静けさを放っている。オフィスに暫くの間、沈黙が流れた。
「ジェーン、」
「はい。」
「怒ってる?よね。そりゃそうだ。でもジェーンだって、覗いたよね?」
「……そうですね。」
めっちゃ怒ってる。それか、恥ずかしいのかもしれない。
「でも写真を見たのは、悪かったと思ってる。ごめんなさい。」
「いえ、大した写真は無かったでしょう。風景や人の写真は、滅多に撮りませんから。」
「いや、一枚だけ、ジェーンが写っている写真があったよ。」
頭を上げたジェーンが、ぐるりと上半身を回転させて、こちらを見た。微妙に彼の頬が赤かった。恥かしめる真似をして、悪いことをした。
「そこまで遡って見たという訳ですか?」
「一枚一枚を丁寧に見た訳じゃなくて、適当にスライドしてたら、赤いものが見えたから、そこで手を止めて……見ました。赤いドレスの、綺麗な女性が写ってた。」
「それで、それを見て、どう思いましたか?」
「距離が近いと思った。」
「何の?」
分かるでしょ。あまり言うと、私がヤキモチ焼いているみたいになる。それもおかしな話だから、自分のPCを開きつつ、適当に返事をした。
「だから……二人が密着しているなと思って。あ。」PCにメールが届いていたのを発見して、大袈裟にリアクションした。「何だろう、これ。」
「……キルディア、話を逸らさないでください。距離が近いのは私と、私のかつての秘書との距離ですか?」
「ああ、あの女性は、かつての秘書さんだったんだ、とっても美人な人だった。」
私はメールを開きながら、彼に返事した。メールはグレン研究所のスコピオ博士からだった。何時もなら電話会談の時に話したいことは話すのに、今回は珍しく、博士からメールが届いていたので、私はジェーンに聞いた。
「ねえジェーン、今日ってスコピオ博士とのビデオ電話の日だっけ?そうだとしたら私、レポートまだ読んでないんだけど。」
「いえ、本日の主な予定は、調査部の会議のみの筈です。それ以外は通常業務ですし、スコピオ博士のレポートも、次回からは私の方にも転送をお願いしておりますが、何も届いておりません。何か、別の用件ではないでしょうか?」
「そっか、何だろう、珍しいな。」
「キルディア」
何?、と返事しようとしたが、驚いて言葉を飲んでしまった。いつの間にかジェーンが、デスクの前まで来て、こちらをじっと見て立っていたのだ。真顔だけど、若干ムッとしているっぽい。




