45 立て続けの訪問者
サウザンドリーフの村の住人は、スパ建設予定地のホテルやバンガローをとりあえず利用することになった。住人達がバスに乗って、その方向へ消えていくのを見届けた私は、少しだけ安心して帰宅した。
これ以上、新光騎士団が何もして来なければいい。ユークアイランドには海側にもトンネルにも自警システムがあるので、すぐに侵攻してくるとは考えなくてもいいはずだ。
しかし、もしそうなったらそうなったで、全力で対処していくしかない!私は一度大きく息をふぅーっと吐いて、キッチンで泥に塗れた手を洗った。包帯がぐるぐる巻かれた二の腕が視界に入った。ケイト先生が処置してくれたものだ。少し触ってみると、ちょっと痛かった。
コップに水を貯めて一口飲み、グラスを持ったままリビングの窓辺へと移動した。夜の海が見える。黒い海面に、キラキラと月の光が瞬いている。
その時、コココンと玄関の扉がノックされた音がした。嘘でしょ、この叩き方は彼しかいないが、何の用があるのだろう。今日はもう嫌っていうほど、一緒に居たではないか。それともちゃんと用事があって、その扉を叩いているんだろうか。色々考えているうちに、またドアがコココンとノックされたので、仕方なくドアを開けた。
「どうしたの?」
「あ、起きていましたか。まあ、まだ二十一時ですから起きていますよね、いや失礼。」
と、部屋着の彼が中に入ってきた。許可もしていないのに、当たり前のように入ってくる理由を知りたい。私はため息交じりにドアを閉めて、彼に聞いた。
「最近よく私の部屋に来るよね。それで、何の用事?」
ジェーンは勝手にリビングの椅子に座り、私を見た。
「そうですね、あなたの腕の傷の具合を、確認しに来ました。」
「え?傷はだって……ケイト先生に縫ってもらったから大丈夫だよ。それにジェーンはお医者さんではないでしょう、ふふ。」
頻度こそ異常だが、彼も一応、お客には違いないので、冷蔵庫から冷えたお茶のボトルを出して、グラスに注いだ。それを彼に渡すと、彼はごくっと飲んだ。
「お茶ありがとうございます、悪いですね頂いてしまって。さて、あなたの申した通り、医師免許は所持しておりませんが、傷の具合なら確認出来ます。痛みますか?どれ、見せてください。」
私はジェーンのそばの椅子に座り、首を振った。私の腕を見つめるジェーンが思案顔をした時に、彼の肘が赤く、擦り切れているのを発見した。
「ジェーン!擦れている!」
彼は自分の肘を見た。別に驚きもしなかった。
「ああ、いつの間にか出来ていた傷です。あなたに比べると大したものでは「動くな」
私は急いでキッチンの戸棚から木箱を取り出して、テーブルの上に箱を置いて、中を広げた。ケイト先生の勧めで置いてあった、救急セットだ。消毒液とガーゼと包帯を取り出して、ジェーンの傷の手当てを開始した。
「……ほお、随分と手際がいいですね。」
「あ、ああ。ギルドでに身につけた技術だよ。ほら、クエストによっては、一人で山に行って、その時に怪我したら自分しか居ないでしょ?その時の為に、救護班の人に簡単な手当てを習っておいたの。」
「そうでしたか。」
傷を消毒し、包帯を巻き終えると、ジェーンはその箇所をじっと眺めた。
「……ありがとうございます。あなたの傷を見に来たつもりが、まさか私の方が、手当てを受けるとは思いませんでした。ふっ。」
突然ジェーンが薄っすらと笑った。それはリーフの村で見た薄気味悪い笑いでもなければ、いつも私をおちょくる時にやる、楽しげな笑みでもない。あまり見たことのない、少し優しい微笑みだった。そういう表情も持っているんだなと、私まで微笑ましい気持ちになった時に、ドアがトントンと叩かれた。すぐにまたトトトトと、小刻みにドアが叩かれた音がした。
「この叩き方、あれ、珍しい。」
「誰です?」
叩き方で分かるものだ。私がドアを開けると、やはりそこにはケイト先生とアリスが立っていた。しかしケイト先生は、登山用のリュックにスーツケースを持っていて、アリスも大きなボストンバッグを肩に掛けている。二人とも、どこか旅に出るような格好をしているので、私は驚いた。
「な、何しているの?何処に行くの?」
まさか、研究所を辞めて、何処か遠くに行こうとでも言うのだろうか。私の質問に、二人は苦笑いをして顔を合わせ、部屋の中に入ってきた。
「ちょっとキルディア、いいかしら。話したいことがあるのよ。勿論、ジェーンにも。」
アリスが床に、どさっと大きなボストンバッグを置いた。重たそうとは思っていたが、ボストンバッグのファスナーが開いていて、中身を見ると、殆ど本だった。こんな夜にこんな大量の本を持ち歩くなんて、やはり何処か、遠くに行くのかもしれない。
「あーもう疲れた、本って、結構重いよね。私も電子書籍に変えようかな。」
いつもの調子で話すアリスに、何だかそれが嘘のように思えて、二人がこれからどうするつもりなのか、怖くて聞けなかった。ふと気付くと、ジェーンがキッチンでお茶を用意してくれていた。一応、彼に礼を言って、お茶をテーブルに運んだ。リビングのテーブルには椅子が二つしかないので、アリスとケイト先生はソファに座り、私とジェーンが椅子に座った。
「それで、」あまり予想通りじゃないといいけれど。「どうしたの?そんな大荷物で。」
「……。」




