44 ミラー夫人
無言で考え込んでいると、赤いワンピースで麦わら帽子を被った、体の大きなおばさんが、人だかりをかき分けて、こちらに向かって来ているのが見えた。じっと彼女の姿を見ていると、彼女は私の真後ろに来て、そこで立ち止まった。
「キリちゃん。」
「あ、ミラーさんところの奥さん……。」
浜辺のモンスター退治の時に必ず駆けつけてくれる、近所のおばさんだった。彼女のギラギラとした笑顔を見ていると、正直、今の私は、それだけで疲れてしまった。
「すごい怪我ね、私キリちゃんとヴァルガ騎士団長の戦い、生で見たかったわ。」
「ああ……でもヴァルガ騎士団長は、くっつく君で撃退したんです。そんな期待しているような見応えのある感じじゃないですよ。」
私はジェーン越しに海を眺めた。ジェーンがいつもの真顔で、私の顔を凝視しているのが視界に入る。その時に、ケイト先生の治療が終わったようで、ポンと私の肩が優しく叩かれた。
「私、キリちゃんの大ファンなの。」
夫人、まだ後ろに居たのかい……嬉しいけど、今は考えることが多すぎる。
「はは、それは嬉しいです。」
「だから私、ちょっと提案があるのだけれど。」
提案?何だそれは。もう一度、振り向こうとした時に、丁度ケイト先生が立ち上がって、その瞬間にミラー夫人が、ケイト先生が座っていた場所へ、ドスンと座ってしまった。急に近づいてくるし、相変わらず獲物を捉えた目つきの割には、口角が頬ぼねまで上がっているような、ギラギラした笑顔だし、その勢いが私の恐怖心を煽った。
「な、何ですか、提案って。」
「キリちゃんの家の隣……って言っても、ちょっと区画が離れているけれど、そこに今度、私の夫がスパを建設する予定なのは、知っているわよね?」
「え?ええ、そのようですね、あれですよね?」
私は自宅の前のサンセット通りを、ちょっと奥まで進んだところにある、工事現場を指差した。すると人だかりの中から、何かを察したのか、乱れた七三分けが悲壮感を漂わせている、ミラーさんの旦那さんが慌てて我々の方へ駆け寄って来て、首を振って言った。
「ちょっとママ、ダメだよ。」
「何言ってんの、あんたは黙っていなさい。」
「はい……。」と、ミラーの旦那さんは一瞬で、意気消沈してしまった。夫人はカカア天下なんだと少し笑いそうになったのを堪えた。一度旦那さんを睨んでいた夫人が、にこやかな表情に戻ると、私をじっと見た。
「だからあそこ、サウザンドリーフの皆様に貸してもいいわよ。」
「え!?」私は思わず立ち上がった。「本当ですか!?」
ヒューゴさんも口をあんぐり開けて、ミラー夫人を見ている。夫人は続けた。
「いいわよ。あそこを取り敢えず使って頂戴。大体の施設は出来上がっているし、ちょっとしたホテルやバンガローもあるから「でもママ」あんたは黙っていなさい!「はい」その代わりなんだけど……。」
度々ミラーの旦那さんが押し込められているのが気になるが、これは最高の提案だった。その代わりの条件を何でも飲んでやると、意気込んで話を聞いていると、しゃがんでいるジェーンが挙手をして質問をした。
「質問しても、よろしいでしょうか。リーフの村の皆様が、ここで暮らすには住人登録が必要です。そのホテルやバンガローを借りの住居として、提供することは素晴らしいことですが、リーフの村の住人は、帝国の強制執行から逃げて来た……いわば罪のある人々です。それを果たして、ユークアイランド側が受け入れ、住人登録させてくれるでしょうか?悪い意味はありません、私も彼らが無事に住めることを願ってはいます。それを前提として聞いてください、キルディア。」
彼は、途中から私の顔が、かなり歪んでいくのを見ていたのだろう。話の中盤で、フォローに入り始めた。だが、彼の言っていることも分かる。ここにいる住人同士で話を進めても、それは仕方のないことなのかもしれない。ああ、市長に会いに行くべきだな。なんて言おう、頭を抱えていると、ミラー夫人が、ぽろっと発言した。
「私が市長です。」
「え?」彼女の方を見た。ミラー夫人も、え?という顔をしている。
「キリちゃん知らなかったの?私が市長だってこと。」
「は、はい。」
う、嘘でしょ。私がぽかんとしていると、ミラー夫人が手をバンバン叩きながら、笑い始めた。
「やだわ!面白いわね!私が市長よ!あはははは!はぁ~、だからね、夫の事業のスパ施設のホテルを、避難先にしていいと言っているの。どうぞ使って頂戴。皆のことは受け入れるから。」
ヒューゴさんが驚きと、喜びの混じった笑顔で立ち上がり、私の前で、ミラー夫人と熱い握手を交わし始めた。周りの住人達も皆、同様の表情をして拍手をしている。そしてミラー夫人が言った。
「その代わり、お手伝いして欲しいの。」
ヒューゴさんが首を傾げた。
「お手伝いとは何でしょうか?」
「ユークアイランドの町のはずれに、大きな崖があるの。その下を行くと焼け野原がある。以前、帝国と、闇組織との戦争が行われた地でね、もう何も燃えてはいないのだけれど、焦げて草も生えなくなってしまった。出来ればそこに、再び緑を生やして欲しいの。正式な公共事業として、一時的に、リーフの皆様にお願いしたいの。ほら、いつか向こうに帰る時まで。どうかしら?」
「それなら!」大声で叫んだのは、自警団のリーダーのゲイルだった。「緑のことなら俺たちのテリトリーだ!どんな地でも蘇らせてみせるぜ!」
ゲイルが張り切った笑顔で腕をまくりあげた。他の自警団の男達も、それを見て笑い始めた。その時に私は、彼らの射撃技術を思い出した。
「じゃあ、自警団の皆さんには、ユークアイランドのスナイパー部隊と、連携してもらうのはどうだろう。折角の射撃の腕、眠らせておくのは勿体無いかもしれない。」
パンと手を叩いた、ジェーンが立ち上がった。「それはいい「それいい!さすがキリちゃん!そろそろユークの射撃部隊を強化したいと思っていたところなの!リーフの村の皆さんの中で、魔銃に興味がある人がいたら、お願いしたいわ!」
ジェーンが自分の声がミラー夫人にかき消されたことに、彼なりの不満を持っている表情をしている。そんな彼に気付かないミラー夫人の元には、何人か挙手をして志願している男女が、集まり始めた。ペコペコと何度も、ミラー夫人に頭を下げているヒューゴさんが、彼女に話しかけた。
「我々を受け入れてくださる上に、住居や仕事まで……これから我々は、あなたについて行きます。」
夫人は首を振った。
「何言っているのよ、村長。違うわ。リーフの住人の皆さんは、ユークアイランドの住人としてではなく、リーフの住人として、ここの地で暮らすのよ!つまり姉妹協定を結ぶの!そのほうが興奮するでしょ?私人生で、何事にも興奮していたい人間だから、嫌でもそうさせて頂戴ね。私たちは土地と仕事を、リーフの皆さんには草木の繁栄と、自警団の技術を、交換すればいいじゃないの!」
「じゃあ、」私は挙手した。「つまり、リーフの村が、まるっとこの孤島にやってきたということ?」
「つまりそういうことよ、キリちゃん!だって森に帰れるようになったら、帰りたいに決まっているもの!それまでどうぞよ。でもどれだけ居ても構わないわ、こんなに優しい人達だもの!歓迎するわ!」
「お、おお……?」
ヒューゴさんが展開の速さに、まだ理解が追いついていないようで、アーネルが何度も彼に今の話を説明した。そしてヒューゴさんが理解すると、彼はミラー夫人にハグをした。夫人は喜び、それを見ていた旦那さんが、ちょっと嫉妬した表情をしていて、私は笑いそうになった。
そうしてサウザンドリーフの村人は、ユークアイランドと協力することになった。




